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グランキウスの魔女  作者: まんねんゆき
第八部:女王の治世
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九:魔女王の贈物

 衛兵長の言葉が終わらぬ内に、再び扉が開かれる。


 衛兵たちの制止を振り払うでもなく、ただ、そこにいることが当然であるかのように、一人の女が部屋に入ってくる。

 土埃に汚れた簡素な旅装。

 腰に一振りの剣。とても一国の女王とは思えぬその姿を、エレノアは、そして密使は、信じられないものを見る目で捉えた。

 グランキウスの魔女王、マルト。


「あら、お客さま?」

 マルトは、そこにいるのが何者なのかも全て見通すような視線で密使を一瞥すると、楽しむように言った。

「残念だけど、あなた達の悪だくみは、ここで潰させてもらうわ」


「エレノア、王子誕生おめでとう」

 マルトは、次代への憂いが全ての元凶であることなど忘れたように、祝いの言葉を述べた。

「お祝いがてら、ひとつ手土産を持ってきたわ」

 手ぶらのマルトが、こともなげに言う。

「てみやげ?」

 わけがわからず鸚鵡返すエレノアに、マルトは悪戯っぽく微笑んだ。


「ええ、グランキウスよ」

「???」

 エレノアにはマルトが何を言おうとしているのかが全く分からなかった。


「グランキウスを、あなたと、あなたのかわいい王子様にさしあげる」

「!?」

 エレノアの完璧な表情が、初めて驚愕に歪んだ。


「ガルドレイン=グランキウス連合王国を樹立しましょう。あなたが女王、面倒事はお願いするわ。そして、わたしは軍事顧問の座をもらう」

「な、なにを、いったい…!」

 神聖帝国の密使が、そのあまりに突飛な宣言に、狼狽の声を上げた。


 マルトは、その哀れな男に一瞥もくれず、続けた。

 その声は、静かだったが、大陸全土の運命を告げる、神託のような響きを持っていた。


「そして、私達の命が尽きる前に、大陸のすべての国を平らげましょう」

 魔女王が続ける。

「そうすれば、何の憂いもなくなるわ」


 巨大な爆弾が、落とされた。

 謁見の間に、死のような沈黙が落ちる。


 プレゼント。

 まるで、そこいらで買ってきた焼き菓子でも差し出すように、この魔女は国を差し出すというのだ。


 そして、そのままの勢いで大陸を平定しようと。

 軍事顧問の座、つまり戦いは自分に任せろというのだ。


 魔女を先頭に立てて向かう軍に誰が対抗できるだろう。

 これまで魔女が人に与して戦うなどあり得ない話だった。

 魔女は人の同胞ではなかった。

 だが、これは、


 エレノアの脳が、経験したことのない速度で回転を始めた。

 問題点は、枚挙にいとまがない。

 二つの国の法体系の違い、貴族たちの反発、民衆の混乱。

 あまりに荒唐無稽で、あまりに無謀な計画。


 しかし。

 しかし、もし、それが成し遂げられたなら。

 大陸から、グランキウスを、ガルドレインを、そして魔女王を脅かす敵が、いなくなる。

 自分が死んだ後、息子が、孫が、マルトの気まぐれに怯える未来は、なくなる。

 ガルドレイン=グランキウス連合王国が大陸を平定すれば、魔女が消えても、もはや敵となる者はいないのだ。

 全ての憂いは、なくなる。


 その道は、神聖帝国の滅びの道でもあった。

 密使は、血の気を失った顔で、わなわなと震えている。


 ある意味、ヴァレリウス公の懸念は正しかった。

 『魔女王の存在は、大陸の秩序を破壊する』

 だが、それは彼の想像と全く異なる『破壊』であった。


 エレノアは、目の前の、恐ろしくも、そして抗いがたいほどに魅力的な提案をした共犯者を見つめた。

 盤上を、一つずつ駒を進めるゲームは終わった。


 魔女は、盤そのものをひっくり返しに来たのだ。



第八部『女王の治世』完

第八部完となります。

引続き第九部「魔女大戦」をお楽しみください。


読んでいただきありがとうございます。

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