ep.05 金の招待状
東京の灯りは、まるで漆黒の天幕にちりばめられた星のように輝いていた。この都市は眠らない。昼も夜もその喧騒は絶えず、権力と欲望が交差する場所である。
その片隅に、一軒の豪華な館が佇んでいた。高い壁と茂った木々に守られたその館は、まるで異世界のように周囲から隔絶されており、その外観にはどこか神秘的な雰囲気が漂っていた。
館の中は、薄暗い灯りがほんのりと暖かさを醸し出していたが、その暖かさは外からは決して感じ取ることができなかった。外部の人々にとって、この館はただ権力と陰謀の温床でしかなかった。
昴は静かに窓辺に立ち、夜の街を見下ろしていた。彼の視線は深く、何かを探すように遠くを見つめている。
チャコールグレーのスーツに包まれた姿には無駄がなく、その眼差しには、世界の底を見通すような静かな光が宿っていた。
今夜、昴には特別な任務が課されている。依頼主は、日本初の女性総理、佐倉井華。
凛とした顔立ちと鋭い眼差し、隙のない立ち居振る舞い。まるで冷徹な指揮官が戦場を掌握するように、彼女の存在は周囲を圧倒する。
「日本の新時代は、女性の力で切り拓く。共に未来を創り上げましょう」
かつて選挙戦で放たれたその言葉は、昴の耳にも残っていた。理想を掲げる政治家にありがちな綺麗事。しかし、彼女の背後にある冷酷さを昴は知っていた。数々の闘争を勝ち抜き、敵を容赦なく切り捨ててきたその姿勢。その裏に潜む陰謀の匂いが、昴には心地よかった。
今回の標的は、真綿俊明議員。高い支持率を持ち、佐倉井政権に公然と反対する姿勢を取る男。だが、その実態は正義とは程遠い。金にまみれ、裏ではいくつもの疑惑を抱えていた。
昴は静かに、真綿俊明の生活を追い始めた。昼間は冷静沈着な政治家として振る舞う彼だが、夜になるとその仮面は外れる。書斎に閉じこもり、高価なウイスキーを飲みながら妻に罵声を浴びせる姿。その醜悪な素顔は、昴の中にある冷たい部分と奇妙に共鳴した。
「あなた、もう少し冷静に……子どもがいるのよ……」
「は? お前に言われる筋合いはねぇだろうよ。黙れ」
妻の沈黙、娘の怯えた瞳。その光景が昴の胸に何かを残す。任務の一環と割り切るには、あまりに生々しい現実。彼はただの観察者ではいられなかった。
ある日、真綿の机に届いた金色の招待状。差出人は、廣瀬美術館の理事長・末永浩貴。慈善宴会への招待状だった。芸術教育プロジェクトの支援を名目に、政治家や名士たちが集う華やかな場。しかし、昴の直感は告げていた。この宴会の裏に、もっと別の何かがある。
調査を進めるうちに、末永理事長がビジネス界の巨頭たちと癒着し、ある土地の開発権を政治的に獲得しようとしていることが判明する。そして、真綿俊明はその土地に関する決定権を持つキーパーソン。宴会は、その裏取引のための舞台だった。
昴は、真綿と利益団体の繋がりを暴露することで、彼を表舞台から引きずり下ろす決意を固める。これが、月影一族の仕事の本質。表では語られない正義の執行。
さらに、特別ゲストとして、若き天才画家・東日幽紗の名がゲストリストに載っていることを知る。彼女の代表作『純』がオークションに出品されるという。その収益は慈善基金に寄付されるとあったが、昴はその裏に隠された意図を見抜いていた。
慈善宴会の招待状は18金で作られており、特殊な印刷とホログラムで偽造を防止している。それを突破するには、精密な偽造技術が必要だった。
昴は翼に依頼する。天才的なクラフターである翼は、18金の素材を加工し、ホログラムやインクの質感までも完璧に再現した。まるで芸術作品のように仕上がった偽造招待状には、偽の身分情報も仕込まれている。
「はい、できた。文句は言わせないクォリティでしょ」
「……見事だ。助かる。いつもありがとう」
「小さいもんだよ」
セキュリティチェックを突破するために、事前に使用される装置の特性や検査プロセスも調査済みだった。
そして、ついにその夜がやって来た。
金色の招待状を手に、昴は堂々と宴会会場の入り口に立つ。指先に汗はない。呼吸は静か。内側では緊張の糸が張り詰めていたが、その表情には一切の揺らぎもない。
「確認できました、灘様。どうぞお入りください」
「どうも」
淡々と答え、昴は一歩を踏み出す。煌めく照明の下、金色の招待状が手の中で静かに光を放つ。その光は、任務の始まりを照らしていた。