帰り道をまちがえたマサオ君
夏休みに入って暑い日が続く。
この日、ボクは同じクラスの一番の仲良し、マサオ君と家の近くにある海水浴場にやってきた。
今日は日曜日とあって、砂浜も海の中も、遊びに来た人たちでいっぱいだった。
ボクたちもさっそく泳ぐ。
マサオ君は泳ぐのがとても上手だった。でもボクは十メートルちょっと泳ぐのがやっと、もう五年生だというのに……。
「オレ、どこまでも泳げるんだ。その証拠に、あそこまで泳ぐんで見ててな」
マサオ君が海の沖を指さして自慢げに言った。
そこには遊泳範囲の赤い旗が立っていて、岸からそこまでゆうに五十メートルはあった。
ずいぶん遠くに見える。
「ねえ、だいじょうぶ?」
ボクは心配だった。
「ああ、どうってことないよ」
「でも危ないと思ったら、すぐに帰ってきてな」
「うん」
「約束だよ」
「ああ、約束するよ」
マサオ君はボクに大きくうなずいて見せ、それから沖に浮かぶ赤い旗に向かって泳ぎ始めた。
ボクは砂浜に上がって、そこからマサオ君の姿を見失わないよう目で追った。
マサオ君は赤い旗に泳ぎ着くと、そこからこちらに向かって手を振った。
ボクも手を大きく振って返した。
マサオ君が浜に向かって泳いでくる。
その帰り道。
――あっ!
突然、マサオ君が波に沈むようにして消えた。
はじめはふざけてボクをびっくりさせようとしているのかと思ったけど、いつまでたってもマサオ君は浮いてこなかった。
――たいへんだ!
ボクはマサオ君がおぼれたことを、急いで近くにいた大人の人に知らせた。
それからが大変だった。
船がいっぱい海水浴場に来て、マサオ君が消えた沖のあたりを暗くなるまで捜した。
警察の人も何人も来た。
潮でもって沖に流されたのではないかと、スキューバーダイビングの人たちもやってきて海の底まで捜したらしい。
でも結局、マサオ君は見つからなかった。
家にも帰ってこなかった。
その夜。
僕がお風呂に入っているときだった。
バスタブのお湯がいきなりボゴッと音を立て、それからそこに泡がブクブク浮いてきて、その真ん中にマサオ君の顔が現れた。
「えー」
ボクはびっくりして悲鳴をあげた。
マサオ君が顔をプルンと振って言う。
「なっ、どこまでも泳げるだろ」
「う、うん」
ボクは何度もうなずいてみせた。
「マサオ君のこと、いっぱい心配したんだよ」
「ごめん、遅くなっちゃって」
「でも、帰ってきてくれてありがとう」
「帰るって約束したからな」
マサオ君はそう言って、にっこり笑った。
マサオ君が帰ってきてくれて、ボクは泣き出したいくらいうれしかった。でも……いくらどこまでも泳げるっていったって、そこが何でボクんちのお風呂なんだろう?
もしかしたら帰り道をまちがえたのかも……。
「ねえ、マサオ君」
「なあに?」
「マサオ君って、帰るところまちがってない?」
「そうかなあ」
マサオ君はお風呂の中を見まわした。
それからハッと何かに気がついたようで、現れたときのようにボゴッと音を立て、お湯の中に沈んで消えた。
マサオ君。
こちらにはあれから姿を見せない。
ちゃんとした帰り道が見つけられたんだと思う。