第十二話「七海と、SNSと、フォロワー三千人」
翌週の土曜日、来栖堂に一人で来た。
暖簾をくぐると、来栖さんが厨房にいた。
「颯くん、今日は一人ですか」
「はい。七海さんと少し話せますか」
来栖さんが奥に向かって呼んだ。
「七海ー、颯くんが来たよ」
しばらく間があった。
「……今行く」
七海さんがエプロン姿で出てきた。手に小さな刷毛を持っていた。何かを手伝っていたらしい。
俺を見て、少し目を細めた。
「何しに来たの」
「先週の話の続きをしに来ました」
「納得してないって言ったじゃん」
「知ってます。だから来ました」
七海さんが刷毛を置いて、腕を組んだ。
「……どういう意味」
「納得してないのに、納得したふりをしてほしくないので」
七海さんがしばらく俺を見た。
「……応接間、使っていい?」
「もちろんです」
来栖さんが「お茶を持っていきます」と言った。
◆
向かい合って座った。
お茶が来た。
七海さんがお茶を一口飲んで、それから言った。
「先週、アカウントを調べたって言ってたじゃん」
「はい」
「なんでそんなことするの」
「来栖堂に必要だと思ったので」
「なんで私のアカウントが来栖堂に必要なの」
俺は少し間を置いた。
「七海さんのフォロワーが三千人いる。来栖堂の和菓子の写真を投稿してもらえれば、今まで来栖堂を知らなかった人に届きます。来栖堂の問題は、腕じゃなくて知られていないことだから」
「……投稿するだけでいいの」
「投稿の仕方を工夫します。商品の写真だけじゃなくて、来栖さんが作っている姿とか、和菓子の背景にある話とか、そういうものを乗せていく」
七海さんが少し考えた。
「お父さんが嫌がると思う。写真を撮られるの、苦手だから」
「七海さんが先に決めてくれないと動けないんです。来栖さんへの相談は、その後です」
「なんで私が先なの」
「来栖さんは、七海さんが言えば聞きます。俺が言っても渋ります」
七海さんがじっと俺を見た。
「……二回しか会ってないのに、なんでわかるの」
「見ていれば、だいたいわかります」
「颯ってさ」
「なんですか」
「さっきから、調べました、見ていればわかります、ってそれだけじゃん。なんか、怖いんだけど」
俺は少し考えた。
「すみません。七海さんを怖がらせるつもりはなかったです」
「……謝ればいいってもんじゃないけど」
「そうですね」
しばらく沈黙があった。
七海さんがお茶を見ながら言った。
「ひとつだけ聞いていい」
「どうぞ」
「颯は、なんで来栖堂のことをそんなに調べてるの」
俺は少し間を置いた。
「来栖堂の練り切り、毎回花びらの枚数が揃っています。誰に見せるためでもなく、そういうものだからそうしている。毎朝ずっとそうしてきた来栖さんがいる。そういうものが消えてほしくないと思ったので」
七海さんが少し黙った。
「それだけ?」
「それだけです」
また少し間があった。
「……来栖堂の和菓子、好きなの?颯は」
「好きです。葛饅頭は特に」
「なんで」
「甘くて、静かな味がするので」
七海さんが少し、表情が変わった。
「……それ、お母さんがよく言ってた言葉と同じだ」
俺は何も言わなかった。
七海さんがお茶を一口飲んだ。
「私ね、小さい頃からずっと来栖堂の和菓子を食べて育ったの。遠足のおやつも、誕生日も、お母さんのお見舞いに持っていったのも、全部来栖堂だった」
口をつぐんだ。
少しして、また話した。
「だから、続けてほしい。義務とかじゃなくて、ただそう思ってる」
「それだけで十分です」
「……やる」
小さい声だった。
「SNS、やる。でも条件がある」
「聞きます」
「私がやり方を決める。全部颯に言われた通りにはしない」
「もちろんです。七海さんが主体です。俺はアドバイスするだけです」
「それと」
「はい」
「絶対に来栖堂を潰さないで」
俺は少し間を置いた。
「潰しません。約束します」
七海さんが俺を見た。
「……信用するから。破ったら一生恨む」
「肝に銘じます」
七海さんが少し、力が抜けた顔をした。
「私のこと、七海でいい」
「わかりました、七海さん」
「さん、はいらない」
「……七海」
「うん」
◆
帰り道、財前さんにメッセージを送った。
「来栖堂の件、動き始めました。資金調達の話を進めたいです」
三分で返信が来た。
「月曜、16時に来い。葛饅頭を持ってきたら話を聞いてやる」
「調査目的ですか」
「そうだ」
財前さん、絶対に甘いものが好きなんだよな。認めないだけで。
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