ep.13 芸術の迷宮へ
今日は、聖田祭の開催日。
幽紗は久しぶりに母校・聖田美術大学の門をくぐる。
胸の奥には、懐かしさと新しい発見への期待が入り混じっていた。
聖田祭は、ただの学園祭じゃない。
芸術の迷宮みたいな、特別なイベントだ。
キャンパス中に並ぶブースでは、陶芸職人が土を操り、
グラフィティアーティストが巨大なキャンバスに色を重ねていく。
静かな情熱と爆発するエネルギー。
そのどちらもが、確かにここに生きていた。
幽紗は足を止め、その場でしか味わえない「瞬間」を目に焼き付ける。
講義エリアでは、無料ワークショップが開かれていた。
油絵、彫刻、現代アートの歴史――。
教授たちが熱く語る講義に、幽紗も夢中になる。
普段の制作では得られない刺激が、体の奥をざわめかせた。
そして、食のブース。
アイシングクッキーのワークショップでは、みんなが真剣な顔で小さなキャンバスに色をのせていく。
一方、カクテル作りのデモでは、バーテンダーが光る液体を操っていた。
味覚も視覚も刺激される、まさに芸術と食のコラボレーションだ。
そんな中、幽紗は懐かしい姿を見つけた。
――米田教授。
白髪交じりの髪、落ち着いた佇まい。
学生時代、彼は誰よりも幽紗の才能を信じ、導いてくれた恩師だった。
「久しぶりだね、東日君」
優しい笑顔とともに、教授が声をかけてくる。
「お久しぶりです、米田教授」
幽紗も微笑み、軽く頭を下げた。
「『純』は素晴らしかったよ。ダリアの面影が見えた」
その言葉に、幽紗の胸が高鳴る。
ダリア――幽紗が幼い頃から憧れ続けた、伝説の画家。
「本当ですか? ありがとうございます。ダリアは、私の目標なんです」
思わず顔がほころんだ。
教授はふと声をひそめ、顔を寄せた。
「そういえば、ダリアの作品について、面白い噂を聞いたんだが――知っているか?」
「え?」
幽紗は思わず前のめりになる。
「ダリアの本物の作品には、サーモクロミックインクで、彼女自身の「真の思い」が隠されているらしい。都市伝説みたいな話だけどね」
「そんな……」
初めて聞く話だった。
驚きつつも、心のどこかで、信じたい自分がいた。
教授は軽く笑いながら肩をすくめたが、
その目はどこか真剣だった。
――もし、それが本当なら。
ダリアの作品は、ただの芸術品じゃない。
もっと深い、彼女だけの物語が隠されていることになる。
幽紗は小さく息を呑んだ。
そのあと、二人は近況やアート界の話題を語り合った。
米田教授は幽紗の成長を喜び、未来に大きな期待を寄せた。
幽紗もまた、教授の言葉に背中を押されるような、そんな温かい力を感じていた。
今日、この場所で得たものはきっと、
彼女の創作に新しい色を加えるに違いない――。




