<ガチャ>なるスキルを得たら神様のゲームのプレイヤーにさせられた件について
「君のスキルは<剣士>だな」
教会の祭壇前に立つ司祭様の前にずらりと並んだ行列の最前に立っていた男の子に、司祭様がそう告げていた。それを聞いた男の子は『やったぁ!』と喜びの声をあげると、スキップでもしそうなくらいの上機嫌で行列から捌けていった。
(<剣士>かぁ。戦うのは怖いけどお金は稼げるよね)
そんなことを考えながら私は、教会の門から意気揚々と雑踏に消えていく男の子を行列の中から見やる。そうしている間に次の最前になった子に対して、司祭様は目を閉じて手をかざしていた。
私達がこの教会に集まっているのは、年に1度、15歳になった子供達に対して神様がスキルを授ける<スキル託宣の儀>を受けるため。スキルというのはまだ授かってない私にはよくわからないけど、さっきの男の子のように<剣士>のスキルを授かればそれまで一切触れたことがなくても、剣の使い方がわかるようになったり、例えば<火魔法>のスキルを授かれば火属性の魔法を使えるようになったりする力のことだ。
正直、急に知らないことをできるようになるというのは気持ち悪い気がするけど、神様の力だもんねってことで考えないようにしている。それにみんなこのスキルの力によって生活をしているのだから、これから生きていくためには必要不可欠なものだもん。だから国中からこんな行列を作るほどの子供達が<スキル託宣の儀>を受けに来てるんだ。きっと私と同じくらいド田舎の小さな村から来ている子も多いはずだ。
(私はどんなスキル貰えるのかなぁ。やっぱり戦うのは怖いから生産系がいいけど……美味しいものがたくさん食べられるようにはなりたいなぁ)
最前の子達がそれぞれスキルを授かり悲喜こもごもの表情で外れていき、段々と近づいてくる自分の番を前に私はこれからの未来を想像する。平凡なスキルならば平凡な、強力なスキルならば輝かしい未来が約束される。今この瞬間が正に、私の今後の人生を決定づける最初で最後の転機なんだ。
(どうか危なくないし大変でもないけどお金はいっぱい貰える職業につけるスキルを……なんなら<美味しいもの出現させる魔法>でもいいので……!)
願うだけならタダだと贅沢な願望を秘めて、ついに私は行列の最前に立った。
「ラルグブ村のクレアさん、ですね?」
「は、はい!」
壮齢の男性である司祭様に名前を呼ばれ、私は緊張から上ずった声で返事をした。
「では、貴女に偉大なる我らが母、エルメリアス様よりの祝福を……」
厳かにそう言って目を閉じた司祭様は私に手をかざす。緊張のせいで感じないだけなのかもしれないけど、特に何かしら力が湧いて来るとかそんな感じはなかった。ただただドキドキしっぱなしの胸をどうにか抑えようと奮闘(その場から動けないので念じるくらいしかできないけど)すること数秒。司祭様は目を開けて私にかざした手を下した。優しそうなその顔には何やら困惑の表情が浮かんでいる。
「……」
「あ、あの、司祭様? 私のスキルは……?」
そんな顔をされては心配になってしまうけれど聞かないわけにはいかないので、私は黙りこくる司祭様に恐る恐る訊ねてみた。
「あ、ああ、すまない。君のスキルは――」
「私のスキルは――」
「――<ガチャ>だ」
「――がちゃ?」
散々引っ張られて告げられたその名は、私が今まで聞いたことのないものだった。そんなにスキルに詳しいわけじゃないけれど、大体は<剣士>とか<なんとか魔法>とかわかりやすい名前の筈なのに、<ガチャ>ってなに? このままじゃどうすればいいかわからないから司祭様に確認しなきゃ。
「聞いたことないんですけど、どういうスキルなんです?」
「私にも分からん」
「へ?」
「長年託宣の儀に携わってきたが、<ガチャ>なんてスキルを見たのは初めてだ」
激しく動揺していることが目に見える司祭様の様子を見て、私はそれよりも激しく動揺した。司祭様がわからなきゃ誰がわかるっていうの? それこそ女神様に直接聞かなきゃ誰もわかる人いないよ!
「じゃ、じゃあ私、これからどうすれば――」
『ようやく現れたのね。まったく、待たせ過ぎよ!』
「えっ!?」
思わず司祭様に詰め寄ろうとしてしまった私は、唐突に響いた声に驚いて動きを止める。司祭様でも私でもなく、後ろの行列の子達の誰かの声でもない。なぜなら司祭様も私も行列のみんなも、一様にその声に驚き混乱しているからだ。
「だ、誰ですか!?」
『話してあげるからこっちに来なさい』
「こっちって――ほわぁっ!?」
どこから聞こえて来るかもわからない声に問いかけると、その声は私のことを招いているようなことを言う。どこにいるか分からないのにと思っていると、急に私の足元に光の円が現れた。それは私を中心としており円の中にはどこかで見たことがある文様が描かれていて、徐々に私の体を飲み込んでいくように放つ光を強めていた。
「それはエルメリアス様の印!? まさか、今の御声は!?」
「ほわぁぁぁっ!?」
司祭様の驚愕の叫びをかき消すように、光に飲み込まれていく私は教会中に響き渡りそうなくらいの悲鳴を張り上げる。完全に視界が真っ白に染められて目を開けていられなくなり、ぎゅっと瞼を閉じて拳を握りしめ強張らせた全身を浮遊感が襲う。
「ひいぃぃぃ!」
もうわけがわからない。ただ悲鳴をあげて成り行きに任せるしかない。
「あああああっ!」
「うっさいわよ! いつまで悲鳴あげてんの!?」
「ほわぁっ!? ごめんなさいっ!」
そうしていたら怒声が聞こえてきて、反射的に悲鳴を止めて謝った。気が付けば浮遊感もなく地に足が付いた感覚が戻って来ていて、瞼を閉じていてもなお眩しかった光も収まっている。
そっと瞼を開けてみるとそこに広がる景色は先ほどまでいた教会とは全く違っていた。
どこまでも、本当にどこまでも真っ白な空間。床も天井も真っ白で果てが見えない。足を着けているんだから床はあるんだろうけれど、なにでできているのか――いや、そもそも私は本当に床を踏んでいるのか、そんなふうに思ってしまうくらい未知の空間であった。
そしてその白の空間に佇む1人の女性の姿。歳の頃は私より2、3歳上くらいだろうか。引きこまれそうなくらい深く鮮やかな藍色の髪を肩口まで伸ばし、勝気そうな瞳は煌めく宝石みたいに綺麗な金色をしている。宝石なんて見たことないけど。
それに手足も長くて胸も大きい。着ている服も過度な装飾はないしおへそが丸出しなくらい布地が少ないけど上質な素材できていることをうかがわせていて、どこかのお姫様か貴族のご令嬢様のようだ。そんな人が少し離れたところに立って私を見ている。
対して私はどこにでもいる田舎の村娘。晴れの舞台だからと気合を入れておめかししたけど、普段の手入れをサボっていることを隠せていない腰まで届く金髪に、宝石になんて例えられようはずもないくすんだ碧眼。細々とした食事をしているためスタイルはお世辞にもいいとは言えず、着ている服だって持っている中で一番上等なものだけどほつれやら擦れたところやらを補修した跡がある。
まさしく天と地。私とその女性は住む世界が違うのだと一目で理解した。それでも、いやだからこそなのかもしれないけれど、私は眉根を寄せて不機嫌そうな顔をしていてもなお美しいその女性に見惚れる。
(綺麗な人……)
「あんまりジロジロ見てんじゃないわよ」
「す、すみません!」
ジッと見ていたらまた怒られて私は頭を下げる。またもう1度聞いたことではっきりしたけど、あのとき教会で聞いた謎の声はこの人のものだ。
「あ、あの――」
「ずっと突っ立ってるのもなんでしょ? 座んなさいよ」
「あぁ、はい、どうも……」
聞きたいことが山ほどあって整理できないけど声をかけようとしたところ、座るように促された私は、言われるがままその場に座り込んだ。座り心地は結構よかった。
女性の方もその場に座った。足を崩し胡坐をかいたその姿勢を見て、ちょっと感じていた神聖さのようなものが霧散していく。太腿に立て肘ついて頬杖にしたとくれば、もはや神秘性の欠片も残っていない。
「聞きたいことはたくさんあるでしょうけどまずは自己紹介ね。私はエルメリアス。あんた達が崇めてる女神様ってやつよ」
「どうも、私はクレアと言います……ええっ!? エルメリアス様!?」
女性の自己紹介に普通に返していた私は、その名前を正しく認識して今までの人生で一番の驚いた声を上げた。だって、エルメリアス様と言えば、この世界を造って私達人間の始まりの祖先も生み出したと言われている神様。スキルだってエルメリアス様によって授けられている、正に世界の全てを司っている神様と言っていいんだから、驚くなという方が無理な話だよ。
もしその名前を騙っているのだとしたら即刻教会に処罰されるだろうけれど、<スキル託宣の儀>の場に声を届け、こんなよくわからない場所に私を移動させる魔法を使い、そして移動される際に聞こえた司祭様の言葉から、この人は本物のエルメリアス様なのだと私は思った。
(……イメージと違うなぁ)
私がまた大声を出してしまったからかしかめっ面のエルメリアス様を見て思う。容姿は確かに想像してたのとは違うけどすごく綺麗だからそれっぽいけど、話し方とか胡坐かいて頬杖ついてるのとか、そういうのはイメージしていた神様とはかけ離れていた。
「なによ?」
「い、いえっ! なんでもありません!」
そんなことを考えていたのが顔に出たのか、しかめっ面のままのエルメリアス様に聞かれて私は急いで首を振った。こんな失礼なこと考えてるってバレたら、最悪この世から消滅させられるかもしれない。
幸いエルメリアス様は胡乱な表情をしたけどそれ以上は追及せずに話をつづけた。
「私がこうしてあんたを呼んだ理由、察しは付くでしょ?」
「<ガチャ>の件、ですよね?」
「そうよ。私はずっとそのスキルを持った人間が現れるのを待っていたの」
思いつく理由はそれしかないので答えれば、エルメリアス様は笑顔になってそう言った。そんなに凄いスキルなんだ<ガチャ>って。
「あれ? でもスキルってエルメリアス様が私達に授けてくれてるんじゃ?」
「そういう認識みたいだけど、本当はあんた達の中に生まれつき秘められている能力を覚醒させてるだけよ」
「それなら<ガチャ>の能力を秘めた人間を生み出せばいいんじゃないです?」
「それができるならとっくにやってるわよ。私だって自由に決めらんないのよそこは」
「はぁ、そうなんですね」
「なによその神様って案外しょぼいなとでも言いたげな目は? なんでも自由自在にできる全知全能なんだっていうなら、そもそも世界なんか造んないわよ。1人で全部完結してるんだから他の存在なんかいらないんだもの。私が不完全なおかげであんた達は存在できてるんだから感謝しなさい!」
「は、はいぃ! 不完全女神様万歳!」
「それはそれで煽られてるみたいでムカつくわね」
「ほわっ!?」
言われた通りにしたのにエルメリアス様の機嫌を損ねてしまったみたい。消滅の危機が現実になってしまった!
「な、何でもしますから命だけはお助け~!」
「殺さないわよ! 私をなんだと思ってんのよ!」
「女神様ですぅ~!」
「あんた女神を気まぐれで人殺す蛮族かなんかだと思ってんの?」
「エルメリアス様に会ってそう思い始めました!」
「……やっぱ殺そうかな」
「うひぃぃ~!?」
恐ろしく低い声で言われて私は縮みあがった。ほ、本当に殺される……!
泣きそうになる私をしばらく見つめ、エルメリアス様はため息をついて頭をかきはじめた。
「ったく、何でガチャ引く前にガチャ引ける奴ガチャ引かなきゃいけないのよ! あのバカ、今度会ったらただじゃおかないんだから!」
「あ、あの~」
「いつまでもビビッてんじゃないわよ! 殺さないって言ったでしょうが! あんたが生まれてくんのをこっちは何千年と待ったんだから!」
「な、何千年……」
ぶつくさ誰かに文句を言っているエルメリアス様に声をかけると、途方もない言葉が返ってくる。15年しか生きていない私には到底想像もできないほどの長い時間を、エルメリアス様はここで待ち続けたんだ。こんな真っ白で何もない空間でたった1人で。
「辛かったですね、エルメリアス様……!」
「何がよ? ってか、なに泣いてんのよ!?」
「御心が荒んでしまうのも無理はありません。大丈夫です、これからは私も一緒ですから!」
「誰の心が荒んでるのよ!? あっ、こら! 顔面べちょべちょで近づいてくんな! あぁぁもう! やっぱ殺すぅ~!」
抱きしめようとする私を全力で押し返して、エルメリアス様の叫び声が白い空間に響き渡った。
「――という訳よ。わかった?」
「ふぁい」
エルメリアス様から事のあらましを大体聞かされた私は、ひっぱたかれて赤くなったほっぺたをさすりながら頷いた。まとめるとこういう話らしい。
・エルメリアス様の他にもたくさん神様がいる
・私達の暮らしている<世界>はエルメリアス様が管理はしているけど、創るのにはその中の1人(本当は柱って数えるらしい)である<創造神>様に力を借りている
・エルメリアス様達はそれぞれで管理している世界で信仰されることで力を得られるけど、直接干渉しすぎると効率が悪くなる
・それでも信仰を獲得する手段として<創造神>様が用意したゲームというのに参加し、世界に繁栄をもたらすアイテムを手に入れることができる
・そのゲームに参加するために必要なのが<ガチャ>のスキルを持った人間である
「つまり私をここへ呼んだのは、そのげーむ?というのに参加して、世界を繁栄させるアイテムを取ってくるためということですね?」
「そうよ。私は直接手を出せないから、あの世界の人間であるあんたにやってもらわなきゃなんないのよ」
めんどくさいけどねとため息を吐くエルメリアス様の表情は、その言葉通り心底めんどくさそうだった。正直それは私の台詞。楽においしいもの食べられるスキルがよかったのに、めちゃくちゃ重大なの掴まされちゃったんですけど!?
「あの~、今から別の人にスキル譲渡するっていうのは……」
「無理に決まってんでしょ。元々その人間に備わっている才能を開花させてるだけだってさっき言ったでしょうが。他人に渡せるわけないじゃない」
「ですよね……」
ダメもとで聞いてみたけどやっぱり無理でした。何千年も待ったっていうし次まで待ってくださいとは言えないよね。ここはもう腹を括るしかない。
「わかりました。私がどれだけやれるかわかりませんけど、やれるだけやってみます」
「そう。あんたに拒否権はないけど殊勝な心掛けね」
意を決して意思を伝えるとエルメリアス様は笑ってそう言い、私に向かって何かを投げて来た。取り落としそうになったけど何とか受け取ってみると、それは木とも石とも違う何か固いものでできた長方形の板。どちらが表かわからないけど一方の面には絵と文字が書かれている。
「プレイヤーネームを入力してください?」
「あんたの名前を入力すんのよ」
「入力って――ほわっ!? 絵が動いた!?」
どうすればいいのか分からず絵だけれど白い溝のようになっている部分に指を触れると、描かれてる絵が動いて文字の一覧のようなものが出て来た。一応簡単な読み書きくらいなら習っているから一覧の中からクレアのクを探して触れると、白い溝の部分にクの字が書かれた。
「文字はちゃんとローカライズされるわけか。一体どうやって把握してんだか」
「エ、エルメリアス様!?」
入力というののやり方がわかったから続けようとした私は、ものすごく近くから聞こえて来たエルメリアス様の声にびっくりして手を止めてしまう。気が付いたらエルメリアス様はすぐそばに来ていて、私が持っている板をのぞき込んでいた。私は座っててエルメリアス様は中腰になってるから、目の前にその大きな胸が来る形になっている。結構胸元が大胆に開いた服だから、私にはない谷間をまざまざと見せつけられて悲しいやらドキドキするやら。
「なにぼさっとしてんの。さっさと続けなさい」
「は、はいっ! レ、レー」
複雑な感情で豊かな山を凝視していた私は、促されるままに入力を再開してクレアの文字を白い溝に書き込んだ。そして文字以外の場所を触ると一覧が消えて、白い溝に私の名前が書かれた以外は元と同じ絵に戻る。
「えっと、次はどうすれば」
「その下の完了ボタンを押しなさい」
「完了……はい!」
最初は灰色になっていた『完了』と書かれたボタンのような絵が青くなっていて、そこに触れると『クレアでよろしいですか?』という質問の文が出て来た。その下の『はい』と描かれたボタンの絵を押すと――
「ほわっ!? また光がぁぁ~!」
「……っ!」
板から教会から移動したときと同じくらいの強い光が発生して、私とエルメリアス様を飲み込んだ。また何も見えなくなってちょっとした浮遊感を感じ、気が付いたときにはお尻に感じていた床の感触が変わっていた。少し柔らかく温かくも冷たくもなかった白い床から、とても固くて冷たい感触に。
光が収まり目が慣れて見えた景色は、やっぱりさっきまでいた白い空間とは違っていた。殆ど何もないのは同じだけれど鉄……なのかな?とにかく木ではない固いものでできた壁も床も天井もちゃんとある。何十人でも平気で入れそうなくらい大きなその部屋は、火が付いているわけでも窓がないので太陽の光が差してるわけでもないのに、天井につけられた何か丸いものが光っていて明るかった。
(あの光ってるのなんだろう? それに鉄なんて斧にちょこっと使われてるだけですごく高いのに、こんなお部屋が作れるほど使うなんてどんな豪邸なの……?)
土足で踏みつけたりして怒られないだろうか心配になってくるけどどうしようもない。私は戦々恐々としながら辺りを見回す。見渡す限りの鉄の壁と目の前には、中腰から立ち上がり私と同じように周囲に目を配らせるエルメリアス様……のおへそ。
「……」
「ふぅん、ここが……って、何見てんのよ? なんかついてる?」
「いえ、贅肉も何もついていない綺麗なおへそだなぁって」
「あ、あんた変態なの!?」
「違いますよぉ!?」
お腹を隠して後ずさるエルメリアス様に私は慌てて立ち上がり弁解する。別に人のおへそを見る趣味はないけど、あんなに近くでシミ1つないおへそ見せられたら誰だって同じ感想になると思う。
「それはともかく、ここはどこなんですか?」
「ここはあらゆる世界へと繋がる世界<ディメンションポート>にあるベース基地です」
「ほわっ!? 誰!?」
話題を変えようとエルメリアス様にこの場所について訊ねると、答えは正面にいるエルメリアス様からではなく後ろから聞こえた。飛び上がって振り返ると奥の壁に付けられた扉を開けて立つ、1人の女性の姿が見えた。
緑を基調としたこれもまたいい素材を使っていそうな服を着ていて、長い茶髪と眼鏡の奥に黒い瞳を宿した私やエルメリアス様の見た目よりも少し年が高い、20代前半くらいの美人さん。
「ようこそ、<ロード・オブ・ファラウェイ>の世界へ。私は百川千里。このゲームのガイド及びサポート役を務めさせていただきます。以後、お見知りおきを」
「モモカワさん?」
「千里の方が名前ですので、気軽にお呼び捨てください」
「いえいえ、そんな! チサトさんと呼ばせていただきます!」
モモカワチサトと名乗ったその美人さんを、年上を呼び捨てにするのは落ち着かないのでさん付けで呼ぶことにする。そしてチサトさんには聞かなきゃいけないことがいっぱいある。
「あの、チサトさん。聞きたいこといっぱいあるんですけど、いいですか?」
「はい、なんなりと」
「ここは<ディメンションポート>って言う世界でいいんですか?」
「ええ。あらゆる世界に繋がる港のような世界。であるからこそ、その名で呼ばれることになった世界です」
私の質問にチサトさんはよどみなく答えてくれる。なんだかスケールがとんでもないことになっているけれど、それよりも気になることがあった。
「でもさっき<ロード・オブ・ファラウェイ>の世界へようこそって……」
「少しメタな台詞でしたかね」
「めた?」
申し訳なさそうに苦笑するチサトさんの言葉が理解できず首を傾げる。めたってなんだろう? その疑問にはいつの間にか隣に立っていたエルメリアス様が答えてくれた。
「<ロード・オブ・ファラウェイ>ってのはこの次元、ひいてはそこで行われるゲームの名前よ」
「次元?」
「次元っていうのは数多の世界を包括した単位というか。うぅん、あんたが暮らしてた世界には国があるでしょ? で、国にも村や街といった区切りがあるじゃない。この村や街を世界とするならば、次元っていうのは国のこと。次元の中に数多の世界が含まれているってことよ」
「はぁ、何となくわかりました」
私にわかりやすく説明するのが難しいのか、悩まし気な表情しながらのエルメリアス様の例えを聞いて、何となく理解できた気がする。要するにここは<ロード・オブ・ファラウェイ>国の<ディメンションポート>村ってことだね。
「クレア様がいた次元とは異なる次元となりますので、この次元へようこそという意味で先ほどの言葉を述べさせていただきました」
「なるほどなるほど~。ん? 私名乗りましたっけ?」
「プレイヤーネームを入力していただいておりますので」
プレイヤーネームというのはさっき板に描いた名前のことだよね。あれに描いたからチサトさんに伝わったってことなのかな。というかあれどこに行ったんだろ? 私が持ってたはずなのにいつの間にか無くなっちゃってる。
「クレア様にはこれからこのベース基地より、数多の世界を渡る冒険に出てもらいます」
「えっ!? 聞いてないですけど!?」
どこかに落としたのかもと床を見ていた私は、チサトさんの言葉を聞いて首を跳ね上げた。冒険!? げーむって冒険のことだったの!?
「お話しされなかったんですか?」
「したわよ。ゲームやってもらうってね」
「それで伝わるわけがないじゃないですか」
あっけらかんとした態度のエルメリアス様に呆れた表情のチサトさんは、これから私が何をするのか教えてくれた。
私はこれからここから色んな世界に渡ることになる。渡った先の世界で起きる出来事は予め決められているらしい。何か大きな事件が起きたりだとか、そういうことが決められた通りに起きて、それを解決してまた新しい世界に渡るということを繰り返すんだって。解決できなかったらまた最初からやり直せもするとか。
「つまり世界そのものを使った演劇の主人公となり正しいストーリーに導いていく、といったところでしょうかね」
「ほわぁ……」
チサトさんに私はぽかんと口を開けて呟くしかできない。世界そのものを使った演劇の主人公だなんて、スケールが途方もなさ過ぎて追いつけない。しかも、主人公だなんて。
「私、どうすれば……私戦ったことなんてありませんよ? スキルも<ガチャ>とかいう意味不明なものですし」
「意味不明ってあんたね……」
ジトっとした目でエルメリアス様に見られるけどしょうがない。だって<ガチャ>のスキルがあるからここに呼ばれたのはわかるけど、<ガチャ>自体がどういうものなのかわからないんだから。
不安に駆られる私にチサトさんは優しく微笑んで言う。
「ご安心を。何もクレア様をそのまま異世界に放り出そうというわけではありません。冒険に耐えうるよう、サポートはさせていただきます」
「チサトさん……!」
「タダではないですし、必ずしも耐えられるようになるとは限りませんが」
「へっ?」
安心した途端に何やら不穏な台詞が聞こえて素っ頓狂な声を上げてしまう。どういうことなの?
「冒険に必要な武器や仲間などの諸々はご用立ててあります。しかし、その中から何を掴み取れるのかは、クレア様の運次第となります」
「私の運?」
「はい。それが、貴女のスキル――<ガチャ>ですから」
にっこりと満面の笑みを浮かべるチサトさん。朗らかな笑顔なのになぜだか分からないけど少し寒気を感じてしまうのは気のせいだろうか。
その後、私達はチサトさんに案内されて別の部屋に来ていた。そこも全部鉄の部屋だったけれど、中央に何か大きな台座のようなものが置かれている。
「こちらがガチャ部屋です」
「ガチャ部屋……」
チサトさんが言う名前を聞く限り、私のスキルである<ガチャ>はここで使うものなんだろう。でもどういうことをするのか全く想像がつかない。説明を待っている私にチサトさんはいつの間にか抱えていた、虹色の石を差し出して来た。
「こちらはディバインストーン。これに魔力を込めてあの台座に捧げることで、創造神様よりゲームに役立つ装備品やキャラクターを授かることができます」
「装備品……武器ですか?」
「それに防具などもですね」
「キャラクターというのは?」
「共に戦ってくれる仲間のことです」
「えっ、人間が出てくるんですか!?」
「ええ」
驚く私に事もなげに頷いてみせるチサトさん。人間が武器とかと同列っていうのはちょっとどうなのと思わなくもないけど、1人で戦っていくのは心細いので助かる。話を聞く限りエルメリアス様はゲームに参加できなさそうだし。
「このディバインストーンで合計で……キャラをそう数えるのもなんですが、10個まで神より授かり物を受け取ることができます。どのようなものが出るのかについては、クレア様の運次第です」
「私の運ですか」
「はい。手に入る武器や仲間は最大☆5まで☆の数でランク付けがされていて、一般的には多い方が強力になります。10連で☆5が複数出ることもあれば、100連回しても1つも出ないということもある。それがガチャというシステムです」
つまり運がよくないとどれだけ<ガチャ>を使っても全然強くなれないってことみたい。どうしよう、私そんなに運がいいってわけじゃないのに。
「でも今回は☆5確定でしょ?」
「そうですね。最初に引くガチャはプレイヤーを強化するためのものですので、ソウルピースを含めた装備品しか出ませんが、☆5は確実に1つは出ます。複数出ることもありますけどね」
私の横で腕組しているエルメリアス様の問いかけをチサトさんは首肯した。よかった、1個は☆5の武器が手に入るみたい。ソウルピースというのがなんだかわかんないけど。
「ほら、ボケっとしてないでさっさと引きなさい」
「わっとと……」
「ではこちらを」
エルメリアス様に背中を押されてよろけるように踏み出した私に、チサトさんがディバインストーンを渡して来た。一抱えもあるそれはちょっと重たいけど必死に持ち上げるほどの重さでもない。
「魔力を込めてください」
「ど、どうやるんです?」
「念じるのよ。力を込めるイメージを」
「念じる……いいの出ろ~いいの出ろ~……」
エルメリアス様に言われた通り、私は目を閉じてディバインストーンに☆5がいっぱい出るように念じた。何かの力が私の中から掌を通してディバインストーンに伝わっていく感じがして、しばらくしたら虹色の輝きを放ち始める。
「では、そちらの台座にセットしてください」
「は、はい!」
落とさないようにおっかなびっくりになりながら、私はディバインストーンを台座に置いた。するとそれはふわりと宙に浮かんで輝きを強めていく。稲光のような閃光を放ちぶるぶると振動していき、それが頂点に達したとき音を立てて砕け散った。
「ほわぁぁっ!?」
びっくりして尻もちをついた私の前に、10個の欠片に分かれたディバインストーンの欠片が並ぶ。虹色のままなのが2つ、あとは赤や青や黄色、色とりどりの欠片が整列しているのは綺麗だなって思った。
「虹が☆5でしょ? 2つあるじゃん! やったじゃない!」
「はぁ、色ごとに☆が違うんですね。でもこれ、どうすれば武器に……」
「触れてください」
「触れればいいんですね、わかりました!」
「あっ、バカ! こういうのは☆低いのから見てくものよ!」
虹色の欠片に手を伸ばした私にエルメリアス様からの叱責が飛ぶ。こういうのとか言われても初めてだし、作法とか知らないよ。
「☆1が青、☆2が赤、☆3が銀、☆4が金です」
「これ灰色と黄色じゃなくて、銀色と金色だったんですね。そんな色、さっきのディバインストーンに含まれてました?」
「お気になさらず」
「そうですか……じゃあ、青色から」
何となく釈然としない思いを頭から追い出して、私は目の前に浮かぶ欠片の中から青色のものを適当に選んで触れた。指先が触れた瞬間、欠片は眩く光を放ちその中で別の形へと姿を変えていく。
(さっきからピカピカ光り過ぎだよ。目が痛くなる)
何度も何度も眩しい光を至近距離で浴びてうんざりした気分で欠片の変化を待つ。光が収まった後、そこにあったのは一振りの両刃の剣だった。その刃は鉄でできているように見える。
「て、鉄の剣!? すごいっ!」
「<アイアンソード>。☆1で特にスキルはなしっと。ゴミね」
「とは言っても武器が少ない序盤では大事ですよ。すぐに課魔力するならともかくですが」
手に取って興奮する私だったけどエルメリアス様とチサトさんは渋い反応。エルメリアス様は白い板をのぞき込んで言ってるけど、あれにこの剣の情報とかが書いてるのかな? というかエルメリアス様が持ってたんだそれ。
「こ、これがゴミなら、神様の世界でゴミ拾いして帰れば大金持ちに!?」
「バカ言ってないでさっさと次開けなさい」
元の世界で売れば1ヵ月は遊んで暮らせるものをゴミと言い切るのを聞いて、別の意味で興奮する私をエルメリアス様が急かす。次はどんな驚きの武器が飛び出すのか、うんざりしていた光を浴びながら私はワクワクを抑えきれなかった。
「さあ、お待ちかねの☆5開封ね」
残り2つとなった欠片を前にエルメリアス様が楽しそうに言う。対して私は今までの欠片開封で疲れ切っていた。
「私は今までのでもうお腹いっぱい感があるんですが……」
「何言ってんのよ。今までの前座。これからが本番と言っても過言じゃないわよ」
「ほわぁ、心臓が破裂して死にそうですよぉ……」
☆1のアイアンソードだって相当なものだったんだから当たり前だけど、他7つの☆4以下の武器や防具なども、私の想像を絶するような物凄い代物ばかりだった。身に着けるだけでスキルが使えるようになる装備品なんて、元の世界なら確実に王宮の宝物庫行きだ。
(スキルは本人の才能を開花させてるだけって言ってたのに、身に着けて使えるようになるって意味がわからないよ。同じスキルという言葉なだけで、別物だとは言ってたけど)
スキルというものが何なのか分からなくなってくるし、触れるのも恐れ多いようなものばかり出て気疲れが半端ない。この上、更にそれを上回る物品が出てくるなんて、私は旅に出る前に死んでしまうんじゃないかな。
「ほら、ぐずぐずしない!」
「はぁ~い」
そんな私の苦労をまったく意に介さず顎でしゃくって次を促すエルメリアス様を、私は恨めしい瞳で一瞥してから虹色の欠片に指を触れた。光が収まった後に残されたのは、私の掌に収まるほどの小さな丸い石。
「<遥かなる皇の魂>。☆5のソウルピースね」
「なんと、最初のガチャでそれを引くとは! 天井に入らない超レアなソウルピースですよ!」
「えっ!? マジ!? やるじゃないあんた!」
「は、はぁ、どうも……」
ソウルピースが何なのかわからない私を尻目にチサトさんとエルメリアス様が興奮している。アイアンソードが出たときとは全く逆の光景だった。
「あの、ソウルピースって何ですか?」
「装備するとそれに応じた召喚獣を呼び出すことができる宝玉のことですね」
「召喚獣……召喚魔法!?」
チサトさんの言葉を聞いて私にもそれの重大さが理解できた。召喚魔法というのは自分の代わりに戦ってくれる魔物などを呼び出すことができる、魔法系のスキルの中でもかなり珍しく強力なもの。私も魔法系のスキルならこれがいいなって思ってたけど、まさか使えるようになる日が来るなんて!
「ちょっと召喚してみていいですか!?」
「ここでは使えませんよ。それに魔力を溜めなければ発動できませんし」
「あっ、そうですか……」
うきうきした気持ちが一気に沈んだ。自由に使えるわけじゃないんだ。
「ほらっ、早く次も開けなさい!」
「はいはい」
興奮気味に促すエルメリアス様に投げやりに返答しつつ最後の1つの欠片に触れる。もう慣れてしまった光が収まった後、残ったものは一振りの剣だった。最初に当てたアイアンソードよりも少し長くて私には材質がわからないけどすごく切れ味良さそうな刀身と、豪華な装飾が施され真ん中に何かをはめ込むためのくぼみがある鍔が特徴的だ。
「また剣。アイアンソードより装飾が豪華だけど」
「☆5<励起剣ブレイブカリバー>? スキル:<励起> 真なる勇気を示すとき眠れし魂を目覚めさせる? なによこれ?」
「条件を満たした場合に発動する特殊スキルですね」
「真なる勇気を示すってなによ!? もっとわかりやすく書きなさいよね!」
ブレイブカリバーっていうらしいその剣を私がしげしげと観察している脇で、エルメリアス様が白い板を床に叩きつけそうな勢いで憤慨している。私はアイアンソードより綺麗だしこの剣好きだけどなぁ。
「さて、ガチャ結果の確認も終わりましたので、次は実際に装備してみましょう。装備品は装備しなければ効果を発揮しませんよ」
「そりゃそうでしょうよ」
「あっ、じゃあ私着替えに――」
ガチャで手に入れた装備品を持って別の部屋に行こうと思ったら、エルメリアス様が白い板に指を乗せた。すると横にどかしておいた装備品がまた光に包まれてどこかへ消えてしまう。
「えっ!? どこに行ったんですか!?」
「さすがに装備品類をそこら辺に放置すると邪魔ですからね。自動で収納されるんです。所持品として持てる数には差があって、それ以上は倉庫に預けるなりする必要がありますが」
「はぁ、便利なんですね。じゃあどうやって装備すればいいんです?」
「あんたは何もしなくていいわよ。こっちでやるから」
慌てる私に説明してくれるチサトさんを余所にエルメリアス様はなおも板を指で操作している。こっちでやるってどうするんだろう? エルメリアス様が着替えさせてくれるってこと? それは恐れ多くて恥ずかしいけど偉くなったみたいで嬉しい気もする。
「調子に乗ってんじゃないわ、よっ!」
「ほわっ!? すみません!」
不敬な考えを叱咤されて思わず身をすくめた。顔に考えが出ちゃってたのかななんて反省していると、私の体、正確には着ていた服がお馴染みの光に包まれて消失してしまった。
「ほわぁぁぁっ!?」
突如として素っ裸になってしまった私は悲鳴を上げてできるだけ体を隠してその場にしゃがみ込む。なに!? 何が起きたの!? 混乱する私を一顧だにせずエルメリアス様は板の操作を続けてるし!
「隠さなくたって誰も興味ないわよあんたの貧相な体なんて」
「そ、そうかもしれませんけど、裸で人前になんて立ってられませんよ!」
言葉通りに板に目を向けたままのエルメリアス様にそう反論する。確かに貧相だしそもそも目を逸らしてくれてるチサトさんもエルメリアス様も女だけど……むしろ貧相だから恥ずかしいっていうのもある。エルメリアス様くらいスタイル良ければ見せつけてやるわ!くらい思えるのに。
「防具は<薫風の装束>でいいでしょ。装飾品はどうしよう……攻撃力が上がる<緋石の首飾り>と速さが上がる<エメラルドバングル>かしら? 武器はブレイブカリバーと……」
「あ、あの~、まだですか?」
「っさいわねぇ。ちょっとくらい待てないの?」
「だ、だって裸なんですよ!?」
板を見つめて何やらぶつぶつ言っているエルメリアス様に催促すると、鬱陶しそうな声が返ってくる。たぶんあれで操作してガチャから出た装備品を私に付けてくれるんだろうけど、裸んぼのまま座り込んでるなんて落ち着かないよ。床も冷たいし。
「ま、こんなもんかしらね。あんまり選択肢もないし。決定っと」
「わっ!」
エルメリアス様が一際強く板を弾けば私の体がまた光に包まれ、直に感じていた空気や床の感触が消えて代わりに服の、それも今まで着たどんな服よりも肌触りのいい上等な服の感触してきた。
「わぁ~! あははっ!」
光が収まり顕わになった服の全容を見て私は顔を綻ばせた。上等そうな鎧も出てたんだけど、エルメリアス様が選んだのは白地をベースに肩の部分などに緑を織り交ぜた優しい色合いの上着と青地のスカート。確か☆4だったはずの防具<薫風の装束>だ。装備すると<風魔法>のスキルが使えるようになるんだっけ。それもすごいことだけど一番嬉しいのはとても可愛いってこと。ガチャで出たとき着るのが楽しみで仕方なかった服を今実際に着られてとても幸せ。触ったときからわかってたけど本当に肌触りが良くて着心地も抜群だし。
自分の体をきょろきょろと見回したりその場で回転してみたりする。かなり短めなスカートが舞うけど、ちゃんと下着も穿いてるみたいで安心。というかこの下着もすごく可愛い!
「裸にさえ価値ないのにパンツなんか見せられても嬉しくも何ともないんだけど?」
「エルメリアス様に見せてるんじゃなくて私が見てるんです~」
「自分のパンツ見てニヤニヤしてるとか変態じゃないのよ」
スカートをたくし上げて可愛らしくフリルやリボンで装飾されたパンツを確認しにやける。エルメリアス様にボロクソに言われてるけどそんなこと気にならないくらい、この服を着られていることに興奮していた。
「はっ!? なんか胸を包まれてる感じが……これも下着ですか?」
いつもと違う感覚がして服の襟を引っ張り中を覗き込むと、上着の下に肌が透けるくらい薄い服と、胸の形に合わさるようにして覆い隠している下着が見えた。普段は支えるために下に紐を巻いてるだけだけど、なんだかすごく安心感があるしちゃんと支えられている感覚もする。この下着凄い!
「クレア様、裸を恥ずかしがっていたわりにはしたないですよ」
「あっ、すみませんチサトさん」
「いえ、お気持ちはわかりますから」
興奮しきっていたところチサトさんから窘められてしまった。苦笑するチサトさんと呆れ顔のエルメリアス様を見て、落ち着くと共に羞恥心が湧いて来て縮こまる私。
「ファッションよりも武器を気にしなさいよね」
「あっ、そうだ! 武器はどこですか?」
言われて自分が武器を持っていないことに気が付く。スカートに騎士様とかが付けてる剣帯っぽくベルトが巻かれてはいるけど、そこに鞘は刺さっていない。
「取り出したい武器を念じれば出てきますよ。装備しているものに限りますが」
「あんたが今装備してんのは<アイアンソード>と<ブレイブカリバー>と<ヒートエッジ>よ」
「えっと、念じる……ほわっ!? 出て来た!?」
ブレイブカリバーを思い出し出て来いと念じてみたら、掌の上に装飾の持ち手がくる形で出現した。持ち手を握りしめてこれもしっかりと観察してみる。宝剣っていうのかな、すごく高そう。あっ、鍔のくぼみにソウルピースがはまってる。それにすごく軽い。長剣なのに片手で持ってても全然重く感じない。
「それは剣が軽いんじゃなくてあんたが強くなってんのよ。装備したことによってあんたのステータスも上がってるからね」
「ステータス?」
体なんか鍛えてないのにと不思議に思っていたらエルメリアス様が心を読んでそう言った。ステータスってなに? また知らない言葉が出て来た。
「あんたの能力を数値にして表したものよ」
首を傾げる私にエルメリアス様は白い板を見せてくる。そこには今の服装になった私の絵と一緒にいくつかの文字と数値が書かれていた。攻撃力とか速さとか魔法力とか色々あるけど、比較対象もないし強さがよくわかんない。
「う~ん? これ強いんですか?」
「素のあんたがこれね」
「あ~、素の私と比べると文字通りけた違い……って脱がさないでくださいよ!?」
エルメリアス様が板を操作すると装備が全部外されてステータスの数値が変わる。一瞬見入ったけど板に描かれた私の絵と連動してまた裸にされたことに気づいて大声で抗議した。
「脱がさないと素のステータスが見れないでしょうが」
「それはそうですけど!」
近くで大声を上げられて不快そうに眉を歪めながらだけどエルメリアス様は板を操作してまた服を着せてくれる。素とは桁違いになるステータスを自覚したおかげか、心なしか体に力がみなぎってくる気がした。でもいまいちよくわからない。
「でもこれどういう基準なんです? 例えば攻撃力とか剣で斬るのと叩いたり蹴ったりするのじゃ、全然違うと思いますけど。それに全力を込めたときの数値なのか、普通に攻撃したときの数値なのかとかも分からないですし」
「細かいこと気にすんじゃないわよ。ゲームなんだから数値が高けりゃ強いくらいに思っときなさい」
「それでも例えば1の基準がアリ1匹だったら1でも1万でもそんな変わらないですけど、ドラゴン1匹だったら1と2で滅茶苦茶差があるってことになりますよね?」
「能天気バカのくせにやたら突っかかってくるわねぇ! 気にすんなって言ってんの! ゲームなんだから負けても死にゃしないから心配しなくていいのよ!」
「は、はぁ、そうですか」
ステータスに対する疑問をぶつけてみたけどエルメリアス様はなんか逆ギレして答えてくれない。不安ではあるけど剣を軽く振り回せるようになってるという事実があるし、よくわかんないけど死なないって言ってるし気にしないようにしよう。
「とにかく! 準備は済んだわ。さっさとゲームを始めましょう! チサト!」
「そうですね。ではこちらへ」
エルメリアス様に呼びかけられたチサトさんが頷いて部屋を出ていくので、私とエルメリアス様もそれに付いて行く。冒険って一体どんなところを冒険することになるのかなぁ。
チサトさんに案内されたのはまた台座が鎮座する部屋だった。でもガチャ部屋のものより大きくて、台に上がるための階段も付いている。
「こちらが転送ルーム。ゲームの舞台となる世界へと移動するための部屋です」
「えっと、台座の上に乗ればいいんですか?」
「ええ。そして行きたい世界を選べばそちらへ跳ぶことができます」
「ほら、さっさと登んなさい」
エルメリアス様に背中を押され私は台座を登る。もうちょっと心の準備とかさせてくれてもいいのに。登り切ってみると思ったより高くて少し怖い。上から下を見下ろして顔を引きつらせている内に、エルメリアス様も登って来て板を見つめていた。
「最初に行けるのは<第一楔界>だけね」
「そちらがプロローグの世界となります」
「わかったわ。そんじゃ行くわよ」
「ええっ!? 心の準備したいって思ってるのわかってるんでしょう!?」
「わかってるけど聞いてやる義理はない」
私が怯えてるのわかってるくせにエルメリアス様は一切顧みずに板を操作した。すると台座からバチバチと音を立てて電光が走り、教会からエルメリアス様のところへ行ったときやこの世界に来たときと同じような光が立ち上る。
「あ~あわわわ~」
「シャキッとしなさい! あんたのステータスは保証されてるんだから」
「だからそれよくわかんないんですってば~!」
「それではいってらっしゃいませ」
「ほわぁぁぁぁ!?」
その場にへたり込んで泣き言をいう私のことなど誰も考慮してくれず、チサトさんの挨拶に応じたかのように光が私達を飲み込み視界が無くなり、この世界に来たときと同じような浮遊感に襲われた。
「うぅ……目がチカチカする~……」
もう何度目かわからない強い光による強制的な視界剥奪が終わり、私は未だに靄が掛かったように見える目を押さえて立ち上がった。何度か瞬きしてようやく完全に取り戻した視界に映るのは、武骨な鉄の壁や転送装置の鎮座する部屋ではなくどこまで広い空と草原。
「……」
私は思わず言葉を失ってその場に立ち尽くした。本当に果てしなくどこまでも空と草原だけが続いているから。建物もないし木や動物の姿もない。真っ青な空と背の低い草が風に揺れているだけの世界に私1人佇んでいる。私の故郷の村だって何もないところだからそれと似ている。でも感じるのは懐かしさとかじゃなくて虚無感。本当に何もない、寂しい場所だと感じた。
「ちょっと、いつまでボケっと突っ立ってんのよ?」
「ほわっ!? エルメリアス様!? どこ!?」
よくわからない寂寥感に苛まれていた私は、唐突に聞こえたエルメリアス様の声に驚き辺りを見回す。けれどあの綺麗なお姿はどこにも見当たらなかった。
「ここよ、ここ!」
「いたっ!? えっ!?」
困惑する私はおでこに痛みを感じて上を見上げた。するとそこには私の掌に収まるくらいに小さくなって背中から羽が生えたエルメリアス様がいた。小さなくなった足で私のおでこを蹴りふんぞり返っている。
「えええっ!? なんで小っちゃくなってるんですか!?」
「神自身の力を使ってゲームを攻略できないように、ゲーム中はこうなんのよ」
「いざとなったら助けてもらおうと思ってたのに!?」
「残念だったわね。まっ、プロローグなんだしそんなに難しいこともないでしょ。さっさと進むわよ」
宛てが外れて落胆する私に楽観的なことを言いながらエルメリアス様は私の頭の上に乗った。移動まで私任せにするらしい。というか進むって言われてもどこに行けばいいの? 見渡しても空と地平線しか見えないんだけど。
「あっ、そうだ。今の私は風魔法が使えるんでしたよね? 空飛んで目的地探しましょう!」
「そうね。えーっと、空飛べるようになる魔法は……<ウィンドラップ>ね。魔法の発動は名前を言えばできるから」
「えっ? 魔法ってそんな感じなんでしたっけ?」
魔法ってもっとこう漠然と風を操れるようになるとかで、空を飛ぶ魔法<〇〇>とか風を吹かせる魔法<××>みたいに細かく分かれてはいないと思ってたんだけど。
「本来の魔法はそうね。でも素人のあんたがいきなり風操れるようになって、自由に空飛べると思う?」
「う~ん、どうでしょう?」
「絶対無理でしょ。だからこれは空を飛ぶ魔法、これは風で攻撃する魔法って、効果を固定化してるわけ。剣だけ与えられたド素人でも、何とか斬り!って叫んだら体が勝手に動いて剣聖の技が使えるってなれば、多少は戦えるでしょ」
「ええ~、勝手に動くのは気持ち悪いですよ~」
「例えよ例え! ったく、いいからさっさと<ウィンドラップ>!」
「いたたた、わかりましたから髪引っ張らないでください~! <ウィンドラップ>!」
頭の上で引っこ抜きそうな勢いで私の髪の毛を引っ張ってくるエルメリアス様にそうお願いしながら、言われた通りに<ウィンドラップ>を発動させる。すると私の周囲を風が取り巻き始め、ふわりと地面から足が少しだけ浮かんだ。
「おおっ! すごい!」
上昇したいとか前に進みたいとか思ったらその通りに風が吹いて体が動いてくれる。前進する速度は私が全速力で走るよりもよっぽど早いし、もうずっとこの状態で移動すればいいのでは? 風でめっちゃスカート捲れ上がってるのと股がスースーするのが気になるけど
「持続する時間決まってるんだからぼさっとしない!」
「あっ、時間制限あるんですね」
「当たり前でしょ。それと切れた後にもう1回使うまでの時間、クールタイムもあるから乱発しないように」
「はぁ~……楽できると思ったのに~」
私の考えを見透かしたようなエルメリアス様の説明に肩を落とす。そう上手くはいかないなぁなんて世知辛さを噛み締めながら空高くまで上昇して周囲を見渡す。やっぱり周囲一面どこまでも草原が広がるばかりで……あっ!
「向こうになんか祭壇みたいなのが見えますね」
「そうね。とりあえずあそこに向かってみましょう」
「はい! それじゃあ行きますよ~!」
草原の中にぽつんと白い祭壇のようなものを見つけた私は、そこへ向かって飛び立つ。うぅ~速いけど風が冷たい! でも高速で空飛ぶのって結構気分がいいかも!
風を切って飛んでいくと小さく見えていた祭壇が見る見るうちに大きくなってくる。遠かったからわかんなかったけど、本当はかなりの大きさみたいだ。
「なんの祭壇なんでしょうね?」
「さあ。それよりもあんた、そろそろ効果時間切れるんじゃない?」
「えっ? あっ!?」
エルメリアス様が言ったのをきっかけにしたみたいに、<ウィンドラップ>が切れて私を取り巻いていた風が止んだ。今まで風で押されてた勢いを残したまま、私の体が斜めになって徐々に地面に向かって落ちていく。
「ひぃ~! こんな高さからこんな勢いで落ちたら死んじゃいますよぉ!?」
「普通なら死ぬわね。跡形もなくなるくらいぐちゃぐちゃにはじけ飛ぶでしょう」
「のんきに言ってないで助けてください~!」
「無理よ。ていうか不要――」
「ほわぁぁぁぁぁ――」
涙目で懇願するのを冷たくあしらうエルメリアス様の声に悲鳴を上げながら、私は顔面から地面に突っ込んだ。物凄い衝突音が響きすさまじい衝撃が全身を何度も襲う。突っ込んだ衝撃で跳ね返された後また地面に落ちてを繰り返してるみたい。そうやって何度か跳ねて地面に叩きつけられてを繰り返しようやく体が制止してしばらくの後私は――
「――いったぁぁぁ!」
特に酷く打ち据えた鼻を抑えてそう叫んだ。そう、叫んだの。つまり生きていた。どう考えても痛いじゃ済まないはずなのに。しかも痛いだけで鼻は折れてないどころか鼻血も出てない。全身痛いけど血が出るほどの傷はできてないみたい。どうして?
「あんたのステータス考えれば当然よ。☆4の装備付けてんだから」
訝しむ私に頭にしがみついてたらしいエルメリアス様がそう答えた。ステータスって<薫風の装束>で上がった防御力のこと?
「でも顔面から落ちたんですよ? 服関係なくないですか?」
「体全体の防御力が上がってんのよ」
「どういう理屈なんだろう……まあ考えるだけ無駄かな」
釈然とはしないけど生きてるならいいかとそれ以上の思考は放棄して私は立ち上がった。ちょっと痛むけどどこも骨すら折れてないみたいだし、なんなら服にはほつれすら見当たらない。改めて神様の作った服着てるんだなぁって実感するよ。
「ここは……?」
辺りを見回すとそこは草原ではなく石造りで整地された広場のようなところだった。広場の奥には目標にしていた祭壇がある。一応たどり着けはしたみたいだけど、どうすればいいのかな?
「あの」
「ほわぁっ!?」
次にどうするべきか考えていたところ急に声をかけられて私は飛び上がった。エルメリアス様の声じゃない、誰か別の人の声だ。振り返るとそこには1人の女の子が立っていた。
真っ白な髪と肌に真っ赤な目。飾りっけのない貫頭衣を着てるけど、お人形みたいで作り物めいて綺麗な、私と同い年くらいの女の子。
(うぅ……エルメリアス様といいチサトさんといい、どうしてこうみんな美人ばっかりなの!)
またも現れた美少女に私のなけなしの自尊心が砕けていくのを感じる。
「物凄い音がしたから来てみたら、貴女は一体? 地面が大変なことになっていますが、何をしたんです?」
「あっ、ええっと……」
あからさまに警戒した視線でこちらを見てくる少女。ここに住んでるっぽいしせっかく整備されてる石畳にクレーター作ってたらそうもなるよね。
「空飛んでたら落ちたのよ。うるさくして悪かったわね」
「エルメリアス様?」
どう説明しようか迷ってると、私の髪の中からエルメリアス様が出て来て話始めた。
「えっ? 貴女は……妖精?」
「今はそうにしか見えないでしょうし、ゲームのキャラに神だって言ったって理解できないでしょうからそれでいいわよ」
「何を仰られているのかさっぱり……」
「いいのよ気にしなくて。私はエルメリアス、こっちはクレア。世界を渡って旅する旅人よ」
「旅人……」
(旅人……?)
(なんであんたまで怪訝な顔してんのよ? そういう設定でしょうが)
(ええ~? 聞いてませんよぉ)
エルメリアス様の説明に小声で呟き首をかしげてると、エルメリアス様も小声でそう言い睨んできた。聞いてないけどそういう設定らしい。
「ここは安易に立ち入れる世界ではありませんが」
「何かしら偶然で来られたんでしょうね。私達の世界移動装置は優秀だから」
「そうですか」
エルメリアス様の説明を聞いて少女は納得はいかなさそうだけど警戒を解いてくれたみたい。相変わらず作り物みたいで表情が変わんないけど、若干険が取れた……気がする。
「こっちが名乗ったんだからあんたも名乗りなさいよ」
「失礼しました。私はアイン。この第一楔世界の守り人をしております」
「もりびと?」
アインと名乗った少女の言葉に私はまた首を傾げた。私に学がないのはわかってるけど知らない言葉がたくさんあるなぁ。
「この世界を守っているということです」
「こんな何にもない世界を?」
「エルメリアス様、失礼ですよ!」
「いいえ。事実です。ここには何もありません。ただ<遥かなる皇>の封印のためだけに存在している世界ですから」
歯に衣着せないエルメリアス様の発言を窘めようとすると、アインちゃんは不快に思った様子もなくエルメリアス様の言葉を肯定した。<遥かなる皇>ってなんかどっかで聞いたような気が。
「誰よその<遥かなる皇>って」
「そうですか、外の世界ではもうその名も廃れるほど時間が経ったのですね」
エルメリアス様の問いかけを受けてアインちゃんは少しだけ目を伏せて呟いた。その姿はどこか寂し気なように見える。
「<遥かなる皇>とはかつてあらゆる世界をその圧倒的な力によって支配し、全世界の人間――いえ、生物の全てを恐怖と絶望に陥れた存在です。文字通り世界さえ滅ぼせる力を持っており、自らに恭順しない世界への見せしめや、ただ力の誇示のためだけに、幾つもの世界を滅ぼしました」
「えっ、こわっ」
「ええ、本当に恐ろしい。もはやこの世の理から逸脱した存在です。数多の世界から選りすぐりの勇士達が集まり、その大半を犠牲としてようやく封印することができたくらいですから」
「ほわぁ~……」
アインちゃんが語る<遥かなる皇>の経歴に私はただ口を開けてぽかんとすることしかできない。あまりにもスケールが大きすぎて理解が追いつかないよ。私の顔の横にふわふわ浮いてるエルメリアス様は、理解できないというよりはどうでも良さそうな顔をしていた。
「で、あんたがその勇士の生き残りってわけ?」
「いいえ。私は生き残りの勇士によって作られたこの世界の守り人。皇の力はあまりにも強力過ぎて、封印もそのままにしておけば破られてしまう状態でした。そのため、世界そのものを楔として封印に打ち込み、安定化を図ったのです。ここは楔とするためだけに生み出された世界なのです」
「世界そのものをねぇ」
「その勇士って人達が世界を作ったの?」
「そうです。ですが、選りすぐりの勇士達であっても、世界を生み出すという神の御業に等しき所業は困難で、この世界はとても脆いのです。あの祭壇、あれを破壊されればたちまち世界が崩壊してしまう」
アインちゃんの視線が私達を超えて祭壇の方に向く。そ、そんな大事な祭壇だったんだ……落ちたときにあれに直撃しないでよかった。
「だからあんたが守ってるわけね」
「はい。生き残った皇の臣下達や崇拝者達。或いは皇の力を我が物にするために干渉しようとする不埒者。また、封印ではなく真に息の根を止めなくては気が済まないと逸る者など、封印を解こうとする者達は数多いましたから。今となっては皇の名も廃れてしまったようですが」
私達が皇を知らなかっただろう。アインちゃんはどこか遠い眼をしてそう言った。どれだけの時間をこの世界で過ごして来たのかな。私は気になって訊ねてみる。
「アインちゃんって、どれくらいこの世界にいるの?」
「さあ。どれだけの時が過ぎたかなど測る理由もありませんでしたから。どれだけの時が経とうと、私はただ守り続けるだけです」
「永遠に、ってこと?」
「そうです」
「ずっと、独りぼっちで? 何もないし、誰もいない世界なんでしょ?」
「私はそのために生まれましたから」
矢継ぎ早な私の問いかけに答えるクレアちゃん。淡々とした声と表情だったけど、その姿はどこか寂し気で……
「ねぇ――」
「守り人以外にも人がいるとはな」
私がクレアちゃんに声をかけようとすると別人の声が割り込んで来た。男の人の声だ。
全員その声のした方向に目を向ける。そこには重厚な黒い鎧に身を包んだ長身の男性が立っていた。肩口ほどまである髪も黒く、担いだ身の丈以上ある巨大な剣も黒い黒づくめの男。そんな彼の側頭部からは節くれだった角が左右1つずつ生えていた。
「龍人族……魔力や身体能力も高く戦闘能力に長けた種族。故に種として戦闘能力の高さを貴ぶ傾向があり、最強であった皇に従う者が多かった……」
「ふっ……」
やけに説明的なアインちゃんの台詞を聞いて、龍人族の男は唇の端を上げた。十中八九皇の臣下か崇拝者の人だ!
視線を鋭くしたアインちゃんは男に向けて掌を向ける。その掌の先に光の玉が生み出された。きっとそれを撃ちだす魔法なんだよね。
「今すぐここから去れば危害は加えません」
「それはこちらの台詞だ。果てしない時間をこの虚無の世界を守ることに費やし、楽しむことを知らぬ娘を手に掛けるというのは心苦しいからな」
「私のことも知っていますか。何者ですか貴方は?」
「我は皇に捧げられし刃。その内、最も研ぎ澄まされし五振りが一つ。<五刃>――黒のラギア!」
ラギアと名乗った男は担いだ大剣を片手で振り下ろす。まるで木の枝かのように軽々と振るわれたその刃は、けれどその重さを語るように激しい音を立てて風を切り裂いた。
「退かぬと言うなら、容赦はしない。貴様の命とこの世界の滅びを以て、皇へ捧げる目覚めの鐘音の一打とさせてもらおう!」
威勢のいい啖呵を切って構えるラギア。アインちゃんも警戒心を増した証拠に掌の光が強くなった。正に一触即発の緊張感が走ってる。私はアインちゃんの背後からそれを見つめてるけど、どうすればいいのか。私の頭の上に戻ったエルメリアス様に聞いてみよう。
「どうしましょう、エルメリアス様?」
「どうもこうも、ラギアってのと戦う流れでしょこれは」
「ですよね……」
あっけらかんと答えるエルメリアス様に私は肩を落とした。滅茶苦茶強そうなんだけどラギアが来ることも予め決められてたことのはず。ということは最初の敵なんだし大丈夫だよね?
逃げ出したい気持ちを堪えて私はブレイブカリバーを取り出し、アインちゃんを庇うように前に立った。
「クレア様!? どうして!?」
「あの人アインちゃんを殺そうとしてるんでしょ? そんなこと、させない!」
驚くアインちゃんにそう言って私はブレイブカリバーを構えた……構え方これで合ってるよね?
「なんなんだ貴様は?」
「私は……私は……えっと……」
「通りすがりの旅人よ! 憶えておきなさい!」
「エルメリアス様!?」
訝し気なラギアの言葉に確かに自分は何なんだろうって悩んでると、エルメリアス様が勝手に威勢よく吠える。
「これくらいバシッと決めなさいよね。この物語の主人公だ! とかさ」
「いや、そうかもしれませんけど!」
演劇の主人公になるみたいには聞いてたけど、私なんかが大見得切るなんて恐れ多いというか。そんな根っからの小市民根性を覗かせる私と呆れ顔のエルメリアス様のやり取りを、ラギアは訝しむ顔のまま見ている。
「通りすがりの旅人がなぜ守り人を庇う? 構えを見るに素人だろうに。死にたくなければさっさと消えろ」
「逃げてください、クレア様! エルメリアス様! 貴女方には関係のないことです!」
主人公なのに総スカンを食らう私。けれど、ここまで来たらもう引き下がれない!
「たああ~!」
2人の言葉に応えもせず、私はラギアに向かって駆けだした。
(すごいっ! こんなに早く走れるなんて! これならやれるかも!)
ステータスの効果で上がった身体能力に目を見張る。普段とは比べ物にならないくらいの速さで私はラギアをブレイブカリバーの間合いに捕らえ、走る勢いそのままに振り下ろした。そんな私の高揚を一気に醒ますように振り下ろしたブレイブカリバーはラギアに当たる前、何もないはずの中空にぶつかって止まった。
「な、なにっ!?」
そこに見えない壁でも出来たみたいにこれ以上刃が進まない。どうなってるの?
「魔力障壁よ。魔法とも言えない魔力操作法の1つで、魔力を固めて壁を作るの」
困惑する私にエルメリアス様が解説してくれた。出来たみたいじゃなくて本当に見えない壁ができているらしい。砕けないかと刃を叩きつけるけど何度やっても弾かれるばかり。
「無駄だ。貴様如きに我が障壁は破れん」
ラギアがそう言って私を見下す。そんなのやってみないとわかんないでしょ!
「<シューティングレイ>!」
剣を振り回し続ける私の後ろでアインちゃんがそう叫ぶと、真っ白な光がすさまじい勢いで飛んできた。アインちゃんが手に纏ってあれを飛ばしたってことだと思うけど、それも魔力障壁に阻まれてラギアに届くことはなかった。
「守り人の力もこんなものか」
「くっ!」
ラギアがアインちゃんへ侮蔑の表情を向け悔しそうな声が後ろから聞こえてくる。私、完全に無視されている!?
「このぉ!」
「いい加減鬱陶しいぞ」
「きゃああっ!?」
腹が立ってより一層力強く障壁を斬りつけてたらしびれを切らしたラギアが、手にした大剣を刃ではなく腹で殴打する形で横薙ぎして来た。ちょうど剣が弾かれて身動きが取れなかった私は避けることができず、もろに食らってその場から吹き飛ばされてしまった。また地面に激突し転がりまわる。骨が折れたりはしてないけどすさまじい衝撃で全身に痺れるような痛みが走ってる。
「武器は業物、身体能力もそれなり。だが、剣を握ったのが初めてかのような立ち振る舞い。一体何なんだお前は? まるで力と武器だけを急に与えられた素人だ」
痛みをこらえて立ち上がろうとする私に訝し気にラギアが訊ねてくる。力と武器だけ急に与えられた素人そのものです。
「クレア様!」
アインちゃんが私の身は案じてくれたのか、ラギアの動きを制そうと遠距離から魔法を撃つのではなく懐に飛び込むために飛び掛かっていった。
「愚策だな」
「ぐぅっ!」
けれどラギアは私の方に視線を向けながらちゃんとその動きを読んでいたようで、飛び掛かって来たアインちゃんの首を引っ掴んで拘束する。遠目からにも腕に力が籠っているのが分かる。アインちゃんは苦しみながらももう一度光の魔法を使おうとしたけど、ラギアがさらに力を込めるとビクンッと全身を痙攣させてともりかけた光が消えてしまう。
「アインちゃん!」
「待ちなさい」
このままだとアインちゃんが窒息するか縊り殺されちゃう。立ち上がって駆け付けようとする私の眼前にエルメリアス様が出て来た。
「止めないでくださいエルメリアス様! 早くしないとアインちゃんが!」
「聞きなさい。これはたぶん負けイベントよ」
「負けイベント?」
一刻も早く助け出したいのにとやきもきする私を落ち着かせるように、エルメリアス様は平然とした声で語る。
「そう。普通は敵を倒すことで物語が進んでいくけれど、たまに負けて進むこともあるのよ。相手から受けるダメージがデカすぎるとか、全然ダメージを与えられないとか、そういう敵の場合は大体負けることが先に進む条件なの」
「負けることで……」
「そう。最初の敵が負けイベントってのも、まあ1つのパターンね。だからこれ以上の戦闘は無意味よ」
「で、でもっ!」
エルメリアス様の話を聞いて納得はした。これはあらかじめ決められた物語を進めていくゲームなんだから、たまには負けてしまうという展開もあるのだろう。だけど、そうしたら今目の前で苦しんでるアインちゃんはどうなるの?
「あの子は私達に<遥かなる皇>ってのの話を聞かせた後、死ぬためのキャラってことでしょ。可哀想だけれど、それがあの子の役割よ」
私の視線を辿って何を考えているか悟ったエルメリアス様は無慈悲にそう告げた。
「そもそも、魔力障壁の1つさえ破れないあんたが行ったって助けられないわよ。縊り殺されるの間近で見たくはないでしょ?」
エルメリアス様の正論が突き刺さる。そうだ、私は本気で斬りかかってたのにラギアに剣を当てることさえできなかった。そんな私が行ったって何にも――
「うぅ……ぁあ……」
「哀れだな。喜びも知らずただ孤独に封印を守ることに捧げ続けてきた貴様の人生も、こうして無為に潰えるのだから」
もうもがく力も無くしたのか力なく四肢を下げて呻き声を上げることしかできないアインちゃんに、ラギアは哀れむようなことを言いながらも握る力を緩めるつもりはないようだ。
(私は――)
思い出す。アインちゃんがさっき見せた寂しげな笑顔のこと。本当は私が知らなかっただけだけど、<遥かなる皇>がもう忘れられるほど時が経ったのかと遠い眼をして浮かべたあの笑顔。1人で永遠にここを守り続けると言うその姿が寂しそうで、思わず言いかけてしまったのにラギアが来たせいで言えなかったこと。
(私は――!)
「<ウィンドラップ>」
もう使えるようになってるだろうと思い私は<ウィンドラップ>を発動させた。思った通り、また私の体の周りを風が取り巻きふわりと体が浮き上がる。
「ちょっと――」
「うあああああっ!」
風に煽られるエルメリアス様に意識を割いている余裕はない。私はお腹の底から大声を上げて全身に力を漲らせて、全速力でラギアに向かって突っ込んだ。ブレイブカリバーの切っ先を向け、地面を走るよりもなお早く流星のような勢いで真っすぐに突き進む!
ラギアに届くほんの後わずかという距離で奴はまた魔力障壁を展開してきた。切っ先が見えない壁にぶつかって反動で後ろに吹き飛びそうになるけど、風で背中を押し続けて拮抗を続ける。
「ああああああああっ!」
「むっ――!?」
喉が張り裂けんばかりに気合の叫び声を上げ続けた私の突進は、ついにラギアの魔力障壁を打ち砕いた。そのまま奴の体に刃を突き刺そうとしたけど、恐るべき反射神経でその場から飛び退り回避されてしまう。けれどその際アインちゃんを握る手を離していった。
「げほっ! げほっ! く、クレア、様……」
地面に落ちたアインちゃんが咳き込みながら空気を吸い込む。目の端に涙を浮かべ見上げてくるアインちゃんに私は訊ねた。
「ねぇ、アインちゃん。アインちゃんは寂しくないの?」
「えっ?」
「ずっとずっと、独りぼっちでこんな何にも世界で生き続けて。これから先も、死ぬまでずっとそうやって。本当は寂しいんじゃないの?」
「そんなことは……それが、私の使命ですから……」
「使命だからとかじゃない! アインちゃんは本当にそうしたいのかって聞いてるの!」
目を逸らすアインちゃんに私は強く詰め寄った。アインちゃんが言ってることが本心じゃないってわかるから。
「ほんのちょっと話しただけの私に分かるくらい、アインちゃんは寂しいって思ってるんでしょ? アインちゃんが今まで感じて来た寂しさがどれほどのものか、私にはわからないけど」
私は座り込むアインちゃんに手を差し伸べて言った。
「私が埋めるよ、アインちゃんの寂しさを」
ラギアが言う通り、楽しむことを知らずに生きてきたアインちゃんに私は幸せになってほしいと思った。ううん。
「私が、アインちゃんを幸せにするから」
目を見開いたアインちゃんに私は笑いかけた。いつか、あんな寂し気じゃなくて、ただ幸せいっぱいに笑うアインちゃんが見たい。その気持ちが私を突き動かしたんだ。
「クレア、様……」
私の名前を呼ぶアインちゃんの顔が赤く染まり、目の端に溜まっていた涙が後から出て来た涙に押されて流れだした。きっと、そうやって泣くのもアインちゃんにとって初めてのことなんだろうな。そう思いながら私はただ泣きじゃくるアインちゃんを見守った。
「……ふんっ! ちょっとはカッコよかったわよ」
「あっ、エルメリアス様。えへへ、主人公っぽかったですか?」
追いついて来たエルメリアス様が呆れた半分感心半分といった顔で褒めてくれた。ふふ~ん、私も板について来たものでしょ?
「そうね、大したかかわりもない相手に平気で大きな約束する。ド定番の主人公ムーブね。まあ、スカート全開で締まらない辺り3枚目だけれど」
「もうっ! そこは気にしないでくださいよ!」
エルメリアス様に指摘され私は真っ赤になってスカートを押さえつけた。<ウィンドラップ>の効果はまだ切れてないので今の私はスカートが捲れ上がってパンツ丸出しだし、上着も若干捲れておへそまで見えちゃってる格好だったの。もしかしてアインちゃんが赤くなってるのってこの格好のせいじゃないよね? あっ、<ウィンドラップ>切れた。
「ありがとうございます、クレア様」
「ううん、私がやりたいことやっただけだし」
泣き止みお礼を言ってくるアインちゃんに首を振ってもう一度差し出す。アインちゃんは私の手を取って立ち上がってくれた。凄いすべすべしてて触り心地いい手だなぁ。
「あ、あの、クレア様? 少しくすぐったいです」
「ああっ、ごめんね! 手触りよかったものだからつい」
「やっぱあんた変態でしょ?」
「違いますよぉ! エルメリアス様だって触ったらこうしちゃいますって!」
思わず握った手をすりすりしてしまってはずかしそうにアインちゃんに言われて慌てて手を離す。ジト目のエルメリアス様に弁明しつつ視線を今まで放置していたラギアの方に向けた。
「話は終わったか?」
ラギアは飛び退った先で私達のことを待ち続けていた。待っている間に祭壇を壊してしまえばいいものを、完全に優位に立っているからといって舐めた真似をしてくれる! なんて憤ってみるけど実際あいつに立ち向かう術はないんだよね。<ウィンドラップ>は効果切れてしばらく使えないし、そもそも避けられたから次は迎撃されちゃうだろうし。これが負けイベントなら私が幾らやる気出したってどうにも……
「クレア様……」
不安げに私に寄りそうアインちゃん。そんな顔をされたら諦めることなんてできないよ。やれるだけやってみよう。アインちゃんが本気出したらもっと強い魔法とか撃てそうだし、私が詠唱にかかる時間を稼げばいけるかもしれない。
私がそんな覚悟を決めたときだった。唐突にブレイブカリバーの鍔に嵌められていたソウルピースが光りだした。
「えっ、なに?」
「真なる勇気を示すとき眠れし魂を目覚めさせる……そうか、そういうことだったのね。この剣を装備して勇気を示せばソウルピースを発動可能な状態に持っていけるってこと!」
戸惑う私の横でエルメリアス様が1人で納得している。つまり私が勇気を出したからソウルピースが使えるようになったってことだよね?
「クレア様、これは一体……?」
「何の真似だ?」
アインちゃんとラギアも驚いた顔でこちらを見ている。私はラギアのことは無視してアインちゃんに笑いかけた。
「大丈夫だよアインちゃん。この力があれば、きっと勝てるから」
「え、ええ?」
「エルメリアス様! どうすればいいんですか!?」
「剣を天に掲げるなりなんなりして叫びなさい。召喚――」
「召喚――」
エルメリアス様の言葉に従って私はブレイブカリバーを天に掲げて叫ぶ。
「――<遥かなる皇>!」
「――<遥かなる皇>!」
ピースに秘められし召喚獣の名を。あれ? <遥かなる皇>?
「な、なんだと!?」
ラギアが驚愕の声を上げアインちゃんも目を見開いている。ちょっと待って、<遥かなる皇>って……
私の理解が追いつく前にソウルピースの輝きは最高潮に達し一筋の光線となって空へと放たれた。天高く昇る光線はある程度の高さまで到達すると形を変えて1つの人影となる。
それは小さな女の子の姿をしていた。歳は11~13くらい。真っ黒な長い髪に血のように赤い瞳。雪のようにまっさらな肌を髪と同じ色のドレスに包んだ少女。今日はエルメリアス様をはじめたくさんの綺麗な女の人を見て来たけど、その中でも飛び抜けて綺麗でなんだか怖くなってしまうくらいの美少女だ。
「で、伝承にある通りのお姿……あれが、我が皇、なのか……?」
少女を見上げてラギアが呆然と呟く。やっぱり、<遥かなる皇>ってラギアが封印を解こうとしてるっていう、大昔にいたヤバい人のことだったんだ! 私とアインちゃんもただあの子を見上げることしかできない。スカートだからパンツ覗いてるみたいだけど不可抗力だよね。黒……大人っぽい印象だけどあれだけ綺麗だとなんか似合うなぁ。私にも似合うかなぁ。
なんて場違いなことを思っている内に、<遥かなる皇>は空の上から右手をラギアに翳した。その手の先に皇の身長の何倍もある巨大な魔法陣が展開した。魔力とか感じ取れない私でも分かる。あれがすさまじい威力の魔法だってことは。
「<ワールドエリミネーション>」
遠く離れているのに小さなその声は何故かはっきりと聞こえた。とても綺麗で耳心地がいいのに、ぞっとするほど感情がない冷たい声。その声と共に巨大な魔法陣全体から光線が放たれた。目が焼けそうなほどの光……今日何回目かわかんないくらい受けたからもう慣れたと思ってたけど、ここに来て今日一番を更新したそれに私は思わず目を細めた。光線は呆然とするラギアを飲み込んで地面にぶつかると爆発を起こした。すさまじい轟音と目を開いていても何も見えなくなるほどの光に包まれて、私はアインちゃんと抱き合って悲鳴を上げた。
「――」
たぶんアインちゃんも叫んでると思うけど、周囲の音がうるさすぎて何も聞こえない。しばらくして音も光も消えた。目も耳も頭も痛くてすぐには周りの様子を確認なんてできなかった。光の爆発によるステータスのHPへのダメージは受けてないと思うけど、色々と満身創痍だよ。
「ほわっ!?」
ようやく落ち着いてきて目を開いたらびっくり。見渡す限りどこまでも続いていた草原が根こそぎ消失していた。私達が立っている場所と祭壇があるところ以外の場所がごっそりと抉れてしまっている。その深さたるや、私達が立っている場所から見ると崖と言っていいほどに高低差があった。私達と祭壇以外この世界の一切を破壊しつくしたと言っても過言じゃない。そしてその元凶である<遥かなる皇>が私の目の前に降りて来た。
「ひええっ!?」
思わずあわや崖から落ちそうになるくらいに飛び上がったけど、誰だってこうなると思うよ。アインちゃんもビクッてなってたもん。
「……」
でも皇は何も言わずにその場に佇んでこちらを見てくるだけ。なんだろう、このままずっと召喚しておけるのかなって思ってたら、また体が光り始めて消え始めていく。
「あっ、ま、待って!」
怖いけど私達を助けてくれたんだからちゃんとお礼を言わなきゃ。私は急いでまた彼女の元まで近づいてその小さな頭に手を乗せた。
「ありがとうね」
「……」
感謝の言葉を述べて頭を撫でる。皇は何も言わないし無表情のまんまだったからどう思ったかわからないけど、払いのけたりはせずにただ撫でられるがまま消えていった。手触り最高だしもっと撫でてたかったなぁ。
「クレア様、貴女は一体……?」
少し離れた場所で腰を抜かして座り込んでしまっているアインちゃんが、小さな声で聞いてくる。どう答えればいいだろうかってエルメリアス様に相談しようと思ったとき、また大きな音が響き渡った。
「あっ!」
音がした方――祭壇の方に目をやると、見るも無残に破壊されてしまっていた。残骸の傍らには大剣を振り抜いた姿勢のラギアの姿がある。生きてたの!?
「くっ……あれが我が皇の真の力であれば、どれだけ加減されようと直撃したこの身が無事であるはずがない……」
無傷とはいかないようでラギアはふらふらと剣を頼りに立っているのがやっとの様子。けれど、すさまじい怨念の籠った視線で私をにらみつけて来て心臓が飛び上がるほど恐怖を覚えた。
「クレアとか言ったな……不敬にも皇の力の断片を操る大罪人よ……! 貴様はこのラギアが必ず誅を下す……! 覚えていろっ……!」
息も絶え絶えながら底冷えするような声でそう吐き捨て、ラギアは何か黒い靄のようなものに包まれていき、靄が消えた後にはその姿がなくなっていた。怖い人に目を付けられちゃったよぉ~!
泣きたくなる私に追い打ちをかけるようにすさまじい地震が襲い掛かる。立っていられなく程の激しい揺れに身を伏せる私。
「ア、アインちゃん、これもしかしなくても世界壊れそうになってる!?」
「ええ、祭壇が壊されれば世界も壊れます。もう幾許もなく砕け散るでしょう」
「ちょっ、ちょっ、どうするの!? どうするんです、エルメリアス様ぁ!?」
「物語的にここで封印が壊されずに終わるってことはないでしょうし、自然にしてりゃたぶんベース基地に戻れるんじゃない?」
「じゃない? ってそんな投げやりなぁ!」
慌てふためく私の頭の上でエルメリアス様は暢気な声で言った。そうかもしれないけど怖いものは怖いんですってば! そうこうしている内に揺れはどんどん強くなるし地面から光の束が吹きあがってくるしで、本格的に崩壊が近づいて来てる感じがして来た。
「クレア様!」
「アインちゃん!」
何もできない私は四足歩行で近づいて来たアインちゃんに抱き着き最後のときは待つしかない。震えるアインちゃんをなだめるように撫でるけど、もう自分の意志で撫でてるのか手が震えて撫でる形になっちゃってるだけなのかわかんないくらい私も震えてた。
『きゃあああああっ!』
ついに地震によって私達が立っていた地面が崩落し体が宙に浮かぶ。2人共悲鳴を上げて落ちていく中、また眩い光によって視界が奪われて感覚が曖昧になり酔いそうになった私は目をぎゅっと瞑り、アインちゃんの体に回した腕もぎゅっと締めた。
浮遊感が消え今日初めて感じたはずなのに何故かもう懐かしい冷たさをお尻に感じ、私は固く閉じていた目をそっと開いた。そこはベース基地の転送装置の上。<第一楔界>に旅立つ前にいた転送ルームに戻って来たんだ。
「お帰りなさいませクレア様、エルメリアス様」
こちらも今日聞いたばかりなのに懐かしいチサトさんの声が聞こえて、私はようやく人心地ついて息を吐いた。はぁ、もう、プロローグから怒涛の展開で付いていけないよ。
「出迎えご苦労様、千里」
そう言って元の姿に戻ったエルメリアス様はさっさと台座から降りて行った。私も降りようと思ったとき、胸に抱いた温もりと柔らかさを思い出す。私の胸に抱かれたアインちゃんが、おっかなびっくりといった様子で辺りを見回していた。
「クレア様、ここは……?」
「ここはね~、う~ん、私達の基地? になるのかな? まあとにかく、もう大丈夫だから安心して」
不安げな顔のアインちゃんにそう言って2人して立ち上がる。私も正直まだここのことをどう思えばいいのかわからないけど、少なくとももう敵に襲われたり世界の崩壊に巻き込まれたりはしないはずだよね。
「……っ!? アイン!? どうして……!?」
「チサトさん?」
立ち上がった私達、というかアインちゃんを見てチサトさんがすごく驚いた顔をしている。どうしたんだろう? 予め決められた物語の通りになるなら、アインちゃんと一緒に帰って来るのも決められた通りの筈で、驚くことはないと思うんだけど。
「……お仲間を連れて帰られたんですね。初めまして、私は百川千里。このベース基地の管理を任されております」
「あっ、えっと」
驚いていたのもつかの間、すぐにいつもの優しい顔に戻ったチサトさんがアインちゃんに自己紹介する。それを受けたアインちゃんだけど、少し怯えたように私の背中に隠れてしまった。
「大丈夫。チサトさん優しい人だから、平気だよ」
「は、はい。すみません、チサト様。私はアインと申します」
手を繋いで微笑みかけてあげるとアインちゃんは安心したのか、私の陰から出てチサトさんに挨拶を返した。作り物めいた無感情さは鳴りを潜めてアインちゃんは感情を素直に表に出すようになったみたい。人見知りするタイプなんだねなんて思いつつ、私はアインちゃんの手を引いて台座から降りた。
「プロローグクリア特典もあるのよね? 早く出しなさい!」
「ええ、少々お待ちください」
降りた先でエルメリアス様がチサトさんに何かを催促していて、チサトさんは何かを抱えるように両手を差し出す。するとその手の少し上の方の中空に何かが現れた。あれは、植物の苗?
「これは世界樹の苗。莫大な魔力を生産する樹の苗です。植えると一瞬で成長し世界に満ちる魔力の総数をざっと1.5倍に増やすほどの魔力を生産します」
「は、はぁ、そうなんですか」
チサトさんに説明されてもピンとこない。凄いことだっていうのはわかるけど、私は魔法使いじゃないしあんまり関係なさそう。
「そして葉を煎じて飲ませれば死したばかりであれば死人が蘇り、洞に溜まった露の一滴でも口にすればたちどころにあらゆる病や傷が癒え、失われた体力も全回復します」
「ほわっ!? す、すごいっ!」
続けられた説明を聞けばそのすごさが私にも理解できた。死人が生き返る薬なんて国宝なんてどころの話じゃない。
「クレア様、これを貴女に」
「わ、私にっ!? そんな大それたものを!?」
チサトさんが両手をこちらに差し出すと、宙に浮かんだままの苗が私の方に飛んできた。こ、こんな大事なものを私なんかが持ってていいの!?
「1回戻ってそれ植えて来なさい。終わったらまた呼ぶから」
「ちょ、ちょっと待ってくださいエルメリアス様! どこに植えれば!?」
「どこに植えたって一緒なんだから適当でいいわよ適当で。ほいっ、ログアウトっと」
「クレア様!?」
絶対適当に決めたら大変なことになるのにエルメリアス様は碌に考えてもくれず、例の白い板を何やら操作して私を元の世界に送り返す。またまた光に包まれた私にアインちゃんが手を伸ばすのが見えたけど、その手は掴めず私はまた浮遊感に襲われる。
(大変なことになっちゃったなぁ)
謎のスキル<ガチャ>に目覚めてしまい、神様のゲームに参加することになるなんて、昨日までは思いもしなかった。これから先やっていけるのか不安だけれど、もうやるしかない。元の世界へと戻る浮遊感の中、私は前途多難な道のりに不安な思いもあるけど、どこかワクワクするような気持も確かに抱いて、これからの未来に想いを馳せるのだった。
「それではアイン様。何かありましたらご連絡を」
「はい、ありがとうございます、チサト様」
クレア様が連れて帰って来たアインに事情を説明(ゲームなどのメタ的な話はキャラクターには理解できないので、作中におけるこの場やクレア様達や私の設定などを)し、キャラクター1人1人に用意される部屋へと案内し、その場を後にする。
「まさか、アインを連れて帰って来るなんて……」
廊下を歩きながら独り言ちる。クレア様とエルメリアス様を出迎え、もう1人いることに気が付いてたときの驚きといったら、ここ数百年で最も驚いたと言ってもいいくらいだった。
私は自室に戻ると机の上に置かれた赤い球が嵌ったリングのような装置に手を振れる。すると赤い球が光って映像を投射、1人の少女の姿が映し出された。歳の頃は2桁になったばかりか少し上くらいか。雪のように真っ白な腰まで届く長い髪のその少女こそ、私の上司である<創造神>様だ。
『むっ、そなたはどこの千里じゃ?』
「先ほど始められたエルメリアス様のアカウントの千里ですよ、メイクリエ様」
通信が入ったことに気が付き問いかけてくる<創造神>メイクリエ様にそう答える。この身はメイクリエ様の使徒としてその力の一部を分け与えられている。それによって得た能力として、この<ロード・オブ・ファラウェイ>をプレイする神々の一柱につき生成される世界に1人、私も遍在することができるのだ。
『おぉ~エルメリアスか! あやつもようやくガチャ持ちを引き当てられたのじゃのう』
「ええ。少々変わったお方ですが、悪い子ではないかと思います」
『うむ。それは何よりじゃ』
知己の中であるエルメリアス様が始めたとの報告にメイクリエ様は嬉しそうに笑った。しかし、私は少し渋い顔で続ける。
「けれど、知己の中だからといってああいう忖度はいけないと思いますよ」
『なんの話じゃ?』
「とぼけないでください。アインを連れて帰って来たんですよ」
アインは本来プロローグにおいて<遥かなる皇>に関する説明をし、ラギアに殺されることになっている。今までプレイして来たプレイヤーの中でアインを連れて帰って来たのはエルメリアス様、クレア様だけである。
そこにはメイクリエ様の忖度があったものと思っていたが、ぽかんとしていたメイクリエ様は私が突きつけた言葉を聞いて心底嬉しそうに笑った。
『そうかそうか、ようやくアインを連れて帰れった者が現れたか!』
「はい?」
『ふっふっふ……実はのう、プロローグにてアインを死なせずにラギアのHPを一定値まで削り切れれば、そのままアインを仲間にすることができるようになっておるのじゃ!』
今度は私がぽかんとしているとエルメリアス様がそう言ってその小さな胸を張った。
「……えっと、すみません。アインを仲間にできるのって仕様なんですか?」
『うむ! まあ、条件を満たすのは相当難しいがの。初回ガチャで<遥かなる皇の魂>でも引いて、それを召喚できる魔力が溜まるまで耐えるくらいしか無理じゃろう。所謂隠し要素。イースターエッグというやつじゃの! まあ、妾はグラマトンとは関係ないがの!』
「……クレア様――エルメリアス様のプレイヤーです――は、ブレイブカリバーも引き当てまして」
『なんと! それは何たる豪運じゃ! それに何もわからないであろう最初の戦いで<励起>の条件を満たせるような性格でもあるとは、長年待っただけあってエルメリアス様の奴もいいプレイヤーを引き当てたもんじゃのう』
そう言ってメイクリエ様は愉快そうに笑う。けれど私は反対に額を押さえて項垂れた。ストーリーの流れとして<第一楔界>の崩壊に巻き込まれてここにたどり着く方が自然なのに、どうして先にここに来させるのかと疑問だったけれどそういうことだったのか。
「失礼を承知で言います。バカなんですか?」
『のじゃ!? 藪から棒に何を言う!?』
「この手のゲームでそんな取り返しのつかない隠し要素なんて御法度なんですよ!」
『な、なんじゃと!? いや、しかし、RPGにも隠し要素はよくあることではないか!』
「それは据え置きの買い切り型のゲームの話でしょう。こういうソシャゲとかネトゲみたいな日々積み重ねて長く続けていくゲームにおいて、一定時期を過ぎたら取れなくなる要素、しかも称号みたいな小さなものならともかく仲間キャラクターなんて、普通はあり得ませんよ!」
『そういうものなのか?』
捲し立てる私にメイクリエ様は狼狽えながら聞いて来た。やっぱり、よくわかっていない様子だ。
「そういうものです! さらに言えばなんですかアインのあのバカみたいに強いステータスは!?」
『いやぁ、一見負けイベっぽいラギアにちょっと劣る程度でいい勝負させるにはそれくらい盛った方がよいかと思って。あとせっかくの隠しキャラじゃから強くしたいじゃろ?』
「じゃろ? じゃありません! 普通に☆5キャラより強いじゃないですか! あんなの1人だけ持ってるなんて他の神にバレたら、エルメリアス様が運営と寝ただのなんだの言われて炎上しますよ!?」
『むむぅ、寝れるものならば寝たいものじゃが……いや、しかし、考え過ぎではないかの?』
楽観視するメイクリエ様に私は首を振った。
「いいえ。イベントを手伝ったお礼になんの効果もないし見栄えがいいわけでもないアバター装備を貰っただけで、運営と癒着してるとか言われて晒し上げられて引退に追い込まれるなんてこと茶飯事なんですからね!? ネトゲでそれならもっと民度低いソシャゲなんて言うに及ばずですよ!」
『でも、やっとるのは人間じゃなく神ぞ?』
「人間よりも基本プライド高い神様の方がよっぽどそういうこと起きやすいでしょう! エルメリアス様なんて逆の立場ならいの一番に突撃するか、運営に自分にも寄こせと粘着しそうなタイプじゃないですか!」
『あ~、目に浮かぶのう』
高慢なエルメリアス様の態度を思い指摘すればメイクリエ様も納得してくださった。
『どうすればいいのじゃ? 今からでも全員にアインを配ればよいかの?』
「何の名目でですか?」
『アカウント数100万柱突破記念キャンペーンとか』
「それもう先日やりましたよ。次にキリがいいと言える110万柱ですらまだ遠いです。そもそもキャンペーンで無料配布するにしては強すぎます」
『では、今の内にアインをナーフしてしまえば……』
「エルメリアス様はもうステータス確認されてましたよ。課魔力の必要なキャラじゃないので返魔力案件にはならないでしょうけども、絶対に説明を求められます。そもそも問題なのはアインの強さではなく、1人だけ特別なキャラを持っているということなんです」
『むぐぅぅ~! どうすればよいのじゃあああ!』
「私が利きたいですよ」
頭を抱えて叫びだしたメイクリエ様に吐き出すように答えて力なく首を垂れる。そして前途多難そうな未来を憂い、暗澹たる気持ちでため息を吐いた。
だいぶ長くなってしまった上にプロローグで終わりになってしまっており申し訳ないです。
続きは漠然としか考えられていないのでプロットが固められたら連載化するかもしれません。
その際は百合要素は強まる予定です。