五:魔女王と王女
グランキウス王国の王都セントグランクス、その中心にある王城の正門前は、異様な緊張感に包まれていた。
片側には、トマが率いる女王直属騎士団が、鋼鉄の壁のように整然と列をなしている。
彼らの鎧は黒で統一され、その表情は硬い。
魔女王の勅令を受け、彼らは「友好の使節」ではなく、「正体不明の侵略者」を迎えるかのような、最大限の警戒態勢を敷いていた。
その騎士団の前に、マルトは立っていた。
いつもの研究衣ではなく、簡素だが威厳のある、深緑のドレスを纏って。
やがて、街並みの向こうから、百騎を超える壮麗な一団が姿を現した。ガルドレイン王国の使節団だ。
先頭で風にはためくのは、グランキウスの紋章ではなく、ガルドレインの「黄金の獅子」の旗。
彼らは、まるで示威行動のように、一糸乱れぬ隊列でゆっくりと進んでくる。
そのあまりに堂々とした、そして礼を欠いた登場に、トマの眉間に深い皺が刻まれた。
「…陛下。ゲヘナ殿の言う通り、食えぬ相手のようですな」
「ええ」とマルトは短く応じた。
使節団が、城門の数十メートル手前で停止した。
その中心から、一台の、白馬に引かれた豪奢な無蓋馬車が、ゆっくりと進み出る。
馬車に乗っていたのは、一人の少女だった。
陽光を反射してきらめく、蜂蜜色の髪。
純白のシルクに、金の刺繍が施されたドレス。
その華奢な身体つきと、民衆に微笑みかける優雅な仕草は、誰もが見惚れる「お伽話の姫君」そのものだった。
ガルドレイン王国の王女、エレノア。
彼女は、マルトの前に馬車が着くと、侍従の手を借りて、ふわりと地上に降り立った。
そして、グランキウスの魔女王の前に進み出ると、完璧な淑女の礼と共に、その顔を上げた。
華奢で「お伽話の姫君」そのものの姿は、かつてのマルト=エリザベートを思い起こさせる。
マルトよりも少し年上のようだが、目線はマルトの方が高い。
まさしく、守ってあげたくなるお姫様そのもののように見えた。
「この度はお目にかかる栄誉を賜り、心より感謝申し上げます、グランキウスの女王マルト陛下。わたくしは、ガルドレイン国王が娘、エレノアと申します」
その声は、鈴を転がすように愛らしく、敵意など微塵も感じさせない。
しかし、マルトは、彼女の瞳を見ていた。
微笑みを浮かべたその奥で、深い翠色の瞳が、自分という未知の存在を、まるで鑑定士が宝石を値踏みするかのように、冷徹に、そして寸分の隙もなく観察しているのを。
マルトもまた、静かに、しかし女王としての威厳を込めて応じた。
「…ようこそ、ガルドレインの王女。長旅、お疲れでしょう。ですが、貴国の使節団は、いささか到着が早すぎたようですね。我が国には、まだ、貴方がたからの『先触れ』も届いていない」
その、非難ともとれる言葉に、エレノアは、心の底から悲しんでいるかのように、その美しい眉を曇らせた。
「まあ…!なんと痛ましいことでしょう。我が国の使者は、一月も前に出発したはず。…もしや、貴国内に潜むという、ならず者たちの手にでもかかったのでしょうか。だとしたら、これは我が国への侮辱であると同時に、陛下に対する反逆行為。由々しき事態ですわ」
慌てもしない、その完璧な切り返しに、背後で聞いていたゲヘナが、かすかに呻いた。
彼女は、先触れが届かなかったことを逆手に取り、一瞬で自らを「被害者」の立場に置き、さらにファルク卿という「共通の敵」の存在をちらつかせてみせたのだ。
成る程、目の前の少女は、言葉と微笑みだけを武器に、自分と渡り合おうとしている。
マルトは、改めて、魔力や武力以外を武器としての戦いというものを実感していた。
「…立ち話もなんですから」とマルトは言った。「城内へ、ご案内します。歓迎の宴の、用意をさせましょう」
「ありがとうございます、陛下。なんと、お優しいこと」
エレノアは、再び完璧な微笑みを浮かべた。
二人は、互いの腹の内を探り合いながら、ゆっくりと、王城へと続く道を歩き始めた。
それは、グランキウスの、そして大陸全体の運命を揺るがす、新たな時代の、静かな、しかし確かな幕開けだった。
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