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顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい  作者: 光川
貌のない歌姫

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音合わせ

 窓の外には白んだ空。

 寝苦しくて朝の六時前には目が覚めて、三十分で身支度をする。もう気温が高いのか、まだ昨日の気温が残っているのか、閉めていた窓を開けるとねっとりとした暖風が部屋に入って来る。ワイヤレスイヤホンを耳に入れ、軽く筋トレとストレッチをこなし、ベッドに転がっていたドラムスティックを拾い上げる。握ったまま寝落ちしたのだろう。


「どこで本物叩くんだろ」


 ドラムセットには叩く場所が基本的に八か所。

 特に出番があるのがスネアドラム、ハイハットシンバル。

 スネアが正面、ハイハットが左側にある。足元にはドンドンと響くバスドラム、バスドラムの上には左からハイタム、ロータム比較的小さな太鼓だ。右側にフロアタム、大きな太鼓。そしてドラムの両極に置かれるのがクラッシュシンバル、パシャーンと音が鳴って目立つ。

 思い浮かべるだけで圧迫感があるセットだ。

 ビジュアルだけで言うならギターやベースの方が断然カッコいい。

 ギターもベースも専用のリュックに入れて持ち運べば見るからにバンドマン。一方のドラムは何か大きなものを運搬してる人でしかない。スネアドラムだけ肩に下げて持ち歩いたとしてもマーチングバンドの列から逸れた人にしか見えまい。


 ま、つまり。置く場所は限られる。

 星野さんは楽器屋さんとか、そういう場所に連れて行ってくれるのかもしれない。

 ……楽しみで、少し不安だ。

 知らない場所に、今度は自分の足で行こうとしている。


「レー。なに持ってるの」


 寝起きの妹はパジャマ姿のまま部屋に入って来ると僕のベッドにボスンと飛び込んだ。

最近朝に目を覚ますと妹が僕の隣で寝ているなと思っていれば、こんな朝から人の部屋に侵入していたらしい。


「ねー。そんな棒何に使うのー。まるでドラム叩くスティックみたいじゃんー」

「知ってんじゃん」


 枕に顔を埋める妹の尻をスティックでぺチンと叩く。


「……え。レー」


 グルンと妹がベッドの上で半回転。名状しがたい色と輝きの長髪がベッドの上に広がる。


「ひとりでバンドするの?」

「エリちゃんが普段僕をどう見てるのかよくわかった。どーせ一人でやるならドラムじゃなくてギターやる……いや、でもベースがいいか?」

「形一緒じゃん」

「音がなんか違うじゃん」

「えー?」

「ギュインってのがギターで、ボンボン鳴ってるのがベース、みたいな?」

「あーそっかぁふぁあ」


 朝っぱらから浅い知識で妹と楽器について喋ってるわ。

 こういうのを時間の無駄って言うんだ。


「じゃ、出かけるから」

「ゲームやろうよ、ミットミット」

「昨日寝る前にやったじゃん。あれさ、エリちゃんは運動した後シャワー浴びて気持ちよく寝れるだろうけど、僕はエリちゃんのキックが鋭くて緊張感残ったままベッドに入るから寝つきに悪いんだよ」

「どーせ寝てないじゃん。トントンやっててさ」


 寝る前とか目が覚めた時に音を立てないようにスティックを握っていたつもりだったけど。


「ごめん、うるさかった?」

「部屋の入口で見てただけ。レーの夜間活動は、いつもエリが見てるからね」

「ためになる情報ありがとう」

「ふぁーあ。遊ばないなら、エリちゃんはもっかい寝ようかな。起きたらバイク作らないとだし」


 義務みたいな言い方だ。


「エリちゃん、なんでバイクなの?」


 なんとなく疑問を口にすると。


「だってさ、ナスよりも早そうじゃん」

「……?」


 それだけ言うと、妹はピッとエアコンの電源を入れるとタオルケットにグルグルと包まり、わずかな間に寝息を立て始めた。人のベッドだというのに我が物顔で寝転ぶのは妹と……それと、置く場所も無く仕方なく枕元に置いたマリリちゃん人形。


「じゃ、行ってくるよ」


 ベッドの上に寝転ぶ二つ。

 見知らぬ場所へ行こうと、帰って来るのはここか……。

 急に不安とか緊張感とか、特別なことをしに行くぞ! みたいな気持ちが無くなった。

 劇場版じゃなくてテレビスペシャル。

 大長編じゃなくて二話掲載みたいなダウングレード。

 こいつら、僕のやる気を削ぐ事に関しては特別な才能を持っているな。


・・・


 高校へ行き、花に水をやり練習パッドを叩き、塾へ行き夏期講習を受ける。

 夕方十七時には星野さんと待ち合わせ。気持ち的には夏期講習受けるよりも練習パッドを叩いていたいけれど。清廉にあれこれ言った手前サボるのも気が引ける。

 ま、世界史の授業は面白いから良いけれど……。


「向こうの男子達とお昼食べに行こうかって話してるんだけど。アナタもどう?」

「……遠慮します」

「そう言わないで。うち、あっちの右側のひと、いいなって思ってて。で、女子がもう一人いると良いなって」

「大丈夫、あなた可愛いから上手くいくわ」

「ほんとっ?」

「はい、それに――」


 昼休憩の時間となり外の空気でも吸おうかと教室の外に出ると。隣の教室から出てくる女子二人が見えた。そのうちの片方には見覚えがある。清廉だ。

 気合の入ったワンピース姿ではなく、パーカーと短パンというラフな格好。

 女の子っぽい服を好む印象があったけれど、そう言えば初めて高架下で見た時もパーカー姿だったっけ。もしかしたらあの日は星野さんに話しかける気はなくて、遠くからこっそり見るつもりだったのかもしれない。

 

「それに?」

「あそこのボケッと突っ立っている、そうそう。あの気の利きそうな顔しておいて実際はお世話される方が得意な男。平気で『あ、このコーラも清廉のトレイに乗せてよ』って言ってあたしにコーラを運ばせるあの男を待たせてるの。ごめんね」


 言うだけ言って清廉がこちらに向かってくる。


「一緒に行けばいいのに」

「イヤよ。女子会も面倒だし合コンもイヤ。ほら、こっち来なさい」


 清廉は僕の事を気に入っていると言ったけれど、逆に言えば気に入りでもしないと食事一つ共に出来ないようだ。一緒にご飯食べただけで合コンにはならないだろうに。


 気が強くて選り好みして拘りも強い。

 そんな事しているからいつまでたっても恋愛観が育たないのでは、とでも言おうものならブッ飛ばされるので黙って清廉の指示に従う。というか恋愛観云々は僕が言える事でもないし。さすがに毎日怒らせるのは避けたい。


 そう言えば、マリリが清廉の事をわがままお嬢様とか言ってたっけ。段々とその意味が解って来た。とにかく自分の意思がハッキリしていて自分の視界から外れたものに関心が無いのだ。

 周囲が振り回されるのも無理ない。

 それに――清廉の人を惹き付けるチカラ、妹に少し似てる気がする。

 誰もが清廉の顔色をうかがい合わせるから、ありのままでいられるし矯正される機会も無い。

 しかも清廉は歌えば金を生む。本領発揮しない今でも周囲を誑かすのに、歌い始めればもう彼女には大人でも何も言えなくなるのではないだろうか。


 ……実際ペイントパレットという、いくらでも清廉の代わりを見つけられそうな芸能事務所でさえ清廉の能力に屈服しそうになっている。今はネットさえあればテレビも雑誌も、――現実の舞台は必要ない。もちろん、収録スタジオの用意だったり清廉に向かない些事はあるだろうけれど。

 決定権は、清廉の手の中にある。


 なるほど、マリリも吉野さんも手を焼くわけだ。

 清廉、このお嬢様はバンドだったりブイチューバーの事だったりは自分でしっかり話つけてるんだろうな? 段々心配になってきた。

 音楽に関してはしっかりしてるから大丈夫だと思いたいけれど……。

 ツカツカと歩く清廉はそのまま塾の外へ、暑い日差しの下へ躍り出る。


「せーれん。もしかしてまた」

「あたしと公園でお昼ご飯だなんて贅沢なかなか出来ないのよ?」

「暑いんだよ。あそこ」


 ま。僕は偶然とはいえ清廉と同じ方向を向けている事に感謝だ。

 僕が清廉と共にペイントパレットに行って事情説明など、余程のことが無ければする意味が分からないし、ここは『余程のこと』が起きない事を祈ろう。



 ちょっと短いですが区切りが難しかったので今回ここまでです。

 今週は『音合わせ』×4です。

 よろしくお願いします。

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