十三:復活の儀式
マルトが、王都の地下研究室に帰還してから、七日が過ぎた。
その間、彼女は一度も地上に姿を現さなかった。
ただひたすらに、旅で集めてきた素材を調合し、グレンダから送られてきた設計図の最終工程を解読し、この瞬間のための準備を、たった一人で進めていた。
そして、八日目の夜。
研究室の床には、グランキウスの国章よりもなお複雑で、巨大な魔術の円環が青白い光を放って描かれていた。
その中央、黒曜石の台座の上には、マルトが錬成した『賢者の涙滴』――ただの、静かな銀色の液体金属の溜まりが横たわっているだけだった。
まだ魂の宿らぬ、ただの素材。それが、カーシャの新たな『器』の、始まりの姿だった。
マーサ、トマ、ゲヘナ。三人の腹心は、固唾を飲んでその光景を見守っていた。
「…本当に、よろしいのですか、陛下」
マーサの声が、緊張に震える。「これほどの魔術を行使すれば、陛下ご自身のお命に、危険が…」
「もう、後戻りはできないわ」
マルトは、円環の中心に立つと、静かに言った。「それに、これは、私でなければ、できないことだから」
彼女は、祭壇に安置された四つの部品へと向き直った。
物理的な動力源である赤く脈打つ『大地の心臓』
魔力炉、白く輝く球体『魂の炉心』
演算能力を担う、青白い光を放つ『凍れる魂』
その傍らには、カーシャの『魂の座』が置かれている。
マルトは、目を閉じた。
意識を、自らの内なる魔力の「泉」へと、深く、深く沈めていく。
水龍との誓約によって大河へと繋がった、その無限に近い魔力の奔流。
今、彼女は、その流れの全てを、この小さな部屋の術式へと注ぎ込もうとしていた。
「―――新たなる器に秩序を与えよ!」
詠唱と共に、マルトの身体から凄まじい魔力の嵐が吹き荒れた。
床の魔術円環が太陽のように輝き、四つの部品、そして台座の液体金属が光の線で結ばれる。
マルトの魔力が光の腕となり、まず『大地の心臓』を掴むと、それを銀色の液体金属の中へと、静かに沈めていく。
次いで『魂の炉心』が、寸分の狂いもなく液体金属内部の所定の位置へと配置されていった。
最後の工程。
『凍れる魂』と『魂の座』を重ね、正確に二つの心臓の間、『賢者の涙滴』の中心へと沈めていく。
(…もう、独りには、しない)
彼女が、涙で滲む視界の中、全ての魔力を解き放った、その瞬間。
―――閃光。
世界から、音と、色が消えた。
全てを飲み込むような、純白の光が部屋を満たす。
やがて光が収まった時、魔術円環はその輝きを失っていた。マルトは全ての力を使い果たし、糸が切れたようにその場に膝をついていた。
「陛下!」
マーサが、慌てて駆け寄る。
しかし、マルトの視線は、台座の上に釘付けになっていた。
そこにあるのは、未だ形をなさぬ、銀色の液体の溜まりだけ。
(…失敗、したの…?)
絶望が、マルトの心を暗く塗りつぶそうとした、その瞬間。
ゴウン、と低い振動音と共に、液体金属の内部で『大地の心臓』が赤く脈動を始めた。呼応するように、『魂の炉心』が穏やかな青い光を灯し、『凍れる魂』が冷たい純白の光を明滅させた。
二つの心臓が動きだし、それまでただの液体だった銀色の金属が、内側から光を放ち、意志を持ったかのようにゆっくりと隆起を始める。
それは腕となり、脚となり、やがて台座の上に、かつてと同じ、滑らかな銀色の人型を形作った。
―――カチリ。
静寂の中、鋼の指先が、微かに動いた。
第五部『二つの戦い』完
第五部完となります。
引続き第六部「魂の重奏」をお楽しみください。
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