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顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい  作者: 光川
現れない幽霊編

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なんだかんだ仲良い人

 素麺を二人分茹でるだけだというのに汗が滲む。


 午後二時、昼食には少し遅い時間だ。帰り道にハンバーガーでも買って来れば良かった……のだけれど、あのタンデム自転車やたら目立つからな。人目を避けて帰る事を優先してしまった。


「ネギ切ろ」


 僕はネギが好きだ。納豆もネギを美味しく頂くために食べるといっても過言ではない。冷蔵庫から長ネギを取り出し、斜めに切り込みを入れたあとみじん切りにしていく。素麺が茹で上がるまであと少し、麺つゆを準備して……。


「はぁ」


 調理中に二人の女の子が脳裏に過ぎる。どちらも面識のない他人でふと冷静になると、また面倒事を引き受けてしまったなという感想しか浮かばない。キャパオーバーだ。多分、近いうちにあっぷあっぷになるだろうから、早いうちに協力者を捕まえておかないと。


「レー、スマホ鳴ってるよぉ」


 リビングのソファでうつ伏せになっている妹がテーブルに置きっぱなしにしていたスマートフォンを指す。


「なんだ忙しい時に」


 茹でた素麺を氷水でしめて皿に盛りつける。


「エリ、どいて」


 妹を足でどかしてソファに座り、スマートフォンの通知画面を見ると『吉野』と表示されていた。吉野とは悪魔の眷属であり耳障りの良いトークで僕を惑わす悪いやつの名前だ。


「いただきまーす」


 つるつると素麺と自分の髪の毛をすする妹の口から髪を抜きつつ、スマートフォンのロックを解除する。


『一つ相談があるのですが。いかがでしょうか』


 吉野さんからのシンプルなメッセージ。詳しく言わんでも解るよな、という言外のメッセージまで含まれている。

 ピコン、と続けてメッセージが届く。


『お願いお願いおねがーいっ』


 おおよそ社会人とは思えない文面……。


「あ」


 これ近くに居るな。

 ショートカットの女を幻視する。


「……まぁいいか」


 先日、体調を崩した時からブロックしていたマリリのアカウントをタップし通話を掛ける。


「夜、時間あるならどっか、ファミレスでも行こうよ。バイトが終わったら迎えに来て」


 とだけ告げて通話を切ると、ポコンと吉野さんから『ご協力感謝します!』とのメッセージが入った。相談内容は一切聞かなかったけれど、どうやらうまく処理出来たらしい。


「レー、エリを置いて出かけるの?」

「うん。エリちゃんは配信するんだっけ」

「そーだよ。ゲソスプラッシュがフェスやってる。エリはね、塩焼きそば派にした」


 一時間以上一緒にサイクリングしたせいで妹に詳しくなってしまった。歌やダンスのレッスンだとか、これまでの妹ではまずやりたがらなかった事をやっているらしい。これは一緒に歌って踊ってくれているらしいトネリコさんに感謝だ。


「夜、なにか食べたいのあれば今のうちに用意するけど」

「じゃー、冷やしちゅーか始めてくださーい」


 昼も夜も麺だけれど、この暑さだから丁度良いか。冷やし中華なら買っておいた麺もあるし用意するのも簡単だ。トマト、キュウリ、ハム、それに錦糸卵を用意すればほぼ完成。


「エリちゃん、一緒に錦糸卵作ろうか」

「なにそれ?」

「細長く切った卵焼きみたいなやつ」


 そろそろ簡単な料理くらい教えたいけれど、どうせ「エリは見守る係やる」とでも言うのだろう、そう思っていると。


「むずかしい?」


 意外な言葉が返って来た。案外やる気なのかもしれない。


「プラモ作れたんだから大丈夫だよ」


 人が寝込んでいる時に目の前でパチパチとパーツを切り分けてデカいロボット作り上げたから手先は人並みに器用なはずだ。

 けれど、妹であれば『またこんどね』そう言うに決まって――。


「じゃあ、やってみようかな」

「お?」


 一瞬理解出来ず、いやに妹の姿が目に焼き付いた。


「やるって言ったの」


 普段と変わらず僕を見つめる妹。


「でも、料理覚えちゃったらレーの出番なくなっちゃうね」


 そう言って妹は素麺を食べ終えて背中を丸めスマートフォンを弄りだす。


「ねー、エリが禁止? たまご作れたらすごい?」

「……」

「レー、きいてる?」

「聞いてるよ」


 ただエリーゼが調理実習に挑戦すると言っただけだ。

 でも……何故だか予兆のように感じた。

 付き添い付きとはいえダンスレッスンしている事も。二人乗りとはいえ自ら外に出る自転車を買った事さえも。大げさかもしれないけれどもしかしたら妹の中で、何かが変わり始めているのかもしれない。


「エリちゃんならきっと出来るよ」

「ふーん、そう?」


 いつの間にか殻をやぶっていたのかもしれない。

 その背には羽化直前の透明な翅があるのだろうか。

 あとは切っ掛けがあれば、勝手に飛び立つのかも――で、あれば。

 僕も安心して遠くへ行ける。

 ……妹の成長を感じて、少しだけ、しんみりとした。


・・・


「帰る前に見てみ綾野っち。時間あったからドラゴンつくっ」

「真野先輩しゅごいぃぃっ!」


 これだこれだ!

 馬鹿みたいに美少女フィギュアばっかり作っていないで真野先輩はこういうの作ってくれればいいのに! 僕が本当に好きな真野先輩の作品はこっちなんだよ!

 緻密に彫り込まれた鱗、迫力の翼は皮膜が透けるほど繊細で色さえついていない両眼は造形だけで迸る怒りを感じさせる。

 まさしく人を滅ぼすドラゴンの姿だ。

 アルバイトの終了時間にとんでもないものを見せてくれたものだ。え、この物造りの才能をただの趣味で終わらせようっていうのか。信じられ、信じられなーいっ。


「あげるよ、それ」

「僕、誕生日じゃないですよ」

「複製するのも面倒だし。置く場所無いし貰ってよ」

「いや、でも悪いですよ」

「じゃあやっぱりあげるの辞めちゃおっかな」

「だめだめだめ。もう貰いましたから」

「……最近明るくなったのは良いけど、たまに様子がおかしくなるなぁ。あ、いや、取らないから。エサ取られそうな猫みたいにならないで。どうぞどうぞ、そのドラゴンはキミのモノだよ」


「おおお」


 すっご。ここに来る前色々あった気がしたけれど全部忘れちゃった。

 どこに飾ろう。


「ちなみにそれ」


 真野先輩は僕のドラゴンの両翼をぎゅっと握るとそのままもぎ取っ――。


「ぎゃっ!」

「首、翼、尻尾、腕。全部ネオジム磁石でくっ付いてるから壊れにくいし持ち帰りやすいよ」

「天才現る」

「暇つぶしに作っただけなんだけど……我ながら恵まれたものだね」


 真野先輩はもぎ取った翼を紙袋に入れると僕に持たせてくれた。


「恵まれたって。僕がいることですか?」

「まあ遠からず。やっぱり創作は自己満足だけど。それでも、明確に喜びそうなのがいると飽きずに最後まで作れるんだわ。つまり」

「つまり?」

「いつも面白いリアクションをありがとう。んじゃ、気をつけて帰りな」


 手をヒラヒラと振る真野先輩に見送られ、本日のアルバイトが終了した。

 二階から一階に降りると湿った空気とショートカットの人に迎えられる。二十一時過ぎ、このジメッと暑い中を帰るのは普段であれば憂鬱だけれど。明日から学校だと思うと面倒なのだけれど。


「……おぉ」


 今日は紙袋の中のドラゴンがある。ウキウキ気分で帰れそうだ。というかすぐに帰りたい。安全運転を心がけつつ急いで帰って飾らないと!


「よし」


 クロスバイクに跨り、ペダルに体重を預けると。


「ちょちょちょ、ちょっと待ったーっ!」

「ん?」


 ショートカットの人が進路をふさぐ。この人はたしかバーチャルアイドルかつ僕の熱心なストーカーの霧江茉莉花ちゃん……なんでマリリがこんな所に。


「いや、ん? じゃなくて。なにご機嫌で帰ろうとしているのかな。なにか大事な約束が頭の中からコロッと抜け落ちていないかな。思い出してみ? アルバイトが終わる一時間まえからお店の中で待ってた女の子居たよね? すっごく可愛い女の子をデートに誘ったよね?」

「でも。ドラゴン貰ったから」

「だめ。ドラゴンは後にしなさい」


 マリリは僕から的確に紙袋を奪うと一歩下がった。これはしばらくマリリに付き合わないと返して貰えなさそうだ。


「わかったら返事をするように」

「わかった」

「無視して帰ろうとしたことも謝るよーに」

「ごめんね茉莉花ちゃん」

「むふふ。いやぁ、なんか素直じゃん。お姉ちゃんのとこ来る? ぐへへ」


 うん、マリリの顔を見てたらまるで夢から醒めたかのように急に頭が冷えて来た。ありがとうマリリ、このまま帰路についていたらうっかりコケていたかもしれない。

「……じゃあコンビニかスーパー行こうか」

「急に表情死んだじゃん。いや茉莉花ちゃんの前ではほぼその顔だけど。さっきまでのキラキラしたお顔見せて? ……っていうか半額弁当で済まそうとしてない? ファミレスはどうした。ファミリーの、レストランはどうした」

「わかってるよ。誘ったのも憶えてる。……とりあえず行こっか」


 ペダルに体重を預け、ツーと進んでいく。


「ちょっとー待ってよー、待っ……いやほんと待て、待てーい!」


・・・


「マリリ、体力無いね」


 クロスバイクを手で押し、カラカラと車輪がゆっくり回る。夜にも関わらず快適とは言い難い気温と湿度で肌の表面がじんわりと汗ばむ。右ハンドルにはドラゴンが入った紙袋、左ハンドルにはマリリが肩から下げていた白色のポシェットがそれぞれ下げられユラユラと揺れている。


「はぁ、いやぁ、もうちょっと追いかけっこ楽しみたい気持ちはあったけど肺が、足が、茉莉花ちゃんの気持ちに追いつかねぇ」

 うちのエリーゼちゃんは二人乗りとは言えかなり体力あるというのに。


「……加齢?」

「あーっ、言ってはならないこと言った! 違わいっ、家での作業が多くてジムに行く時間が無いだけだもん!」

「僕の部屋をスナイパーみたいに覗いているのは何の作業なんだ」

「イッツライフワーク。なんぴとたりとも阻むことはできねーんだ」

「警察って早朝来るらしいよ」

「カーテン開けっ放しなんだから両者合意でしょ?」

「なんでマリリを気にして部屋を暗くしないといけないんだ。というか、あれは合意じゃ無くて、なんというか。そう、僕はマリリの事を心の中で貯金箱と呼んでる訳だ」

「ん?」

「いつか大金が必要になった時、ペイントパレットにこれまでのマリリの実績を突き出して示談金を貰う」

「うわっ現実的!」

「それまでにたっぷり肥えて人気者になっててね」

「この顔はまじでやる気だ……」

「ただの友達だと思ってたのにまさかストーカーだったなんて。ショックです、って言う」

「想像ながら霧江被告に情状酌量の余地があるとは思えない」

「じゃあ辞めなよ」

「はっ、いや、無理だから。自分で自分をコントロールできないんで」


 なに鼻で笑ってるんだコイツ。


「というかさ、ちょっと文句あるんですけど。おたくの妹さんちょっと距離近くない? アヤノンが学校行ってる間アヤノンのベッドでゴロゴロしてるんだよ? あれは見ててどうかと思うな」

「見てる方がどうかと思うな」

「いやいや、わたしは今、一般常識として兄妹の距離感について提言してるの。わかる?」

「……」


 したり顔にイラっとしてしまう。誰が一般常識語っているんだ。


 スマートフォンをポケットから取り出す。もう通報で――。


「おっと危ない」


 マリリが僕の手からスマートフォンを奪う。


「あ、ホントにあぶなっ、11まで押してる! もしホントに警察来てわたしの寝室見られたらホントに捕まっちゃうんだよっ?」

「0を押せ。自首しろ」


 ちなみにスリープボタンを五回押しても通報できるらしい。


「嫌ですー。ん。なんか女の子の名前増えてない? だれ、この女」


 一切の躊躇なく人のスマートフォンの連絡先一覧を見るマリリは流石に目ざとい。


「妹の同級生と妹のママ。僕もよく知らない」

「ふーん?」


 マリリは僕をじろじろと見る。


「なに」

「一応言っておくけど、彼女がいるって自覚ある?」

「ん?」

「女の子は、こういうことされると不安になっちゃうんだから」


 マリリが目をウルウルさせてそんな事を言うので。


「ふふっ、あははっ」


 思わず笑ってしまった。


「いや笑いどころでは……ま、いいか」


 一笑い取れて満足したのか涙を引っ込ませたマリリの手からスマートフォンが返って来る。


「そういえばマリリってシフト持ってる?」


 真野先輩にドラゴン貰って忘れてたが、マリリに一つ頼み事があったのだった。


「梵天堂のやつ? 二つ持ってるよ。ゲーム配信用と予備機」


 梵天堂shift。定番ゲーム機なだけあり配信者のマリリはやはり持っているらしい。


「さっき言った妹の同級生。妹と仲直りしたいんだって」

「あー。エリオットはゲーム好きだもんねぇ。協力プレイで友情復活。良いんじゃない? アヤノンが間に入ればあの子は何でも良さそうだし」


 特に詳しく説明しなくても理解した様子なのは頭の回転が速いのか、会話を盗聴していたからなのかどっちだろう。


「んで、オンラインで遊んで楽しいやつってある?」


 こういうのは配信者に聞くのが良さそうだ。盛り上がるゲーム知ってそう。


「遊戯大戦かゲソスプラッシュか。うーん、わたしもライトなゲームしかやらないからなぁ」

「マリリは肝心な時に頼もしいね」

「皮肉はやめなさい。というか気づいちゃったんだけど仲直りくらいわたしの礼きゅんに頼らず自分達でしてもらったら? そもそも中学生の時の友達って基本会わないじゃん。エリオットにはもうトネリコちゃんが居るんだし同級生とか必要なくない?」


 僕がさほど熱心でないことに気がついたからか途端に冷めたなこの女。……とはいえマリリの言うことは正しく感じる。

 客観的に見て中2の妹の友人関係にお節介焼く兄ってちょっとキモくないか。

 客観的に見て兄離れ出来ない妹ではなく、僕が妹離れ出来ていないのでは?

 ……いつまでも小学生のエリーゼでは無いもんな。


「うん、それもそうか、もう中2なんだから仲直りくらいは本人同士でやってもらうか」


 さすがに協力すると言った手前、ある程度はお膳立てするにしても僕が間に入るのはやりすぎか。


「そうしな。妹よりも大事な女の子、居るもんね?」

「え? ああ、ん? アンジェ?」

「違う。わたし」


 ――妹がくすぶっているのならともかく。

 今の妹には昔の友達なんて既に必要無い存在なのかもしれない。というか、エリちゃんが復縁したがっているのかも確認していなかったか。

 結局、母が妹を放任している方が正しかったのかな。


「ねえ。聞いてる? 茉莉花ちゃんが大事ですって言ってみ?」


 何はともあれ、マリリへの頼み事はしなくて済みそうだ。一つ気が楽になった。


「ちなみになんだけどさ礼きゅん。わたしにシフト持ってるかって聞いた理由ってお勧めソフト聞きたかっただけ?」

「それもあるけど。僕が二人の緩衝材になって遊ぶ事になるかなと思ってさ」

「ふむ」

「でも僕はシフト持ってないから」

「ふむふむ」

「オンラインプレイの時はマリリの家で遊ばせてもらおうかなって」

「んあああ決定決定っ! 妹ちゃんの仲直りは茉莉花ちゃんにお任せくださーいっ!」


 一身上の都合で、仲直り大作戦は続行となった。


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