教えて!エリオットさまの100のこと! part3
その後。
「第六十五問っ、エリオットが最近作ったプラモデルの名前はなに」
とか。
「第七十二問、エリオットがレーに課した門限は何時」
とか。
「第八十九問、エリオットが好きな四文字熟語はなに」
等々のどうでも良い質問に答え続け――。
「みなさん、残すところあと二問ですっ。元気出してこーっ」
「おー」
未だ元気なトネリコさんに合わせて声を出すも、もう限界。さっさと終わってくれ。
「第九十九問、エリオットが今一番やりたいことはなーんだっ」
「今かぁ」
「温泉っすかねー」
「わたしもソレかなぁ」
回答は『家に帰る』にでもしておこう。
「ナツさんは答えに自信ありますか?」
『はい、たぶん、私の中のエリオットなら、こう言うんじゃないかなって思います』
「お、自信満々ですねっ、回答が出揃いました。レーさんは家に帰る、マリリさんユズリハさんは温泉、ナツさんは、おお、レーさんと同じで家に帰る。ではエリさんに聞いてみましょうっ」
モニターを見れば、ソファにもたれ掛かりマネージャーを足置き代わりにした妹が映る。
『あっ、まずっ、ちがうよ、エリが疲れたって言ったらマネージャーから私がオットマンになりますって言ったの』
僕に怒られると思って妹が慌てている……。
「もういいから答え言って」
『正解は、もー家に帰りたいっ、でしたー』
「ということでレーさんとナツさんが正解っ、そしてー、ついに、ついに最終問題ですっ」
「やっとかー」
「疲れたー」
横並びの三人そろって腰を伸ばす。長かった戦いもようやく終わりだ。
「第百問っ、エリオット・リオネットになくてはならないものは、なにっ」
最後の最後に漠然とした範囲の広い問題が出て来たな。
「これは余裕っすね」
「はいはい、レー君レー君と」
「マリリさん、答えは言わないようにお願いします。最後ですからね、悔いの残らないようにお願いします」
「といってもマリリちゃんの獲得ポイントじゃなぁ。はい、送信」
さて、僕もちゃっちゃと書いてしまおうか。
送信をタップする。
「では集計します。まず、マリリさんがレー。ユズリハさんもレー。ナツさんもレー。そして、レーさんは……ファンの皆さん、という事でした」
いくら妹でもこのタイミングで僕の名前をあげる事は無いだろう。ファンあってのバーチャルアイドル活動、これは間違いない。
「……レーきゅんさぁ、まじで女心が分からないんだね」
「息子よ、ママは悲しいよ」
などと言っている低ポイント達は無視して、最後の答え合わせを迎えよう。
「ではエリさーん、最後の答えと結果発表をお願いしますー」
トネリコさんが妹に呼びかけると。
『――――』
「あれ、エリさんの姿が見えませんね……おーい、エリさーん」
モニターの中には誰も映っていない。
「……?」
まさかの帰宅かなと思えば。
バタンっとスタジオの扉が開き、生エリーゼちゃんが配信用装備で登場する。
妹の登場と共に、モニターの中に躍り出たエリオット・リオネットはお姫様のような純白の衣装を身に纏い華々しくスポットライトを浴びる。
きっと、配信ともなればエリオットの登場にファンの方は喜んでくれるのだろう。
――けれど。
今この瞬間、この場では。
偶像の華やかさは現実の輝きの前に全て掻き消されてしまっていた。
エリーゼを目にした事があるはずのスタッフさんたちも、見慣れているはずのトネリコさんもエリーゼただ一人に目を奪われ、呼吸さえ忘れている。
妹は気合が入っているからかキラキラ粒子を振りまき、ふわっと広がる長髪がスタジオの照明を拡散させ――先ほどまで和やかだったスタジオの空気が、シンと静まり返る。
「おまたせ、主役の登場だよっ」
妹はそう言って腕を格好良く伸ばし、花咲くようなスマイルをサービスするが。残念ながら誰も反応できず……。
「……レー。エリ、満を持しての登場ですべった?」
若干凹んでいた。
「張り切りすぎたんじゃない」
「……悲しいんですけど」
妹が僕の右隣に避難してくる。
「トネリコさん、進行お願いします」
そう声をかけると。古いパソコンの再起動のようにトネリコさんが動き出す。
「あっ、すみませんっ、突然のエリさんの登場に呼吸を忘れていました。ええと、はい、ほんとに可憐で……いや、じゃなくてレーさんっ、なんでしたっけ」
混乱魔法喰らった人ってこんな感じなのだろうか。
「100問目の答えです」
「そうでしたっ、エリさん、お願いしますっ」
「トネリコ、しっかりしてよ。せーかいは、えっとレーは……あ、ファンの皆のおかげでしたーっ」
お、やった。正解だ。
「……いや、ぜったいお兄ーちゃんに合わせに行ったよね。エリオットちゃん? リアルでは初めましてーマリリだよ?」
マリリが僕の隣に立つ妹を見る。……そうか、今日が初めての出会いか。揉めないでくれ。
「あー。これが生マリリか。へー」
妹はそう言いながら僕を後ろから抱きしめる。
「べつにレーに合わせたわけじゃありませーんっ、こういう時くらいはファンサービスしておこうと思っただけでーす。ふふっ、可愛い顔してるんだねーマリリって。今日は来てくれてありがとうっ、てっきりオバサンがやってるのかと思ってた」
そんなこと言うな。フットペダル『涙』踏んじゃお。せめて笑いどころになってくれ。
「ふふふ、マリリちゃんは永遠に美少女だからねー。でさ、なんでお兄ちゃんにくっ付いてるの。離れよ? 本番中だよ?」
グッ、と重力が増したかのような圧がマリリから放たれた気がする。
「あ、ゴメンね。エリにとっては当たり前のことすぎて意識せずやっちゃった。ふふっ、じゃあトネリコ、続けて?」
「うっ、はい。イヤなタイミングで目が合ってしまった……」
なんだこの空間、空気悪いな。
妹が僕から離れてトネリコさんの隣に立つ。
「えーとスタッフさん、100問目の答え合わせで一回切って、こっから繋げましょう……ごほんっ」
「あ、編集点だ」
「レーさん、お静かに。――さあっ! ついに最後の答えが発表されましたっ! ちなみに発表の後エリさんとマリリの因縁の衝突があったのですが、あまりに空気が重くて心臓に悪いのでカットです! ではっ、いよいよ結果発表ぉぉぉ!」
モニター近くに座るスタッフさんが『ここでドラムロール入ります』とカンペを出す。
「まず、第四位。最下位となってしまったのはーっ23ポイントの、マリリさんだぁっ」
「わぁー、くっそー頑張ったのにぃ。マリリ、くやしーっ」
さすがプロ、さっきまで静かにキレていたとは思えない声色だ。
「続いて第三位は35ポイントで、ユズリハさんでしたっ」
「wiki見て勉強したんすけど、むずかしかったか―」
そう言うユズリハさんの前に妹がトトトと近寄る。
「でもエリはユズが頑張ってくれて嬉しかったから、こんど一緒にコラボ配信してあげるね」
「それは、ご褒美なんすか?」
「うんっ、レーがね、面白い動画教えてくれたからいっしょに見ようね、ふ、ふふっ」
ああ、ユズリハさんの過疎配信のことか。つい教えちゃったんだよな。
「さぁ! では、いよいよ二位、一位の発表となりますっ! 二位は58ポイントと高得点、レーさんなのかエリオット推し現役女子中学生のナツさんなのか」
ドラムロール分の尺を待ち――。
「第二位は……惜しいっ、ナツさんでしたーっ」
その瞬間。全ての女性陣とスタッフさんからの冷たい視線が僕に突き刺さった。
……いや、真面目にやった結果じゃん。
当初の予定とはズレてしまったけど、それは副賞があるなんて知らなかったからで。
「レーきゅんさぁ、フットペダルで涙目つくっても許されないよ?」
「あんたって子は、母として情けないっす」
「まあまあ皆さん、レーさんも頑張って下さったわけですから。まさか私も中学生相手にこれほど大人げなく点を稼ぐとは思いませんでしたけど」
あ、庇う雰囲気だったトネリコさんにも刺された。
「ちなみにトネリコちゃんさぁ、レーきゅんは何ポイントだったの?」
マリリがトスを上げ、トネリコさんが頷く。
「一位のレーさんの点数はっ、ぶっちぎりの90ポイントっ! この男、どんだけ副賞がほしかったんだぁーっ!」
「アホっ」
「ばかっ」
僕は今、横並びの女性陣から言葉の暴力を受けています。
「あ、でもね、レーは、がんばったもんね。エリはすごいと思うよ。まるでエリ博士だ」
唯一の味方が身内なのがもの凄くマッチポンプ感が……いや、本当にマッチポンプでしかないのだけれど。
「……」
「……」
ほら、何か言え、という半笑いのプレッシャーがスタジオ中から向けられる。
「えー、恥ずかしながら」
「ほんとに恥じろっ」
マリリにだけは言われたくないのですけど。
「えー、本当はナツさんに一位を取らせるつもりだったのですが、あまりに魅力的な副賞をチラつかされて勝ちに行ってしまいました」
フットペダルを踏む。
「照れるな、モジモジしろ」
「で、ですね。配信をご覧の皆さん、一位の僕からですね、ファン代表のナツさんにエリちゃんとのプライベートツーショットトーク権を譲ろうかと思うのですがいかがでしょうか?」
と言うと、スタジオからパラパラと拍手が聞こえてくる。なんて予定調和だ。
その、僕だって一応、あ、ポイント取りすぎちゃった。と正気を取り戻した段階でこのくらいは考えていましたよ。それを皆、本気で勝ちに行ったと思って……。
「エリはイヤだけど」
「黙りな。ということで、じゃあエリオネット家からナツさんにプレゼントという事でお願いします」
チラッとトネリコさんに視線を向けると満足気な表情を浮かべていた。
「はいっ、ではそう言うことなので、別室のナツさーん聞こえていますかー?」
『は、はいっ。いいんですか、私もう無理だーって、お兄さんのばかぁって思ってたのに』
「……バカな兄なのは間違いないっすね」
ボソリとユズリハさんの呟きが聞こえる。
「一位のレーさんたっての希望なので、ここはぜひお言葉に甘えてエリオットさまとのプライベートツーショットトークを楽しんじゃってくださいっ、大健闘の二位でした!」
『ううっ、ありがどうございまずぅ、みなさんも、ありがどうございましたぁっ』
泣いてるわ。
「はぁ、めんどくさー」
妹が僕の机にもたれ掛かる。
「ということで、おしえてエリオットさまの100のことでしたー。ユズリハさん、そしてスペシャルゲストのマリリさん、よければ一言くださいっ」
ふぅ、ようやくひと段落だ。
「えとじゃあ自分から。今日はひたすら長くて大変だったっすけど、非現実的でなんだか楽しかったっす。エリちゃん、あらためて誕生日おめでとー」
「ありがとっ、あとはイラスト仕上げるだけだね」
「うっ、現実が返って来た……」
……そうか、ただの収録だと思っていたけれど。これって妹の誕生日会みたいなものか。
これだけたくさんの人に祝われている妹を生で見る事になるとは思わなかったな。
「ではマリリさん、締めの一言お願いしますっ」
「はーいっ、どーにも前から反りが合わないわたし達だけど、可愛い女の子が一年頑張って誕生日を迎えられたのはすっごく嬉しいですっ、エリオットちゃん誕生日おめでとっ」
「どーも」
「ちょっ、なんなのこの子っ」
「ということで、みなさまー、ありがとーございましたーっ」
「ばいばい、次はレーがバンジーとともに、ライブカウントダウンしてくれるよ」
妹がカメラに向かって手を振り――撮影が終了した。
・・・
「じゃあ、エリはソファのとこで待ってるから。レーがその中学生っての連れてきなよ」
妹は3Ⅾ配信用の装備をマネージャーに渡しながら僕を顎で使う。
「エリさん、それはちょっと。画面越しの対面で十分ほどの会話を考えていますので直接はまずいです」
「あー。おっけー、なんだっていいけどさ。とにかく、レーに任せるよ」
妹は面倒くさそうにそう言うとツカツカとスタジオを去っていった。
「と、言ってみましたけど。ナツさんってエリさんのお友達なんでしたっけ」
マネージャーさんに確認される。ここからはプライベートのドッキリだ。
……別にドッキリする必要はなかった。まあいっか。
「ですね。今日は僕の思い付きに乗ってくれてありがとうございました」
「いえ。我々としても楽しい映像が作れたのではと思いますので、今後ともなにかエリさんが楽しめる企画を思いつきましたらご一報いただければなと」
ペコリと頭を下げられる。この数時間の頑張りが三十分ほどに纏められると思うと泣けてくるな。
「お兄ちゃんは大変っすねー」
僕らの様子を見ていた柚乃さんに腰をポンとされる。
「私は控室行ってますねー」
「じゃっ、マリリとお話してよ? わたし、ユズリハさんとお友達になりないなー」
柚乃さんを後ろから抱きしめる不審者。
「今日吉野さんは来てないの?」
「最初の挨拶だけいたけど。あ、お疲れ様でしたー、またお願いしますー」
通りがかるスタッフさんに挨拶するマリリ。こういう社交的な一面があるからより狂気的な偏執が際立つんだ。凄いや、マリリ。
今日の一件はあとで吉野さんに報告しておくね。
「じゃあ、僕は行ってくるから。先帰っていいよ、お疲れ様。今日は妹のためにありがと。あ、トネリコさーん、ありがとうございましたー」
離れたところでスタッフさんと話していたトネリコさんにも挨拶し、スタジオを後にする。
・・・
茶番は終わりだ。
スタジオからやや離れた場所にある小さな会議室をノックする。
「はーい、どうぞー」
夏生ちゃんの声を確認してドアを開けると、セーラー服を着た夏生ちゃんが機材の置かれた部屋に一人ポツンと椅子に座っていた。あのセーラー服、中学校を思い出す。
「長丁場お疲れ様。どうだった?」
「もう何がなんだか。エリがバーチャルアイドルっていうのにも驚いたけど、自分がこんな本格的な場所に来るなんて思っても無かったから……へへ、緊張しました。ほとんど記憶ないですよ」
「僕と一緒だ。もう疲れちゃったよ」
「お兄さんはとっても頑張ってて凄かったです。めちゃくちゃクイズに正解してたのも、最後みたいな感じにしてくれる為だったんですよね?」
「も、もちろん! 片時も作戦を忘れてなどいなかったよ」
「やっぱりっ、さすがお兄さん。てっきり副賞がそんなに欲しいのかと思っちゃいました」
わたしは嘘をつきました。
「じゃ、そろそろ行きますか」
「……はい。せっかく用意して頂いた機会ですから、頑張ります」
潔く立ち上がる夏生ちゃんと共に会議室を出る。
遠い遠い回り道をした気がするけれど、これで一件落着のハッピーエンドになってくれれば全て問題なしだ。
「仲直りできなかったらごめんなさい。でも、私」
「いいよいいよ。どうあろうと今日はプラスプラスのプラスだから」
オールデイジャパンTシャツ貰えれば、二人の仲直りとか……まあ、僕が出来るのはここまでだ。せいぜい悔いのないようにしてくれたまえ。
二人で廊下を歩き妹の控室まで向かい、アイコンタクト。
コンコンとノックをする。
「エリちゃん、入るよ」
控室に入ると、一人掛けのソファに偉そうに座る妹がいた。
「あ、あの、私、えっと」
夏生ちゃんが僕の後ろから一歩踏み込むと――。
「ほら、やっぱり肉まんじゃん」
特に興味もないといった様子で、妹は夏生ちゃんを出迎えた。




