夜の狂気
眠れない。秒針が刻む音が、やけに響いて聞こえる。まるで焦らすように。
悪質嫌がらせを受けている気分だ。
待ってみても、今日も眠れそうにない。ここのところ、夜は眠りにつけない。長いこと夢を見ていない。正しい夜の寝方さえ、忘れてしまった。
歴とした、不眠症だった。
別に不満も憤りもない。むしろ好ましくさえある。
昔から寝つきがよすぎて、夜更かしは出来なかった。九時ぐらいには寝てしまっていた。
だから夜更かしという行為が、なんだか背徳的で非日常に感じられる。僕の瞳には特別なことのように映っていた。
暗転はまた進んでいく。
影がいっそう濃く堕ちる。
窓から夜が覗く。
暗闇の森がうっそうと茂る。
膿んでいるようなような色合いの月が、不気味だが。よく見ると何てことはなくて、綺麗な月明かりだった。
少し気分転換がてらに、散歩しに行こうか。
我ながら、とても素晴らしい提案に思われた。
そっと扉を開け、足を慎重に踏み出す。
思ったより、外は冷たい。こびりつく冷風が、歩くたびに追いかけてくる。歩くたびに、何か囁く。
だけど、僕にはよく分からない。
ただ闇夜に呑まれていく快感が、堪らない。
自然と足が前へ前へと、宛もなく先を行く。
死に絶えた亡骸──そう表現するのが相応しいほど、街は生命の音が途絶えている。使い古した感情さえ、忘れてしまいそうで、なんかだか異世界に来たような気分だ。
とりあえず、行ける所まで行こうと思う。
この欲求を満たす為にも。