ep.22 嘘に沈む邸宅
その日、颯は邸宅の庭でぼんやりと時間を潰していた。
ふと耳に入った使用人たちの囁き声が、彼の心に暗い種を蒔く。
「聞いたか? 執事からの話だけど、昴様……本物じゃないらしいぞ」
「は? 本物じゃないって、どういう意味だよ」
「詳しくはわからない。ただ、あの方……家族じゃないらしい」
雷鳴のような衝撃が、颯を打ちのめした。
体中に冷たいものが走り、呼吸さえ苦しくなる。
瞬の「特別扱い」。
違和感の正体が、ここに来て輪郭を持ち始めた。
颯は何も言わず、その場を後にした。
足早に、自室へ戻る。
心の中では、黒い計画が静かに膨れ上がっていた。
――邪魔者を、排除する。
かつてないほど明確な衝動に駆られながら、颯は呼び出しボタンを押した。
「忍。執事を、連れてこい」
数分後。
執事と忍が部屋に入ってくる。
「颯様、お呼びでしょうか」
落ち着いた素振りを見せる執事だったが、微かに揺れる瞳は隠せない。
「まあまあ、リラックスしてよ」
椅子を勧め、顎をしゃくる。
執事がぎこちなく座ったのを確認すると、颯は静かに切り出した。
「昴について、聞きたいことがあるんだ」
空気が凍りつく。
執事は一瞬だけ目を伏せた。
「昴様が……どうかなさいましたか」
「本当に、月影の血を引いてるのか?」
静かに、しかし逃れようのない圧で問い詰める。
執事は沈黙した。だが、颯の冷たい視線に耐えきれず、震える声を漏らした。
「昴様は……本当のご子息では、ありません」
その瞬間、颯の顔に冷たい笑みが広がった。
だが、まだ終わりじゃない。
「それだけ? ねえ、忍」
命令。
忍は無言で執事に近づき、次の瞬間、拳を叩き込んだ。
鈍い音が響き、執事は呻く。
それでも口を閉ざす彼に、容赦なく拳が降る。
やがて、限界を超えた執事は、震えながら叫んだ。
「もう……もうやめてください! 昴様のご両親は……交通事故で……瞬様が……家族として……!」
言葉を吐き出すように告げると、床に崩れ落ちた。
颯は立ち上がり、ゆっくりと息を吐いた。
――やっぱり、そうか。
幼い頃の違和感。
昴が急に、別人のようになった理由。
それは“昴”が別人だったからだ。
「そういうことか……」
低く呟き、口元に狂ったような笑みを浮かべる。
忍に向き直り、軽く片手を上げた。
「楽しかったね。今日はシャンパンでも開けようか」
冷たい冗談。
だが、その裏には深い憎悪と狂気が渦巻いていた。
「つぶしがい、あるね。忍」
命令を受けた忍は、無言で頷いた。
彼らが仕掛けたのは――交通事故に見せかけた暗殺計画。
それは表向きの話。
本当の狙いは、昴の記憶を呼び覚ますことにあった。
メッセージは送られた。
昴は何の疑いも抱かず、任務に取り掛かる。
だが、仕組まれた罠にかかり、見事に失敗。
任務失敗の報せを聞いた颯は、満足げに微笑んだ。
その時――。
ドアの外から、力強い声が響き渡った。




