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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女
40/42

40話 最後の一分





 真っ暗な世界で、シオンは意識を漂わせる。

 あまりはっきりとはしないが、何となく外の情報は理解していた。



(まだ、痛い)



 背中から貫かれ、蹴りによって背骨も折られた。まさに瀕死の重傷である。



(こんな重傷は初めて……いや、樹海で邪龍にも負わされたっけ?)



 アーシャを助けるため、邪龍に挑んだ記憶が蘇る。

 今から思えば随分と無茶であった。だが、後悔はしていない。そもそもあそこで囮役を命じられた時点で死を覚悟していたし、本当に助けられるとも思っていなかった。ただ、無我夢中だった。



(俺の活性化状態の攻撃も邪龍には効かなかった。それどころか刀が折られた。よく生き残れたよな)



 あの時も同じく背中から貫かれた。

 そればかりか常識外れのデミオンブレスを放たれ、本当に死を覚悟した。

 生き残れたのは奇跡である。



(その後はアーシャと一緒にキサラギを目指して、途中で竜人を狩って、小田原城で正一さんたちと再会して……)



 そこまで思い出して、また思考がぐちゃぐちゃになる。



(俺が……殺した)



 正一と浅実は竜人になっていた。殺すしかなかった。そして先に竜人化しつつあった玄は既に殺されていた。

 親しくなった者ですら、問答無用で殺さなければならない。

 それが竜人殺しの宿命だ。

 この特異体質を天より与えられたからには、それに殉じなければならない。



(誰にも理解されてはならない。誰かを理解しようとしてはならない。互いに互いを理解し、親しくなってしまったら……俺は刃を振るえなくなる)



 キサラギではほとんどのドラゴンスレイヤーがシオンを恐れ、嫌っている。

 その孤独は苦しみでもあり、救いであった。

 誰かが任務中に竜人となってしまったとしても、シオンならば躊躇いなく刃を振るえる。その心臓を貫くことができる。

 だからシオンも孤独を望んでいた。

 竜人殺しであることを望まれたがために、孤独を必要としていた。

 故に正一たちから理解され親しくされたことは嬉しくもあり、苦しみとなった。



(俺は竜人殺しを続けられるのか? 理解されることを知って、あの孤独に戻れるのか?)



 理解されること。それはすなわち愛情の一種。

 愛は孤独を癒す薬であり、シオンにとっては最悪の毒であった。

 だからこそ、求めたのかもしれない。

 同じ孤独を知り、苦しみを共有し、そして互いの特異体質がゆえに互いを補い合える存在を。



(アーシャ)



 心がの名を呼ぶ。



(アーシャ、俺は――)



 欲しい。

 理解が欲しい。愛が欲しい。

 シオンは初めてそう思った。今までは拒絶していたそれを、初めて自ら望んだ。



(俺は、お前が――)



 意識が徐々に覚醒する。

 暗闇を彷徨っていたような感覚が薄れていき、また同時に感じていた痛みも引いていった。背骨を砕かれたせいでピクリとも動かなかった体が動く。

 瞼を開いた。

 すぐ目の前には、望んでいた少女の顔があった。



「――」



 声は出ない。

 柔らかい何かで塞がれている。それがアーシャの唇であると気付くのに、数秒を要した。



(何、を?)



 状況を理解できず、シオンは混乱した。

 しかしその中で、自身の中に何かが流し込まれていく感覚を覚える。それがアンプルなど比べ物にならないほど大量のデミオンであると気付くのに、これまた数秒かかった。

 そして分かってしまえばあとの理解はすぐである。



(そうか。俺にデミオンを流し込んで活性化を)



 アーシャがデミオンを発する体質というのは、もう分かっている。

 一方でシオンがデミオンを弾く体質であることをアーシャは知っている。

 だからこその治療法だ。

 痛みが引いているのは、シオンの肉体が活性化され、代謝能力が劇的に向上しているからである。代謝活動には破損した肉体の治癒も含まれ、それが向上するということは自己治癒力の向上を意味する。

 致命傷だろうと、掠り傷だろうと、分け隔てなく一瞬で自己修復する。

 シオンは今、それを可能とするだけのデミオンを受け取っていた。

 あまりにも莫大すぎるデミオンやがて放出量を上回り、シオンの肉体へと蓄積されていった。アンプルによる過剰デミオンを摂取したときよりも活性化しているのを感じる。シオン自身は気付いていないが、劇的な変化として髪が深紅に染まっていた。竜人のように。

 またそれに対応するかのような高濃度過ぎるデミオンの体外放出は、まるで深紅のオーラを纏っているかのようであった。



「良かったわ。怪我も治ったみたいね」



 唇を放し、アーシャが言う。



「そう、みたいだ」



 貫通していた傷が綺麗に消えているのを触りながら確認しつつ、シオンも答える。



「あたしね、あんたに伝えたいことがあったの」

「奇遇だな。俺もだ」

「あたしはあんたと――」

「俺はお前と――」



 一緒にいたい。

 二人の言葉は、重なった。





 ◆◆◆





「ちっ、こいつ……」



 蒼真は源三を逃がさないように抑えていた。源三は常にアーシャを狙っており、ドラゴンスレイヤーなど眼中にない。デミオンを発する最高の食物に比べれば、ドラゴンスレイヤーなど路傍の石も同然だった。



「戦いにくいわねぇ!」

「そっちに逃げたぞ忠勝さん!」

「はいよ」



 先程から源三の動きは単純化していた。

 そのお蔭で蒼真たちはダメージを負うことなく抑えることができるのだが、実に戦いにくい。逃げた先で待ち構える忠勝を見るや否や、跳び越えようとした。



「ちょっ!?」



 人を超えた脚力に加え、翼を利用した跳躍だ。忠勝の頭上を軽々と越えていく。



「役立たずかあんた!?」

「面目ない」

「俺が追う! 諸刃!」

『最後の一発だ。タイミングを見逃すなよ』

「こっちのセリフだ」



 蒼真は諸刃に連絡しつつ走り出す。

 そして源三は、シオンとアーシャの目前に迫っていた。





 ◆◆◆





 空から降ってくる何かに、シオンは影から気付いた。

 そして見上げると、翼を広げて急降下してくる源三がいる。



(アーシャを抱えて逃げるのは間に合わない)



 シオンの判断は早く、アーシャを背中で庇いうように立つ。また竜胆も天儀を自分の後ろに押し込み、防御態勢をとった。

 しかし源三は空中で衝撃を受け、バランスを崩した。諸刃の狙撃弾が頭部に直撃したのである。シオンにはそれが諸刃の所業であるとは知らなかったが、動く的へと的確に当てる技量を考えれば彼一人に絞られる。

 そして源三がバランスを崩し、地に落ちる途中で蒼真が斬った。下から上へと振るわれる活性化した刃は、構造上竜鱗のない右脇下へと差し込まれる。源三の落下速度も合わさり、切り裂くことに成功する。ただ、右腕の切断には至らなかった。



「ちっ……忌々しい」



 蒼真の刃ではどうしても竜鱗や骨で止められてしまう。

 だが、そこに竜胆が追撃した。蒼真とは逆に、上から振り下ろす形で肩を攻撃した。肩は脇と異なり竜鱗に覆われているので、活性化していようと簡単には刃も通らない。しかし竜胆の刀は容易く源三の竜鱗を切り裂き、そのまま完全に切断する。



(この女……何者だ?)



 ランク六である蒼真ですら容易には切り裂けない竜鱗を、こうも簡単に切断する。それを見せられて疑問に思わないはずがない。

 しかし今はそれどころではないため、疑問は全て思考の端へと追いやった。

 この驚きはシオンも感じていたが、それよりも落ちていく源三の右腕に注目する。肉体から離れたことで右腕が分解され、デミオンとして拡散しつつあった。しかし手に持っていた対竜刀だけは残る。



(ここしかない)



 そう思うと同時に動いていた。

 落下するよりも早く刀を掴み、大量のデミオンを流しつつ振り抜く。それによって深紅の斬撃が放出され、源三を吹き飛ばした。遠距離から放っても充分な威力のある斬撃を至近距離で受けたことで、源三の脇腹は大きく裂ける。

 一方でシオンは驚きに満ちていた。



(全然デミオンが減った気がしない)



 普段ならば、過剰デミオンにより強化したとしても斬撃を飛ばすと大きく消耗してしまう。一分程度の強化時間も減じてしまうのだ。しかし今はアーシャから吹き込まれた過剰過ぎるデミオンがある。それに応じて放出速度も向上しており、それが赤いオーラのようになっている。しかし斬撃を飛ばしてもそれほど減った感覚がない。

 それだけキスで吹き込まれたデミオンが多かったということだろう。



「全員、俺から離れてください!」



 シオンはそう叫ぶ。

 デミオン放出速度が爆発的に高まっているということは、シオン周辺のデミオン濃度が高まるということである。ドラゴンスレイヤーですら、濃度レベル四では活動を禁止される。そしてこれは物質が竜結晶化する濃度だ。シオンが放っている赤いオーラは、瞬間的に空気分子を竜結晶化しているために赤く見えるということになる。

 故に今のシオンへと近づくことは危険であった。

 アーシャを除いて。

 警告を聞いて蒼真が飛びのき、竜胆が天儀を連れて下がる中、アーシャだけはシオンに近づく。



「アーシャ、俺から離れるなよ。竜人の狙いはお前だ」

「うん」



 吹き飛ばされ、地面を転がった源三はすぐに立ち上がる。そして脇腹や右腕を修復させつつ、またアーシャを狙って前方へと跳躍した。翼の羽ばたきは暴風を生み、源三の肉体を加速させる。

 シオンは二度、刀を振るった。

 再び深紅の斬撃が飛翔し、源三へと迫る。流石に脅威と感じたのか、源三も回避した。

 しかし今の攻撃は牽制でしかなく、空中にいる源三の動きを誘導するためのものであった。源三が回避を選択すると同時にシオンは跳躍し、回避が完了した頃には源三の少し上に到達する。そして左手で翼の骨格部を掴んだ。



「う、おおおおおおおおおらあああああ!」



 跳躍の慣性力すら利用して源三を空中で振り回し、一回転させて地面へと叩き付ける。またシオンは反作用で瞬間的に宙に留まったので、斬撃を見舞った。

 深紅の三日月が空より降り注ぎ、源三の竜鱗を深く切り裂く。

 シオンの放つ斬撃はデミオンシールドと似た性質を示しており、デミオンを反発させる。そのためデミオンで結合している竜鱗すら引き裂くことができるのだ。

 一通りの攻撃を終えたシオンは、アーシャの前へと着地する。



「終わったの?」

「いや、まだだ。竜人も心臓を壊すまで止まらない」



 傷を負いながらも、源三はまだ立ち上がる。その身が竜人であるが故に。

 異形の姿は傷のせいでますます醜くなり、まさに化け物だ。傷の再生でまたデミオンを消耗した源三は、飢えた獣となっていた。その化け物の様相で、アーシャを睨みつける。



「ちょっと!? あたしを狙っているの!?」

「美味しそうに見えるんじゃないか?」

「はぁ!? そんなわけないでしょ!」

「ドラゴンの大好物を発しているからだろ……それより来るぞ」



 源三は翼で空気を押し出すことで加速した。まっすぐアーシャを狙っており、邪魔なシオンは左手に持つ刀で薙ぎ払おうとする。それをシオンは受け止め、下から上へと受け流そうとした。

 だが源三も大したもので、その受け流しに逆らわず、翼で空気を叩きつつ上へと逃げる。そのままシオンを飛び越え、アーシャを狙う算段だ。

 ならばとシオンは受け流しを切り上げへと移行させ、更には斬撃を放射する。

 空中で逃げ場のない源三は至近距離でまともに喰らい、打ち上げられる。



(残り三十秒)



 体外へと放出されるデミオンから、残りの強化時間を予測する。高濃度デミオンを吹き込まれたお蔭で斬撃はかなりの数を飛ばせるが、強化時間そのものは変わらない。やはりおよそ一分が限度だ。それを象徴するかのように、シオンの髪は半分ほどが元の黒色へと戻っていた。

 源三は少しの間だが宙を舞いつつ、すぐに着地する。

 そして着地と同時に大地を割るほど踏み込み、再びアーシャを狙い始めた。

 一直線にアーシャを狙うというのならば、シオンとしても狙いやすい。彼女を守るように割り込み、上段に構えてから即座に振り下ろす。同時に放たれる斬撃は今までのものより大きかった。

 当然、源三は人外的な反射神経を以てして回避する。心臓のある右側を守るため、源三から見て右へと回避した。しかし、それは当然のようにシオンに読まれている。

 既に右側へと回り込んでおり、輝くほど活性化させた刃を振るった。狙いは横腹。まだ右腕が完全に再生していないので狙いやすい。



「くっ、硬い」



 急所を守るだけあって、竜鱗は非常に堅い。デミオンを供給することで強度を上げているのだろう。強化状態のシオンの刃ですら、完全に切り裂くことはできなかった。

 一方の源三はシオンが刀を振り切ったと同時に、デミオンの供給を竜鱗ではなく右腕へと注ぎ込む。それによって再生速度が高まり、既に肘までは再生していた右腕が一瞬にして元に戻った。更には右手でシオンの頭部を掴み、握り潰そうと試みる。

 刀を振り切ったばかりだったシオンは、人体の構造上、動くことができない一瞬にいる。

 迫る竜人の右手はガントレットのように竜結晶の外骨格で覆われている。竜人の握力なら、頭蓋骨を握り潰すことなど造作もない。

 なんとか首の力だけで回避しようとするも、その爪の先が頬を引っ掻いた。



「グオオオオオオオオオオオオ!」



 だが源三はシオンを逃すつもりはない。右手で掴めないと判断するや否や、その実を背中側から一回転させつつ尾で薙ぎ払った。尾はその長さだけ射程リーチが伸びるので、これならばシオンの頭部を破砕し、殺すことができる。

 シオンはギリギリのところで刀を戻し、迫る尾との間に挟み込んだ。

 激しい衝撃が襲いかかる。

 吹き飛ばされたシオンは転がって受け身を取りつつ状況を確認する。

 邪魔者を弾き飛ばした源三の興味は再びアーシャへと向いており、そしてアーシャはシオンの方へと駆け寄っている。

 シオンと源三は同時に飛び出した。



「え?」



 アーシャからすればいきなり飛び込んできたシオンに戸惑うばかりだ。しかしそれを明確な言葉にする間もなく、シオンがアーシャを庇うように抱えて押し倒すように回避した。

 その際にシオンへと爪が引っかかり、背中から血が飛び散った。

 しかし気にしている暇はない。

 アーシャを押し倒したまま振り返りつつ、斬撃を放った。放射されたデミオンの刃は源三の左腕を深く切り裂き、大きなダメージを与える。通常よりかなり多いデミオンを供給しているらしく、切断するつもりで放った一撃ですらそれに至らなかった。



(残り十五秒を切った)



 髪の色も赤が占める部分はおよそ四分の一となっている。

 この激しい戦いの中で再びアーシャからデミオンを供給してもらう余裕などない。そんな隙を晒せば間違いなく死ぬだろう。



「グアアアアアッ!」

「再生が早い」



 瞬時に左腕の傷を元に戻し、源三は斬りかかる。まだアーシャが倒れたままなので回避する訳にはいかない。そこでシオンは受け流すという選択をした。



(青蘭ほどではないけど……)



 自分より力の強い竜人を相手にしても、受け流しは有効だ。攻撃を滑らせて力の向きを変え、相手の動きが継ぎ目となって停止した瞬間を狙う。

 源三の刃は多少無理矢理ではあったが上向きに逸らされ、その隙にシオンは蹴りを放つ。強化中の脚力とはいえ竜鱗を砕くほどのダメージはない。しかし衝撃まで殺せるわけではないため、源三は後ろ向きへとよろめいた。

 シオンはそのまま大量のデミオンで刃を活性化させ、その胸を切り裂こうとする。

 だが源三は翼で自身を抱くように巻きつけ、防御する。翼の骨格部と被膜部が共に切り裂かれるも、その奥にある体までは届かなかった。その代わりに両翼の一部が斬り落とされる。

 しかし源三もそれと同時に翼を広げ、暴風を巻き起こしてシオンを押しやった。一瞬体が浮き、隙だらけとなったシオンへと凶刃が振るわれる。

 だがそこでアーシャが後ろからシオンの服を引っ張り、回避させた。



「助かった」

「あたしに感謝しなさいよ!」



 とはいえまだ源三の攻撃は終わっていない。

 再び刃が振るわれている。今度は突きとしてだ。



(もうすぐ五秒を切る。これが最後の攻撃だ)



 偶然にも翼を落とし、空中へと逃げる方法を封じた。

 後は確実に攻撃を当てて、心臓を貫くことにある。

 自分の喉元へと迫る赤い刃を冷静に観察し、シオンは両手で持っていた刀から右手を離して伸ばした。常識を超えた動体視力と極限の集中力を以て軌道を見切り、その切先を右腕で受け止める。当然ながら対竜刀は容易く人体を突き破り、骨すら貫通させた。しかしシオンは右腕をずらすことで軌道を変え、喉を貫くはずであったその軌道を十センチ以上も右に逸らしてしまう。

 またこれによって源三の刃も固定され、動きを止めることに成功した。



(ここしかない)



 左手の刃を過剰に活性化させ、源三の右胸へと突き立てる。

 強くデミオンが結合している竜鱗に亀裂が走り、しかしそこで刃が止まった。だがここで止まるわけにはいかない。強化時間も残り五秒となった。ここで決めなければ負けるのはシオンたちだ。

 そこで右腕を貫く刃の痛みに耐えつつ、前に出た。

 突き刺さった対竜刀が骨を削り、神経を切り裂き、シオンは激痛に苛まれる。しかし止まることなく刃を自分の体ごと押し込んだ。

 また竜鱗の亀裂が広がる。



(もう少し)



 だが源三も危機を感じたのか、破損しつつある竜鱗へとデミオンを供給して修復しようとする。これによって亀裂が再生しかけていた。

 ならばと対抗してシオンも体内デミオンを集中させるが、これでまた拮抗となる。

 何か一つ、シオンに味方をする要素がなければ押し込めない。

 膨大なデミオンを放ち、赫竜病を覚悟しなければ触れることすらできない今のシオンを助けることができるのは……



「さっさと押し切りなさいよ!」



 シオンの背中をアーシャが支える。

 デミオンを強制排出するが故に近辺のデミオン濃度が上がり、本来は誰一人としてシオンを助けることはできない。しかしアーシャだけは特別であった。

 彼女だけは強化中のシオンに直接触れて、助けることができる。

 アーシャの力が加わり、竜鱗の亀裂が一気に広がった。小さな彼女の助けが、拮抗を崩した。



「貫けええええ!」



 竜鱗が割れる。

 切先が硬い皮膚を突き破る。

 それは筋肉を引き裂き、骨の間を通り抜け、心臓へと届き――



「ガアアアアアアアアアア!」



 しかし源三は左足を上げ、強烈な蹴りによってシオンの右膝を砕いた。強制的にバランスが崩され、心臓へと届きかけていた刃が引き抜かれてしまう。シオン自身も背後へと倒れつつあった。

 また膝を蹴り砕いた際の反作用を利用して、後ろへと下がる。



(残りは……)



 二秒。

 それで強化時間が終わる。

 シオンは一瞬にして大量の思考を処理し、その方法を探した。

 踏み込んで再び突き立てるのは?

 無理。膝を負傷している上にバランスまで崩している。

 斬撃を飛ばす?

 無理。それでは心臓を的確に切り裂くことができない。

 ならばデミオンの斬撃を切先から延ばすのは?

 無理。利き腕でない左腕だけで、しかも足の踏ん張りが効かない状況では綺麗に狙えない。



(残り一秒)



 思考している間にそれだけ経過してしまった。

 このままでは間に合うはずがない。

 しかし、今のシオンには支えてくれる者がいた。アーシャがシオンの背中を支え、更には左手に持つ刀の柄をも共に握る。彼女が左足の代わりとなり、シオンを支えた。



(支えてくれアーシャ)

(あたしに任せなさい)



 そんな風に心が通じ合った。

 今、二人は言葉にせずとも互いにするべきことを理解していた。

 それと同時に強化時間を維持するデミオンの全てを刃へと注ぎ込んだ。これによって身体活性が途切れ、放出されていた赤いオーラのようなものも消失する。

 背中を支えられている状況が安定性を生む。またアーシャが共に刀を握ることで、彼女のデミオンが供給されるとともに狙いも定まった。

 同時にシオンの髪色も元に戻る。本来の黒髪の中にデミオンへの高度適正を示す赤のメッシュだけが残った。

 全てを出し尽くし、切先からシオンの最後の攻撃が放たれる。

 デミオンを放射する体質を応用した飛ぶ斬撃。更にその応用である、刃の延伸だ。狙うは竜鱗を破壊し、貫きかけた右胸の傷。

 刃は一瞬にして源三へと迫り――




 ――右胸から背中まで、深紅の刃が貫いていた。 




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