ep.08 すれ違った視線
昴と幽紗の運命がここから始まります。
ふと、前方に目を向けると、幽紗がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
静かな足取り。自然と周囲の視線を引きつけるような、抗いがたい存在感。
まるで喧騒の中にひとつだけ静寂が混じったような、不思議な違和感を纏っている。
すれ違いざま、昴は一瞬だけ彼女を見た。
その瞳と、ふと交差した。
時間が止まったような感覚――
しかし次の瞬間、彼はすぐに目を逸らし、何事もなかったように歩き続けた。
けれど、その胸の奥に、ほんのわずかな引っかかりが残った。
言葉では説明できない、あの眼差しの残像。
幽紗は、気配に引かれるように足を止めた。
彼の背中が遠ざかっていく。
まっすぐに、静かに、何も語らずに。
その姿を幽紗は見送っていた。
すれ違った一瞬、彼の瞳が確かに自分を見たことを覚えている。
冷静に見つめる目――けれど、その奥に、わずかに揺れる熱があった。
だが彼は、それをすぐに閉じた。
まるで自分でも気づかれたくないように。
その背中には沈黙が宿っていた。
無関心の静けさではない。
むしろ、自分の中に何かを押し込めて歩き続けるような、ひどく不器用な沈黙。
芸術家としての直感が、そこに曖昧な輪郭を見出していた。
まだ描かれていない、けれど確かに存在する「何か」。
その目には、観察者の冷静さが宿っていた。
だが、その奥には――言葉にできない感情が、わずかに滲んでいた。
彼の姿が完全に消えても、しばらくその場を動けなかった。
静かに息を吸い、そして吐く。
胸の奥に、音にならない何かが残っていた。
それは、まだ形を持たない余韻だった。