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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女

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26話 不穏な予感



 源三の仕事は旭のリーダーとして各部門の運営を管理することである。しかし紙は貴重なので書類仕事などがあるわけではなく、実際に面と向かって話し合うだけだ。



「獅童さん、やはり食料が深刻です。住民たちも我慢してくれていますが、栄養不足が目立ちます。それに腹が減ったことで小さな喧嘩も起こっているみたいです」

「しかし生産部門も限界じゃよ。工場を広げるにしても技術や資材が足らんの」



 旭の稼働に限界が生じた要因は幾つかある。

 まずこの五年で困っている者たちを受け入れたこと。そしてもう一つは新しい命が生まれたことだ。娯楽もない環境で五年も経てば、幾つもの男女の組み合わせができる。次世代が生まれることは忌避すべきことではないため人口増加が進んだのだ。

 ただ、今後も人は増えていく。

 今は限界のラインで稼働しているが、いずれは崩壊してしまうのだ。

 源三は住民管理部門長に頭を下げる。



「青羽。もう少しでいいから住民の説得をしてくれ」

「頭を下げるな獅童。お前と俺の仲だ。できることはしよう。それにお前にも策はあるのだろう?」

「近い内に何とかする。必ずだ。鬼塚さんも御老体に鞭打つようですが、それまで頼みます」

「ふん。俺もまだまだ若いわい。生産部の威信をかけて用意してやる。フル稼働じゃ」



 鬼塚は鼻を擦り上げ、工場帽を深く被り直して部屋から出ていく。早速、仕事に取り掛かるのだろう。しかし彼が勢いよく扉を開けると、部屋の前には丁度扉を開けようとしている天儀がいた。



「なんじゃ! 獅童のせがれか」

「あ、鬼塚さんですか。もしかして話の途中ですか?」

「今終わったところじゃよ。さぁ、入れ入れ」



 大丈夫なのかと部屋を覗こうとして天儀を鬼塚が押し込み、彼は走り去っていく。まだ部屋に残っていた青羽は苦笑し、源三も溜息をついた。



「あの爺さんは元気なことだ。じゃあな獅童、俺も行くわ」

「頼むぞ」

「任せておけ」



 青羽も部屋から出ていく。

 その際、じゃあなと天儀の肩を軽く叩いた。天儀は去っていく青羽に軽く頭を下げ、部屋の扉を閉める。そして父である源三の前まで歩み寄った。



「何の用だ。儂も忙しいが、何かの報告か?」



 実の息子を前にしても貫録を崩さず、獅子のような圧迫感すら与える。一方で父譲りの獅子のような髪を後ろで束ねた天儀も父寄りの見た目だが、随分と穏やかだった。



「親父が連れてきた人たちを診てきたんだよ」

「怪我人でもいたのか?」

「赤色の髪の女の子がずっと目を覚まさないみたいでね。結論からいうと、彼女は少々特別な体質みたいだから何とも言えない。すぐに彼女の主治医に任せた方がいい。彼女だけでもキサラギに返せないかな?」

「ダメだ」



 天儀の提案は即答で却下された。

 しかしその答えは予想していたのか、天儀も比較的落ち着いている。



「理由は?」

「あの少女はキサラギにとっても重要なものらしい。そんなカードをただで切るわけにはいかん」

「患者の治療はそれよりも優先順位が低いっていうつもりか? それは見過ごせないぞ親父。旭の利益のためなら些事は切り捨てるとでも言いたいのか?」



 医者としてそんなやり方は見過ごせなかった。

 そのようなやり方を許せば、今後も横行しかねない。



「キサラギの人たちは敵じゃない。親父、優先するべきことを考えてくれ」

「儂は何が大切か理解しておる。お前の口の挟むことではない」

「悪いけど親父のやり方には賛成できない」

「それは竜胆のためか?」

「……っ! そうだ!」

「お前こそ私情を挟むな。話は終わりだ。出ていけ」

「く……」



 話は終わりだとばかりに源三は背を向ける。これ以上は何を言っても無駄だと考え、天儀も部屋を出ていった。八つ当たりのように扉が勢いよく閉じられる。

 静かになった部屋で源三は呟いた。



「お前は儂のようになるな。お前の甘さも大切なことだ」







 ◆◆◆






 水鈴はリシャールと面会し、アーシャが見つかった旨を伝えた。まさか本当に見つかるとは思っていなかったのか、リシャールは随分と驚いていた。



「なるほどなるほど。では旭という組織が保護したのだね?」

「ええ。近い内にこちらに引き渡してもらう予定よ」

「それは嬉しい報告だ」



 これでRDOとの後始末も無事に終わると思うと、水鈴は安堵できる。しかしこのリシャールという男を前に油断した態度を取るわけにはいかない。

 気を引き締めたまま、今後のことを提案する。



「私たちがあちらと交渉するから、博士にはもう少し待ってもらうことになるわ」

「ほう。では任せることにしよう」



 警戒した水鈴と裏腹に、リシャールはあっさりと了承する。



「流石はキサラギの優秀なドラゴンスレイヤー、竜人殺しだ。あの竜の巣から見事帰還するとは、称賛に値する」

「ええ。ありがとう」

「では私は朗報を待つとしよう。そうだね、では待つまではキサラギ周辺のフィールドワークでもさせてもらおうかな。では失礼」



 彼は立ち上がり、水鈴の執務室から出ていく。

 あの粘着質だったリシャールが簡単に了承したことに夏凛も不審さを感じたのか、それを口にした。



「何か裏があるのでしょうか?」

「かもしれないわね」

「監視しますか?」

「当然よ。『三』の小隊を二つ用意しておいて」

「手配します」

「頼むわ」



 順調さが怖いというわけではない。

 ただ何となく、水鈴は自分の勘が警鐘を鳴らしているように思えた。



(杞憂ならばいいのだけどね)



 わざわざリシャールがフィールドワークをしながら待つと言ったことも気になる。まだまだ気を抜けないということを自身に言い聞かせたのだった。






 ◆◆◆







 水鈴の心配は的中していた。

 用意された区画へと戻ったリシャールは、二人の助手と護衛であるイーグル小隊の隊長を集めて先のことを報告していた。同時に、ある企みをするために。



「我々は幸運だ。失われたと思っていた実験体が戻ってくることが分かったのだ」

「おめでとうございます主任」

「安心しましたよ」

「ありがとうシモン君。ヴァンサン君も色々と苦労を掛けたね」



 助手はともかく、リシャールがここにイーグル小隊の隊長も呼んだのはある理由があった。リシャールは一際体格の大きな彼に目を向ける。



「さて、サンマルティーニ君。君たちイーグル小隊に頼みたいことがある」

「ここで俺たちに頼み事ですかい?」

「そうさ。君たちにはキャトルの奪還を頼みたいのだよ。旭とかいう馬鹿どもからね。私の実験体の価値も分からん猿の巣窟にキャトルが置かれている状況は我慢ならない」

「しかしミスズ・キサラギの話によれば何もせずとも帰ってくるんじゃないですかい? 俺たちは無駄なことはしたくありませんぜ」



 サンマルティーニはスポーツサングラスをかけており、その目を見ることはできない。しかし呆れていることは察することができた。

 確かに彼の言うことは正しい。

 キサラギが取り戻すと言っている実験体をわざわざ力づくで手に入れる意味はない。



「そんなに呆れないでくれたまえ。私は待ちきれない子供ではないよ。君たちにはキャトルを奪還して貰いたいが、その本命は別だ。シオン・キサラギというドラゴンスレイヤーを持ってきてほしい。秘密裏にね」

「竜の巣で行方不明になっていたとかいうドラゴンスレイヤーですかい?」

「そうさ。竜人殺しと呼ばれている」

「へぇ。竜人殺しなんて都市伝説だと思ってましたよ。実在したんですね」

「私はそれが欲しい。回収できるね?」

「やれ、と言われれば」



 ニヤリと笑みを浮かべるサンマルティーニはいかにも頼もしい。彼は世界最大の対竜組織であるRDOの小隊長を務めるだけあって、実力に自信があるのだ。



「私はフィールドワークと称して、明日にでも外に出る。君たちはどんな手段を使ってでもキャトルと竜人殺しを確保してくれたまえ」

「生死問わずですかい?」

「ふむ。無理そうならどちらも死体で構わない。それにキャトルは首輪も作動させるつもりだからね。君たちも余裕がないだろう」



 可能ならば生きている方が良い。

 しかし検体の貴重さを考えれば、回収が最優先だ。つまり死体であっても回収されているという事実が優先される。

 サンマルティーニもその方が分かりやすい。

 絶対に生きて連れてこいと言われても困っていたところだ。



「任せてくださいよ。イーグル小隊、上位六人……いえ、今は五人ですね。まぁ、俺たちの腕をお見せしますぜ」

「頼もしいね」



 リシャールは彼らのの実力を信頼している。世界最高峰の組織の、最高峰のドラゴンスレイヤーなのだから当然だ。

 これで貴重な検体は手に入ったも同然だと、笑みを浮かべていた。






 ◆◆◆





 五月二十五日、八時三十三分。

 旭に捕まって一夜が経った朝だ。シオンたちは監禁部屋で目を覚まし、早速集まって今後のことを話そうとしていた。アーシャがまだ目覚めない件もある。

 だが、そこに現れたのが獅童源三である。



「よく眠れたか?」



 そんな形式上の挨拶などそこそこに、源三は本題に入る。



「今朝、キサラギからお前たちの身柄引き渡しについて連絡があった」



 シオンたちに緊張が走る。

 自分たちの今後にかかわることなのだから当然だ。見捨てられることはないと思っているが、いざ面と向かって言われると心臓が激しく鼓動した。



「結論を言えば交渉はまだ続いている。だが、今日にでも交渉役を送ってくれることになった。水鈴殿の秘書で千葉ちば夏凛かりんという者らしい」

「夏凛さんが?」

「シオンと言ったな。知っている者か?」

「水鈴姉さんが……当主、如月水鈴が信頼している人です。キサラギ防衛のためにも姉さんは残らないといけないし、交渉役としては最上位だと思います。如月家当主代理と思っていただければよいかと」



 キサラギの最高権力者である如月水鈴の秘書というのは、かなり立場が高い。彼女の権限だけでもキサラギの大抵は動かせるほどだ。よほどの緊急でもなければ水鈴を通さなければならないが、こういった交渉で全権を任せられるほどには水鈴から信頼されている。

 源三としてもそれだけキサラギが本気で交渉に臨んでいるということが分かり、内心で安堵する。



「なるほど。よく分かった。お前たちも場合によっては今日の内に解放できるかもしれんな。それまで、余計なことはせず大人しくしていることだ」



 それだけを言いに来たのだろう。

 厳しく冷酷な人間のようで、実に律儀だった。

 彼が部屋を去っていった後、再び鍵がかけられる。

 静かになった部屋で、まず浅実が口を開いた。



「良かった。やっと帰れそう」

「ああ、疲れたな」

「玄ってば結構髭伸びているわよ」

「んあ? まぁ俺は結構伸びるのが早くてな。毎日剃るのも面倒だし」

「不潔だからちゃんと剃ってよ? 少しは正一を見習って」



 元から無精髭を生やしている玄は煩そうに耳を塞ぐ。いつものやり取りなのだろう。シオンも思わずくすりと笑ってしまった。

 それを見た玄はうんざりした様子である。



「おいおい。シオンにまで笑われちまったじゃないか」

「あ、いや」

「いいのよ。もっと玄を笑ってやりなさい。そういえばシオンは髭がないのね。今何歳?」

「十五歳ですよ」

「それなら髭も生える年頃よね。体質かしら?」

「だと思いますよ。腕や足の体毛も薄いですし」



 やっと戻れると分かったからか、皆も比較的明るい。

 未だ眠り続けるアーシャは心配であるものの、キサラギにさえ戻れば何とかなるだろうという思いがある。シオンも荷が下りる思いだった。



(帰ったら休暇申請しよ……絶対)







 ◆◆◆






 キサラギから旭のある横須賀までは車で一時間もかからない。

 交渉役として送られた夏凛は、車内でもタブレット端末で資料を閲覧しつつ、交渉の流れをシミュレーションしていた。



「秘書って忙しいのねぇ。それ、キサラギの昨年の決済報告書でしょ?」

「そうですよ青蘭さん」

「お姉さまの補佐も大変なのね」



 夏凛の隣に座るのは如月青蘭。キサラギ最強の小隊である一〇一小隊のメンバーだ。そして車を運転するのは隊長の諸刃、助手席には蒼真が座っている。

 彼女を護衛するために用意されたのは一〇一小隊というだけで、夏凛がどれほど水鈴から重用されているか分かる。



「ふん。あの野郎……足を引っ張りやがって」

「そう言うな蒼真。竜の巣で邪龍の攻撃を凌ぎ切り、ここまで戻ってきただけでも称賛するべきことだ」

「ちっ……諸刃はどっちの味方だよ」

「俺は事実を言っているだけだ」



 蒼真は相変わらずシオンが気に入らないのか、ずっと文句を言っている。表面的に見ればシオンたちが捕まったせいでキサラギが余計な交渉をしなければならないということになる。

 しかし、夏凛はそう思っていなかった。



「いつかは旭とも交流が必要でしたからね。いい機会だと思いましょう。それに旭にはキサラギに受け入れてもらえなかった人も多くいます。上層部の思惑はともかく、思っている以上にあちらと私たちの間には溝があるんですよ。こんな形でも互いに協力するきっかけになれば、今後のためになります」

「夏凛さんは難しいこと考えるのねぇ」

「私は水鈴様の補佐ですからね。考えるのが仕事です。竜を殺すあなたたちのほうが大変だと思いますよ」

「もう慣れちゃったからそうは思わないけどねぇ。そんなものかしら?」



 青蘭はランク五のドラゴンスレイヤーだ。これは単独で中型ドラゴンを討伐できる実力者という指標である。彼女の普段の相手は小型であり、中型を相手にするときもチームで挑む。物足りないというのは驕りだが、偽らざる本心でもあった。

 諸刃や蒼真も同様である。彼らからすれば普段の仕事は作業も同然なのだ。



「それで夏凛さん」

「諸刃さんから話しかけてくるなんて珍しいですね。どうしました?」

「先程から後ろについて来ている奴らがいるようですが、どうしますか?」

「え?」



 夏凛は慌てて後ろを見るが、特に後をつけている車は見えない。空を見てもヘリが飛んでいるわけではないため、何のことか分からなかった。



「何もないみたいですけど……」

「俺の眼は誤魔化せませんよ。かなり優秀な追尾です」

「本当なのね?」

「諸刃の言うことなら本当だろうよ。こいつの注意力と視力は並じゃねぇからな」



 諸刃の代わりに蒼真が答えつつ、腰から拳銃を取り出して弾を込め始める。それを見た青蘭もケースを開き、小銃を取り出した。



「夏凛さんはお姉さまに電話して。杞憂ならいいけど、私たちを狙っているかもしれないわ。まぁ、お姉さまが配置した私たちも知らない護衛って可能性もあるけど」



 ガシャン、ガチャ、と銃を用意する音が車内に響く。

 荒事に慣れていない夏凛は緊張した。それでも言われた通り、水鈴に電話をかけようとする。



「……圏外になっているみたい」

「確定だな。確実に俺たちを標的とした電波ノイズだ」

「そうみたいだな。どうする諸刃? 引き返すか?」

「引き返せば鉢合わせになる。別ルートで帰還する方がいい。だがそれなら……」

「旭に行っちまった方が早いな。あそこならキサラギと光通信ができる」

「ああ、このまま行く。蒼真と青蘭は警戒を続けろ。それと夏凛さんはできるだけ身を低くしておいてくれ」

「わ、分かりました。もう……何なのよ」



 ただの交渉かと思えば不穏な雰囲気が漂いつつある。

 夏凛の文句も当然だった。



「少し急ぐ」



 諸刃はそう言ってアクセルを強く踏んだ。





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