ep.09 報いと静寂
「速報です。昨日廣瀬美術館で行われた慈善宴会で、予想を上回る募金額が集まりましたが、その裏で政治的な取引があった可能性が浮上しました。末永浩貴理事らが、真綿俊明議員が決定権を握る土地の開発権を巡り、密かに交渉を進めていた疑いがあります。関係者の証言によれば、会場内でその証拠とされるものが発見されたとのこと。この慈善イベントが、単なる資金調達の場ではなく、政治とビジネスの取引の舞台として使われていた疑念が高まっています。詳細は現在も調査中。続報をお待ちください。」
報道を受け、真綿議員の支持率は急落。有権者は、慈善宴会が政治利用されたことに強い不信感を抱き、誠実さと透明性に疑いの目を向けるようになった。かつての支持者たちも今や冷ややかな視線を向け、議員はメディアの執拗な追及に晒されていた。
公の場から姿を消し、関係者との会議に日々を費やす彼。しかし、謝罪のタイミングも見極められず、孤立を深めていく。政策推進も次々と壁にぶつかり、対立候補たちはこの機を逃さず攻勢を強めた。再起の望みは、ほとんど残されていなかった。
同時に、末永理事とビジネスリーダーたちも追い詰められていた。慈善宴会が取引の場と報じられたことで、理事長のビジネスに対する信用も揺らぎ、スポンサーたちは次々と距離を取り始めた。批判と取材の嵐の中、彼らの表情には焦燥が浮かんでいた。
そんな中、真綿議員の自宅に一つの宅配便が届いた。
「宅配便です。お受け取りお願いします」
業者は丁寧に頭を下げ、荷物を手渡すと、その場を後にした。
妻は不思議そうに箱を抱えたまま、ダイニングルームへと戻る。
何気なく封を切り、中を確認した瞬間——息を呑んだ。
そこには、ぎっしりと詰まった現金。束ねられた札が幾重にも重なり、見慣れない光景に手が震えた。額にして一億円。
だが、驚きはそれだけではなかった。現金の上に、静かに置かれた二枚の紙。
一枚目は、無言の切断を示す離婚届。
そしてもう一枚には、力強い筆跡でこう綴られていた。
「真綿議員と離婚をして、このお金で生活してください。」
妻の目に、瞬く間に涙があふれた。その姿に気づいた娘が駆け寄る。
「ママ、どうしたの? なんで泣いてるの?」
「ママね、嬉しいの。この世界はまだ、優しいって思えたから」
配達員の正体は――昴だった。
痕跡を一切残さず、真綿から金を奪い、妻と娘へ未来を託した。これは小さな贈り物であり、せめてもの救済だった。
任務を終えた昴に、佐倉井総理は深い賞賛を贈った。行動と功績に、大きな期待を寄せている。一方、瞬はいつも通り、称賛の言葉をかけることもなく、次の任務を淡々と告げた。