二:魔女の評定
アンディラの庵。
その中央に置かれた水鏡の水面が、静かに揺らめいている。
そこに映るのは、黒曜石の玉座に頬杖をつき、退屈そうな顔をしたドリスの姿。
そして、無数の書物と奇妙な実験道具に埋もれた研究室で、水晶板を覗き込むグレンダの横顔だ。
三人の魔女が、それぞれの縄張りから、魔法で交信していた。
水鏡にはもう一つ、王城の執務室で、膨大な書類の山にうんざりした顔で目を通す、魔女王マルトの姿が映し出されている。
窓の外からは、吟遊詩人が彼女を讃える新しい歌が、微かに聞こえてきていた。
『―――玉座に座るは、我らが女王。大陸一の、最強の魔女!』
「……片腹痛いわね」
最初に口を開いたのは、ドリスだった。その声には、苛立ちと侮蔑が滲んでいる。
「『最強』とは、ずいぶんと大きく出たものだわ、ひよっこ女王様。国を治めるなんていう、面倒な椅子に座って、すっかり牙が抜けたじゃないの」
その言葉に、アンディラが静かに、しかし厳しい声で反論した。
「牙が抜けたのではないわ、ドリス。あの子は、自らの牙を人間のために振るうことを選んだ。…私は、あの子に沼の『調和』を教えたつもりだった。けれど、結局あの子が選んだのは、あなたの教えた『支配』の道。その力の行き着く先が、あの血塗られた玉座だったとは…皮肉なものさね」
二人の会話に興味を示さなかったグレンダが、顔を上げずに、しかし明確な苛立ちを込めて呟く。
「どちらでもいい。問題は、あの子が『女王』ごっこを始めたせいで、私の研究が滞っていることだ。頭を下げてきたから、あの鉄の塊の再生に助言してやったのに、今になって『国家機密』だの『情報漏洩』だのと、小賢しいことを言い出した。真理の探求に国境などないと、あれほど教えたはずだがな」
彼女の指先が、空中で複雑な術式を苛立たしげに描いては消す。
「まあ、いい。再生過程の全情報は、いずれ全てこちらに渡してもらう。あの子が女王として破滅しようが知ったことではないが、私の研究対象に傷がつくのだけは、許さん」
三者三様の不満。しかし、その根底にある認識は一つだった。
マルトは、もはや純粋な「魔女」ではない、と。
アンディラが、水鏡に映るマルトを見つめながら、重々しく言った。
「…近々、隣国ガルドレインが、あの国に干渉してくる。面倒なことになるわ」
「知ったことじゃないわ」とドリスは鼻で笑った。「自ら人間の争いに首を突っ込んだのだから、自分自身で始末させればいい。人間の戦争に、我ら魔女が手を貸す義理はない」
「その通りだ」とグレンダも同意する。
「あれは、もはや『一人の魔女』ではない。『グランキウス女王』だ。我らの相互防衛の盟約、『魔女の掟』を適用する案件ではない」
アンディラは、反論しなかった。二人の言うことが、魔女の世界の、冷徹な理だからだ。
「…そうね。我々は、静観する。あの子が、自ら選んだ女王という役割を、魔女の力を借りずに、どこまで演じきれるのか。見届けてやりましょう」
水鏡から、ドリスとグレンダの姿が消える。
一人残されたアンディラは、水面に映る、憂いを帯びた自分の顔を見つめていた。
(…マルト。結局、お前は、この戦いをたった一人で戦い抜くしかないんだよ)
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