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探偵は碁会所で依頼人を待つ
繁華街の一角。階段を降りて地下一階から入ることのできる碁会所がある。
その一室。左隅の碁盤がある席で俺は依頼人を待つ。
「若い子がここに来るなんて珍しいね。お兄ちゃん、俺と打たないか?」
初老のおじいさんの言葉に俺は首を振る。
今日はここに碁を打ちに来たわけではない。『ヒカルの碁』でルールは覚えたけれど、囲碁を楽しむことが目的でこの場所にいるわけではないのだ。
おじいさんは怪訝そうに俺から離れた。俺は構わず碁盤の上に夏目漱石の『こゝろ』の文庫本をそっと重ねた。
俺がここに来た午前11時からきっかり1時間後。壁にかかった時計が正午を差した時、若い女性がやってきた。
黒髪の長いロング。彼女は黙って俺の差し向かいに座り、太宰治の『人間失格』の文庫本を『こゝろ』の真上にピッタリと置いた。
「いかにも。あなたが依頼人ですね」
女性は無言で頷いた。
「最後の確認をしましょう」
俺たちは交互に黒石と白石を置いた。十手まで差し終えた後、俺は小声で呟いた。
「確かにあなたが依頼人だ」
女性は再び無言で頷く。
「それでは改めて聞かせてください。あなたの依頼は?」