ep.01 月の血を継ぐ者たち
はじめまして。
これは、「影」に生きる者たちの物語です。
読んでくださった皆さんに、ほんの少しでも「影」の温もりが届きますように。
運命は、過去から未来へと連なる一本の糸。
それをどう編み上げるかは、我々一人ひとりに委ねられている。
紡いだ先にどんな模様が浮かび上がるのか――
その答えに辿り着いたとき、ようやく人は、自らの歩みの意味を知るのだ。
かつて平安の世――
京の裏路地に、一つの影が生まれた。月影一族。月に選ばれし、闇の守護者たち。
彼らは夜を生き、盗みによって糧を得ていた。俊敏な動き、優れた身体能力、そして闇に溶けるような知恵。誰にも姿を見せず、気配すら残さず、風のように現れては去ってゆく。
世間では彼らを「悪影」と呼び、恐れた。
だが彼らが盗んだものの多くは、貧しき者たちの口へと運ばれていた。
誰にも信じられず、誰にも救われなかった民にとって、月影一族は影の神であり、希望だった。
ある満月の晩。
一族の中に、これまでの行いに疑問を持つ者たちが現れた。
「盗むことが正義なのか? 本当に我々の選ぶ道なのか?」
その問いは、静かに、しかし確かに一族の心に火を灯した。
族長もまた、同じ思いを胸に秘めていた。
そして、その夜――
空を満たす月が、一際強く輝いた。
月光が地に降り注ぎ、やがてその中心に、白銀に包まれた少女の姿が現れた。
風も止み、時間すら凍ったかのような静寂の中で、少女は語りかける。
「悪をもって善を成すを望みし者たちよ。月の力を授けましょう。
ただし、その力をもって、正しき道を行き、人々を守るのです。
人のために生きること、それこそが月の選びし者の務め――」
その声は澄み渡る鈴の音のようで、一族の心に深く染み入った。
言葉を終えると、少女は光の粒となり、夜空へと還っていった。
それは幻だったのか。
それとも、月そのものが遣わした奇跡だったのか。
誰にも分からなかったが、確かにその夜からすべてが変わった。
少女が消えたあとも、空には満月が凛と輝いていた。
その静けさを破るように――
突然、京の北の空に黒煙が立ち上る。次の瞬間、火柱が夜空を染め上げた。
「火災だ……!」
町は混乱に包まれた。人々が悲鳴を上げ、我先にと逃げ惑う。
誰もが絶望の淵に立たされる中――ただひとつ、冷静な影が動き出す。
月影一族だった。
「水辺へ急ぎ参れ!我ら、導かん!童と女子こそ、先に行かせよ!」
その声に応じ、一族の者たちは夜の闇を駆けた。
常人には到底真似できぬ俊敏さで川から水を汲み、また一人、また一人と、炎に包まれた町から住人を救い出していく。
指揮を執るのは、月影の族長。
その瞳は燃え盛る炎すら見据え、的確に仲間たちを導いた。
――これはもはや盗賊の姿ではなかった。
――人々を守る、まぎれもない「守人」の姿だった。
夜が明け、火災はようやく鎮まった。
焼け跡に立ち尽くす町の者たちは、誰もが一族の名を口にした。
「……あの者たちが、救ってくれたのだ」
それはかつて、影として嫌われていた者たちを「英雄」と呼ぶ声だった。
その翌日、月影一族は一通の召しを受けた。
差出人は――桓武天皇。
御所の中、緊張に満ちた謁見の場で、月影の族長は頭を垂れる。
「昨日の働き、しかと見届けた。汝らの行い、誠に感謝する」
そう口を開いた天皇の声は、穏やかで、威厳に満ちていた。
「我が朝廷のため、力を貸してはくれぬか?」
「大君……。この身、この力、謹んで捧げましょう」
「うむ。ならば、汝らの御名は何と申す?」
「我らは、月影と申します」
天皇は一瞬、目を細めた。そして口元に微笑を浮かべ、こう告げた。
「月影――月の使いにして、影に生きる者か。
よかろう、その名、後の世には『げよう』と呼ばせるがよい。
時に応じて我が命を待ち、闇より我が敵を討て。退がってよい」
「御命、しかと承りました」
その日を境に、月影一族は「盗人」ではなく「天皇の影」として、新たな使命を背負うことになる。
だが――
それは、長き宿命の始まりでもあった。
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