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離愁

お早うございます、14話投下します。

( 6年前 )


 追ってきたオーガ兵士は10名、イシスを守りながら捌ける人数ではなかった。

 ヘリオスはイシスの運命をエルーに託して、自分はここでち死ぬ覚悟を決めた。


 「いけ、エルー、イシス王妃を頼む」

 エルーの尻を叩くと闇の中に走り出していく。

 最後にイシス・ベルセル王妃の手がこちらに向けられた気がした。

 

 「生きろ!生きて戦え」


 届いただろうか、ヘリオスは消え行く影に叫んでいた。

 助からないだろう、クソ王妃どもがかけた最後の矢は深かった。

 もっと早くこうするべきだったのに、なにを俺はためらっていたのか。

 オーガ兵が迫る。

 

 「追わせない!!」


 ヘリオスは道を挟む木々をハルバートの旋風せんぷうで切り倒し道をふさぐ。

 

 「死するとも、お前たちには渡さん!」


 迫るオーガ兵にハルバートを構えて走り出す。

 オーガ兵は盾を組み、亀甲きっこう戦法を取ってくる、盾の間から長い槍が突き出される。

 好都合だ、こちらからの攻撃も出来ないが亀甲戦法は防御の陣、向こうも動けない。

 イシスを遠ざける時間がかせげる。


 ヘリオスは亀甲陣の周りを牽制けんせいしながら走る。

 オーガ兵は通常上官の前ではこんな守備的な戦い方はしない、守りは恥だからだ。

 しかし、混血のヘリオス1人を相手にして、しかも半死の女を取り逃がしたでは汚名の誹りはまぬがれず、さらに怪我でもしたら今後の弱者扱いは逃れなれない。

 少なくとも無血でヘリオスをほふる必要があった。

 

 ヘリオスは亀甲陣を狭い脇道に誘い込む、片方は崖だ、増水した川か近い。

 徐々に狭くなる小道にオーガ兵の亀甲陣は崩れ始める、さらに右利きの多い兵には右側の壁が槍の動きを制限する。

 隙をついてハルバートの槍を盾に突き立て弾く、空いた隙間すきま間髪かんぱつを入れずに突きを見舞う。

 「ぎゃっ」

 手応えあり、先頭が脱落する。

 横凪にハルバートでぎ払う。

 ガッキャーン

火花が散り亀甲が完全に崩壊ほうかいする、躊躇ちゅうちょなく中に飛び込み短く持ったハルバートで渦を描く。

 小道を出口方向に突っ切ると振り返る、小道にオーガ兵を押し込んだ。

 左右からクロスさせてハルバートで猛撃もうげきする、さらに押し込む。


イシスは離れてくれただろうか、せめて静かな場所で逝かせてやりたい、一緒についていてやりたがったが、それはもう叶わないだろう。


 ゾワッ 背後から強烈な殺気が押し寄せる。

 まずいと構えたハルバートが強烈な一撃を受けて崩された。


 「しまった!」


 殺気の主は第一王子、レイウーだ。

 メイデス王に迫る2.8mの巨人、体重は300kgもあり、素手でヒグマも屠るという怪物。

 その巨大な斧はオーガ族が提唱ていしょうする国是そのもの、腕力と暴力が息をしている。

 もはや乗騎できる馬は存在しないため、移動は馬2頭で引かせるチャリオット(戦車)だ。


 よろめいたところにオーガ兵の槍がヘリオスの鎧を2本、4本と貫く。

 

 「ごふぅ」 

 胃に達した傷が吐血とけつとなって噴出する。

 胸元を赤く濡らしながら耐えるが、4人がかりには抗えず、ズルズルと後退していく。

 「ぬがぁぁっ」

 最後の足掻きとともに力なくハルバートは川に落ち、同時にヘリオスも槍に貫かれたまま暗い激流に飲み込まれた。


 暗く冷たい激流が槍に貫かれた体の感覚を奪っている、痛くも苦しくもない。

 きっとあの娘は痛くて苦しかったに違いない、自分だけ楽をしているようで申し訳なかった。

 流されながら幾度いくどとなく岩や倒木にぶつかり甲冑が外れていく、無防備となったが沈まなくなった。

 オーガたちは追ってこない、戦えなくなったものに興味はない。

 きっと撃墜マークの一つにも数えられないだろう。


 混血の失敗作として生まれ、しいたげられ馬鹿にされて育った、弱き者、価値無きものとして。

 与えられた仕事は栄光ある戦士ではなく雑用係だった。

 口惜しさとみじめさに打ちのめされた、人間だった母を恨んだ。


 イシス・ペルセル さらわれた美しき春の娘 助けてやりたかった。

 意味のない俺の人生に、誰からも必要されない人生に唯一意味を与えてくれた。

 はかく弱く、そして強い……俺を必要として手を伸ばしてくれた唯一のひと。

 全てを捨てて助けるべきだった。


 取り戻せない、きっともう戻らない。

 

 これが愛か、母が言っていた愛なのか。

 俺は栄光も愛も、何も手には出来ないのか。


 暗い激流をどれほど流されていたのだろう、手には出来ないものに手を伸ばした時、皮肉にも岸辺に泳ぎ着いていた。

 唖然あぜんとして立ち上がれば見慣れぬ風景、冥界城からはるか下流、人間族との国境付近だろう。緩やかになった川のほとり、岸に迫る山々からはわずかに木々の声がする。


 「……生きて……いるのか?」


 なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜ死んでいない!!

 彼女に会えない!俺だけ生きていても意味がない、なぜ生きている!

 俺には死ぬことさえ許されないのか。


 「ぐあがぁぁぁぁぁーーーっ」

 狂獣の雄叫びが静寂せいじゃくの木々に木霊こだまして闇を揺らした。


 川から森に向かう足跡が、月明りに照らされて男の絶望を描いていた。


読了ありがとうござました。

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