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猫の足ツボマッサージ屋さん


霊媒師って聞いてどう思う? 別にゴーストスイーパーとか、ゴーストバスターでもいいだけどさ。

実は私、霊媒師やってんのよ。

胡散臭い?

まぁ、そうだよね。うん、私もそう思う。でもさ、そこそこお金になるのよ。それが偽物でも本物でもね。

え? 私はもちろん本物よ。もうちょい言うなら、同世代の中じゃ、多分一番。と言っても志望者の少ない業界でもあるけどね。

そんな胡散臭い霊媒師って職業なんだけど、今から話すのはそのおかげでちょっと得をしてるってお話よ。





「あ~あ、疲れた~~」


着なれないスーツを着たせいで肩凝ったな~。仕事が終わって、私は腕をグルグルと回す。今日の仕事は雑誌の取材。と言っても、ドマイナーなオカルト雑誌の取材だ。しょっぱい仕事なんだけど「こういうしょうもない所から人脈が繋がるからちゃんと受けろ」って言うのが師匠の言葉だ。何でも私が生まれる前に心霊ブームっていうのがあったらしくて、そのときにメディアに取り上げられてだいぶ儲かったらしい。それがきっかけか知らないけど、宮内庁からの仕事をもらったことがあるというのが師匠の数少ない自慢のひとつだ。だから私も面倒くさがらずにこういった仕事もちゃんと受ける。あと師匠からも「こういう仕事くるのは20代の間だけだから」というひと言も地味に心に響いている。


「……とは言って、昔の師匠みたいにもっと大きなメディアに取り上げられたいけどねぇ~」


若い時にガリガリボーイがMCやってるトーク番組に呼んでもらったっていうのが、師匠の数少ない自慢その2だ。ちなみにそのトーク番組、長寿番組で時間帯を変更しながらも未だに続いている。あと師匠は2度と呼ばれていない。爪痕残せてないなぁ~。


「あぅ~、しょうもないこと考えたら余計に疲れてきたな……」


猫のように伸びをして筋肉をほぐす。慣れないヒールを履いたせいか足も痛い。

そう言ってもう一度猫のように背伸びする。猫のように……うん、そうだな。良いことを思いついた。

こういう疲れたときにピッタリのお店があるのだ。太い2本の尻尾に揺れる髭、見事な雉虎の毛皮を思い出す。


「よし、久しぶりに行くとするか」


ハイヒールを脱ぎ捨てたくなるのを我慢して、私は足早に目的地へと向かった。







「うん、相変わらずね……」


見慣れた雑居ビルを見上げて呆れ混じりのため息を吐く。

いつ見ても見事な人払いの結界だ。私も偶然、近づかなければここに辿り着けなかっただろう。ここのビルの3階は見えているけど記憶に残らない。前を通ってもあることに気づかない。害意がある者は入れない。叛意を抱いたものは二度と入れない。あとは……うん、判らないけど色々ヤバそうだ。

まるで要塞。前の店主が張ってくれたという結界は今日もしっかりと仕事をしている。一回だけすれ違ったことがあるんだけど、何だか浮世離れした女の人だった。年齢はたぶん30才過ぎたくらい。たまご型の輪郭に切れ長の目。和装していたせいか、それこそ浮世絵から出て来たような黒髪の女性だった。

猫の店長さんに名前を聞いてたから師匠に「知ってますか?」って聞いてみたら、青い顔をして「絶対に粗相するなよ」と念を押された。どうやら業界では有名な絶対に敵にしてはいけない女性らしい。


「まぁ、店に行くなとは言われなかったんだけどね」


階段を登りながら呟く。ひょっとしたらこれも人脈かもって気持ちもあるし、あとここの猫の店長さんのマッサージが抜群に気持ちがいいのだ。

飾り気のないドアを開けると見事な虎柄の毛皮をした二足歩行の猫が現れる。相変わらずの低いイケメンボイスで「いらっしゃい」と迎えてくれる。


「久しぶりです。今日もいつもと同じコースで」


そう言って荷物を下ろすと部屋の隅にあるカーテンで仕切られたブースに向かう。そこに置いてあるのはややブカブカの薄い長ズボンだ。スカートを脱いでそれに履き替える。上はブラウスのままなんでかなり間抜けな恰好だが、私がこの店にいる間は他の人は入ってこないので気にする必要もない。もちろん猫の店長さんはノーカウントだ。

着替えて素足になった私はそこから準備された座り心地の良い椅子に座る。その前には温かい湯の張った桶が置かれていた。そこにちゃぷんと足を浸ける。

少し熱めのお湯。最初にジンジンとした感覚が足全体を刺激して、お湯の温度に皮膚が馴染んだとき私は大きく息を吐く。


「あ、あったか~い~~ぃ~~」


指の間にお湯が入り込み、一本一本の指の力が抜けていく。

絶妙なお湯加減。アロマオイルを垂らしているお湯からはほのかに薄荷の薫り。お尻と背中を優しく受け止めてくれる椅子の感触。決してオシャレなお店じゃないんだが、何だかもうリゾートホテルのサービスでも利用しているかのような満足感だ。そしてこれから始まる猫の店長さんの足マッサージ腕前は、そんじょそこらのセラピストでは足元にも及ばないほどの凄腕だ。

ああ、マジ極楽……

そんな足湯ですっかり緊張がほぐれたタイミングを見計らって猫の店長さんが始まりの合図を告げる。


「あっ、はい、お願いしま~す」


返事をする。渋くて格好いい声が耳に心地いい。これで「しゃもじ」なんてマヌケな名前じゃなかったさらにイケメン度が上がるのだが、本人はいたく気に入っているらしい。きっと普通の猫だった頃のご主人様がよほどいい人だったのだろう。

そんなことを考えている間に椅子の背が静かに後ろに倒れてリクライニング。桶から出した足を迎えてくれるのは柔らかな生地のタオルだ。それがふんわりと足を包み込み水気を拭きとっていく。指の間もしっかり拭く。丁寧な手つきのおかげで、もうこの時点で気持ちいい。

そうしてぷにぷにの肉球がペタリと私の足の裏を捉えた。

非情に柔らかな感触だ。それが私の足をぐいっと押した。


「うにゅっ!?」


……ああ、やっぱり声出ちゃったな。この店で施術を受ける最初の一発って、どうしても声出るのよね。

私がマヌケな声を出す間にも、猫の店長さんは気にした風もなく足のマッサージを続けていく。

親指の肉球が土踏まずの真ん中を押した。


「…………っぅ」


今度は声を我慢する。

ビリっと来た。足裏の何とかってツボだ。前に名前を教えてもらってるけど忘れた。胃だか腸だかに効くらしい。詳しくは忘れた。でも、イタイ、キモチイイッ!!

足のツボを押される度に()()()()()()()()()という痛さが私の脳髄を直撃する。


グリッ……ぬぉっ!


ゴリッ……くはっ!!


ゴリリッ……ぬぉぉっ!!?


足の裏を刺激されるたびに電撃が走る。どれもギリギリ気持ちいい。

この肉球がぐいぐいと押し込んでくる感触。これが堪らん、気持ちいいぃ~!!

足裏が肉球から解放されると、心地の良い痺れが足裏を支配していた。


「え?……ああ、そうですね。最近、つきあいでお酒飲みすぎてるんで……あんまり好きじゃないんですけどね」


確かに肝臓に負担はかかってるかな? つき合いは大事だけど、気をつけないとな。猫の店長さんからのありがちアドバイスを聞きながら日々の生活を反省する。

その間にも猫の店長さんは私の足の指をグイっと摘まむ。


くぉっ!


親指の腹を力強く圧されて痛気持ち良さに身を(よじ)る。

特に根元の部分を刺激されるのが堪らない。一瞬だけグリってされるのがイイのだ。それが人差し指、中指、薬指、小指と一本一本丹念に行われていく。

グリっとする。その後に指を軽く引っ張る。それが終わり解放されると、指の緊張がとれて心地の良いだるさが足を包み込むのだ。


「……ぁぁ」


至福……これだけでもいい。だけど、猫の店長さんの本気はここからだ。

左右の足裏と指をしっかりとほぐされ、すっかりリラックスした私の両足。そこへ()()()()と何かが絡みついた。

それは私の足首に巻き付くと、ふくらはぎの上を這い、膝の当たりまで上がっていく。その動きはまるで蛇のようだ。だけど蛇と違うのは、這いあがってくるそれは、虎縞で、温かくて、モフモフしている。猫の店長さんの尻尾だった。


おっ、来たな……


足ツボも良いけど、猫又の2本の尻尾によるふくらはぎのマッサージ。これが私の一番のお気に入りなのだ。

私がニヤニヤして待ち受けていると、長い尻尾が私の下腿に絡みつき、そいつがゆっくりとふくらはぎを絞めつける。


ぐい~っ


ぐにぃ~~っ


ぐみゅにぃ~~っっ


しなやかな虎縞の尻尾に力が加わる。もちろん絞めつけるだけじゃない。絞めては緩め、緩めてはまた絞める。その塩梅が絶妙だ。ふくらはぎを刺激したかと思うとその部分の力が抜け、次の瞬間には脛の部分にぐいっと力が入る。かと思えばアキレス腱が(つね)られて心地よい痛みが走り、気づいたときにはまたふくらはぎが刺激されていく。

人間の手では不可能な全方位攻撃。これこそが猫の店長さんの真骨頂だ。


「あうぅ~~ぅ」


足を触られているのに腰にまでビリビリと気持ちの良い電撃が走る。すると背中全体の強張りまでもが消えていく。

ハイヒールのせいで強張った筋肉が揉み解され、足のむくみもすっかり解消!!

何度受けてもスゴイわこれ。





「はぁ~、生まれ変わったみたいだわ。ありがと、猫の店長さん」


財布から紙幣を一枚渡す。

この店はいつでもニコニコ現金払い。もちろん満足した私の顔も笑顔全開だ。


「え? この後は予約入ってるの? っていうか、この店予約とか出来たんだ?……えっ! 耳かき!?? 猫の店長さん、そんなこともするの??」


聞いてみると先代の店主から引き継いだ数少ないお客らしい。

しかし、耳かき……いや、猫の店長さんは普通に道具持ったり運んだりしてるから、出来るんだろうけどさ……今度頼んでみるか?

普通の人じゃあ、よほどの偶然に頼らないと辿り着けないこのお店。せっかくだから一通り楽しんでみたい。

ただ聞いてみると予約はちょっと難しそう。このお店は電話もネットも繋がってないから、前回来たときに予約する。そして必ず来る。前日キャンセルも当日キャンセルもなし。何故なら電話もネットも繋がってないから。

う~ん、予約して勝手に来なかったら、たぶん結界のルールに抵触するかな?……いや、私はその気になったら式神とか飛ばせるんだけどさ。その場合結界に敵認定されるかも。そうなったら恐らく()()()()()()()()()……うん、最悪、命にかかわるな。止めとこ。


「仕事が入ることもあるし、予約は難しいかな~」


マッサージを最優先ってのが現実的に見て無理そうだと判断する。

それでも来るんだから、きっとそのお客さんはよほどこのお店に思い入れがあるんだろう。


「じゃあ、またそのうちに」


粗相にならない範囲の適当な約束を交わし、私はビルを出る。

うん、足が軽い♪

今にもスキップしそうになりそうな足ステップを踏みながら家路へと着く。

霊媒師なんて胡散臭い商売してるけど、そのおかげでこのお店を見つけることも出来るのだ。

ねっ? 悪くない商売でしょ?


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