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第十二話「七海と、SNSと、フォロワー三千人」

翌週の土曜日、来栖堂に一人で来た。


暖簾をくぐると、来栖さんが厨房にいた。


「颯くん、今日は一人ですか」


「はい。七海さんと少し話せますか」


来栖さんが奥に向かって呼んだ。


「七海ー、颯くんが来たよ」


しばらく間があった。


「……今行く」


七海さんがエプロン姿で出てきた。手に小さな刷毛を持っていた。何かを手伝っていたらしい。


俺を見て、少し目を細めた。


「何しに来たの」


「先週の話の続きをしに来ました」


「納得してないって言ったじゃん」


「知ってます。だから来ました」


七海さんが刷毛を置いて、腕を組んだ。


「……どういう意味」


「納得してないのに、納得したふりをしてほしくないので」


七海さんがしばらく俺を見た。


「……応接間、使っていい?」


「もちろんです」


来栖さんが「お茶を持っていきます」と言った。



向かい合って座った。


お茶が来た。


七海さんがお茶を一口飲んで、それから言った。


「先週、アカウントを調べたって言ってたじゃん」


「はい」


「なんでそんなことするの」


「来栖堂に必要だと思ったので」


「なんで私のアカウントが来栖堂に必要なの」


俺は少し間を置いた。


「七海さんのフォロワーが三千人いる。来栖堂の和菓子の写真を投稿してもらえれば、今まで来栖堂を知らなかった人に届きます。来栖堂の問題は、腕じゃなくて知られていないことだから」


「……投稿するだけでいいの」


「投稿の仕方を工夫します。商品の写真だけじゃなくて、来栖さんが作っている姿とか、和菓子の背景にある話とか、そういうものを乗せていく」


七海さんが少し考えた。


「お父さんが嫌がると思う。写真を撮られるの、苦手だから」


「七海さんが先に決めてくれないと動けないんです。来栖さんへの相談は、その後です」


「なんで私が先なの」


「来栖さんは、七海さんが言えば聞きます。俺が言っても渋ります」


七海さんがじっと俺を見た。


「……二回しか会ってないのに、なんでわかるの」


「見ていれば、だいたいわかります」


「颯ってさ」


「なんですか」


「さっきから、調べました、見ていればわかります、ってそれだけじゃん。なんか、怖いんだけど」


俺は少し考えた。


「すみません。七海さんを怖がらせるつもりはなかったです」


「……謝ればいいってもんじゃないけど」


「そうですね」


しばらく沈黙があった。


七海さんがお茶を見ながら言った。


「ひとつだけ聞いていい」


「どうぞ」


「颯は、なんで来栖堂のことをそんなに調べてるの」


俺は少し間を置いた。


「来栖堂の練り切り、毎回花びらの枚数が揃っています。誰に見せるためでもなく、そういうものだからそうしている。毎朝ずっとそうしてきた来栖さんがいる。そういうものが消えてほしくないと思ったので」


七海さんが少し黙った。


「それだけ?」


「それだけです」


また少し間があった。


「……来栖堂の和菓子、好きなの?颯は」


「好きです。葛饅頭は特に」


「なんで」


「甘くて、静かな味がするので」


七海さんが少し、表情が変わった。


「……それ、お母さんがよく言ってた言葉と同じだ」


俺は何も言わなかった。


七海さんがお茶を一口飲んだ。


「私ね、小さい頃からずっと来栖堂の和菓子を食べて育ったの。遠足のおやつも、誕生日も、お母さんのお見舞いに持っていったのも、全部来栖堂だった」


口をつぐんだ。


少しして、また話した。


「だから、続けてほしい。義務とかじゃなくて、ただそう思ってる」


「それだけで十分です」


「……やる」


小さい声だった。


「SNS、やる。でも条件がある」


「聞きます」


「私がやり方を決める。全部颯に言われた通りにはしない」


「もちろんです。七海さんが主体です。俺はアドバイスするだけです」


「それと」


「はい」


「絶対に来栖堂を潰さないで」


俺は少し間を置いた。


「潰しません。約束します」


七海さんが俺を見た。


「……信用するから。破ったら一生恨む」


「肝に銘じます」


七海さんが少し、力が抜けた顔をした。


「私のこと、七海でいい」


「わかりました、七海さん」


「さん、はいらない」


「……七海」


「うん」



帰り道、財前さんにメッセージを送った。


「来栖堂の件、動き始めました。資金調達の話を進めたいです」


三分で返信が来た。


「月曜、16時に来い。葛饅頭を持ってきたら話を聞いてやる」


「調査目的ですか」


「そうだ」


財前さん、絶対に甘いものが好きなんだよな。認めないだけで。



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