第一回リオネット家チャレンジ 自作PC編
『それでさー最近幹部会ってのをやったんだけど集まり自体はいいけど誰も乗り気じゃないっていうか保守的な感じがあるというか。わたしちゃんとしては競合他社が増えてきていることだし独自路線を打ち立てたいと思ってるのに否決&否決。これまで通りでよくないっすか? みたいな感じで――』
休日の昼下がり。
自室の机の上に置いたマリリちゃん人形からは綿越しの籠った声が聞こえてくる。
たまにはこの人形のラジオ機能を活用してみようかと思えばマリリ本人が喋りだしてしまったので有意義な情報は何一つ聞こえてこない。
ほんと欠陥品。ラジオの音量調節はできるのに『本体』の方の音量調整が出来ないのはいかがなものだろう。
「さて」
机に広げていた冊子『ヤクモオリジナル自作PCマニュアル』を閉じて背中を伸ばす。
パーツと見比べながら自作PCの作業工程を確認したので作り方はバッチリだ。
マザーボードにCPUを取り付けて、メモリとストレージを取り付けて、CPUクーラーを取り付けて。PCケースに電源とマザーボードを取り付けて、電源ユニットから伸びるケーブルをマザーボードに取り付けてグラフィックボードも取り付けたらBIOSを起動。
うまくBIOSを起動できたらOSをインストール。
最初はなんの事かと分からなかった作業工程も一度理解してしまえばシンプルだ。
『ちなみにわたしのはBTOで買ったやつなんだけど。これ買った時は自作ってそんなに興味なかったんだけど最近は色々と電子機器触ったり電子工作とかする機会増えたからけっこう気になってるんだよねー。ほらパソコンって色んなところから電源持ってきやすいイメージあるし、なんて言ったっけ。ガラス張りみたいな構造の……そうそう、ピラーレスっていうケースだと外の様子が見やすいじゃん。色々と都合よさそうでいいよね』
「あれは中の様子を見るんだよ」
『おっと言い間違い』
自作PC用のパーツを買って数日。どうせなら休日にゆっくり作ろうと思ったので今日まで待っていたのだが、ようやくこの時が来た。まずは――。
「レーくーん、エリがいるとパソコン組み立てるのに役に立つと思うけどー?」
「結構ですー」
部屋の外、扉の隙間から妹の声が聞こえる。
「まあまあ、そう言わず」
断りを入れたというのに部屋着姿の妹がズカズカと入って来て、僕の後ろから抱き着いてくる。
「エリね、やってみた動画というか作ってみた? みたいな。レーがパソコン作ってるとこ撮影して動画編集したいなーって思うんだけど」
暇を持て余して遊びに来たのかと思えば具体的な目的を告げられる。動画撮影に編集。妹にしてはクリエイティブな試みだ。
「撮影って俯瞰カメラみたいなやつ?」
「ふかん?」
「机の真上から撮影してるみたいな」
「それ!」
自作PCを組み立てるにあたってユアチューブで色々と動画を見ていたのだが、俯瞰カメラで撮影された製作風景は見ていて面白かった。
妹はソレをやってみたいらしい。なるほど……。
「やっていいよ」
「え」
「なにその反応」
まさか許可が下りるとは……、とでも言いたげな表情を浮かべる妹。
「レーのことだからあと2ターンくらいは粘るかと思ってた」
「僕だってなんでもかんでも断ったりはしないよ」
もちろんエリと一緒に作ろ! とでも言われていたらさっさと追い出していたけれど、動画制作というのはそれなりに興味の惹かれる遊びのお誘いだった。
それに妹がグラフィックボードを譲ってくれたお陰で、予算以上のスペックにする事も出来たのだ。このくらいの遊びには付き合ってやろう。
「でもエリちゃん、撮影ってそのスマホでやるの?」
「そのつもりだけど。手振れほせーもあるし」
妹が手に持ってるスマートフォンは僕が使っているものよりも高性能でカメラの数も多いとはいえ俯瞰撮影をするには心もとない装備だ。せっかくやるのなら、しっかり準備したいところ……。
「おとーさんの道具で良いのあるかな」
「普通の三脚ならあるだろうけど……。ちょっと待って」
机の上で僕を見つめている赤い目をしたマリリちゃん人形を小突く。
「なにやってんの?」
「俯瞰撮影用の道具貸して貰おうかなって。茉っちゃん、そういう道具あったら貸して欲しいんだけど」
するとマリリちゃん人形の中から綿越しの籠った声で『おっけー』と聞こえて来た。
・・・
三十分後、玄関前に置き配された撮影用のアームと照明機材を部屋に持ち込み準備に取り掛かる。
「ところでエリちゃん」
「ん?」
「なんで急に動画撮るなんて言い出したの?」
「……。ゲーム配信してたらコメントで『エリオットってゲーム以外出来なそう』って流れてきてムカついた。的な?」
「ふーん」
負けず嫌いではあるもののコメント一つで腹を立てる性格だっただろうか。
「というかレー。このアーム持って来てくれた人はどこいったの?」
僕の推測を避けるように質問をされる。
「マリリなら仕事だよ」
「ふーん」
何とも言えない表情を向けられる。
何だかんだと僕とマリリに交流がある事には気づいている様子だが『友達付き合い辞めたら?』とも言ってこないあたり、複雑な感情を抱えている様子。
そしてマリリはマリリで妹に対しては思うところがあるようで必要以上に近づいては来ないのだから不思議というか奇妙な関係性だ。
たしか同じような時期にデビューしたとかだっけ?
「ま、今日のところはありがたく使わせてもらうけど。あとで同じの……じゃなくてこれより良いやつ買おっと」
妹がユアチューブで『俯瞰撮影のやり方』を見ながら機材の配置を確認する。このマリリへの対抗意識…………ん?
「なに、レー」
「もしかしてエリちゃん、マリリが俯瞰撮影でラジオ作ってたの見た?」
「っ! ち、ちがうっ!」
なんだ。うちの妹、可愛いところあるな。
コメントにむかついたのも本心だろうけれど核心はこっちとみた。
「別にあの人は関係ないからっ」
「そっかそっか」
「本当だよ? やってみたいなとか、思ってなかったからっ」
「わかったわかった」
わー、愉快だ。
付き合ってやるかくらいの気分だったけれど、うちのエリーゼちゃんが面白い顔見せてくれたのだ。僕もしっかり気合い入れて撮影に臨もうじゃないか。
・・・
「こんえりー。今日はレーが自作PCを作るとこを撮影してみよーと思います。ほら、レーも挨拶して」
「どうも、僕の妹の兄です。いつもゲームばっかりやっている妹が珍しくゲーム以外の事をやろうというので付き合います」
僕の手元を映すようにアームによって固定されたスマートフォンに向かって話しかける。
いざ始まってから実感したのだが、これ、けっこう気恥ずかしい。
何度か経験したことのある生配信とは違い、撮影となると僕ら二人しかいないわけで。
二人でごっこ遊びしているような感覚だ。
「いちおう字幕でパーツリストとかも出すから、みんなも真似して良いからね」
「使い道としてはマイ・クラで遊ぶ用です。本当はもっと安い構成になるはずだったんですけど、妹が昔使っていたグラボを譲ってくれるということで。3070だっけ?」
「だよ。もう一個つよつよ性能のがあったんだけど、そっちはレーのケースに入らなかったから。まあ、マイ・クラで遊ぶにはじゅーぶんだと思うな」
自作PCについて色々調べたもののグラフィックボードの数字については未だに理解できていない。なので、妹の知識を鵜呑みにする。
単純に数字が大きい方が性能が高いのかと思えば下二桁の数字も重要らしく、さらにtiだったりSUPERなんて種類もあったりで難しい。
少なくとも、僕が今まで使っていたパソコンよりはどれも性能は良いに違いない。
「さーて、レーくん。それではさっそく作っていきましょー。PCケースはアスッスの白いメッシュのmicro-ATX用なんだよね」
「ほんとはもっと小さい方がよかったんだけど」
「まーでも、はじめてパソコン作る人はATXかmicro-ATXがおすすめだよ。小さいのはオシャレだけど値段が高いしかくちょー性が無いから気を付けるべき。……ここで種類にかんする字幕をいれます」
どうやら初心者向けの動画になる様子だ。妹なりに色々と調べているのがわかる。
「で、先生。次はどうすればいいですか?」
作業工程は全て頭に入っているものの、せっかくだし今回は妹に聞く形式でやってみるとしよう。
「ん? このアーム触って静電気逃がして。マザボにしーぴーゆー突っ込んで」
「いや、雑。ここが一番緊張する場所らしいじゃん」
「んー。と言ってもなー」
せっかく作業進行の主導権を渡したというのに、やはり妹は妹。元から器用なのも相まって説明するのに慣れていない。
「エリ思うんだけど、ここでピン折る人って何やってもダメだと思う」
「辛辣……。あとでピー音入れておきな」
もうちょっと丁寧な説明が欲しい……と思いつつも、まあ、妹の言い分もわかる。
この取り付け作業、工程としてはかなりシンプルで静電気に気を付けさえすればそうそう失敗するようなものではないのだ。
必要なのは慎重さと勇気だけ。
「ちなみにレーくんが買ったCPUはなんですか?」
「ん? 新しい方のi5だよ。最初は雷禅ってコスパとゲーム性能の良い方にしようと思ってたんだけど店員さんがコア数多い方が何かと良いって言うから」
ちなみになぜコア数が多い方が良いのかはよくわからない。……せっかくなので妹に聞いてみるか。
「ところで先生。なんでコア数が多い方が良いのでしょうか」
「えっとねー。色んな作業を同時にするのに向いてるの。エリみたいに配信しながらゲームやるとか、live2D動かすとか、そういう、平行? して作業したい人はコア数多いの選んだ方が良いと思うな」
「なるほど」
僕は配信をするつもりはないけれど、おそらく店員さんは後々色々な用途に対応できるようにこのCPUを選んでくれたのだろう。
「あ、そうだ。エリあの回るお皿みたいなのに乗せてしーぴーゆーの箱撮影したいんだった」
などと言う妹と話しつつ、マザーボードのロックを外しCPUとの接続部を露出させ、ガイドの凸凹に合わせて乗せようとする。ここで失敗すれば数万の損失。緊張の一瞬――。
「わっ!」
「うおっ」
危うくCPUを落としかける。
「……エリ」
「ユーモアが必要かなって」
「親の顔が見てみたいよ」
妹の妨害に負けず、しっかりCPUを取り付けてマザーボードに固定する。
「こんな感じかな」
「ここまで来るとあとはかんたん。パーツ挿し込むだけだからね」
妹の言う通りメモリとストレージをマザーボードに差し込んでいき空冷のCPUクーラーを取り付けるためにマザーボードに固定用の――。
「レー、頭映ってる」
「おっと」
「モザイクいれとく?」
「いやカットしてよ」
「だ、そうです」
「使っちゃってるじゃん」
「ん?」
「だ、そうですまで入れたら過程も入るじゃん」
「そこはねー。画面暗くして、エリとレーのセリフだけ入れる感じにする。『※兄の頭が映りました』って字幕も入れる」
意外としっかり頭に映像が浮かんでいるな……。
「はい。取り付けました」
気を取り直して、お米五粒ほどのグリスをCPUの上に乗せてからそれを押しつぶすようにCPUクーラーを取り付けて、ドライバーを使いネジで固定。
「ちなみになんだけど大きいクーラーは後でマザボにケーブルつなぐときに邪魔になるから、後でからつける方が楽なんだよ?」
「先に言ってよ」
「さ! ではマザボをケースにつけて電源を差し込みましょう!」
「……」
妹の進行に従い、マザーボードをPCケースに固定。
「自作って実は簡単だって聞くけど、このケーブル周りは事前に調べておかないと変なとこ繋いじゃいそうだ」
電源ユニットから延びるケーブルはよく見ればどこに挿すのかとかが書かれているものの、初見でスムーズに理解するのは難しいだろう。
「だね。どこだか忘れちゃったけど、さいあく発火するとこもあるんだって」
「そこを詳しく教えてよ」
「字幕には書いておく」
電源ユニットから延びるケーブルは大きく分けてマザーボード、CPU、PCIスロットの給電用に分けらている。昔はSATAケーブルというのも使ったらしいけれど僕の構成では必要ないようだ。
太いケーブルをうまいこと箱に収まるようにマザーボードに接続していく。
「ピンを折らないように、なおかつ、しっかり差し込んでください」
「了解です、先生」
普段触らない電子機器の中身に触れるのは、なんだか凄いことやってるみたいで楽しい。電源ユニットだけではなく、PCケースから延びる線もマザーボードに繋げていく。
FAN用のコネクタなんて力んだら曲がってしまいそうなほど細い。
慎重に繋げなければ。
「……ね。さくさく繋げるからエリひまなんですけど。質問とかないの?」
「質問と言われても、事前に調べてたしなぁ」
「可愛げがない兄だ。みなさんも、事前にマザーボードのピンの場所をしっかり調べるとスムーズに作業できると思いまーす」
やや投げやりな声色の妹を横目に、ケーブル各種がマザーボードにしっかり挿し込まれているか確認。ここまでくればいよいよ完成が見えてきた。取り外していたPCケースのパネルを取り付ければ――。
「あ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「ケース閉める前に起動確認するの。全部閉めたあとに電源つかなかったらまた開けないといけないからめんどーでしょ」
「なるほど。じゃあ、コンセントに繋げよっか」
「さーて。レーくんは上手く出来たのでしょうか」
ドキドキしてきた。
プラグをコンセントに繋いで、電源ユニットのスイッチをオンにして、PCケースの電源を押すと――。
ブォンと音がした。
「おお、点いた」
「おー。やったね」
妹がパチパチと拍手をする。
HDMIケーブルで接続していたモニターにはBIOSの画面が表示されている。
「ここまで来たら、あとはOSをインストールすれば完成っ」
「……達成感あるね。なんだか自作好きな人の気持ちがわかったよ」
「でしょ」
「そういえばグラフィックボード付けてなかったけどこれは」
「最後にガコっと挿し込めるからグラボは後でいいよ。じゃ、いったん電源落としてケースのパネルつけちゃお?」
いやはや、今日の妹は少しだけ頼もしく見える。
パソコンの完成と共に感慨深く思いながら、取り外していたPCケースのパネルを――。
「……?」
PCケースのパネルを……。
「あの。先生。ケーブルが邪魔してパネルが閉まらないんですけど」
綺麗に配線したつもりだったけれど、みるからに太いケーブルが膨らんでいる。
「あー。これめんどーなんだよねー」
これ、もしかして一度つないだケーブルを繋ぎ直さないといけないのだろうか。
それはすごく、面倒くさい。
「……」
「……」
しばしの間、妹と目が合う。
そして。
「はい、ということで第一回リオネット家チャレンジでしたー、ばいばーい」
結局。二人掛かりでパネルをグッと閉じて、僕の自作PCは完成したのだった。
自作PC回でした。
性能もですが自分好みのケースに入れられるのが自作の楽しいとこですね。
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