プロローグ コンフェションルームの扉
梅雨の時期。
妖精が住み着く我が家から歩くこと十五分。ひらけた場所にある古ぼけた教会の裏側。湿った空気と曇天が広がり、視界の隅の紫陽花は寒色を広げている。周囲には喪服を着た大人達が立ち並び、半分くらいは西洋風の顔立ちだ。
母の付き添いで参加した葬儀は密やかに丁寧に行われており、一人学生服で参加した僕はどうにも居心地が悪く、最後尾の立ち位置で今にも雨が降り出しそうな空を眺めた。
――神様。
一般的日本人からすると、あまり馴染みのない、もしくは生活に馴染み過ぎている存在。
もし、神を信じますかと赤の他人に問われたとして一般的日本人であれば。
「あ、すみません急いでいるので」
そう答えるだろう。
僕であればどうだろうか、心の中に答えは無い。
少なくとも好意的な意見は出てこないかもしれない。
もしかしたら今こうして共に老神父の葬儀に参列している母も同じでは無かろうか。おぼろげな記憶だけれど、かつてそんな会話をしたような気がする。
互いに子供の頃に色々あった身。神からの試練を感じる事はあっても愛を感じる機会には恵まれてはいない。助けてくれたのは神というより――。
「礼、もう少しで終わるから」
「飽きてるのは自分だろ……」
「もうお別れは済ませたもの。あとは形式的なアレコレよ」
「大人ならそんな風に言わず、しっかりしてくれ」
小声の母にボソボソと言い返す。
「そう? なら礼も背中くらい伸ばしなさい」
グ、と脇腹を肘で突かれたので。
「……三十路」
そうぼやくと。そろそろ三十歳のエルフに鋭い目つきで睨まれる。
西洋人形やマネキンを思わせる容姿、セミロングのプラチナブロンド、真っ黒な喪服のコントラストは不謹慎にも場にそぐわぬ華やかさを醸し出しており、僕はそんな母から一歩離れつつ背中を伸ばす。
せめてもの救いは、このやり取りもあの老神父であれば笑って許してくれそうな事だ。
そういえば、ここの老神父には小学生の頃にクリスマス会やら縁日やらで遊んでもらったような気もする。
……ああ、確か小学生の頃。母と妹が僕の前に現れた年の夏休み、何度かミサにも連れてこられたっけ。かつての記憶が蘇る。そう思うとそれなりに世話になっているらしく、こうして足を運べたのは幸運な事なのかもしれない。
もっとも、一番世話になったのは来日したばかりの頃の母らしく僕はオマケに過ぎない。
葬儀は淀みなく進み、これまた不謹慎な事に僕は棺桶に土がかかる光景をまるで映画みたいだなと俯瞰した。
人間、いつかは死ぬ。
穏やかな老衰という恵まれた死因に想う哀しみは薄く、ただじっとイニシエーションの終わりを待っていると、老神父の身内だろうか、同い年くらいに見えるシスターと目が合う。
ややこしいが我が家のシスターではなく、教会の方のシスター。オレンジっぽい髪色でこの辺りで見かけた事はない姿だけれど、目に涙を浮かべているあたり老神父とは親しかったのだろう。震える祈る手を一瞥し、僕はそっと目を伏せた。
残された人の悲しみは無意味なものではない。先ほどまでの母とのやり取りを恥じながら、ふと考える。
――もし、神を信じる者をどう思うかと問われるとしたら。
それに対する答えも、今の僕には無い。
身の回りには妖精とエルフと悪魔。とても、信仰について語れる身分では無いから。
・・・
そして。時がほんの僅かに過ぎたある日。
「バーチャル懺悔室?」
『ええ、私は貴方を救いたいのです』
僕はあまりにも胡散臭い単語を口にしたゴッズシスター☆ラスティを前に、神の不在を嘆いた。
長編か中編のプロットが出来たので、プロローグだけ先出しです。十月中に本編書き上げられれば(希望的観測)順次公開していきたいなと思います!




