エピローグ:ヴァーリオ
エピローグその1です。
ピアと別れたヴァーリオは、何時も通りの準備をする。
髪色を変え、中古のジャケットを着て街に出る。
今の彼は冒険者カイトだ。
この世界に魔法は無いものの、冒険者という異世界定番の職業はあった。
この世界の人間は身体能力が高く、魔法や銃が無くても前世の熊程度は屠れるくらいに強い。
害獣と呼ばれる生物が跋扈するこの世界では、それ等を駆除する冒険者という職業は安定して食えるのだ。
勿論、ちゃんと結果を出さなければならないという注釈が付く。
カイトは前回において戦争による戦闘経験は十二分に積んでおり、王子としても日々の鍛錬があった為、界隈では凄腕の冒険者として知られていた。
「よっ! おっちゃん、これ頼むわ」
カイトは冒険者の酒場で依頼書を手にし、受付のオヤジの元に持って行く。
「お? 待ってたぜカイト! 早速受け付けるぜ!」
そう言ってカイトの依頼を受け付ける。
「討伐か? カイト! 俺にも一枚噛ませろや」
「いやいや、俺はどーよ? 分け前さえ貰えりゃあ、頑張るぜ?」
「おめーらなー、毎回俺ばっかに頼んなって。いざって時に苦労するぞ? ヲイ」
「ツレねー事言うなよ~。それに仕事はキチッとやってるだろ~?」
「そうだがな。まぁ、いいや。んじゃーお前等、付いて来な!」
そう言ってカイトは荒くれ冒険者を引き連れて害獣退治に出掛けた。
かなりの数を狩れたので、結構な収入になる。
カイトはそれを半分は貯金し、残り半分は冒険者達とどんちゃん騒ぎに使った。
日中昼寝をしているのは、こういった訳があった。
冒険者としての経験や実績を積むカイト。
それ等の素行は王家に筒抜けだった。
しかし、王太子としての職務を放り投げて冒険者家業を営むヴァーリオに、王達は何も言わなかった。
唯一祖父だけであろう、小言を言うのは。
ヴァーリオの行いは王族として明確な失点である。
これを根拠にヴァーリオは王太子としての資格無しと糾弾する為に、泳がされていたのだ。
勿論、ヴァーリオはその事を承知している。
黙って出て行くよりも、追放された方が彼にとっても都合が良い。
祖父だけが、この状況にヤキモキしていた。
日々冒険者として活動するヴァーリオは遂に学園での勉強すら疎かになっていた。
当の本人としては一度やっているので、改めて学ぶ必要も無く、対人戦すら冒険者としての実戦で賄われているから、問題視していなかった。
それに合わせてテストの成績もわざと下げた。
これに遂に祖父は激怒する。
公爵家を含めた王家の者達が一堂に会する王の間にて、祖父はヴァーリオを一喝する。
「ヴァーリオ! 貴様、王太子でありながらこの体たらくはなんだ!? 道楽に時間を費やし、王族としての責務を……」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ祖父に、ヴァーリオは辟易していた。
分かった上でやってるから、祖父の説教など何も響いていなかった。
昔は自分にあんな綺麗な婚約者を宛がってくれた事に感謝していたが、今となってはクソウザイ事この上なかった。
一通り聞き流した所で、今度は父が声を上げる
「父上、ヴァーリオがこの様では、王としてコヤツに後を継がせて良い物かと、愚考仕る次第でございます」
恭しく祖父に語り掛ける現国王。
一応、この国の最高位に就いてるハズなのだが、いい年して未だに父親に頭が上がって無いのが滑稽だった。
最早、家族の情など抱いてもいないヴァーリオからすると、全てが他人事に映った。
「ッ、お前はワシの決定に逆らうのか?」
「とんでもない事でございます。ですが、ヴァーリオが態度を改めない限りは、次代の王にコヤツを選ぶべきなのか……そう思う次第でございます」
「むぅ……」
心底下らねぇ……とっとと廃嫡を決めて、第二王子を後釜に据えると言えやとヴァーリオは思っていた。
何だか面倒になったヴァーリオは予定を前倒しにして、さっさとこの茶番を終わらせる事にした。
国を出る準備はほぼ終わり、何時でも行ける。
後はタイミングを見て出奔する予定だったので丁度良かった。
「面倒だ。とっとと俺を廃嫡しろよ。で、弟を立太子してこの女を婚約者に設定すれば、話は終わりだろうが」
ヴァーリオの発言に一同は目を丸くする。
「き、貴様、自分が何を言ってるのか分かっているのか?!」
祖父は驚きの声を上げる。
「分かってて言ってるんだよ。当たり前だろ? 俺は王位なんて継ぐ気は無いし、その女とも結婚する気も無い。反対にそっちは弟と相思相愛なんだから、双方の思惑一致。メデタシメデタシだろ」
「なっ?!」
「ヴァーリオ!? 貴様、何を言って……」
「言った通りの意味だよ。つーかさ、ウンザリなんだよ。愛情も信頼も抱けねー女と結婚? 冗談じゃあない!」
「な……あ……」
ヴァーリオの発言にユーフィニアは固まる。
「オジイサマの命令で嫌々婚約した男よりも、弟の方が良いって言うんだし、弟もずーっと前から好きだったんだろ? 祝福してやるよ」
「う……」
「な、なにを……」
長年心に秘めて来た本音と、恋心をバラされたユーフィニアと第二王子。
何かを言おうとしたが、上手く言葉に出来ない。
「国王様もさー、頭が上がんねー、オジイサマに似た俺よりも、自分に似た弟の方を王にしたいんだよなー? いいじゃん、やったれよ」
「お、お前は何を……」
更に暴露するヴァーリオに、国王も口をパクパクするだけでまともに話せない。
「公爵殿も、娘が王妃になるんだったらどっちでも良いっつースタンスだし、もうさっさと決めちまえば?」
「!?」
今度は公爵にも飛び火する。
どちらでも構わないから敢えて静観をしていたが、あっちの土俵に引きずり出されてしまう。
「さーさー、この場で決めてくれや。それとも俺から宣言しようか? 『私、ヴァーリオ・オーケスは王太子を辞し、ユーフィニア公爵令嬢との婚約を破棄します』ってな!」
如何に非公式の場とは言え、その言葉の意味は重い。
聞かなかった事にするという選択肢があるが、色々ぶっちゃけてしまった以上は今更もう遅いのだ。
「お、お、お前は……正気なのか?」
祖父の問いにヴァーリオは答える。
「勿論だとも。俺にとって王位も血筋も婚約者も平等に価値なんて無い。 そんな物、とっとと廃棄したいとずっと思ってた……」
『平等に価値無し』彼等にとって最も貴ぶべき物が、ヴァーリオには無価値だった。
その事実に、彼等は困惑し、眩暈すらしていた。
「じゃ、お前等とはこれまでだな。ああ、ロックス王国の動向には気を付けておきな。あとジイさん、季節の変わり目には十分注意しとくと吉だぜ?」
そう言ってヴァーリオは颯爽と王の間から出て行った。
全てを投げ出すとはいえ、かつて共に命を懸けて戦った兵士達には思う所があるし、流石に最低限のフォローは入れておくつもりだった。
一応、王太子としての権限で諜報部隊にロックス王国の調査を命じていたので、そろそろ結果が分かるだろう。
祖父は前回、季節の変わり目に風邪をひいて、それが悪化した為亡くなった。
それが無ければ、ロックス王国が攻めて来ても、取り合えず対処は出来るだろうと踏んでいた。
ヴァーリオ的にはやるべき事は終わっていたので、遠慮なくこの国を去って行った。
「「「……」」」
残された者達は暫く呆気に取られていたが、正気に戻ると直ぐに動き出した。
ヴァーリオの廃嫡と第二王子の婚約の結び直しの処理など、やるべき事があるからだ。
捜索については後回しにした。
この期に及んで連れ戻したとしても意味は無いからだ。
王家や貴族としての地位や誇りを蔑ろにしたのだから、何処かで野垂れ死にでもしていれば良いという考えもあった。
それから少しの間を置かずに、ロックス王国の調査結果が出た。
『戦の兆候アリ』……と。
この報告に国王達は驚いた。
警戒が全く無かった訳では無いが、まさかオーケス王国に対してロックス王国が戦を仕掛けて来るなんて想定外だったからだ。
慌てて備えるのだが、そこでヴァーリオの根回しが発覚する。
彼はこの事を予見していた。
その証拠に諜報部隊による事前調査があり、更に戦の舞台となる辺境伯に対して注意喚起及び、敵の侵攻ルートや野営地と思われる箇所のピックアップなどの情報を流していた。
果たして戦は起きたのだが、ある程度の準備が成されていて、更にヴァーリオからの情報の精度に、ほぼ100%に近い信頼性があった。
これによって戦況が有利になった辺境伯軍に、王国の軍隊及び同盟国であるホープス王国の援軍が間に合い、結果的にはオーケス王国は大勝する事になる。
この結果を受け、国王達は安堵すると共にヴァーリオの恐るべき先見の明に驚嘆した。
そして後悔した。
あれ程の傑物に逃げられた事に。
尤も、それはヴァーリオの前回の経験から来たものであるというタネがあったのだが。
それを知らない国王達は、何としてもヴァーリオを見つけようと必死になるも既に遅かった。
また、国王達が頭を抱えたくなる案件が急に生えて来た。
この事によって、国や王室が非常に面倒な事になるのだが、それはヴァーリオにとっては想定外であるし、どうでも良い事だった。
「は~るばる来たぜ! バラッド王国へ~♪」
調子の外れた歌を歌いながら、ヴァーリオはバラッド王国へと来ていた。
故郷であるオーケス王国よりも遥か南の国である。
ヴァーリオは冒険者カイトとして、彼方此方の国を旅していた。
「これまで色々とあったなー。冒険者として稼ぎつつ、同業者と飲んで騒いだり、イイ女とワンナイトしたり!」
今までの思い出を思い返しながら浸るカイト。
「あ~、やっぱ冒険者ってイイなー。王子としてのスペックに前回の経験もあって、結構良い感じに無双出来るし!」
最強無敵のチートと言える程では無かったが、それでも冒険者としては極めて優秀なレベルのカイト。
その腕っ節のお陰でかなり稼ぎがあり、更に元王子としての美貌もあるので、モテモテであった。
「かーッ、参ったね! 喧嘩が強くて男前! その上、モッテモテなんて何処の主人公よ、俺!」
正に人生の絶頂期、最高に人生を謳歌しているカイトだった。
何処へ行ってもカイトは女性にモテていた。
強くて稼げるイケメンなのだから当然であろう。
また、稼いだ金を最低限貯めつつ、盛大に使って同業者に奢るなどして周りの好感度を高めている。
更にピンチの冒険者の救援や、報酬の均等な分配も心掛けているので、相手がヘイトを溜めない様な立ち回りをしていた。
極一部の者達には、やっかみや嫉妬で嫌われているが、それでも結果として、カイトは多くの者達に信頼される主人公の様な立ち位置にいた。
「『情けは人の為ならず』……至言だね~、昔の人は良い事言うわ」
能力に驕り高ぶって彼方此方にヘイトを溜めるよりも、人助け等に尽力すれば良い感じに慕われる。
前世で夢見た、理想的な主人公をカイトは満喫していた。
一応、オーケス王国の追っ手や、色々と世界を見て廻りたいという想いから、一つの所に留まらずに歩んでいる。
「さーて、この国はどうなんだろうな~。美味い飯、良い女! そして冒険……楽しみだぜ!」
多くの出会いと別れを繰り返すカイト。
人生で言えば三度目になる。
またループするのか、転生するのかは分からないが、今の人生をトコトン楽しむべく、彼は今日も前に進むのだった。
ありがとうございました。
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