三:砕かれた血統
祝宴は、もはや悪夢の残滓でしかなかった。
貴族たちが恐怖と混乱の中で退出させられた後、王城は不気味なほどの静寂に包まれていた。
自室に戻されたエリザベートは、侍女たちによって寝かしつけられたが、その瞳は冴え渡ったまま暗闇を見つめていた。
一方、兄であるレオンハルト王子もまた、眠れずにいた。
祝宴での出来事が、彼のプライドを深く傷つけていた。
妹を守れなかった無力感。魔女たちの前で無様にへりくだった父王の姿。
そして何より、泣き崩れる寸前だった母である王妃の顔が、彼の脳裏に焼き付いて離れなかった。
母上が心配だ。
レオンハルトはベッドを抜け出すと、両親の私室へと続く廊下を静かに歩いた。
せめて母に、気休めでもいい、優しい言葉をかけなければ。
兄として、そして次期国王として、自分がしっかりしなければならない。
しかし、父王の書斎の扉の前まで来た時、彼は足を止めた。
扉は固く閉ざされているが、中から両親の押し殺したような、しかし激しい口論の声が漏れ聞こえてきたのだ。
「……なぜです!なぜ今まで黙っていたのですか!」
それは母の、悲鳴のような声だった。いつもの冷静さはなく、ヒステリックな響きを帯びている。
「静かに!誰かに聞かれたらどうする!」
父の狼狽した声が続く。
「これは……ペネロペ様の代からの……王家の呪いだ……」
「呪い……?では、エリザベートのあの身体は、病などではなかったと!?あなたは、あの……魔女の血を引く娘を私に産ませたというのですか!」
魔女の、血……?
レオンハルトは息を呑み、冷たい扉に耳を押し付けた。
中で何が語られているのか、完全には理解できない。
だが、それが自分たちの家族の根幹を揺るがす、忌まわしい秘密であることだけは分かった。
そして、彼は聞いてしまう。
彼のその後の人生を決定づける、母親の絶望に満ちた、最後の問いを。
「―――では……世継ぎである、あの子にも!あの忌まわしい魔女の血が、流れているというのですか!」
世界から、音が消えた。
レオンハルトは、自分が呼吸するのも忘れて、その場に立ち尽くした。
母の言葉が、冷たい刃となって彼の胸を貫く。
忌まわしい、血。
それは、厄介者の妹だけの話ではなかった。自分もだ。この僕も、穢れているのか。
彼は、声も出さず、音もなくその場から後ずさった。
自室のベッドに戻ると、暗闇の中で自分の掌をじっと見つめる。
この手に、あの忌まわしい魔女と同じ血が流れている。
母が、あれほどまでに恐れ、憎む、血が。
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