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グランキウスの魔女  作者: まんねんゆき
第三部:慟哭の魔女
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六:砕かれた鋼

 数日後。

 マルトたちの元に、一つの緊急情報がもたらされた。

「王城内は、食糧不足に陥りつつある。近々、城の北側にある古い補給路を使い、秘密裏に外部から食料を搬入する計画があるらしい」と。


「……話が、うま過ぎます。罠の可能性があります」

 カーシャの分析に、マルトも頷く。

「ですが、現状のままで王国軍を打ち破る方策は有りませぬ」

 ゲオルグが言う。

 確かにその通りなのだが。

「どんな罠が有っても、あたし達なら大丈夫だって!」

 シルマが相変わらずの調子でぶち上げる。

「……分かったわ。その補給部隊を、私たちが直接叩く」

 マルトが決断した。


 マルトの決断の元、解放軍の精鋭が動いた。

 目標は、王都北側の古い補給路を通過するという、敵の補給部隊。

 作戦は、マルト、シルマ、カーシャの三名による、迅速な強襲。


「本当に、大丈夫なの、これ」

 作戦地点へと向かう森の中、シルマが不安げに呟いた。

 彼女の功名心に満ちた確信は、いざ決行となると、動物的な危険察知能力によって揺らいでいた。

「罠の可能性は58%と算出されています」と、カーシャが冷静に告げる。

「それでも、進みます」

 マルトの決意は固かった。


 やがて、三人は、切り立った崖に挟まれた、古い街道へとたどり着いた。

 しかし、そこに補給部隊の姿はなかった。

 ただ、不気味なほどの静寂と、濃くなる一方の魔力の淀みだけが、彼らを迎えた。

「……罠よ!」

 マルトが叫んだ瞬間、遅かった。

 崖の両側から、無数の黒い杭が地面に撃ち込まれ、青白い光の網を形成する。

 広域型魔法阻害装置。

 同時に、崖の上には、ファルク卿に率いられた王妃直属の精鋭部隊が、ずらりと姿を現した。

 そしてもう一人、ゲオルグの姿が有った。


「かかったな、魔女め!」

 ゲオルグの、憎悪に満ちた声が響き渡る。

 シルマは、その姿を見て、全てを悟った。

 自分は、嵌められたのだ。

 ゲオルグの言葉も、届いた情報も、全てが、自分たちをここに誘い込むための、完璧に仕組まれた嘘だったのだ。


「マルト、ごめ……」

 シルマの謝罪は、クロスボウの矢が放たれる音に掻き消された。

 魔法が使えない。このままでは、ただの的だ。

「カーシャ!」

 マルトの絶叫に、ゴーレムが応える。

『外骨格モード、起動』


 鋼鉄の魔女と化したマルトが、矢の雨からシルマをかばう。だが、敵の狙いはそこにあった。

「撃ち続けろ!構うな!」

 ゲオルグの非情な命令が飛ぶ。敵は、マルトを倒そうとはしていない。

 シルマを人質にする形で、マルトに防御を強要し、その魔力と生命力を、一方的に消耗させようとしていた。

「そこの猫が教えてくれた、お前のその武器は半時もすればお前自身の命も蝕むとな」


「違う、そんなの、嘘」

 シルマが叫ぶ


「ぐ……うううっ……!」

 マルトは、外骨格の中で苦悶の声を上げていた。

 魔力が、生命そのものが、急速に削り取られていく。

『警告。マスターの生命維持レベルが、危険領域に。……最終安全プロトコルを発動』

カーシャの無機質な声が響く。

『マスターを、お守りします』

 それが、マルトが聞いた、彼の最後の言葉だった。


 鋼鉄の魔女の身体が、内側からまばゆい光を放ち、次の瞬間、全方位へ向けて凄まじい衝撃波が放たれる。

 周囲の兵士たちが、対魔術兵器ごと、崖から吹き飛ばされる。

 それは、カーシャが、自らの全てを賭してマスターを守るための、最後の防御だった。


 光が収まった時、マルトを包んでいた外骨格は、僅かに右手の肘から先を残し、跡形もなく消えていた。

 彼女の目の前にはカーシャの胸部装甲だけが黒い残骸となって落ちていた。


「……あ……ああ……」

 マルトは、動かなくなった相棒の亡骸を前に、ただ、膝をついた。

 身体中の魔力は、枯渇していた。

 体力も、もう限界だった。

 全てが、終わった。


「いや……いやぁぁぁぁぁっ!」

 背後で、シルマの、魂が引き裂かれるような絶叫が響いた。

 彼女は、自分が犯した、取り返しのつかない過ちの大きさに、ついに耐えきれなくなった。

「なんで……こんな……あたし……!」


「……見ろ。化け物の玩具が、壊れたぞ」

 崖の上から、ゲオルグの、侮蔑に満ちた声が響いた。

「終わりだ、魔女よ!」

 王妃の兵士たちが、好機とばかりに、じりじりと包囲の輪を狭めてくる。

 クロスボウの矢先が、無防備なマルトへと、一斉に向けられた。


 シルマは、泣き叫ぶのをやめた。

 彼女は、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、マルトの、絶望に満ちた背中を見つめた。

(……あたしのせいだ)

(あたしが、馬鹿だったから。あたしが、調子に乗ったから)

(カーシャは、壊れた。マルトは、独りになった)

(……もう、逃げるのは、やめだ)


「―――あんたたちの相手は、このあたしよ!」


 シルマは、そう叫ぶと、マルトをかばうように、その前に立ちはだかった。

 彼女の身体から、最後の力が、嵐のような魔力となって吹き荒れる。

「シルマ!?」

 マルトの、かすれた声が響く。


 シルマは、決して振り返らなかった。

 ただ、その声は、昔のように、明るく、そして不敵だった。

「あんたは、あたしの、たった一人の妹弟子なんだ。……姉弟子が、妹弟子を守るのは、当たり前、でしょうが!」


 彼女は、自らの命を燃料に、最後の風の魔術を解き放った。

 凄まじい暴風が、崖の上の兵士たちを薙ぎ払う。

 だが、それは、多勢に無勢。

 兵士たちが放った、何十本もの鉄の矢が、シルマの身体を、容赦なく貫いた。


「……あ……」

 風が、止んだ。

 シルマの身体が、ゆっくりと、マルトの方へと倒れ込んでくる。

 マルトは、震える腕で、その亡骸を、必死に抱きしめた。

「……いやよ……シルマ……!嘘でしょ……!」


 相棒は、砕かれた。

 友は、自分を庇って、倒れた。

 マルトは、たった一人、敵陣の真ん中に取り残された。

 その瞳から、光が消える。

 そして、その代わりに、全てを焼き尽くす、憎悪の炎が、燃え上がった。


 身体中の魔力は、枯渇していた?

 体力も、もう限界だった?

 全てが、終わった?

 そんな戯言たわごとを誰が言った。

 もっと絞れ、この身体に流れる血の最後の一滴まで。


 絞り出した僅かな魔力を極限まで使い、最大限の効果をもたらす魔術を組上げる。

 カーシャの崩れ落ちたボティの残骸の一部が集まり渦巻き圧縮される。

 細い超硬質の弾体が形成され。

 残った魔力で、大気を限界まで圧縮し、瞬時に解き放つ。


 向かう先は、ゲオルグ。

 解放軍に潜入し、シルマを嵌め、二人を失わせた元凶。

 裏切り者。


 大音響とともに射出された弾体が、ゲオルグの分厚い鎧に包まれた胸元に大穴を開ける。

 ゲオルグは目を見開きそのまま倒れる。


「!」


 ゲオルグを守っていた兵士が慄き、逃げ出す。

 抵抗できるはずが無いと高を括っていた相手の思わぬ反撃に、包囲した兵士たちの足が停まる。


 マルトは、ゆっくりと、意味ありげに片手をあげ、先頭の兵に向ける。


 ほんの微かに残った魔力で、大気を限界まで圧縮し、瞬時に解き放つ。

 大音響で放たれる魔法に、兵たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 大音響を放つだけの魔法で。


 だが、マルトは、もう、それ以上動けなかった。

 逃げていくファルク卿と兵士たちを、ただ、虚ろな目で見送ることしかできなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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