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顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい  作者: 光川
貌のない歌姫

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プロローグ/無貌の星


 まっくろな画面に広がる音の波紋。

 情報過多で装飾過剰な音が溢れる時代において、それは異質にみえた。何年も前に投稿された曲のサムネイルに引き寄せられる。


 再生ボタンをクリック。ミュージックビデオどころかイラストも歌詞さえも表示されず、黒一色の画面に無機質な歌声が流れるだけ。

 そのまま一曲聞き終えて。もう一回聞きなおして。

 気がつけば、リピートボタンをクリックしていた。

 歌詞以外に歌の世界観を伝えるものはない。いま、聞こえたものだけが全て。

 作曲者の顔は見えず、歌っているのは初期型ボーカルロイドの無機質な声。


 普段はオフにしている廃れたサイトのコメント機能をオンにすると、真っ黒だった画面がコメントの奔流で埋め尽くされる。黒い世界が様変わりだ。

 凝った演出は必要なくて、可愛いイラストは必要無くて。ほんとうに価値のあるものだけが抽出された美しさがそこにある。

 人を惹き付ける音の響き。

 動画を全画面にして、コメントをオフにして、再び曲を再生する。


 ――きれい。


 形のない完成品に……あたしは焦がれた。


・・・


 馴染みのない街で夜空を見れば、星の光がささやかに瞬いた。


 夏休みが始まり数日。

朝の九時半から夜の二十時まで行われる塾の夏期講習は全ての科目が自由参加で、参加者の学力に応じた授業を好きに受ける事が出来る。死ぬほど暑いこの季節、家で妹にダル絡みされるくらいなら勉強でもした方がましかと思い、朝から晩まで勉学に励んでみたのだが。


「……疲れた」


 なんだか息苦しい。

 さすがに朝から晩まで勉強するのは間違いだった。この調子で勉強を続けたら偏差値一万を超えてしまうぞ……。


 背骨を伸ばしつつトボトボと歩く。

 塾の授業ってどういうものなのかと思っていたけれど高校とは違う雰囲気で行われる授業は新鮮で面白かった。特に世界史の授業なんかは講師のトークが歴史漫談といった具合で聞き応えがあり、毎回受講したい枠に決定だ。


 逆に。英語の授業は受ける必要が無さそうだった。日頃の英会話レッスンの方がスパルタ気味とはいえマンツーマンで解りやすいし、美味しい食事もついてくる。

 もっともその英会話レッスンの先生はこの夏忙しそうだから、あまり迷惑をかける訳にもいかないのが悩みどころだけれど。


「……はぁ」


 ため息が漏れる。

 それは英会話レッスンで詰められるのが怖いからではない。

 原因は、夏期講習だ。

 授業について行けないなんて事はなく、他校の生徒に絡まれるなんて事もない。でも、なんだか夏期講習に通い出してから息苦しいのだ。

 きっかけは。


『夢を叶えるにはこの高校二年の夏が大事だ、時間を無駄にせず楽しく勉強していこう!』


 塾講師が言っていたこの言葉。

 言葉通りの、深い意味のない一言。


 ……夢。


 年相応に言い換えれば目標。僕には縁のない言葉。

 でも、周囲の受講生はそういう訳でも無いらしく、皆真剣な顔をしていた。わざわざ夏期講習に来るだけあり、数年先の将来についてしっかり考えているのだろう。

彼等の真剣な表情。彼らのこれまでの人生の積み重ねが如実に表れている気がした。


 一方の僕には、何も無い。

 僕のこれまでの『目標』は誰に関わる事も無くどこか静かなところでぼちぼち働きながら一人で暮らすという現実感の無いものだった。

 そして、その目標は自分自身いつ消えても良いという考えが根本にあったから許されていただけで。

 とあるバーチャルデーモンこと捕食者こと監視員こと這い寄る変態マリリちゃんという不審者の意見を尊重して『前向きに生きていく』と決めてしまった僕には――もう許されない。


 結果……僕は、どこに向かって生きていくのか分からなくなってしまった。

 ああ、人生最大のミスだ。

 楽な道を自ら閉ざしてしまった。

 自分の事をどうでも良いと思っていたから気にならなかったあれこれが、最近は少しずつ気になるようになってしまった。色々気付くようになってしまった。


 空っぽなんだ、僕。ほとんど死んだように生きていただけだから夢とか憧れとか、前に進むための燃料が心の何処にもない。あるのは与えられるだけの受動的な趣味だけ。

 僕って何をしたい人間なんだろう。

 自分の事、何も知らない。

 僕はこれから、何のために――。


「なんつって」


 沈みそうな思考をぽつりと空に吐き出し、家という大まかな目標だけを設定し高架下に沿って歩く。

 さすがに浸りすぎた。そこまで繊細じゃ無いだろ僕。

 まったく礼よ、お前のようなヤツが贅沢にも幸せを望むから道に悩むのだ。

 ひとまず『就職失敗レーくん、芸能事務所ペイントパレットに土下座入社して一生マリリのご機嫌伺いしながら生きていく』というバッドエンドを避けるところから始めようじゃないか。


 なんなら『レー、今日のお昼代、ここに置いておくからね。じゃあエリ、仕事行くから。レーはエリと一緒に居るだけで良いんだよ?』というペットエンドの可能性まであるのだから僕に立ち止まってる暇はない。

大学生活は人生最後のモラトリアムと聞いた事があるし。その猶予期間中に何かしら見つかるのかもしれないし! よーしっ、そのために受験勉強頑張るぞっ! 


「……うん。そうだ」


 僕にはマリリが憑いているんだ。しっかりしないと……。

 その上我が家にはわがままフェアリーも住み着いているのだ。しっかりしないと……。

生きる希望はなくとも絶望しているわけじゃない。


 でも、妹かマリリに飼われて生きる自分の姿は絶望的だ。そしてそれは僕が頑張れば避けられる未来だ。

 落ち込んでる場合じゃ無いぞ、逃げ切れ僕。がんばれ。


「……よし」


 やれやれ、自分のメンタルを立て直すのも一苦労だ。これだから胸に穴の開いたポンコツは面倒なのだ。こうも不安定なのは、誕生日が近づいているのが原因に違いない。

 と、自分を俯瞰して見ていると――。


「あらゆる、ものが遠い、時間と言う名のディスタンスっ、あぁ、キミを想うとウゥゥー」


 頭上を通過する電車の音に紛れて男の歌声が聞こえてきた。

 高くも低くもない声色で楽しそうに歌われる、誰の気も引けないであろう浅いラブソング。

 僕に恋愛のイロハは分からないけれど愛とか恋とか「キミを想うとウゥゥー」みたいな気持ちは心に全くと言っていいほど響かない。


 ……響かない、けれど。


 もしかしたら深夜ラジオのメールで使えるネタになるかもしれない。

 僕は音の鳴る方へ向かい、街灯の白い光に照らされながら歌う男の前で立ち止まった。

 男の引く楽器の振動がベンベンと鼓膜に伝わる。


「あー、きづいたんだぁあー、このぉ、気持ちがっ、愛なんだってぇ!」


 愛に気付いてしまったらしい男はどんな顔して歌っているんだろうとジッと観察すると、男と僕の視線が重なりパチリとウィンクをされてしまう。

 ああ、しっかり認識されてしまうと立ち去り難い心情になるな……。

 男の年齢は大学生よりも上くらい、派手な花柄のシャツを着崩している。二十代半ばか後半くらいに見えるモサモサした茶髪で、メガネをかけた若干チャラくて人の良さそうな雰囲気のお兄さん。売れないバンドマンみたいな風貌だ。


「うぅー、あぁ、耳の、奥に、残るぅ、無機質なぁ――」


 バンドマンの歌は続くが……ふと疑問が浮かんだ。

なんというか、イメージと違うというか。こういう弾き語りをする人ってなにか……。

 デデンっ。

 脳内でクイズ発生『この違和感の正体はなーんだっ』

 制限時間は歌が終わるまで。

 無駄に上手いベースミュージックにいつのまにか頭を揺らしながら考えると……。


「あ」


 わかった。

 この人、アコースティックギターじゃなくてベースで弾き語りしているんだ。弾き語りってアコギでやるイメージがあったから、それで違和感があったんだ。

 派手さのない音が歌詞の荒さを際立たせているんだ。

ベンベンボンボンと素人目に見ても上手なベースサウンドと平凡な歌声と女子中学生の恋愛観みたいな歌詞のアンバランスさで気分が悪くなってくる。


「だから、目指すんだぁ! 誰も、触れない、星のそとーがわーっ! センキューっ!」


 曲が終了したらしい。

 うっかり最後まで聞いてしまった。

 僕に向けられたセンキューに居た堪れなくなり、拍手を送る。


「やー、どもども、よかったら、コレ、お願いっ」


 バンドマンの指が足元のギターケースに向けられる。もしかして、お金を入れるアレだろうか。え……今の歌で、金を取ろうとしている?


「最後まで聞いてくれてありがとなっ」


 額に汗が光るバンドマンのやり切った様な笑顔に負けて小銭入れから百円を入れると。


「んっ、んん」


 わざとらしく喉を鳴らすバンドマンの視線が近くの安売り自動販売機に向けられる。百円の水の隣には百十円のコーヒーがある。

……それくらい自分で出せよ。

 と、思いつつも。

 ちょっと面白かったので、もう十円追加すると。


「アンコール、いる?」


 まさかのお代わりを提案されてしまった。演者側から提案することあるんだ。


「いらないです」

「そう言わずに。まだ歌ってないのがあってさ」

「それって今の、女子中学生が恋愛漫画見て作ったラブソングみたいなやつですか」

「あ、ひど。せめて女子高生って言ってやってよ」

「すみません。こんな染みない生歌って初めてだったので」

「染みない生歌……」


 バンドマンが悲しそうに胸をさする。言葉のナイフが刺さってしまったのかもしれない。


「染みない……うた」


 バンドマンの口元が悲し気にピクピクと動く。

 まずい、初対面の人を傷つけてしまった。どうにか慰めないと。


「でもその、だからこそ足を止めたというか。お兄さん見てたら僕の悩みって些細なものなのかもって思えて。その、元気出ました。ありがとうございます」

「生き様じゃなくて歌で元気貰って欲しいんだけど」

「歌も、その、面白かったです。僕、深夜ラジオ好きなんですけど、ええと」

「……ええと?」

「メールのネタにはなるかも……すみません、違う言い訳考えます」

「言い訳って言ってるっ、こんなオッサンが夜に幼稚なラブソング歌ってたってネタメールを書こうとしてるッ」

「ふふっ。……すみません、今のはツッコミの勢いで笑っちゃっただけで。あ、でもほんとさっきまで気分が沈んでたんですけど元気出てきました。これはホントです」

「あのさ、キミ。もしかしてだけど……」


バンドマンの眉間に皺が寄る。


「……もしかしてだけど?」


まずい、機嫌を損ねてしまったかも。心配になって様子を伺うと――。


「もーしかしてだけどぉっ、それえってオイラを煽ってるんじゃないのぉっ」

「ぶふっ」

「そういうことだろっ」


 ベンッ。

 ベースの弦が揺れる。

 機嫌を損ねたかと思った自分が恥ずかしい。この人ご機嫌だ。


「ま! オレの歌きっかけで元気が出たって言うならいいけどさっ」

「なんかすみません」

 謝罪の気持ちを込めて小銭を追加すると、バンドマンと目が合う。

「一応聞いておきたいんだけど。演奏も染みなかった?」

「演奏は。よかった……です」

「です……けど?」


 言い淀んだ部分に違和感を感じたようだけれど。なんでこの人自分から傷つきに来るんだ。そう聞かれては僕も答えざるを得ないじゃないか。


「歌詞ほどのインパクトは無かったです」

「そうかぁ……。そっか、そっか、はは。インパクトか。耳が痛いな」


 バンドマンは切なそうに笑う。


「……」


 罪悪感が沸いて来て、小銭を追加でギターケースに入れる。


「チャリンて。あのさ、さっきから思ってたんだけど。コレ。オレを傷つけたらワンコイン入れるシステムじゃないのよ」

「そうなんですか?」

「そうなんですかって。心の殴られ屋みたいなエッジの効いたサービスは提供してませんからぁっ」


 バンドマンはベースを刀に見立てて、袈裟斬りのジェスチャーを行う。


「……?」


 なにしてるんだろう、この人。


「あれ、こっちは伝わらない? ギターならぬベース侍みたいな」

「ちょっと何を言っているか分からないです」

「ジェネレーションギャップ……」


 バンドマンは切なそうに天を仰ぐ。

 ま、十分楽しめたしこの辺りが引きどころか。軽く会釈をして帰ろうとすると。


「ちょい待ち。ここで帰られちゃ、未練がましく歌ってる意味がねぇ。頼む、悔しいからもっかいだけ。今度はオレの本気聞いてくんない? 三百三十円以上の思い出持ち帰ってくれ。これで終わったら、やるせねーから」


 バンドマンの見るからに火の灯った表情に圧される。

 本気。

 それは、……僕の中には無いものだ。

 バンドマンの提案に頷き、一歩下がる。


「よっしゃいくぜ。オレの名前は星野晴ほしのはる、これから歌うは『無貌の星』!」


 先ほどまでの、まるで染みない曲と比べると明らかにテンポの良い音が響き始める。


「おぉ」


 ベース以外に音が無いというのにかっこいい、その迫力に目を奪われていると。


「やば、生歌じゃん」

「……?」


 いつの間にか、真っ黒なパーカー姿の人が僕の隣に立っていた。

 ファンの人だろうか。

 フードを被っていて顔は分からないけれど、全体的に細く薄い体つきは中学生のように見える。


「グッジョブよ、あんた。よく引き出したわ」


 ポンと肩を叩かれつつ、僕は新たな観客と並んでバンドマン星野晴の歌に耳を傾ける。

 さっきまでのまるで染みない歌詞と違う、なんだか青々しい痛みと承認欲求を感じさせる鋭い歌詞。激しい曲調も相まって自然と身体が揺れはじめる。


 歌っている人も楽器の数も一緒なのに、曲一つでこんなに変わるのか。

 曲名。むぼうのほし、って言ってたっけ。検索すれば出てくるのかな。

 歌声に乗った『欠けた胸の隙間、貰いモノでは合わない』というフレーズ。

 なんだか、共感できる気がする。

 通過していく電車の音に負けない程の熱が、星野晴から放たれる。


「うぉおおお、フロアー、盛り上がってるかーっ」


 ベースをかき鳴らす星野晴の楽しそうな視線が僕らに向けられる。


「お、おー」


 とりあえず腕をあげる僕と。


「路上だよ」


 そう言いながらどこか楽しそうに腕をあげるパーカーの子。


「二階席ーぃッ」

「無いよ」

「どこだよ」

「盛り上がってこうぜーっ!!」


 ――かくして。

 夜の高架下で、僕は星野晴というバンドマンと知り合った。

 そして、もう一人。


「無貌の星、調べれば出てくるわよ。歌い手が色々歌ってるけど、おすすめは原曲」


 フードを脱いだ女の子の顔が露わになる。

 雨に濡れた鴉のような、しっとりとした黒髪。街灯に照らされる白い貌はどこか不思議な、目を奪われるような存在感があった。


新章はじまります。

……はじまりますが。

現在十三万文字ほど書いたのですが、書き終わらないのですわ。

週に一本か二本投稿しつつ、書き進めていく所存。よろしくお願いします

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新章きたー!
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