十七:英雄の凱旋
魔獣の群れが去った平原には、王国騎士団の無惨な残骸と、呆然と立ち尽くす生存者たちだけが残されていた。
マルトは、その光景を一瞥すると、自らが避難民たちに声をかけた。
「……もう、大丈夫です。村へ帰りましょう」
彼女は、癒しの魔法で負傷者の応急手当を行い、破壊された道を避難民たちを率いて、ゆっくりと東への帰路についた。
それは、意図的にゆっくりと進められた、静かなる凱旋パレードだった。
彼女が通過する村々では、噂が噂を呼んでいた。
王国騎士団が惨敗した魔獣のスタンピードを、たった一人の魔女が、仲間と共に鎮めてしまった、と。
その道中、マルトは避難民だけでなく、壊滅した騎士団の兵士たちにも、分け隔てなく薬と食料を与えた。
その行動は、兵士たちの心を強く揺さぶった。
救国の英雄。
慈愛深き魔女。
その評判は、彼女の進軍よりも遥かに速く、王国全土へと駆け巡っていった。
ギルドへ、商人たちへ、そして無論、王都の玉座へも。
数日後、マルトが自らの館へとたどり着いた時、その光景は、彼女がこの地に初めて来た時とは、全く様変わりしていた。
館へ続く道は、彼女の帰還を歓迎する、数千もの民衆で埋め尽くされていたのだ。
近隣の村人、彼女が救った避難民、そして噂を聞きつけて集まってきた人々。
彼らは、マルトの姿を認めると、熱狂的な歓声を上げた。
「館の魔女様、万歳!」
「我らの救い主だ!」
マルトは、館のバルコニーに立つと、その歓声に、かつて「王女エリザベート」として演じた、完璧な微笑みで応えた。
だが、その内面は、かつての健気な少女とは似ても似つかない、冷徹な計算で満たされていた。
(……見ていますか、お母様、兄上)
(これが、民の心。これが、本当の『権威』というものです)
(あなた方が玉座の上で弄している、空虚な権力ごっこではない)
彼女は、この熱狂を、自らの最大の武器として、王家に見せつけていたのだ。
民衆の支持という、誰にも覆すことのできない「事実」を盾に、彼女は自らの独立を、そして王家への反旗を、ここに宣言したに等しかった。
その報は、王都セントグランクスにいる王妃の元にも、即座に届けられた。
「……民衆の女王、ですって?」
報告を読み上げたファルク卿の前で、王妃は、その完璧な微笑みを、初めて崩した。
その瞳には、もはやマルトへの侮蔑はなく、自らの計画を脅かす、対等な「敵」に対する、明確な憎悪と警戒の色が浮かんでいた。
「……ええ、放置できませんね。あの小娘に、これ以上、好き勝手にはさせません」
彼女は、すぐさま国王の名で、一通の勅命を用意させた。
それは、英雄を讃えるためのものではない。
増長した駒を、盤上へと引き戻すための、冷たい最後通牒だった。
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