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顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい  作者: 光川
現れない幽霊編

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教えて!エリオットさまの100のこと! part1

 土曜日の朝、九時十五分。

 僕は妹が所属するバーチャルアイドル事務所、ラインオーバーの撮影スタジオに来ていた。


 あと十五分したらリハーサルとのことで少数精鋭の大人達が『教えてエリオットさまの100のことっ』の準備でバタバタとしている。改めて大事になってしまったなと後悔。


 本日の主役エリオットは既に別室に待機とのこと。

 もう一人の主役でもある一般参加枠の横浜夏生ちゃんも別室で待機中。一般参加ということでタレントとは直接会わず音声のみの出演となるものの、その方が夏生ちゃんも緊張しなくて良いだろう。様子を見に行ったところ落ち着いていたし、後は事情を知らせた柚乃さんとトネリコさん、そして僕でそれとなく順位を調整できれば重畳だ。


「……」


 ただ、気になるのが特別ゲスト枠。


 トネリコさんが司会に回ることで人数不足に思ったのかラインオーバーがもう一人追加したらしいけれど……誰だろう。エリオットの先輩なのか後輩なのか、あまり詳しくないけれど未だ姿を見せないし、挨拶する時間も無さそう。

 スタジオ外の自販機前でベンチに座り、大人達を眺めつつ段取りを頭に浮かべていると。


「レーさんおはよっ。数時間ぶりじゃあないですか。ふぁ」


 控室の方から黒い半袖Tシャツにワイドパンツ姿の柚乃さんが現れ、自販機でミネラルウォーターを買い僕の隣に座った。


「水、控室にあったよ」

「買っちゃったじゃん」


 柚乃さんはそう言いながらキャップを開けて水を飲む。


「緊張して眠れなかったっす。面白いこと言えないんでフォローお願いしますよ?」

「そこは編集に任せよう。結局このコーナーって延々と問題出され続けて疲れている回答者が見所だと思うし。面白いイラストレーター目指したら大滑りするかもよ」

「う。想像したらゾっとした。大人しく陰キャイラストレータ―として地蔵になるっす」

 別に柚乃さんって陰の者って訳でもないけれど。

 気合入れるよりは自然体の方が良い感じになりそうだ。

「僕だってエリちゃんの兄を求められてるだけだから、ただのクイズ回答者に徹するよ。張り切っても体力持たなそうだし」

「企画書見る限り長丁場っすもんね」


 まったく、なんて企画を考えてくれたんだ。


「一問につき五分つかうとして五百分。少なくとも八時間はかかりそうっす」


 収録は十時開始の予定。帰る頃には日が暮れそうだ。


「そういえば。来週暇っすか?」

「霊感少女としてのお誘い?」

「そうっす、最初で最後のお願いっす。というかレーさん。余裕ぶってると私、締め切り間に合わないっすよ?」

「……」

「冗談っす。ただ、なんというか鉄は熱いうちに打っときたいんで」


 なにやら考えがあるらしい。


「よくわからないけど。僕は柚乃さんと違って締め切りどころか夏休み前で余裕あるから、遊びに行くなら付き合うよ」

「エリちゃんがたまーに見せる意地の悪さのルーツを見た……」


 僕の方が数段性格良いと思うんだけど。


「ん、なんか大人達がざわざわしてますね」


 柚乃さんが廊下へ視線を移す。


「お偉いさんが来たのかな?」

「自分たちも挨拶した方が良いんすかね」

「僕ら部外者だし、座ってて良いんじゃない」


 二人して人の流れを見ていると――。


「あ。居た居たっ、お二人ともー、ちょっと早めにリハスタートしちゃいましょう。椅子に座っての長時間収録なんで、位置と大まかな段取りだけ確認してください」


 マネージャーさんに呼び出される。


「はぁー。気が重いっす」

「中学生が二人、高校生二人に大学生一人。頼もしいメンツじゃん、気楽にやろ」

「怪獣映画に出てくる戦車並みに心強いっす。マイゴジ観ました?」


 促されるまま簡易的なテーブルと椅子の前に集まり、スタッフさんから説明を受ける。僕と柚乃さんとスペシャルゲストさんがスタジオ収録。今回僕は2Ⅾモデルを使用するとのことで表情を切り替えられるフットペダルの説明をされる。余裕があれば使って下さいとの事だけれど。


「表情?」


 以前妹が僕に用意した饅頭フェイスに表情でも実装されたのだろうか……怖。

 加えて、誕生日配信なので楽しい雰囲気でお願いしますとのことだった。楽し気に妹クイズを答えるって中々辛いぞ……。


 そんなことを思いつつ、自分用の机に置かれたタブレットを確認する。問題が出たあとはこのタブレットに答えを記入して送信すれば良いらしい。芸人の大喜利みたいにフリップを出すのに憧れていたけれど、バーチャルの世界だからか回答方法もデジタルだ。


「スペシャルゲストさんは本番で出てくる感じっすね。誰が来るんだろー。一期生の新条トーカちゃんだったら嬉しいなぁー」


 柚乃さんはタブレットに落書きとは思えないクオリティの女の子を描いていた。その人がトーカちゃんなのだろうか。


「出来れば縁のある知り合いで固めて欲しかったんだけど」

「せっかく女の子と知り合うチャンスっすよ?」

「同性がいなくて肩身が狭い」

「女の子事務所っすからね。ふふっ、せいぜい熱心なファンに刺されないようにして下さい」


 恐ろしい事を言うな。


「柚乃さんだって濃いファンいるかもしれないから、今日僕はユズリハさんとは初対面の感じでいく」

「初対面の感じはいいけど、私に濃いファンっすか?」

「おもしろ動画あるじゃん。ホモサピエンスと見る過疎」

「やめっ、やめろっ」


 柚乃さんの黒歴史をほじくり返して時間を潰していると――。


「レーさん、ユズリハさん、調子はどうですか?」


 進行役を引き受けてくれたトネリコさんが僕らの前にやって来る。


「ぼちぼちですけど、というかトネリコさん今日はカッコいい装備ですね」


 3Ⅾモデルを使うトネリコさんは腕や腰、足にトラッキング用のデバイスを装備しておりなんだかサイバーパンクっぽくてカッコいい。


「あらためて指摘しないでよー、ちょっと恥ずかしいんだから」


 トネリコさんがそう言うと僕らだけではなくスタッフさんも表情を和らげる。

「よし、それじゃあちょっとスタート早まりますけど、みんなでエリちゃんの誕生日を盛り上げましょー、おーっ」


 トネリコさんの音頭にスタジオ一丸となって腕を上げ、収録が始まった。


・・・


「みなさん、こんエリーっ。エリオット・リオネット誕生日配信へようこそっ! 本日の司会進行はわたくしトネリコ・ルリカがお送りしますっ」


 パチパチと拍手をしつつモニターを眺めると、3Dモデルのトネリコさんが笑顔を振りまいている。


「ということでさっそく参りましょうっ、教えてっエリオットさまの100のこと! これからエリさんに関するクイズを100個出題しまして、その正解数で競って頂きます。では、本日の回答者のみなさんをご紹介しますっ、まずはエリさんファンならお馴染みのこの方っ」


 席順は左から僕、スペシャルゲストさん。柚乃さん、別室で夏生ちゃん。一番最初に紹介されるのは仕方ないか。せいぜい頼まれた通り最初だけでも元気にやってみよう。


「みなさんこんにちは、ご無沙汰しておりますエリオットの兄です。ほんじ……ん、なんですか、この身体」


 モニターの中には2Dの幼い男の子が映っていた。僕だけを映すカメラにトラッキングされているのか二次元の身体が細かく動いている。


「あ、気付きましたね。本日のレーさんのボディは先日バズっていた幼き日のリオネット兄妹イラストから啓蒙を得た弊社の技術スタッフが、異様な熱意で本来の仕事を投げ出して作り上げた幼きレーさん、通称ショタレーさんとなっております。机で隠れておりますが半袖に短パン姿となっております」


 この中に一人、ショタコンがいます。


 足元を見れば涙マークが描かれたペダルがあったので踏むとショタレー君が涙を浮かべた。

 他の表情は『照れ』『ムスッ』『モジモジ』『恐怖』とあり製作者の偏った拘りが感じられる。

 なんで『笑顔』が無いんだ。


「あれ、レーさん表情が死んでおりますがいかがしました?」

「いかがも何も、何でこんな目に遭うのか……」


 幼い子供に見られるのって、精神衛生上よろしくない。


「どうやら喜んで頂けたようなのでお次の方を紹介しますっ、なんと、今回遂にエリオットさんのママさんが登場ですっ」


 画面に浮かび上がる柚乃さんのバーチャルボディは……あ、これは見覚えあるぞ。柚乃さんが過疎配信で使っていたボディだ。柚子っぽい色合いの黄色いポニーテールの髪と琥珀色の瞳が特徴的な女の子。服装は雪原を思わせる真っ白なワンピースだ。


「ど、どうも初めまして。イラストレーターのユズリハです。エリちゃん、ええと娘の誕生日ということなので、恥ずかしながらやってまいりました、どうぞお手柔らかにお願いします」

「お願いしますっ。ということでリオネット家が大集合、これだけでお祭り感がありますが、今回はさらに一般参加枠としまして……なんとエリオット推し現役女子中学生が通話で参加してくれます、おーいナツさーん、聞こえますかー」


 トネリコさんが呼びかけると。


『は、はい。えっと、ナツと申します。エリ、エリちゃんに会えるようにがんばりましゅっ』


 盛大に噛んだ夏生ちゃんの声が聞こえる。


「初々しくて可愛いですっ。がんばれーっ」


 大丈夫かな……。


「そして今、ナツさんが言った通り一位になった方にはエリさんと直接お喋りのチャンスが与えられます。親睦を深められるプライベートツーショットトークを目指して頑張ってください!」


 いらねー。


「ここはぜひ、ナツさんに頑張って欲しいですね。……では、最後に、エリオット生誕祭に相応しいスペシャルゲストをお呼びしますっ、どーぞ!」

 パっとスタジオの照明が消え――。


 タタッと足音が響き、パッと照明が再び点灯すると。


「ふっふっふっ、今日はどこぞのお姫様の誕生日らしいけど、そんなのこの大悪魔様が邪魔しちゃうもんねーっ。モノどもどけーっ事務所の壁を乗り越えて参上しましたマリス・リード・リリスことマリリちゃんの登場だっ、冥土の土産にー?」

「もってけマリリーっ、という事でペイントパレットさんから大悪魔のマリリさんが特別参加してくれましたっ」

「よろしくおねがいしまーすっ」


 ……見覚えのある女がトラッキング用デバイスを装備して意気揚々と現れてしまった。

というかバーチャルなんだからスタジオの照明落とす演出要らないだろ。モニターには3Dのマリリちゃんが軽やかに登場。


「えっ、マリリちゃんっすか、めっちゃ可愛いーっ、あとでサイン下さいっ」


 柚乃さんは単純に嬉しそうだ。


「おっけー、マリリにおまかせっ」

「うわー、やったっす。息子よ、マリリのサインゲットっすよ」

「……おめでと」


 視線というかプレッシャーをマリリが立つ方角から感じるものの気がつかないふりをして水をゴクリと飲む。最近連絡来なくてラッキーと思っていれば、ここで現れたか。


「ちなみにー、わたしちゃんとしては一位のご褒美、エリオットとのお喋りはいらないので。勝ったらそこの世界一可愛いショタ貰って帰ります。ちょっとね、お灸を据えたいというか。マリリがスィッターで送るDMの全てをブロックし弄んだ罪、身体で清算させます」

「ということですが、レーさん何かありますか?」

「警察呼んでください」


・・・


「愉快なメンツが揃ったところで、ついに本日の主役の登場ですっエリさーん!」


 トネリコさんが呼びかけると、僕らの前に置かれた大きなメインモニターにエリオット……ではなくエリちゃん本人が映し出される。

 この映像は僕達用で、編集後にエリオットちゃんになるのだろう。


『だからレーはこっちで答えればいいじゃ……あ、ごほん。みんなーこんエリー、エリオット・リオネットだよー。今日はエリと話せる栄誉をかけてせいぜい争ってねー』


 最初誰かと喋っていたな……。

 この企画、妹は妹で暇そうだ。


「はい、とっても可愛い挨拶をいただけました」

「回答者を相当見下してる可愛くない挨拶でしたよ」

『あ、その声。レーもね、がんばるように。手を抜かないように』

「お姫さまー、マリリちゃんにもぉ一言欲しいなぁー」

『――は?』


 隣に座るマリリが一発かます。なんでこう、相性が悪いんだろうこの二人。


『どういうこと。今日の参加者、は? ちょっと不審者入ってますけど! 警備のひとー、うちの、レーが、危ないんですけど!』

「せいぜいお兄ちゃんがマリリに攫われるところを別室でみてるんだなっ、がははっ」


 妹にもマリリの出現は知らされて無かったのか。


「……誰に似たのか過保護な妹さんっすね」

「はぁ」


 妹はいいとして、マリリのスタンスも何となくわかった。僕を狙っているムーブは妹への当てつけとしての笑いどころ。その辺りはプロとしてのプロレスだと信用しておこう。


 マリリと一瞬目が合う。


「お兄さんもお久しぶりだけどよろしくねっ」

「……はい、お願いします」


 こういう時、バーチャルボディは便利だ。モニターの中のマリリは可憐に悪戯っぽく微笑むだけで――霧江茉莉花の怒りが籠った笑みを反映させはしないのだから。


 とりあえず僕は『恐怖』のペダルを踏んでおく。


「そうだエリさん、エリさん推しの中学生ナツさんにも一言エールをお願いしますっ」

『ナツ?』

『は、い、そうです。今日はエリ、さんと会ってみたくて来ました!』


 夏生ちゃんの音声が会話に混じる。


『ん? あー、遠いとこわざわざごくろー。エリのことをレーより知ってるとは思えないけどせーぜー頑張るよーに』


 偉そうだ。


「はい、とっても可愛いエールをいただけました」

「トネリコさん、全部それで乗り切ろうとしてません?」

「第一問っ! エリオットは基本的にエリちゃんと呼ばれていますが、その本名はなーんだ。フルネームでお願いします」


 唐突に問題が始まり、慌てて机に置かれたタブレットを手に持つ。


「サービス問題ですよー。スタジオの皆さん、別室のナツさん、これから100問がんばっていきましょーっ!」


 今更ながらこれ。トネリコさんも相当ハードな仕事なのではなかろうか。僕らが無言で答えを書き込んでしまっては数時間一人で間を持たせるために喋るはめになりそう。


 それは……ちょっと可哀想だ。


 仕方あるまい。ほどほどに喋りつつ、出しゃばる痛い兄にならないように気をつけつつ、点数を取り過ぎないように気をつけつつ、女の子に馴れ馴れしくならないように気をつけつつ、わざとらしく問題を間違えてサムい空気にしないようにしなければ。


「……やっぱつれーわ」

「レーさん、一問目から心折れないでくださーい」


 長い戦いが、始まる。


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