十三:魔女の凱旋
初夏の風が、王都セントグランクスの大通りに、グランキウスとガルドレイン、二つの国の旗をはためかせていた。
ガルドレインの王女エレノアが、三か月にわたる外交任務を終え、母国へと帰還する日。
その歓送の式典は、彼女が到着した日とは打って変わって、熱狂的な友好ムードに包まれていた。
「エレノア様、ありがとう!」
「マルト陛下、万歳!両国の友好よ、永遠なれ!」
沿道を埋め尽くした民衆は、手を取り合ってバルコニーに立つ、二人の若き統治者の姿に、心からの喝采を送っていた。
全ては、エレノアが脚本を書き、マルトが主演を務めた、完璧な「物語」の結末だった。
式典が始まる、少し前。
王城の私室で、二人の『魔女』は、最後の密談を交わしていた。
「…マルト。貴女には、感謝してもしきれないわ」
エレノアは、窓の外の喧騒に目を向けながら言った。その顔には、いつもの計算高い笑みではなく、どこか感慨深げな表情が浮かんでいる。
「『魔女王の親友』という称号と、『反逆者を捕らえた英雄』という実績。我が国の豚どもを黙らせるには、十分すぎる手札。全て、貴女との共闘がなければ、手に入らなかった」
「こちらこそ、エレノア」とマルトは応じた。
「貴女のお陰――ではないけれど、私にも進む道がみえてきたところなの」
その言葉に、エレノアは満足げに微笑むと、最後の確認をするように、マルトに向き直った。
「だから、貴女にも、約束を果たしてもらう。…わたくしが国に戻り、戦いの火蓋を切った時、貴女は、グランキウスの女王として、何をすると約束してくれる?」
「沈黙を」とマルトは即答した。
「ガルドレインで内乱が起ころうと、貴女の首に刃が突きつけられようと、私は決して介入しない。ただ、『友人であるエレノアの勝利を信じ、静かに見守っている』と、世界に表明するだけ。…その『沈黙』こそが、貴女の後ろ盾となる、最大の脅迫となるはずよ」
「…ええ。それで、十分」
エレノアは、満足げに頷いた。
二人の間には、もはや言葉は必要なかった。
互いの役割と、これから始まるそれぞれの戦いを、完全に理解していた。
「…では、行きましょうか」とエレノアが言った。「最後の舞台が、待っているわ」
バルコニーでの歓送の後、エレノアは、壮麗な使節団と共に、王都の門をくぐった。
マルトは、その姿が見えなくなるまで、城壁の上から、黙って見送っていた。
「…よろしいのですか、陛下」
隣に控えていたマーサが、心配そうに尋ねる。
「あの姫君を、このまま帰して。彼女は、狼の群れにたった一人で戻っていくようなもの…」
「いいえ、マーサ」
マルトは、静かに首を振った。
「狼の群れに戻るのは、猛禽よ。…ただ、今はまだ、爪を隠しているだけ」
彼女は、エレノアの一団が去っていった街道から、ゆっくりと視線を移した。
その目は、遥か西、古文書の断片が示した、「風哭きの山脈」の方向を、まっすぐに見据えていた。
エレノアの戦いが、始まる。
そして、自分の戦いも、また、ここから始まるのだ。
マルトは、踵を返すと、地下の研究室へと続く、冷たい石の階段を、迷いなく下りていった。
カーシャを取り戻すための、長く、そして孤独な旅。その最初の準備を、始めるために。
二人の『魔女』は、それぞれの凱旋を果たし、そして、それぞれの戦場へと、確かに歩みを進めていた。
第四部『二人の魔女』完
第四部完となります。
引続き第五部「二つの戦い」をお楽しみください。
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