七:沈黙の谷の敗走
十三歳の春。
薬師ギルドから出された報酬が、金貨三枚という高額依頼『星光ゴケの採集』。
ブラントから「谷の奥にはとんでもない化け物がいる」と警告されたにも関わらず、マルトは自らの力を信じ、依頼を受注した。
北の山脈にある『沈黙の谷』。
その最深部の洞窟で、三人は壁一面に自生する星光ゴケを発見する。
「やったー!大金持ちよ!」
シルマが歓声を上げ、壁から苔を剥がそうと手を伸ばした、その時だった。
グォオオオオオッ!
洞窟の奥の暗闇から、地響きと共に、巨大な影が姿を現した。
それは、マルトがこれまで見たこともない、異様な魔獣だった。
全身が、きらめく水晶のような鱗で覆われており、その身体からは、一切の魔力が感じられない。
ただ、その瞳だけが、飢えたように、マルトの身体の内なる「泉」を、じっと見つめていた。
「来るわ!」
マルトは、先手を打った。
指先に魔力を圧縮し、ドリスの教え通り、一条の光として番人へと放つ。
しかし、信じられないことが起きた。
番人は、その攻撃を避けるでも、防ぐでもなく、まるでご馳走を前にしたかのように、その光線を、身体の水晶に吸い込んでしまったのだ。
次の瞬間、番人の全身の水晶が、より一層まばゆい光を放ち、その動きが、明らかに速くなった。
(わたしの魔力を、「食べた」…?)
「何よ、それ!じゃあ、これならどう!」
シルマが、風の刃を連続で放つが、それもまた、全て番人の身体に吸い込まれ、その力を増すだけの結果に終わる。
『マスター、シルマ!魔術的な攻撃は逆効果です!』
カーシャが警告を発し、物理攻撃で番人に挑みかかる。
だが、魔力を吸収して強化された番人の力は、カーシャの鋼鉄の身体すらも上回っていた。
カーシャの腕は、強烈な一撃を受けて大きく歪み、後方へと吹き飛ばされる。
魔法は、敵を強くするだけ。
物理攻撃も、歯が立たない。
マルトたちは、初めて、完全に「詰んだ」状況に陥った。
「……撤退します!」
マルトは、屈辱に唇を噛み締めながら、叫んだ。
だが、番人は、極上の餌であるマルトを、逃がすつもりはなかった。
退路を塞ぐように、その巨大な腕が、シルマめがけて振り下ろされる。
『―――!』
損傷したカーシャが、その間に割り込み、全身でその一撃を受け止めた。
バキィン!と、嫌な音が響き渡る。カーシャの身体の半分が、無惨に砕け散った。
しかし、その犠牲が、マルトとシルマに、洞窟から脱出するための、ほんの数秒の時間を与えた。
「だから、言ったろうが。若い奴はすぐ調子に乗って背伸びしやがる。まあ、命が有っただけよかったと思いな」
這う這うの体でギルドに帰還したマルトに、ブラントが苦言を呈す。
違約金まで払わされ、大金持ちにはなれず、マルトの自信は打ち砕かれた。
***
夕食後の、王家の私室。
重い沈黙が、国王、王妃、そしてレオンハルトを包んでいる。
侍従が、マルトの依頼失敗の報を、おそるおそる報告する。
「……そうか。だが、命に別状はないのだろうな。……それなら、良い」
国王ヴァルド三世は、心底、安堵したように息をつく。
彼にとっては、娘の成功よりも、その生命の安全の方が、遥かに重要だった。
「ええ、陛下のおっしゃる通りですわ。まずは、あの子が無事であったことを、喜びましょう」
王妃は、完璧な微笑みで同意する。
その瞳の奥に浮かんでいるのが、安堵なのか、それとも失望なのだろうか。
レオンハルトは、黙って、しかし満足げに、口の端を歪めていた。
あの怪物が、初めて、その限界を露呈したのだ。
「……思い上がるのも、そこまでだということだ。魔女といえど、万能ではない。いずれ、必ず……」
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