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顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい  作者: 光川
貌のない歌姫

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八月一日


 見慣れた夢の中にいる。

 どこにでもあるような道路沿いの歩道。近くにはライブハウス、遠くにはケーキ屋がある。

 ただ、それだけの夢。

 暑く、寝苦しい、褪めない――。


・・・


 ――ぐにゅ、と。

 全身に重みを感じ、意識が急速に浮上する。

仰向けになって寝ていた僕の身体と鏡合わせになるかのように、何者かがぴったりと僕に重なってぐらぐらと揺れている。胸板には胸、お腹にはお腹、足には足、手には手の感触があり、何者かの奇行に朝から動揺を禁じ得ない。


「おきたー?」


 その何者かは僕のあごに自分のあごを乗せてバランスをとりつつ頼んでもいないモーニングコールをお届けしてくれた。

……もちろん言うまでもない事ではあるのだが、我が家でこういった奇行を披露するのはご当地フェアリーエリーゼちゃんに他ならない。

一説では、僕の妹だとか。


「レーくん、おはよー」


 宇宙から見た地球のような、青く煌めく瞳が至近距離で瞬く。


「エリちゃんがおこしに来てあげたよ」

「……お帰りください」


 妹は僕の首に腕を回しぎゅっと抱き着くと、耳元でコソコソと囁く。


「エリーゼちゃんが朝の八時をお知らせします。あのね、これはレーにだけ教えてあげるんだけど。可愛い妹のエリは、朝にフレンチトーストを食べたいみたいだよ?」

「自分で作れ」

「エリーゼちゃんが朝の八時一分をお知らせします。あのね、これはレーにだけ教えてあげるんだけど、今日のおとめ座の運勢はまあまあ、ラッキーアイテムは妹の笑顔」

「知らん知らん」

「エリーゼちゃんが朝の八時一分三十秒をお知らせします。あのね、これはレーにだけ教えてあげるんだけど。えっと、今日の天気はそれなり。タオルケットを洗ってもいいかもね」

「エリちゃん」

「ん?」

「礼が朝の八時二分をお知らせします。これはエリちゃんにだけ教えてあげるんだけど……。いや、やっぱり言うのやめておこうかな」

「えー? おしえてよ」

「じゃあ、ここだけの話を教えてあげます」

「なになに?」

「エリちゃんさ。なんかムニムニし過ぎじゃない? 太った?」

「!?」


 妹が驚いた様子で顔を上げ、僕の腰の上に馬乗りになる。


「うそだよそんなの、エリはいつだって完璧ボディなんだから。どう見たって世界で一番かわいいじゃんっ」


 確かに、見た目は相変わらずではあるものの……。


「なんというかさ、ふっ」

「なんで笑うのっ。エリ、最近ダンスのレッスンしてたし」

「どうせ反復練習することもなく覚えたんでしょ」

「ダンスってそういうものでしょ?」

「……まあいいや。ころころしてても可愛い妹だからね」

「褒めてるのそれ? 信じて良いの?」

「ふっ」

「なんで笑うのっ」


 顔を赤くしてプンスカしている妹の腹と太ももにポンポンと触れる。さらっとしつつモチモチした手触りは出来たての大福みたいで気持ちよくはあるものの。僕の記憶にある妹は例えるならカモシカのようにしなやかで綺麗な筋肉が付いていたような気がするのだ。

 べつに太っているわけでは無いけれど。日頃の運動不足で筋肉量が落ちているのは間違いなさそう。


「さーてと。ほらどいてくださいお姫様。ご注文通りフレンチトースト作ってあげるから。バターたっぷり砂糖たっぷり。でも今、フレンチトーストに添えるふわふわホイップクリーム切れててさ。あ、もちろん僕が急いでスーパーに行って買ってくるからエリちゃんは家でのんびり待っててよ。はー、忙し忙し。このままじゃ痩せちゃうよぉ」

「あっ、積極的にエリにいじわるしてるっ! 女の子ってこういうもんだもんっ、柔らかくて繊細なのっ」

「ははっ、繊細繊細」

「うわああっ、ばかっ、エリだって一緒にスーパー行くんだからっ」


 そんなこんなで、ウォーキングがてらスーパーに向かう綾野兄妹なのであった。


・・・


「今、フィット・キックボクササイズ2買ったから!」


 ホイップクリームの誘惑に勝てなかった妹の口元を親指で拭き、更にその親指を妹のシャツで拭きつつリビングの壁掛け時計を確認する。そろそろ九時半、今日の夏期講習は昼から行く予定だが。その前に学校に行って文化祭の出し物の練習に参加しなくては。


「ゲームで運動出来るやつの新作。これね、二人プレイ用のミット型コントローラーも付いてるから一緒にできるよ」

「片方蹴られるだけじゃん」

「ジャストタイミングでプッシュしてパリィするとポイント高いんだって。で、蹴る方はこのゲーム続けると四段蹴りからのサマーソルトフィニッシュをマスターできるの」


 そんな技喰らったらミット型コントローラーの前に僕の腕が壊れてしまうだろ……。


「運動も良いけど、毎日のソフトクリームとエナジードリンクを止めれば?」


 妹のお腹を足でフニと突く。


「だ、だってそれもこれもレーがしっかりエリを見ないからでしょっ。そんなんだからエリがぶくぶく太っちゃうんじゃん。太って無いけど!」


 僕が小馬鹿にしたのが原因とはいえ、まさか妹がここまで太った太って無いで感情を露わにするとは思いもしなかった。実際のところは朝から暑苦しかったのでからかっただけなのだが、エリちゃんといえど年頃の女の子か。兄としては嬉しいような面白いような、しばらくはこれでエリちゃんの食生活を改善出来るのではと――。


「あとさっきスコさんに聞いたけど」


 まずい。


「エリくらいの歳の子がちょっとムニムニするのは普通だって言ってました。エリはムニムニしてないけどね。あとスコさんは『お兄さんには私から一言あるとお伝えください』って」

「わざわざ言いつけなくたっていいじゃん、言うにしてもリリーに言えば」

「お母さんはレーに甘いからスコさんにした」

「罰を与える為の密告……」


 ちなみに妹がスコさんと呼ぶのは近所の廃教会に勝手に住み着いた修道女アンジェリカ・スコスコ・コーネルさんの事で、スコなんとかの部分から一部拝借してスコさんと呼び慕っている。母のリリーが氷の女王みたいな風貌だからかアンジェみたいな分かりやすく柔らかな笑みの女性に母性を感じているのだろう。


「エリちゃんのわがままボディをからかって悪かったよ。どうかプリンセスマインドで許してくれませんか」

「プリンセス?」

「エリオットはお姫さまなんだから。なら毒リンゴ渡しに行くより、アップルパイ渡しに行くような寛大さが欲しいなって」

「毒リンゴ渡すのは女王なんですけど」

「ニシンのパイでもいいよ」

「それは魔女」


 妹ながら的確なツッコミだ。


「というか……レー、時間はいいの?」

「ん?」

「さっき時計見てたから。もう行って良いよ、エリは眠くなってきました」


 妹はそう言いながらポチポチとスマートフォンを弄る。あれほど僕にベタベタとくっついていたのに食事を済ませ満足したのか急にそっけない雰囲気になる。猫みたいな性格とはこういう事を言うのだろう。


「じゃあ、お言葉に甘えて出かけるとしようかな」

「うん」


 空になった食器を片付け、歯を磨き、制服に着替え家を出る準備を完了させる。


「レー」


 玄関で靴を履いていると妹の声が背中にかかる。


「最近暑いから……下駄箱の上に置いてある日傘、あげる」


 そう言われ、下駄箱の上を見てみると。新品の銀色の折り畳み傘が置かれていた。

 ……もしかして、これを僕に渡したくて今日は朝からウキウキしていたのだろうか。だというのにからかったりして、これは悪い事をしてしまったかもしれない。

 お詫びと言ってはなんだが、明日はホイップクリームに追加してエリちゃんの好きなアイスクリームを横に乗せたフレンチトーストを用意してあげよう。


「ありがとね、エリちゃん」

「ん」


 玄関を開け、夏の日差しを遮りながら学校へと向かう。


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