若花田大学への自己推薦入学
1.
広田裕子は、高知県北部の潮風香る小さな町で育った。
鏡の前で髪を結い直すとき、彼女はいつも自分の顔がどこか平均的だと感じた。
高校では陸上部に所属し、得意種目は走り高跳び。
ある日、彼女の世界が唐突に変わった。
友達の勧めで気軽に応募した電機メーカーのCMガールコンテストで、彼女はグランプリに選ばれたのだ。
歌はヒットし、紅白歌合戦にも出場した。
ドラマに出演すると、視聴率は20パーセントを超え、3ヶ月ごとに続くヒットで5回連続という記録まで作った。
裕子は母の姉にあたる伯母の与田浜の家に下宿することになり、川品の女子校に編入した。
裕子は自分が若花田大学に合格できるとは到底思っていなかった。
ある日、書店の店頭で見かけた週刊誌の見出しが、彼女の不安を一気に掻き立てた。
紙面には「若花田大学の過激派が、広田裕子の入学に反対」と書かれ、立て看板の写真まで写っていた。
講師の誰かが広田裕子が来年、自己推薦入試で入ってくると授業で話してしまったらしい。
裕子は記事を読み進めるうちに、胸の鼓動が早くなるのを感じた。
2.
手にした週刊誌をぎゅっと握りしめ、彼女は都内の所属事務所の扉を押した。
彼女は社長室に向かいすたすたと歩を進めた。
裕子は週刊誌を差し出し、社長に詰め寄った。
「社長、ここに書いてあることは本当なんですか?」
「お前を若大に入れるという話は本当だ。若大も乗り気なんだ。お前は若花田で何をやりたい?」
「やるとしたら、国文学です。自己推薦入試があって、芸能活動と両立するなら第二文学部がいいですね」
「第二文学部では、吉長百合子と同じだ。それではニュースバリューが弱い。教育学部の国語国文科にしろ」
「それじゃあ、芸能活動とは両立できないんじゃないでしょうか?」
「それはどうでもいい。合格さえすれば世間が騒ぐ。その後はどうでもいい」
どうでもいいと言われたのが、彼女の気に触った。
「どうでもいいとは、どういう意味ですか?」
「はっきり言って、お前の人気は長くは続かない。せいぜい2年だ。お前の代わりはいくらでもいる。その間に代わりを売り出せば、会社の儲けには、さほど影響はない」
社長の暴言に裕子は、週刊誌を握る手が震えた。
「社長はわたしをそういう目で見てたんですか?」
「そうだ。じゃあ、俺が聞くが、お前は歌がうまいか?」
裕子は答えに詰まった。
歌唱力がないのは、彼女自身がよく分かっている。
CDの売上げも2枚目を最高に、3枚目から下がっている。
「歌は自信ありません。でも演技なら」
「ドラマも5回目までは20%を超えたが、それから下がってるじゃないか」
「確かにそうですけど、経験を積めば」
「そう。こればかりは先が見えん。落ち目になった、お前の人気を若花田大という看板で長持ちさせるのが狙いだ」
「少し考えさせてください」
裕子は唇を噛みしながら部屋を出ていった。
3.
事務所は「広田裕子が若花田大学教育学部に合格した」とマスコミに発表した。
新聞もテレビもこの話題を取り上げた。
裕子は最初の3ヶ月は全部通った。
出席を取らない科目でも、ノートを貸してくれる学生を探さなければならないからである。
前方の席で真面目そうな学生が、教授の話を熱心にノートに取っている。
しかも、顔をみると彼女好みのイケメンである。
彼女は授業が終わると、その学生に声をかけた。
「わたし、広田裕子というんですけど、あなたは?」
「滝沢明です」
「テストの前にノートをコピーさせてくれますか?」
「もちろんいいですよ」
裕子は滝沢を繋ぎ止めておくために、コピー屋に行ったあとで、自分のマンションに誘った。
それからも会うたびに、人のいないところにいって強く抱きしながらキスをした。
滝沢は裕子のために、裕子の選択しているすべて科目に出席してノートをコピーして郵送してきた。
第二外国語のドイツ語は、参考書なみの詳しいものを送ってきたので、彼女は一夜漬けでそれを暗記することができた。
4.
裕子は4年で若花田大学を卒業した。
新聞は「第二の吉長百合子、誕生」と書き、テレビのニュースもこの話題を取り上げた。
ワイドショーでももちろん取り上げられた。
「吉長百合子さんのときは、映画しかありませんでしたからね。それに夜間の第二文学部でしょう。トップアイドルが若花田大学教育学部を卒業したのは、史上初の快挙ですよ」
コメンテーターも声を揃えて、褒めそやした。
社長もゲンキンなものである。
卒業したら、また彼女を持ち上げ、ドラマに映画にと引っ張り出した。
彼女はNKK大河ドラマに何度か出演した。
さらに出演した日本映画がアメリカのアカデミー賞外国語賞を受賞して、国際的な大女優に成長した。
彼女は大企業に就職した滝沢明と結婚して、居間で一緒に自分が出演した映画を見ながらしみじみいうのであった。
「あなたの支えでこれまでこれたわ」
「それって、ノートのコピーのことか?」
「もちろんそうよ」
「君がいたから、俺も出席したのさ。お陰で俺は大企業に就職できた」
二人は互いの顔を見つめあい、微笑みを交わすと寝室に入っていった。




