『短編』天使見習いアンのお悩み相談室inクリスマス
聖夜。
配信部屋、もとい懺悔室の扉を開く。
天使見習いアンのお悩み相談室inクリスマスの配信開始時間まであと数分。懺悔室の机の上に置いたノートパソコンを開き、スリープモードを解除。事前に用意していた配信設定に不備が無いか確認しつつ、マグカップに淹れたホットミルクティーを口にする。
マグカップの持ち手は天使の羽のようなデザインで少し持ちにくいものの、とても可愛らしくて、見ていると心が温かくなる。
「ふふ」
それに。
前もって視聴者の方々に送って頂いたお悩みメール、これも私にとっては最高のクリスマスプレゼント。何度読み返しても自然と笑みがこぼれてしまう。せっかくのクリスマスだというのに恋人の居ない可哀想な人たちばかり。女子高生らしい恋のお悩みは愛らしく、強がって恋人なんていらないという一文を送って来る方は何とも味わい深い。
「ふふふっ」
私からすればクリスマスは家族で過ごす一日、というイメージの方が強いけど日本の『恋人と過ごす日』という方が、より阿鼻叫喚を集められて好都合。
ああ、今日はなんて良い一日なのでしょうか。
主よ、私の天使よ、感謝いたします。
・・・
「敬虔かつ哀れ孤独にもクリスマスをお過ごしの子羊さんたち、こんばんは。ペイントパレット所属、皆さまの元へ舞い降りた光、天使見習いのアンが降臨しました。一人分のケーキは美味しいですか?」
モニターの中ではクリスマス風の衣装を纏った『天使見習いアン』が私の動きをしっかりとトレースしてくれている。ゴッズシスター☆ラスティと比べるとその動きの滑らかさは流石といったもので――。
『ニッコニコで草』
『へい天使。俺達の不幸はそんなに美味いか』
『羽根黒いですよ天使』
『堕天定期』
『¥10000 温かいチキン代です』
――いけない。慈悲深い表情を浮かべるつもりが満面の笑みを浮かべてしまった。
「ふふ、なんだか今日はいつにも増して多くの方々に来ていただいているようで……。皆さま、お時間は宜しいのでしょうか。どうぞ恋人との時間も大切になさってくださいね」
定期的に開催しているお悩み相談室ですが、今日という聖なる夜に悩みを抱えた子羊も多いご様子。視聴者数は普段の五倍……。つまり苦しみも五倍というわけで感無量です。
『ま、まあ。デートの時間までの暇つぶしですし』
『声のトーンが普段の倍は明るい』
『天使も一人なのでは?』
『¥1000 温かいスープをください』
ん。読み流せないコメントを発見。
「ちなみに私、今日は皆さんとの交流にあてておりますが昨日は天使仲間と会いましてプレゼントにマグカップを頂いたので心身共に温かく過ごしていおり充実しております。ずず、ふぅ、ホットミルクティーが美味しいです」
普段よりも早く流れていくコメントに目を通しながら配信設定を弄る。今日の為に用意したクリスマス仕様の『懺悔室』に皆さんをご招待だ。
『マウントはやめてください!』
『はー、寒い寒い』
『いっそワイを迎えに来てくれ天使』
『は? わたしちゃん何も貰って無いんだが???』
『お、雪降って来た(島根)』
さて、それではそろそろお悩み相談室を開始しますか。
・・・
「子羊ネーム『まーきの』さん。『私、庶民出身なのですがお金持ちが集まる学校に入りまして、そしたらその学校の中でも特にお金持ちの通称F48と呼ばれる男子たちに好かれてしまって困ってます。はー、モテる女って辛いわ。どうにかなりませんか?』とのことですが、はい。一人で苦しいのは分かりますが妄想メールは送ってこないようにお願いします。というかこれ少女漫画ですよね、サブスクでドラマ版を見た事ありますよ? ……あ、ちなみに今日の最優秀可哀想子羊さんには私のサイン入りアクリルスタンドをプレゼントです。最後に発表しますのでぜひ長居して下さいね」
カチ、とマウスをクリックして次のメールを表示する。
「続きまして子羊ネーム『優等生ギャル』さんからのご相談。
『アンさんこんばんは! いつも楽しく見てます! それで、相談なのですが。最近自分の好みのタイプが分からなくて困っています。仲の良い部活の先輩は無駄に顔は良いけど彼氏ってより兄って感じで、新しく始めたバイト先の大学生はなんかチャラくてグイグイ来てイヤだったり、というか女子高生にグイグイ来る大学生って先輩もやめておいたほうが良いって言ってたし。クラスの男子はなんか子供っぽいし。高校生になったらいっぱい恋愛するぞ、と思っていたのにこのままじゃ灰色のJK生活になっちゃいそうで……。アンさんや他の子羊さんはどうやって恋人を見つけますか? どういう時に恋が始まるんでしょうか』
との事です。ふぁ、これはホントの女子高生子羊さんですよ、しかもきっと共学ですよ、共学!」
しかし困った。
可愛らしい相談だったのでつい選んでしまったものの、私の中に答えが無い。なにせ女子高育ち彼氏無しなのだから。
チラッとコメント欄を見れば。
『あー心が洗われるんじゃぁ』
『え? 掃き溜めの中で宝石発見伝!』
『こんっ、オジサンが相談に乗るよっ メルアド教えて?』
『じぇ、じぇ、JKっ? うおー、囲え囲え!』
駄目だ。バカばかりだ。
「うーん、そうですねぇ。恋が始まる、ですか。優等生ギャルさんはどうやら面食いというわけでも、押しに弱いタイプでもないということですよね。ではきっと、まだ見つけては居ない自分の理想がきっとあるはずなのです。それを見つける為には多くの人と出会い、また、自分の価値観を広げねばなりません。今まで興味の無かったことに目を向けてみたり、子供っぽいと見ていたクラスメイトの良いところを探してみたり――。
なにも焦ることはありません、運命の相手とは出会うべくして出会うのです。ピン、とクるものなのです。今はその時になって相手を逃さない為に、自分磨きをするのが良いのではないでしょうか。……ええ、ほんと、やっぱりあの時そのまま頂いておくんだったなーと寒い夜に一人後悔するのは辛いですからね。いいですか、運命の相手はその内必ず来ますから、その時の為に、まずは優等生ギャルさん自身の魅力を高めることを目標としましょう。先手必勝、甘さを見せたりタイミングを逃すとズルズルいきかねません、恋は戦争、です!」
夏の私のバカ野郎。
・・・
「ふう、けっこう読みましたがまだまだ続きます。では、子羊ネーム『永遠に0』さん。
『アンさんこんばんは。たまに楽しく拝見しております。恋の相談というより、困っている事なのですが。今年出会った女達が全員頭おかしくて僕の頭までおかしくなりそうです。その仲でも特に手を焼いているのがおりまして、いわゆるストーカーと言いますか。たまに役に立つので縁を切るほどではないのですが、そろそろ身の危険を感じています。女性は男性のどういう一面を見れば幻滅したりカエル化したりするのでしょう。教えて頂けると助かります』
とのことです。ふふ、ある意味贅沢な悩みといいますか、なぜこのメールを選んだのかと言いますと今日、この『永遠に0』さんが酷い目に遭っていたらその、面白いなと思って選ばせてもらいました……0? いや、まさかですね。では、コメントでも読んでみましょうか」
冷めつつあるミルクティーを口にしながら面白そうなコメントを探す。
『それでも、愛されたい!』
『重い女でも良いじゃん! きっとそのストーカーも良い女だよ! なんでその事がわからないのかなー、はー、ほんとどうして自分の運命の相手がその子だって気がつかないのかなー、子羊ネーム込みで思い出しイライラして来た!』
『贅沢な名前だね、今日からお前は0だよ』
『天使、この自虐風自慢に鉄槌下してやってください』
『ちょっとチキン温めて来ます』
『持たざる俺らとは別の悩みがあるのさ(賢者並の感想)』
『お、雪やんだかも(島根)』
だめだ。今日の子羊たちは特に役立ちそうもない。みんな孤独で脳が冷え切っている。
「ふふ、みなさん、モテる人というのも大変ということです。しかも自分の好みではない人に好かれているようなので、これもまた難儀な恋のお悩みなのです。カエル化、これは前に流行ってた言葉ですよね。急に幻滅するとか解釈違いを起こすみたいな使われ方でしたっけ。私はそういう経験……」
ある。
解釈違いを起こした記憶、あります。
『天使、もしや』
『止まってて草』
『これは天使カエル化経験ありだな』
『だれか乙女のキッス持って来て!』
『まあこの天使も思い込み強いからな……』
解釈違いどころか、ご本人に八つ当たりした経験も、あります。
「いえいえ、な、なんですか、私はそんな相手を一方的にこういう人間だ、こういう人でなくちゃいけないんだ! なんて思って泣き喚いたことなんてありませんからっ、もう、で、なんでしたっけ。モテて困ってる? 女の子の純情を弄ぶ永遠に0さんは天に召されてください!はい、この話終わりです!」
・・・
「お待たせしました。ハーブティーを淹れてきましたぁ、ふぅ外は寒いですねー。窓の外見たら東京もいつの間にか雪が降り始めてましたね。皆さんも温かい飲み物で身体を温めてくださいね」
教会に相応しくない相手から頂いたクリスマスプレゼントとはいえ、品質が素晴らしく香り高い。ほんと、あの人はこういう所が抜け目ないんだから。
「では続けますね。子羊ネーム『そろそろ爆発する小悪魔』さん。はい、悪魔という敵対勢力からメールが届いてますね。まあ、今日はクリスマスですし慈悲をくれてあげましょうか。事務所の悪魔にもお世話になっていますしね。
『アンちゃんこんばんは、いつも楽しく拝見しております。それで、さっそく相談したいのですが。私にはずっと尽くしている相手、Aくんがいます。Aくんは私の趣味嗜好の全てに合致した運命の相手なのですが、そのAくんはどうも私のことを便利な使い魔程度にしか思っていないようで〈僕が悪魔ちゃんを好きにならなくても悪魔ちゃんは僕のお願い聞いてくれるんでしょ? なら好きになる必要もないじゃん。ほら、さっさと働け〉なんてことを言われたこともあります。酷すぎませんか? 確かにその直前に私はAくんのパンツをポケットに入れてしまったとはいえ、恋する女の子に対してあまりにも冷たい態度。驚きを隠せません。なんだかんだ友人程度の関係ではあると思うのですが、ここで意見を伺いたいのです。その結果次第で私はこれからAくんの貞操を奪いに行きます。天使よ、私の背中を押してくれますか! 神のご加護を授けてくれますか! 教えてください!』
えー。駄目です。以上です」
この人……キリエは。はぁ、ほんと。
配信が終わったら家に誘ってみましょうか。
メールを削除して次のメールに目を通し――夜が更けていく。
「ふふ」
ああ、なんて幸せな時間なのでしょう。
この時間をくださった貴方に、メリークリスマス。
クリスマスプレゼントがてら短編をお送りしました、メリクリ