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本編

本編です。

「よう! 待たせたな」


 そう言ってヴァーリオは校舎裏の人気の無い場所に戻って来た。

ピアは既にスタンバっている。

授業が終わり、放課後になった瞬間、ダッシュで此処に来たのだった。


「いえ、大丈夫です。それよりもあの時の話の続きを……」


「まぁ、待て待て。それなりに長い話になるから、一服しよーや」


 そう言ってヴァーリオは水筒の様な物をバッグから取り出し、ピアに渡した。


「いただきます……」


「んじゃあ、何から話すかな。先ずはそうだな……前の周での俺と悪役令嬢の話からするか……」


「悪役令嬢……」


 ヒロインの前に立ちはだかる壁……もとい噛ませ犬役。

そういえば、まだ一度も絡んでいなかったような……とピアは思った。

物語冒頭から登場して、攻略対象よりも先にヒロインに絡んでくるはずが、未だに会っていない。

そこに初めて、ピアは違和感を持った。


「前回の周で俺は、この国の王子として転生した事に気付いた。しかもめっちゃ美人で、スタイルの良いお嬢様が婚約者っていう勝ち組人生に、俺は狂喜乱舞したよ」


 懐かしそうに、ヴァーリオは語る。


「ユーフィニア公爵令嬢……ゲームじゃあ悪役令嬢なんだっけ、あのクソビッチ」


「んんッ?!」


 いきなり酷い罵倒にピアが驚く。

確かに悪役令嬢のユーフィニアは酷いキャラであったが、随分な言われようである。


「ああ、あのクソビッ……ユーフィニア嬢は、よくある悪役令嬢じゃあ無かったな。淑女の中の淑女、完璧な令嬢サマだったよ……」


「そんな完璧令嬢にビッチって……」


「ああ、これには理由があるよ。でだ、当時の俺は見た目の良いあの女にゾッコンでさ、彼女に好かれる為にめっちゃ頑張ったんだよ」


 どこか遠い目で語るヴァーリオ。


「異世界転生した事に気付いたのは割と幼い頃だったな、7歳かそこらくらい。あの女は1つ年下だった」


 そういえば、学年はヴァーリオの方が上で、悪役令嬢とヒロインは同級生だった。

それもあって矢鱈絡むんだっけと、ピアは思った。


「転生したらチートとかあると思うじゃん? でも、俺にははっきりと言える様なチートなんて無かったんだわ。いや、王族らしくスペックは高かったけど、何でも簡単に出来るような天才じゃあ無かった」


 異世界転生したけど、チートは無いという言葉にピアはドキリとする。

そう言えば、マナー教育には結構苦労した様な気がするとピアは思った。

前世知識で何とか覚えたが、乾いたスポンジが水を吸うが如く……の様にすんなりとは行かなかった。

逆に前世の知識と常識が足を引っ張った時もあったなと思うと、確かに自分にもチートと言われるような優れた能力は無いように思えた。

その事実に、背中がスーッと冷えた様な感覚を覚えた。


「直ぐ下に第二王子がいるのは知ってるだろ? アイツの方が俺より物覚えが良くてな。当時は焦ったよ、ホント」


 しみじみと語るヴァーリオ。


「俺だって真面目に頑張ってはいたんだが、どうにも第二王子の方が出来が良くってよ。良く教育係らにもチクチク言われたんだわ」


 原作ではほとんど目立つ事は無く、DLCの追加キャラになるのでは? と噂されていた第二王子は、正に麒麟児であったらしく、学問の習得がヴァーリオの時よりも早かったそうだ。


「一応、俺が王太子である事と、あの女との婚約については、前王……つまり祖父だな。その人が決めた事だったから、覆される事は無かったんだけど……」


 それでも、自分よりも優秀な結果を叩き出す第二王子に対して、焦りはあったそうだ。


「定期的な交流会としてのお茶会は欠かさなかったし、誕生日その他イベント事では、毎回プレゼントもちゃんと考えて出してたんだよ、自分でもかなりマメだったと思うぜ」


 日々、王太子として、婚約者として涙ぐましい努力があったようだ。


「あの女とは、それなりに上手くやっていたと思っていたよ。言動には気を付けていたし。会う度にあの女も淑女らしい笑顔で対応してくれたよ。ホントに、貴族の令嬢らしい笑顔でさ……」


 含みのある言い方に、ピアは少し引っ掛かった。


「その笑顔が見たくて、毎回ちゃんと人の助言を受けて真面目に頑張ったもんさ」


 うんうんと語りながら頷くヴァーリオ。


「えと、そんなに好きだったのに、なんでクソビッチなんて言うの?」


 ピアは率直に思った事を聞いた。


「あん? そりゃあアレよ。あのクソ女は弟と浮気してやがったのさ!」


「ええッ?!」


 ピアは驚く。

悪役令嬢は原作だと王太子に酷く執着していたし、第二王子は設定上存在しているが、本編では出番の無いモブキャラだった。

それがくっ付いているなんて予想外である。

そもそも、この世界の悪役令嬢は、淑女の中の淑女と謳われたのではなかったのかと。


「あー、うん。元ネタだと俺にゾッコンだったんだろ? 性格最悪らしいけど。んで、こっちじゃあ弟と浮気してるんだから全然設定が違うよなあ?」


「ごめんなさい、何だか訳が分からないわ……私の前世の記憶、もしかして間違ってるのかしら?」


「さあ? それは分からんけど、話を続けるぞ?」


「あ、はい」


「えーと、何処まで話したっけ? ああ、浮気の件か。実はな、俺の卒業後に戦争が起きてよ……」


「戦争!?」


「おう。なんか軍事力を高めた列強国が、東の隣国を速攻で滅ぼしてよ、ウチんとこまで攻めて来やがったんだよ」


「そんな……そんな設定知らない……」


 原作ではそんな血生臭い話は無かった。

学園卒業後に攻略対象と幸せになりましたというのが毎度のオチだった。

悪役令嬢といい、この世界は原作とは似て非なる物のようだと、ピアは思った。


「あー、やっぱ原作のゲームにはそんな事起きないのか。まぁ、そんな感じで国の一大事に、俺が総大将として戦地に赴く事になったんだよ」


「大丈夫だったんですか?」


「まー、ね……俺って実は戦略シミュレーションゲームとか好きで、兵法とかもゲームや漫画の知識があったから、それを試したんだよ。結果、俺達は勝利したんだ」


「異世界知識無双したの!?」


 何時の間にか敬語を忘れているピア。


「おうよ。あの時の俺は輝いていたぜ……何せそれまでは、公爵令嬢との婚約があったから、王太子に成れたんだみたいに陰で言われてたからな!」


 随分と肩身の狭い思いをして来たようだ。

得意気に話すヴァーリオの雰囲気は王子のそれでは無く、何処か陰の者を醸し出していた。


「戦争に見事に勝って、意気揚々と凱旋していたら、あのクソビッチと弟が結婚していたんだわ」


「ええー?! なんでそうなるんですか!?」


 戦地に赴いて、勝って帰ってきたら、弟に婚約者を寝取られていたでござる、の巻。


「あー、それがさあ、元々アイツ等はお互い好き合ってたんだってよ。でも、俺の祖父の命令で俺と婚約をさせられていた事が、ずっと不満だったらしい」


 悪役令嬢の方が婚約に不満を持っていたそうだ。


「当時の祖父は王位を親父に譲っていたけど、実質的な権力は握っていた。王様なのに祖父に親父は頭が上がらなかったらしい。それが大層ご不満だったようだ」


「……何となく理由が分かって来たかも」


「多分合ってるぜ。因みに俺は祖父の若い頃に似たイケメンで、弟は親父に似たイケメンだ」


「あー……」


 大体分かって来たピア。


「親父は自分に似てかつ、出来の良い弟に王位を譲りたかった。あのクソビッチは俺よりも弟が良かった。公爵家としては娘が王妃に成れるのならば、どっちでも構わない。祖父は俺が学園卒業前に崩御している。そして、戦争となれば俺が生きて帰る保証は無い」


「えーと、役満?」


「数えだな」


 つまりそう言う事だった。


「でも、いくら何でも第一王子が戦死したら大事じゃあ無いですか? それに戦争に勝つ見込みがあったのですか?」


「まぁ、幾らクソボケでも、それなりに勝算はあったんだよ、実は」


「それは?」


「西の隣国は公爵家と親戚関係にあったからな、それで助力を求めていたんだよ。西からしても、ウチが滅んじまったら次は自分達の番だからな」


「ああ、なるほど」


「アイツ等としては、俺が戦死した直後に西と歩調を合わせて大攻勢に打って出るって考えだったのかもな。でも、俺の戦術で勝っちまった」


「計算が狂ったのね」


「おうよ。こっちの犠牲も大きかったけどな……」


 少し寂しそうな、申し訳ない様な表情を浮かべるヴァーリオ。


「殿下?」


 ピアはそれが少し気になった。


「ん? ああ、あの時は皆、俺の指示の下で必死になって戦ってくれた。そのお陰で勝利出来たんだが、もっと早い段階で西からの援軍を呼んでくれればなーって……」


 勿論、戦争の準備なんて一朝一夕で出来る物ではない。

ただ、ヴァーリオが死ぬまで時間を掛けていたかもしれないとなると、思う所は出て来る。


「……あれ? 戦争に殿下は勝ったんだよね。国の英雄じゃん。それなのに、どうして悪役令嬢は第二王子と結婚なんてしたの?」


 いくら何でも戦地に赴いた婚約者を差し置いて、別の男と結婚するなておかしい。

ましてや王太子との婚約だし、戦争の英雄にそんな事をするのは頭がおかしいんじゃないかとピアは思った。


「それな。どうも俺が戦地に行った直後、俺とあのクソビッチとの婚約は白紙撤回されていたそうだ」


「はぁ?」


「理由は俺に万が一があった場合、保険としてスペアであった第二王子と、公爵令嬢の婚姻の可能性を残す為なんだと。他にも高位貴族令嬢はいるから、そんな必要ないだろ? 普通に考えて……。何よりも俺には一切そう言う話がなかったんだよなー、クソ過ぎんだろ!」


「え、なにそれ酷い……」


 余りにあんまりなヴァーリオの婚約白紙撤回に、ピアは引いた。


「国内筆頭貴族の公爵令嬢で、未来の国母の将来を思っての事らしいぜ。あの時点では、俺も未来の国王だったんだがな」


「完全に切り捨てる気満々じゃないの……」


 あわよくば戦死してくれ……と言うよりは既に、ヴァーリオが亡くなる事を前提とした事で話は進んでいたようだ。


「クソビッチは俺よりも弟と結婚したい、親父は可愛い弟に王位を継がせたい、公爵家はどっちでも良い、祖父は亡くなって強制力もない、多分俺は戦争で死ぬと、条件が揃ってたんだよな」


「だからって、ないわー、それ……」


「戦争自体は終結に半年程度は掛かった。始まったのは俺が卒業してから結構時間が経ってたから、終わる頃にはクソビッチ達も学園を卒業していて、直ぐに結婚していたんだが、そうなった理由は分かるか?」


「え? うーん、学園卒業後に結婚は、割と良くある話だから?」


「それもそうなんだが、実はあのクソビッチ、妊娠してたんだよ」


「ハァッ?!」


「笑えるだろ、俺が戦地で必死になって戦ってたのに、その間アイツ等は平和な学園でズッ婚バッ婚よ!」


「あー、うん、クソビッチだわ~」


 ドン引きである。

仮にも長年婚約者であった男が、国の為に命懸けで戦ってる事を尻目に、その弟と宜しくやってるのは、本来好き合った者同士でも、ちょっと擁護出来なかった。


「俺が戦地に行ったのは、将来の王として国を守る為という義務もあったが、好きな子を守りたいとか、手柄を立てて周りに俺こそが王として、彼女を娶るのに相応しい男だと、証明する為だったんだけどな……まさか知らぬ間に婚約を白紙撤回されて、弟と出来婚とかさあ! ねーよ!!」


「ゴメン、何て言って良いか……分からないよ」


 流石に居た堪れない気持ちになったピア。

クソビッチ程度の悪口で抑える辺り、ヴァーリオの中の『竹本 海翔』は結構なお人好しなのかも知れない。


「しかも、アンタが言った通り、本来なら俺って国の英雄じゃん? そんな事は全然無かったわ!」


「え、どうしてなの? おかしいじゃん!」


「結果的には勝ったけど、犠牲も多かったって言っただろ? それに西からの援軍だって控えていた。俺達は時間を稼いでいれば、それで良かったんだって話になったんだよ」


「え、でも援軍は遅れていたんでしょ?」


「ああ、だから俺達は打って出るしか無かった、それ以前に前線には西からの援軍なんて話は届いていない。精々王都から兵を派遣するくらいしか情報は届いて無かったんだよ……」


「え、んん? あ……」


「俺が戦死するタイミングを計ってたんだろうな。で、それを出汁に戦意高揚を謳うつもりだったんだろ。『諸君らが愛してくれたヴァーリオは死んだ。何故だ!?』って風になッ!」


「いや、それって援軍が遅れたからじゃ……」


「そこは『坊やだからさ』で返して欲しかったな……」


「ゴメン、元ネタは知ってたけど、ちょっと茶化す気になれなかったの」


「まぁ、笑える話でも無いか。話を戻すけど、俺は戦争に勝利したけど、悪戯に多くの兵を死なせた責任を問われる事になった。その話を聞いた時には目が点になったな」


「勝ったのに責任なんて……」


「意味分かんねーよ。こっちは必死に抵抗しただけだし、勝つ為に最善を尽くした。つーか、もっと早く援軍を送ってくれたなら、報連相を徹底してくれたら、俺だって無茶なんてしてねーって」


 それがされてない時点でヴァーリオは詰んでいた。


「援軍が来るまで守りに徹すれば、被害も少なくなっていたなんて事にはならねーよ。普通に全滅だったわ! 泣ける事に戦死した将校や兵達は皆、第一王子の派閥が主だった。その数が大きく減った結果、王家と公爵家、第二王子派といった面々に太刀打ち出来ず、俺は王太子を辞されちまった。婚約の白紙撤回も聞かされて、その上元婚約者は妊娠して弟と結婚だからな! 最悪だったわ!」


「酷過ぎて草すら生えない……」


「当時の心境、マジ荒野! ってな。面白くも何ともねーwww」


 ヴァーリオは語尾に草を生やしたような物言いだったが、居た堪れない気持ちになるピア。


「一応、戦争には勝ったから貴族専用の牢屋に収監なんて事は無かったが、王太子から外されてからは左遷コースよ。王家直轄の領地に封ずるってさ」


「あ、そういう施設ってあるんだ……」


「牢屋の方は収監されたら近い将来『病死』するんだがな」


「え?! 怖ッ」


「王家直轄の領地も名前だけで、ぶっちゃけ誰も管理していないド田舎だったりするんだよ! 前世の日本の田舎が、超近未来的な大都会に思える所だぜ?」


「OH……」


 あまり想像したくない所のようだ。

ピアの前世は普通の地方都市に住んでいたが、長期休日の時は田舎に遊びに行った思い出がある。

山や田んぼに囲まれた所だが、電気水道ガスは通っていたし、買い物も車で移動すれば問題ない程度には整備されていた。


「暫くは泣いて過ごしたよ。今までの努力とかそういうの、全部否定されたからな」


 本人には一切非が無いにも拘らず、この扱いは本来なら自殺ものかもしれないレベルだ。


「そんな俺だったけど、スローライフをしてやるって決めて、同時に現代知識無双もしてやるって開き直ってた」


「あ、じゃあ立ち直ったのね! あれ? でも何で二周目に?」


「……あー、それ何だが、実は俺に婚約者が宛てがわれてな。一応、王族だし王家の血筋を残す為の保険扱いはされてたんだわ。それはまだ良かったんだが……」


「……何かあったの?」


 歯切れの悪いヴァーリオにピアは訝しむ。


「その婚約者となった女、俺達の国に攻め入ったロックス王国の姫だったんだよ……」


「え!?」


 一瞬驚くが、和睦の為の政略結婚と考えればさもありなんである。


「俺の新しい婚約者であるロックス王国の末姫……それが俺の死因」


「ええー……」


「ぶっちゃけると、お姫様の仇だったんだよ、俺」


「か、仇?」


「おう。そのお姫様には想い人が居てな。そいつは一介の騎士だったんだとさ」


「あ……」


 何となく展開が読めたピア。


「うん、末子とは言え王女と騎士では結ばれる事は普通は無い。だから、騎士は手柄を立てる為に戦争に志願した。で、俺達との戦いで戦死した」


「あちゃ~……」


「ロックス王国としては和睦を本気で考えてたんだろうな。ただ、お姫様は俺への復讐の為に嫁いできた訳だ」


「えーと、何処でそれに気付いたの?」


「うん? 俺が死ぬ前にお姫様がベラベラ喋ってくれたからだよ」


「おおう……」


「あん時はホントなー。元敵国の姫とは言え、可愛い婚約者をゲットして、結婚して初夜を迎える時だったのに……」


 非常にやるせない空気を醸し出しながら、ヴァーリオは嘆息する。


「緊張を和らげる為だって言ってさ、ホットワイン飲んだんだよ。でも、それに毒が仕込んであって、これから事に及ぼうって時に全身が痺れて、呼吸も上手く出来なくなって、苦しんでる時に背中をザックリよ。そん時にお姫様は全部喋ってくれたさ。その後は何回も刺されたっけ。俺の直接の死因は毒じゃなくて普通に失血死だったろうな~」


 やれやれと言った感じのヴァーリオ。

悲惨な死に様にピアは二の句が継げない。


「これが、一周目の俺の末路よ。どー思う?」


「その、何て言ったら良いか分かんない……」


「だよなー」


「……」


「……」


 何も言えずに沈黙する。

そんな空気を嫌ってか、ヴァーリオから先に話し出す。


「まぁ、そういう訳で、二周目のこの世界がどうなるか分からんが、正直俺の攻略はお勧めしないぞ。あっちでも流行った婚約破棄物? って展開にもなるだろうし」


「う……確かにそうかも」


 今の時点で王太子のヴァーリオと結ばれても、恐らく悪役令嬢と第二王子によって断罪される可能性が高い。


「他の攻略対象とやらだが、何か話に聞いてた人物像と合ってない気がするわ。例えば宮廷魔術師の息子のアイツ。トラヴィスってクールで理知的っつーか、単に根暗でネチネチした奴だぞ。将軍の息子のリュードは普通に脳筋馬鹿だし。教会のピトロとか、かなりの女好きの破戒僧だったな。……乙女ゲームの設定を悪い方向に煮詰めた感じだな」


 トラヴィス、リュード、ピトロは『虹の音色と君と』の攻略対象だ。

人物像としてはクールで理知的なトラヴィス、熱血漢のリュード、誰にでも優しいピトロとなっている。

ヴァーリオの話からすると、大分アカンらしい。

そもそも、ヴァーリオもピア自身も転生者で中身は別人と言って良い存在だ。

本当に、攻略情報を鵜吞みにするのは不味いらしい事をピアは実感した。


「残り三人は面識ないから分からんが、調べておこうか?」


「いえ、いいです。なんかもう、駄目な気がする……」


「ん、そうか。まぁ気にするなよ。折角転生したんだから、人の迷惑にならない範囲で自由にやれば良いさ」


 そんな感じでピアを慰めるヴァーリオ。


「……王子はどうするの?」


「俺? 勿論この国を出て行くさね」


「え?」


 ヴァーリオの答えにピアは驚く。


「だってさ、前回の周であんな目に遭わされてるんだぜ? もうこの国に愛着は湧かないし、王族としての義務や使命だって心底どうでもいいんだわ」


「う……確かに」


 本気でそう思うヴァーリオにピアも同意するしかない。

命懸けで国に尽くしても、婚約者にも両親にも邪魔者扱いされた挙句に全て奪われ、最後に悲惨な死を遂げた前回を考えると、そうなるのも無理は無かった。


「でも、どうするの? いくら回りがダメダメでも、出奔なんて出来るものなの?」


「ん? 下準備して、それが終わったらあのクソビッチに婚約破棄叩きつけて、サッと行方くらますつもり。婚約破棄した王子って大体国外追放とかするだろ?」


「それは、そうだけど……中には牢屋で毒杯ってパターンもあるし、上手く行くの?」


「やってやるさ。正直、今からでもさっさとこの国から出て行きたいくらいだ。此処でマッタリしてたのも、今やってる準備の合間を縫っての休憩だったし」


「そうなんだ……でも、大丈夫なの? 後悔しない? やり方によっては王族のままでいられるし、無理に出て行く必要ある?」


「この国の貴族って時点でもう、嫌だな。折角の異世界転生だ。それに倣った生き方をしたい。具体的には冒険者とか。国に縛られたく無いんだよ。変な責任も押し付けられたくない。そういうのは全部、自分自身の意志で背負いたい」


「そ、そうなんだ」


 考えてみると、王族なんて立場になっては、自分自身の意志で生きるのは難しいかもしれない。

自分の意志で好き勝手に生きられるほど、王侯貴族という立場は甘くないからだ。

それなら例え苦労しても、自分の為に生きたいとヴァーリオは思っている。


「ぶっちゃけ、あのクソビッチもNTR弟も、国王夫妻も、平等にどうでもイイ。家族とも思っていない。前回も今回も、そんな風に思える交流なんて無かったしな。正直言って、俺の家族は前世のあの人達だと思ってるよ」


「!」


 ヴァーリオのその言葉に、ピアは衝撃を受けた。

考えてみれば、今のピアには生み育ててくれた母親くらいしか、彼女にとって家族と言える存在はいなかった。

その今世の母も既に亡くなっており、父親とされる男爵なんて『誰よお前』位にしか思えない。

前世の記憶が蘇る前は、男爵令嬢として学園でちゃんとした伴侶を見つけられる様にと考えていた。

記憶が蘇ってからはヒロインとしてゲームの攻略を考えたが、今となってはこの世界は乙女ゲームのガワに似せて作った別物の様に思える。

そんな世界で、顔もまともに見たことが無い父親の期待に応える必要性も、ヒロインとして攻略する意義も感じられなくなった。

この時ピアは、男爵令嬢として、ヒロインとしてやるべきだった事……彼女を縛っていた鎖から解き放たれたのだった。


「そうよね! そうだよね! あんな、お母さんが死ぬまで放置していた奴を喜ばせてやる必要もないし、ゲーム攻略とか面倒な事、する事だって無いんだ!」


 この時のピアは、文字通り憑き物が落ちていた。

1人の人間としてやりたい事、やらなければならない事が、何時の間にかヒロインとしてゲームを攻略するという、別の物にすり替わっていた。

ゲームでは好きなキャラでも、リアルで好きかと問われたら、それはまた話が違う。

高位貴族と結婚した所で、何もせずに毎日が贅沢三昧なんてあり得ない。

やらなければならない責務があり、その上で同じ高位貴族とバチバチにやり合う事だってある。

そんな大変な生活をやりたいか?

答えはNOだ。

血縁上の父親の命令? クソくらえだ。

少なくとも、前世の父親は家の為にお偉い様に取り入れなんて事は言わない。


「あー、なんかスッキリした! そうだよ! 折角異世界転生したんだから、もっと自由に生きなきゃ!」


「お、おう。なんか良く分かんねーが、何か悟れたんなら良かったよ」


「うん、ありがとう。王子のお陰で自分がやりたい事が分かった気がする!」


 輝くような笑顔だった。

頭ヒロインのまま、悪役令嬢に断罪される馬鹿なヒロインとして終わるハズだったピアは、そうなる未来から解放されたのだった。


「そっか。まぁ、アンタの人生に、何かしら良い影響を与えられたんなら、俺も二周目に来た甲斐があったのかもな」


 自分が切っ掛けで目の前のヒロインが、良い方向に人生の舵を切れた。

そう思うとヴァーリオも満更でも無い気持ちになった。


「さて、随分と長い話になったな。俺はそろそろ戻るけど、アンタはどうするんだ?」


「私も寮に帰って色々考えてみる。これからの人生を自分で選ぶためにね!」


「そっかそっか、んじゃあな、お疲れさん」


「さようならー」


 そう言って二人は別れた。

これがヒロインと攻略対象の最初で最後の出会いだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第一王子が可哀想すぎてざまぁさせてあげたい感 祖父が存命のうちにどうにかならなかったのか
[良い点] 1周目も2周目もクソ家族に苦しめられた王子の前世の家族がいい人たちで良かったです。 ヒロインちゃんが今世の家族を切り捨てて前向きになったのを見て、王子も逃げるという後ろ暗い思いからなんか前…
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