第一話「俺、、死んだ」
死ぬ瞬間って、もっとドラマチックなもんだと思ってた。
走馬灯とか、後悔の涙とか、愛する人への最後のひと言とか。
映画ならそうなる。絶対そうなる。
でも実際は──
「……あ、これ心臓やばいやつだ」
それだけだった。
モニターが三枚。Q3収益予測レポート。カーソルが点滅してる。
会社のデスクで、三十四歳の俺、桐島颯は、誰にも看取られることなく、静かに死んだ。
笑えない。
いや、笑えよって話なんだけど。本当に笑えない。
最後に画面に映っていたのが仕事の資料って、どういう人生だよ。未来の数字を一生懸命予測してたら、自分自身の未来がゼロになってた。コンサルタントとして致命的すぎる凡ミスだと思う。
●
気づいたら、白い空間にいた。
床がない。壁がない。天井もない。ただひたすら、白い。
「──桐島颯さんですね」
声がした。
振り向くと、男が立っていた。三十代くらいに見えるが、なんか……輪郭が滲んでいる。定まらない感じ。うまく言えないが、ピントが合う直前の写真みたいな存在感だ。
「え、あなたは」
「説明が難しいのですが。便宜上、神様とでも」
「神様ってスーツ着るんですか」
「あなたの緊張をほぐすため、親しみやすい外見を選んでみました」
いや全然親しみやすくないんですが。轢かれる寸前みたいな顔色してるし。
「お身体のご状況はご理解いただいていますか」
「……死にましたよね、俺」
「はい。三十四歳での、過労死です」
あっさり言うな。もうちょっとオブラートに包む気はないのか。
「本来、あなたの寿命はあと四十三年ございました」
「……四十三年」
「こちらの手違いにより、早まってしまいまして」
手違い。神様が手違いをする。
「手違いって、何をどう間違えたら人ひとりの寿命が四十三年もズレるんですか」
「誠に申し訳ございません。ただ、業務量が膨大でして。あなたが過労で亡くなるのも、少し理解できるところがございまして」
「神様も過労するんですか」
「そういうもんです」
そういうもんなのか。世界の設計に根本的な欠陥があるんじゃないか。
「お詫びに、特別なスキルをおつけして転生していただこうと思っています」
「転生。異世界に?」
「現代日本に近い世界です。スマートフォンもあります。株式市場も存在します。ただ、魔法や超能力に類する力を持つ人間も、まれに存在します」
「なんかチグハグですね」
「転生先の選択肢が今ちょうどそこしか空いておらず」
「神様ってそういうもんなんですか」
「そういうもんです」
神様が申し訳なさそうに繰り返した。表情が読めないのに申し訳なさだけはちゃんと伝わるのが不思議だった。
スキルの選択肢がいくつか、視界の中に浮かんだ。
「不老不死」「完全記憶」「剣術の才」「カリスマ」「千里眼」「未来視」──
「何が面白くて剣術の才があるんですか、現代日本に近い世界で」
「たまに需要がございます」
需要って何の需要だよ。
俺は選択肢を眺めた。
「完全記憶」も悪くない。「カリスマ」も使い方によっては強い。でも俺が前世でずっとやってきたのは、未来を予測する仕事だ。データを集めて、モデルを作って、確率を弾いて。それでもどこかで必ず外れる。上司に怒られる。クライアントに謝る。
本当に見えたなら、どうなる。
「未来視で」
即答した。
「……よろしいんですか。使い方によっては、呪いにもなりますが」
「わかってます」
「呪いになった時、後悔しませんか」
「後悔したことを後悔するのが俺の得意技なので、大丈夫です」
神様が何とも言えない顔をした。まあ、そうだよな。意味がわかりそうでわからない返しだったかもしれない。
「では。次の人生に持ち込める記憶は、前世のものが全てそのまま残ります。ただし」
「ただし?」
「身体は赤ちゃんからです」
「……当然ですよね」
「よくある勘違いをされる方がいらっしゃるので一応」
よくある。そうか、俺みたいな死に方をする人間がよくいるのか。ちょっと世界の設計を見直した方がいい気がしてきた。
「名前は新しい親御さんがつけます。ご希望はありますか」
「ないです。お任せします」
「健闘をお祈りします」
白い世界が、溶けていった。
●
目が覚めたら、赤ちゃんだった。
え。
マジか。
頭ではわかってたはずなんだが、実際になってみると相当キツい。
足が短い。手が短い。視界がぼやけてる。何もできない。首が据わってない。
今の俺に可能なことを真剣にリストアップすると「泣く」「飲む」「寝る」「ぼんやりする」の四択しかなかった。三十四年間の積み上げが全部ナシになったかのような無力感だ。
「ほら、泣いてる泣いてる!元気な子だよ!」
知らないおばさんが俺を抱えながら泣いている。産婆さんだろうか。嬉しそうに泣いてくれているのは嬉しいが、こっちは内心でかなりパニックに陥っているので、できれば少し落ち着いた声で話しかけてほしかった。
横に、疲れ果てた顔の女性が横たわっていた。
美人だ。汗だくで、すごく消耗してる顔なのに、美人だ。
「名前は……颯、にしましょうか。颯爽と生きてほしいから」
颯。
ほぼ同じじゃないか。前世も颯だったんだが。神様の手違いはまだ続いているのか、それとも何かの縁なのか、判断がつかない。
まあ、呼ばれ慣れてるからいいけど。
母さんが俺を胸に抱いた。
温かかった。
あ。これは知らない感覚だ。前世の三十四年間、誰かにこんなふうに抱かれた記憶が一個もない。仕事しかしてなかったからかもしれない。
……これが、俺の二度目の人生の始まりか。
「小日向颯」。
今度こそ、颯爽と生きる。
前世で積み上げた頭と、神様からもらった未来視の力を使って。
やってやろうじゃないか。
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