30話 レールガン
ドラゴンの群れと戦う旭は徐々に拮抗し始めていた。対空砲が小型ドラゴンを撃ち落とし、仕留め損ねた場合はドラゴンスレイヤーがとどめを刺す。またそのドラゴンスレイヤーにも銃型の対竜武装を装備した援護役がいるため、後れを取ることもない。
また期待しているわけではなかったが、諸刃の狙撃も非常に役立っていた。
(この調子ならば起動までの時間は稼げるか)
源三は戦況を確認し、勝利を確信する。
旭は政府あるいは自治体によって制定された組織ではなく、源三を中心とした元自衛官や地域の技術者たちが中心となって立ち上げた自衛団体だ。ドラゴンスレイヤーを多数擁する機関と同盟を結んだりしているわけではなく、仮にドラゴンが襲撃してきた場合、自分たちだけで撃退しなければならない。時間稼ぎに徹して援軍を待つという方法が使えないのだ。
また戦力も限られている。
もとは自衛隊基地なので兵器類は一通り揃っているが、肝心のドラゴンスレイヤーは少ない。
それゆえ、大型ドラゴンを撃破するためにはドラゴンスレイヤーではなく、兵器に注力しなければならない。
『獅童! アレの準備は整ったぞ!』
「そうか。狙えるのか?」
『奴は動きが早い。心臓を狙うなら、援護攻撃が必要じゃぞ』
「儂の部屋に繋げ。そこにキサラギの……世界最高峰の狙撃手がいるはずだ」
『ほう。奴らを利用してやるのか?』
「残念ながら奴らに決定力がないようだからな。仕方あるまい」
そうは言いつつも、源三は逆のことを考えていた。
一〇一小隊は大型ドラゴンを討伐できる。
援護射撃として大型ドラゴンに狙撃を続けている男、六道諸刃。彼はキサラギにも二人しかいないランク七のドラゴンスレイヤーだ。そしてランク七とはドラゴンスレイヤーの区分として最高位を示す。その実力は大型ドラゴンと単騎で渡り合えるというほど。つまり諸刃がその気になり、また彼の仲間である蒼真と青蘭が協力すれば大型ドラゴンも討伐できるはずなのだ。
しかし敢えてそれをしないのは旭に気を使っているからだ、とは流石に思わない。人類にそんな政治的配慮をしている余裕はなく、物事はもっと単純だ。
(千葉夏凛さえいなければ参戦してくれただろうに)
思わずそんな愚痴が湧き出る。
口には出さないが、何度もそれを思い浮かべた。
夏凛は如月家当主、如月水鈴の秘書だ。そして彼女は水鈴の代理を務めることができるほどの側近である。現にこの横須賀基地にも水鈴の代理として訪れているため、彼女を守るということは政治の上で水鈴を守っていることにも等しい。
源三としては無理に一〇一小隊に参戦要請をすることはできない。
(まぁいい。儂らにも秘策はある)
秘策というだけあって、乱発できるわけではない。
必ず仕留めろ。
鬼塚にそんな言葉を送り、再び彼は各位に指示を送り始める。同時刻、旧横須賀基地を支える電力の八割が別回線へと送られ、民間用設備の全てが非常電源へと切り替わった。
◆◆◆
鬼塚は旭の生産部門を管理する男だ。
年齢上はすっかり老いているが、肉体はそれほど衰えていない。実は禿を気にして常に帽子を被っているような余裕のある男だ。
しかし今ばかりは緊張していた。
「なにぃ!? コンデンサが焼き切れそう!? 規定内の電力じゃろう!」
「長時間は無理ですよおおおおお!」
「ええい! さっさと弾を詰めろ! 竜結晶弾頭の特別製じゃあ!」
旭という組織はおよそ六万人を養っているのだが、所属する技術者は数百人程度である。またこの技術者の中でも兵器に詳しいものは本当に少数だ。特に今から使おうとしているような精密で大掛かりな兵器を動かせる者は三人しかいない。
「鬼塚さん! 照準プログラムに異常なしです!」
「よぉし、獅童の部屋に繋げ」
「はい!」
助手の一人がコール中の有線通信機を鬼塚に渡す。
鬼塚は奪うようにそれを受け取り、繋がるや否や大声で呼びかけた。
「おおい! 聞こえておるかああああ? そこにおるんじゃろう? 六道なんちゃら!」
『……六道諸刃だ』
「おう。そうか。それよりもこっちのタイミングで大型を狙撃できるか?」
『何をするつもりだ?』
「奴を撃ち抜く最高の兵器があるんじゃ。あるんじゃが……」
『一発しか使えないから、確実に当てるため動きを止めろと?』
「おお、そうじゃ! やってくれんか?」
数秒の沈黙が流れる。
だが初めから答えは決まっていた。選択肢などなかった。
『いいだろう』
諸刃は感情の乗っていない平坦な声で告げた。
◆◆◆
旧横須賀基地はアメリカ軍が撤退して以降、日本政府が自衛隊基地として改修したものだ。そして改修のついでとばかりに最新鋭兵器を大量に設置した。
その一つに、対ドラゴンを想定した対空兵器レールガンがあった。
火薬の爆発によって射出する兵器はエネルギーの大部分が熱や音に消費され、弾頭の速度へと変換される部分が少ない。一方でローレンツ力で射出するレールガンは、比較的効率が良い。よって火薬に匹敵する電力を用意すれば、レールガンの方が威力が高くなる。
『対竜弾頭セット完了』
『電力供給ライン、オールグリーン』
『照準プログラム正常。誤差コンマ三! いつでも撃てます!』
「よぉし! 準備はいいか六道なんちゃら!」
『……諸刃だ。こちらは何時でもいける』
鬼塚は強く空を睨む。
その先にいるのは大型ドラゴンだ。五十メートルを超える体躯が自由自在に空を舞うというだけで脅威だが、何よりも怖いのはデミオンブレスである。一方的に放たれる高濃度デミオンは一撃で旭を壊滅させるだろう。ドラゴンにとっても消耗が激しく、滅多に使わないことだけは救いだ。
しかし逆に言えば決して追い詰めてはならない。
デミオンブレスを撃たせてはならない。
必ず、一撃で心臓を破壊して仕留めなければならないのだ。
「やれぃ! 六道何某!」
『諸刃だと言っている』
インカムを通してそんなやり取りをした直後、暴れまわる大型ドラゴンの左目が弾けた。キサラギ最高の狙撃手の手にかかれば、このような妙技すら可能としてしまう。
ドラゴンにとって頭部は急所となり得ない。たとえ頭部を吹き飛ばされたとしても、心臓と核から供給されるデミオンによって再生されてしまうからだ。しかしそれでも眼球が知覚器官となっていることは確かであり、そこを撃ち抜かれることで動きは停止する。
その瞬間、旭の保有する最高の対竜兵器、百二十ミリ対空レールガンが起動した。
電磁加速によって投射するという性質上、砲身が長いほど弾丸は加速される。この兵器は地下に埋まるほど長い砲身が確保されており、トリガーを引いてから実際に砲身から射出されるまで僅かなタイムラグが存在するのだ。それ故、諸刃の狙撃で一瞬でも大型ドラゴンを止める必要があった。
爆発音はない。
ただ砲身の先から大量の火花が飛び散る。
計測器が導き出したレールガンの先から大型ドラゴンの胸部までの距離はおよそ三百メートル。それに対してレールガンの射出速度はマッハ八を超える。つまり弾丸がドラゴンの心臓を貫くまでコンマ一秒もかからない計算だ。
そして弾頭はドラゴンの竜鱗をも打ち破る竜結晶製である。
回避は不可能。
防御も不可能。
またコンピュータで制御している以上、狙いを外すこともない。
弾丸は真っすぐ大型ドラゴンの首の下、すなわち心臓へと迫った。
だが次の瞬間、その間に何かが差し込まれる。
それは大型ドラゴンの爪の先であった。竜鱗をはるかに凌駕する高度の爪が盾となり、弾丸を阻む。音速の八倍を超える弾丸を止めるには足りず、爪は破壊されてそのまま大型ドラゴンの肉体を貫いた。
(なんじゃと!?)
それを見て鬼塚は目を見開き、呆けたように口を開ける。
絶対に回避不能なタイミングで、防御すら不可能な速度だったはずだ。しかしその判断は甘かったと言わざるを得ない。
大型ドラゴンは人知を超える反射能力で防御してみせた。
それでも弾丸は爪すら貫いてみせたが、弾道は逸らされて首を付け根を抉るのみとなる。これが普通の生物なら致命傷だが、ドラゴン相手にこんな傷など意味をなさない。
寧ろ、災害に匹敵する存在を怒らせるだけとなった。
「不味いぞ! ありゃデミオンブレスじゃぁ!」
警告として叫ぶ鬼塚の声も届かないほど、混乱は広がっていた。
一部のものは錯乱したかのように銃を乱射し、大型ドラゴンを撃ち落とそうとする。しかし竜結晶弾ならともかく、普通の弾丸ではドラゴンにとって豆鉄砲も同じ。デミオンブレスのチャージが止まる様子もない。そもそも三百メートルも離れていてはまともに当たるわけがない。
各所から発狂したような叫び声すら聞こえる。
今、大型ドラゴンが溜めているデミオン量が全て解き放たれた場合の被害規模を考えれば、全滅すらあり得るのだから。
「鬼塚さん! もう無理です!」
「バカモン! 何としてでもあれを撃ち落とさねばならんのじゃ! 次弾装填はまだか!」
「レールガンはもう無理です。コンデンサも焼き切れて、交換しないと……」
「ええい! 仕方ない!」
鬼塚とて旭の生産部門長だ。
大型ドラゴンがデミオンを溜め込む前にコンデンサを交換し、砲弾を装填し、狙いを定めて撃つなどということができるはずもないと分かっていた。
「他の対空砲を全て大型に向けろ!」
「しかし!」
「さっさとせんかぁ! 最優先は大型じゃ!」
「はいぃぃっ!」
鬼塚の側近は慌ててインカムに手を当て、対空砲の砲撃手へと連絡する。旭の対空砲は小型ドラゴンの群れを追い払うために全て使われている。つまりそれを大型ドラゴンに向けるということは、小型ドラゴンへの牽制がなくなるということである。
流石に対空砲の支援がなければ、地上部隊だけで小型ドラゴンの群れを追い払うのは難しい、かなりの犠牲者も出るだろう。だが、大型ドラゴンのデミオンブレスを防げなければ全滅なのだ。
これを分かっているからこそ、鬼塚は犠牲者を厭わない判断を下した。
(恨んでもらっても構わん。じゃが、儂にはここを守る義務がある)
彼とてその名の通りの鬼ではない。
対空砲支援が止まり、その全てが大型ドラゴンに狙いを定めていく様子をじっと眺める。強い歯ぎしりが、喧騒の中に消えたことは誰も知らない。
◆◆◆
大型ドラゴンの様子に気付いた諸刃は、すぐに蒼真に向かって叫んだ。
「隔壁!」
「え? おう」
蒼真には何のことか分からなかったがそれでも端末を操作して隔壁を降ろす。
この部屋は旭の指導者である獅童源三のものである。いざという時のため、対デミオンの隔壁が設置されている。窓際に設置されている隔壁が即座に降ろされた。
勿論、何のことか分かっていない蒼真は問いかける。
「どうした諸刃?」
「不味い。大型竜がデミオンブレスを使おうとしている」
「んなっ! 夏凛さんを逃がさねぇと!」
「もう間に合わん。せめてシェルターの場所を聞いておくべきだったな」
「ちっ……」
「幸いにもここは隔壁がある。運よく耐えきれることを願うしかない。それに、大型の位置的にここを直接狙っているわけじゃない。隔壁も余波ぐらいは防げるだろう」
大型ドラゴンはレールガンで撃ち抜かれ、その怒りを対空砲に向けている。邪魔なそれらを破壊するためデミオンブレスを放とうとしているのだ。
一方で夏凛は心配そうに尋ねる。
「あの、援護は難しいのですか?」
これは同盟者としての意見だった。
相互戦力援助の協定を結んでいるわけではないが、キサラギと旭はそれなりの関係がある。ここで協力できないかという提案であった。
しかし諸刃は首を横に振る。
「俺たちの任務は最優先があなたを守ることですから」
仮に旭の戦力が全滅したとしても、諸刃たちは夏凛を守らなければならない。冷たいようだが、キサラギにとって夏凛は旭より重要な存在なのだ。
実際、水鈴の秘書である彼女がいなくなれば回らなくなる仕事が幾つもある。
だが夏凛は旭を見捨てるという選択を許容しなかった。
「ここは青蘭さんだけで充分です。諸刃君と蒼真君は行ってください」
「ですが……」
「隔壁を降ろしたのならここはシェルターとほぼ同等でしょう。それならば手早く大型を討伐し、安全を確保する方が確実だと思います。二人ならば倒せるでしょう? 必ず」
「……」
諸刃は渋い表情を浮かべ、蒼真を顔を見合わせる。
確かに二人はランク七とランク六のドラゴンスレイヤーだ。たった二人でも大型ドラゴンとまともに戦うだけの戦力となり得る。夏凛の言っていることも間違いではないのだ。
勿論、蒼真は反対する。
「俺は反対ですよ」
「では水鈴様の代理として命令します」
「……っ! そこまでして旭を守ってやる価値があると?」
ドラゴンという厄災が現れて以降、世界は変わった。
誰もが自分を守るだけで手一杯となっている。キサラギも余裕があるわけではない。夏凛を危機に陥れるリスクを背負って旭のために戦う理由もないのだ。
しかし夏凛は小さく首を振り、諭すように告げた。
「情けは人の為ならず。私たちは少しでもコミュニティを広げる必要があります。もう外部組織だからといって見捨てるわけにはいきません。これからは協力しないと。そしてそれは……どちらかが先に手を差し伸べなければ始まりません。勿論、これからキサラギにも援軍要請をします。無断ですが、ここの通信機を使わせてもらいましょう」
「だがっ!」
「待て蒼真。もういい」
「諸刃!」
「夏凛さんは水鈴様の代理として命令された。ならば俺たちは従うのみだ。それにキサラギからの援軍を望むならば、時間稼ぎをする必要もある。旭が全滅しては意味がない」
そう言われて蒼真も黙る。
とはいえ納得はいかないらしく、ガシガシと髪を掻き毟る。
「ああもう! 分かりましたよ!」
蒼真はそう言って刀を手に取り、執務室の扉から飛び出していく。狙撃銃を抱えた諸刃もそれに続いた。
残された青蘭はポツリと呟く。
「蒼真ってばイライラしてるわね」
「一〇一にはいつも苦労をかけます」
「いえ、そうじゃないわ」
「え?」
「シオンのためにこんなことになっているからよ。相変わらず、嫌っているのねぇ」
そういえばシオンはも探さないとね。
青蘭は頬に手を当てつつ、思い出したように呟いた。
レールガンがロマン兵器じゃなくなりつつあるらしい。
凄い時代になったなぁ




