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伊達は街角で、部下の田中さんの姿を見かけた。
若い女性は苦手だ。何かあると「セクハラ」だと訴えられる可能性もある。
田中さんはそんな人ではなさそうだけど、会社とプライベートでは、また違うかもしれない。
「どうしよう、気づかれずに通りすぎたい…」と考えた末、妙案が浮かぶ。
マスクをし、わざと息を強く吐いてメガネを曇らせれば、顔も分からないはずだ。
白い霧の中を堂々と歩き出した伊達。
しかし次の瞬間、「伊達さん、こんにちは」と声を掛けられ、立ち止まる。
メガネを曇らせただけでも、バレるようだ。
軽く挨拶を交わし、通り過ぎた。
伊達は苦笑し、「無駄な努力だったな」と心の中でつぶやいた。