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顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい  作者: 光川
現れない幽霊編

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神秘的泥仕合

 見切り発車の提案に、柚乃さんの瞳が開かれる。


「あの、話聞いてました? もう、ムリっすよ」

「いや、他の誰かならともかく。僕と柚乃さん、けっこう気が合うというか。なんか感性似てる気がするからさ」


 泣きそうな柚乃さんに手を差し伸べる。


「きっと大丈夫。帰りながら一緒に考えてみよ」


 僕に似てるってことは……まあ、あの悪魔さんの手法を真似ればいいだけだ。もしかしたら上手くいくかもしれない。とりあえず、笑えば気持ちも晴れるはず。

 


「似て……一緒にって、でも、やっぱりどうしようもなくないっすか。こんな、全部」


 僕の目論見を知る由もなく、柚乃さんの瞳が揺れる。


「全部解決しようってのが、なんというか楽天的なんだよなぁ」

「へ?」

「ほら、行こ」


 ここでこれ以上喋るのも面倒だからこっちから柚乃さんの手を摑まえておこう。


「あっ」


 右手で柚乃さんのヒンヤリした手を握り、左手で懐中電灯を奪い、コテージへ向けて歩き出す。この場所、なんだかすっごくゾワゾワした気持ちになるし、まずはここから離れたい。


「じゃあ、一番手っ取り早いことを解決しよう」

「手っ取り早い?」

「柚乃さんの瞳について」

「……あの。個人的に一番根深い問題なんすけど。これさえなければ神隠しは夢だったって納得できるんすけど。だって、お父さん、この目見てお母さんに、本当に俺の子なのかって……言って」


 こんなカッコいい目の何がイヤなんだか。

 ……でも、いいこと聞いた。


「おそらく。柚乃さんはトナカイの一種なんだよ」

「は?」

「トナカイって種類によっては瞳の色が変わるらしい。冬が青でそれ以外の季節が金色。スマホで見た事ある。だから、ね、解決」

「……?」


 寝込んでいる時に学んだ雑学がここに来て役立つとは。ふぅ、イージーな問題でよかった。


「いや……いやいや」


 そう言って否定する柚乃さんをまじまじと見つめると、柚乃さんも身構えるように沈黙し……。


「……柚乃さん、トナカイだったの?」

「あんたが言ってるだけっ!」


 煌びやかに柚乃さんの瞳が輝く。


「ま、そういう種類の生き物もいるから、柚乃さんの瞳は変じゃないよ。人の中じゃ浮いちゃうかもしれないけど。トナカイとして見れば……」

「見れば?」

「人の形をした奇妙な生物」

「余計におかしなことになってる!」

「……はぁ。ああいえばこう言う。僕がへんなこと言ったみたいじゃん」

「ぁ……わかった、まともに話聞く気ないな」

「だってさ。うちのポンコツちゃんは、場合によっては髪まで光ってるから。柚乃さんさ、ちょっと地味だよ」

「じ、地味? ……ふっ、ふ、ふふ。そんなの、…………じゃん」

「なに?」


 柚乃さんの口元がパクパクと動き――。


「戦国時代にタイムスリップして意気揚々と織田信長に会いに行ったら『あー、また未来人?』って言われた人並みに肩透かし喰らった気分だなって、思ったの!」

「……今の一瞬で?」


 バカなのかこの人。


「こんな、わざわざ見せびらかしてバカみたいじゃん、わたし! 見せる相手間違った!」


 もうこの人、大丈夫なのでは。

 傷心の人がこんなに長々とツッコミ出来ないだろ。

 

「私、トナカイなんかじゃないから。ただ……」

「ただ?」

「なんか……、なんか知らないけど目が光ってるだけ」

「ふっ。あ、ごめん説明面白くて」

「バカにしすぎ。そんな風に言われたら、そんな大したことないのかなって思っちゃうじゃん。なんだよ、トナカイって。クリスマスに配達の予定なんて入ってないから。なんすか、バイク便で配達でもしろってことですか。サンタはどうしたサンタは。というかバイクあったらトナカイいらないっつーの。お役御免ってことっすか!?」

「とめどないな……」


 ぴかぴか光る瞳を棚に上げ、柚乃さんはこの状況で律儀にぶつぶつとツッコミを入れている。……やっぱりアンタ、そういう人じゃん。

 悲しいことがあっても、それでも、根っこがブレない人だ。思った通りの面白い人でいてくれた。それなら――。 

 立ち止まった柚乃さんの手を改めて掴む。


「というか柚乃さんさ。悲しみに浸ろうとする割に人生楽しみ過ぎ」

「どこが――」

「根っこのアクティブさが滲み出てるんだよ。アンタのこと知れば知るほど可哀想には思えないんだよ、慎め!」

「なんで責められてるの私」

「あちこち歩きまわって免許も取って、イラストレーターとして成功して、同情されるほどの人間じゃないんだよ贅沢者。僕を見てみろ、妹はアホで、頭のおかしいストーカーに付き纏われて、これから東京に帰ったら陰気な女にジメジメ説教される僕の方がよっぽど可哀想だろ!」

「っ、悲惨」

「だからもう、笑った方が負けゲームを開催します! ゲーム開始!」


 ゲーム開始の宣言をすると虚を突かれたかのように柚乃さんの目が瞬く。


「な、なんすか急に。なんで、笑ったら負けとか」

「笑わなかったら柚乃さんに付き合って異界でもなんでも行く。だから柚乃さんは絶対に笑っちゃ駄目。でも笑ったら一緒に東京帰る」

「理不尽なルール」

「とりあえず瞳の問題は解決ね」

「……いや。瞳がトナカイとか意味わからないし。これから鏡見て、ああ私はどうしてこんな瞳なんだと思う頭の片隅でトナカイ数頭チラついたらどうしてくれ……」

「ん?」

「頭に住み着いちゃったかも、トナカイ。鏡に映る可哀想な私を想像してみたのにトナカイも一緒に首傾げてる……ふっ、ふふ」


 根っからのアホめ。二度とシリアスな顔させないからな。

 こんなとこまでわざわざ来て、消えたいなんて言わないでくれ。僕の方が泣きそうだ。今更だけど変な女とばっかり知り合ってる!

 

「はい、柚乃さんの負け。じゃあ解決ということで。柚乃さんも解決って言って」

「再試合を要求します」

「解決、って言って」

「……か、解決」

「はい、解決しました!」

「……」


 よかった。同意の上でスマートに解決した。


「次は神隠し。これもまあ、解決かな」

「重大っすよ。諸悪の根源!」


 柚乃さんの声色が普段に近づく。


「科学の時代にそんなこと言ってるの柚乃さんくらいだから。柚乃さんの頭がおかしかったと思えば全ては解決するというか」

「なぁんで大衆側につくんすか、孤独な悲しみに寄り添ってくださいよ! 不安なんですよ、いつまた消えちゃうんじゃないかって」

「僕もまあ東京に帰ったら怒ってそうな家庭教師みたいなのがいるし、誰しもそういう不安ってあると思うよ、一緒一緒。よくある悩みね」

「種類違うじゃん。どうせレーさんが悪い問題と私の不慮の事故みたいなのを一緒にしないでくださいよ」

「不慮の事故って。そもそも自分で夜に出歩いてたからじゃん。もう消えに行こうとして消えてるじゃん。知ってたんでしょ、神隠しの伝承」

「……知ってはいた。いや、でも」

 

 お、ここも強引に押し切れそうだ。


「神隠しって主に子供が消えるものだし、高校生がくぐれる大きさの門って無いんじゃない?あってもせまい門に挟まっちゃうよ、柚乃さん尻大きいから」

「ほどよい大きさ!」

「ふっ」

「なに笑ってるんすか……ふっ」


 なんでつられて笑ってるんだこの人。


「違う違う、くだらなすぎて息が漏れただけだからっ」


 柚乃さんの手をしっかり握り、来た道を下る。

 自然も良いけれど東京育ちには人里の光がやっぱり恋しい。明かりがないと怖いんだ……。


「あと、とりあえず夜出歩くの辞めなよ。不注意で神ったんじゃない?」

「略すな。……違うんだよ、雪原が、あったんすよぉ」

「フィンランドね」

「違うって。この世じゃない感じの場所……だったのかなぁ」


 諦観の表情を浮かべる柚乃さん。

 よし、これも解決といって良いだろう。


「あとなんだっけ?」

「じゃあ両親が、私が神隠しに遭った後に離婚したとか……?」

「そんなの知らないよ」

「なにか言えって言ったから言ったんでしょ! これは普通に辛いじゃん!」

「いや。さすがにご両親の男女の問題についてはちょっと」

「……男女?」

「大人の男と女の問題は高校生の僕では計り知れないというか。……それって親としてではなくオスとメスとしての問題かもしれないし。性格が合わなかったとか、その身体の相性という可能性も」

「両親の性別を強調しないで貰っていいっすか! わ、私だって高校生なんだからなんか恥ずかしいんすよっ」


 強く握られる手の間には汗が挟まるが、まだ離す気にはなれない。戻ってこーい。


「……そのあたりはさ、そのうち分かるんじゃない?」

「どーいう意味」

「もし柚乃さんに子供が出来た時、自分の子供の目の色が突然変わったとして。それを理由に離婚するのかなって。その答え合わせはそのうち出来るんじゃないかなって。親にはっきり理由聞けないならそれしか」

「り……理由くらい聞きましたよ。はぐらかされたけど。だから余計、気になって。モヤる」


 ここまでお悩み聞くつもりなんて最初はなかったというのに。

 柚乃さんと遊んでると楽しいからなぁ……。しっかり元に、元の世界に戻って貰わないと。柚乃さんの神秘はここで宴会芸レベルに落とさないと。


「じゃあ僕が聞いてこようか」

「は、え? 私の両親に会うんすか」

「柚乃さんの悩み、雪原諸共焼き払うよ」

「雑じゃない……? ふと思い出したけど、この前のエリちゃんの友達と比べて私への対応雑じゃないっすか?」


 かっこいいだけの瞳に睨まれる。


「この先ずっと気になるよりは良くない?」

「……そんなすぐには決められないって」

「じゃ、僕がいつでも離婚の原因聞きに行くってことだけ憶えておいて。はい解決」


 と言うと。

 柚乃さんは息を吸い、深いため息をついた。


「笑ってないじゃん…………。ほんとに、聞いてくれるんすか?」

「うん」

「……ちょっと気が楽になった自分が嫌っす。いつか理解ってのは難しいっすけど、じゃあ、今は、先送りにさせてもらおうかな」


 仕方ないといった具合に柚乃さんが苦笑する。


「ということは?」

「はいはい、解決解決。……さっきからなんすかこれ」

「またいきなり駆けだされたら面倒だから、ここで禍根を断っておこうかなって」

「乙女の抱える悩みを禍根って表現しないでくれる? もう、こんな、バカみたいな話じゃなくて、ほろ苦くもそれでも前に進むみたいな演出が欲しいのに」

「じゃあ旅に誘う相手間違えたね」

「……悲しいかな、適任かもしれないっすよ。はぁ、バカらしい。はーあ、なんか違うんだよなぁ。普通、もっと不思議がるだろ、この目。光ってるんすよ?」

「よく見たら光って無くない?」

「……ちょっと寄って、はいチーズ。ほら、視て、光ってる」


 スマホで二人並んでの自撮りを見せつけられる。


「猫だって目、光るし」

「……それも、そうか?」


 良かった。

 雪原から柚乃さんの精神が返って来てる気がする。


「じゃあそろそろ本題で。どうすれば、柚乃さんが納得できるエリオットちゃんのイラストが描けるようになる?」


 そう切り出すと。


「私的には副題どころか、ビジネスライクな悩みなんすけど。最悪の場合もういいというか。あの、私のお悩み相談ターンはもう終わりっすか?」

「終わり終わり。それに僕としては柚乃さんの一芸よりもこっちの方が大事だし」

「一芸って、入試に役立たないんすよ、この目」


 柚乃さんと関わる切っ掛け。エリオット・リオネットちゃんの誕生日記念イラスト。どういう場面で使われるのかは知らないけれど。


 僕をジッと見ていた柚乃さんが大きなため息をつき、クスリと笑う。


「……描けますよ」

「僕としてはとりあえ……え?」


 隣を歩く柚乃さんを見るが、柚乃さんは視線を合わせてくれない。


「描けるって言った。だって、なんかもう、大丈夫そうだから」


 柚乃さんの静かで穏やかな声が耳に届く。


「私……ずっと、後ろめたかった。常に隠し事をしているような、誰にも言えない、言う必要のない罪悪感と疎外感。こんな変な自分、本当は笑い飛ばしたかったけど、一人じゃ笑えないし。誰かに話せば、ドン引きされるか慰められちゃうって思ってた。でも――」


 黄金の瞳が僕を捉え美しく輝く。


「ふ、ふふふっ、ほんと。ちょっとどうかと思いますよ、その性格。笑ったら負けとか。……やっぱり深夜ラジオ聞いてる奴は育ちが悪いっす」

「偏見だ」

「レーさんが好きなラジオ、なんでしたっけ?」

「グレゴリーのオールデイジャパン」

「その品の無いラジオ……実は私もずっと聞いてるんすよ」

「え」


 それなら――気が合うのも頷ける。僕ら同じ笑いで育ってきたんだ。


 引っ張っていた手が僕より前に進み、パッと離れる。

 柚乃さんの足取りは確かで、しっかりと地面を踏みしめていた。

 風が吹き、ザアザアと揺れていた木々がピタリと止まり静寂が訪れる。


「ずっと、迷ってたのかも、私。この森で、今もよく分からないけど、全部、全部話したらすっごく気分が良くて、はは、なんだろう、この気持ち。なんだか、すっごくスッキリしてる」


 視線の先に、人工の光が見えてきた。

 僕らには必要のない不可思議の領域が、文明の光に塗りつぶされる。


「レーさん、いや、礼くんっ。異界への扉は見つけられなかったけど。何も解決なんてしてないけど。なんか、なんていうのかな、私っ、やっと帰ってこれたみたい!」


 柚乃さんが今にも泣きそうな笑顔で振り返り――。

 僕らはようやく、ダーク・ゲートSHIRAKAMIに帰還した。


・・・


 ――そこからの旅路は特に語るほどではないけれど。

 翌日は白神山地を観光し、せっかくなのでもう一泊し、また日が昇り、借りたバイクをせっせと水洗いし、昼頃出発の飛行機で東京へ戻ることとなった。


「普通さ、帰りは僕が窓際じゃないの?」

「じゃんけんってのは残酷なもの……ん?」


 柚乃さんが覗く窓の外には空港の展望デッキが見える。平日の昼間に飛び立つ飛行機を見送る人は少ないけれど――。


「……なんすか、なんか見覚えのあるオッサンが立ってるんすけど」


 遠目に、ガッシリとした体格の四十代くらいに見える男性が、こちらに向かって懸命に手を振っていた。


「いるなら会いに来いっての」


 不満そうな口調で柚乃さんは口角を上げ――僕らは青森の地を飛び立った。


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