20話 似た者
小田原城天守閣はドラゴン襲撃に備えた見張り台、また狙撃場所として利用されている。他にも集落のまとめ役たちが会合したり備蓄の一部もここに置かれている。ともかく小田原集落にとって天守閣は最も重要な場所の一つだ。
キサラギから派遣されたドラゴンスレイヤーも天守閣で寝泊まりする。
ドラゴンをいち早く発見し、いち早く駆け付けるためである。
「……寝たか」
ドラゴンスレイヤー用の宿泊室に辿り着いた途端、アーシャは寝てしまった。シオンは彼女に毛布を掛けてやり、部屋を出る。
そして正一たちが待っている部屋に行った。
シオンも疲れているが、彼女のことを報告しないわけにはいかない。
「お待たせしました」
窓のない小さな部屋には電球が一つだけ灯されており、六人の人物が待っていた。その内の三人はシオンのよく知る三一七小隊の正一、玄、浅実である。残る三人も防衛小隊として任務を遂行する二〇三小隊のメンバーであり、シオンも面識があった。
引き戸を閉じたシオンは、空いている場所に正座する。心なしか、全員がシオンから少し離れるようにして体をずらした。これはいつものことなので、シオンもいちいち気にしないが。
まずは正一が口火を切った。
「疲れている所で申し訳ないけど、事情を説明してくれないか?」
「分かっています。まず結論からですが、あの少女はRDOが持ってきた実験体です。富士樹海の実験で邪龍が出現した後、彼女と共に脱出しました」
「実験体だって? そんなことは聞いてないけど……詠は知っていますか?」
「……六道の本家でそんな噂が流れていたわ」
二〇三小隊のリーダー、六道詠には心当たりがあった。
人体実験については可能な限り情報が伏せられており、実験に直接かかわった部隊以外はアーシャのことを知らない。しかし噂を止めることはできておらず、特に竜殺一族の本家に近い部分では密かな噂となっていた。
「RDOを管理するゲオルギウス機関は昔から人体実験の噂があるの。それは結構有名な話ね」
「そもそも俺たちドラゴンスレイヤーも人体実験の産物だからな」
「リーダーの私が喋っている。鋼は邪魔しない」
「へいへい」
「まぁ、六道家に限らず、僕の如月家でも人体実験の話は上がっていましたよ。うちは分家ですから薄っすら聞いただけですけど」
詠の部下である八神鋼と如月雨流も竜殺の一族だけあって多少の事情は把握している。しかしそれが真実であると知ったのは初めてらしい。
一方で正一たち三一七小隊のメンバーは全員が竜殺一族ではないので、噂すら知らなかった。玄が呆れたように呟く。
「こんな世の中だし、倫理観がどうとかは言わねぇがよ……あんな俺たちより若い女の子を使い捨てにするなんて正気を疑うぜ」
「嫌な話よね」
「玄も浅実もその辺でね。話が脱線しているよ」
この三人は元が一般人なので、人体実験のような話には耐性がない。
一方で如月家、六道家、七尾家、八神家は国家によって開発された血族だ。一族はデミオン耐性に応じて竜の因子であるデミオンを取り込み、より強力なドラゴンスレイヤーを生み出すべく実験を繰り返している。そんな経緯もあり、人体実験についても否定的ではない。
勿論、まともな感性であれば多少の思うところはあるが。
シオンもアーシャとここに来るまで、彼女のことを知ってしまった。実験体としてリシャールに引き渡すのに思うところはある。
「彼女……アーシャはそれでも引き渡すべきだと思っています。実際、俺がキサラギにいない間は実験失敗のことで色々あったんじゃないですか?」
シオンのその問いに対し、正一は肩を竦め、詠は溜息を吐いた。
予想通り面倒なことになっているということが態度で分かる。
「明日にでもアーシャを連れてキサラギに向かいます。車は出せますか?」
「俺たちの部隊がここまで来るのに使った車ならあるよ。少しの間だけ小田原を一部隊で防衛することになるけどね。詠たちが良ければ俺たちが行こう」
「いいよ。私たち二〇三小隊が小田原を引き受ける。鋼と雨流もいいね?」
合意も完了し、この場に集った全員が次々と頷く。
詠は最後に告げた。
「集落長の津島さんには私から伝えておく。今日はもう休みましょう。それとシオン」
「なんですか?」
「刀が折れていたよね? 新しいのと交換しておいたら? 私たちの倉庫は寝室の隣よ」
「分かりました。そうします」
シオンとしては今すぐにでも眠りたかったが、先に武装を整えておいた方が安全だろう。この小田原にもドラゴンが襲ってこないとは限らないのだ。
可能ならば銃も欲しかったが、そこまで求めるわけにはいかない。
銃は刀以上に貴重な兵器なのだから。
話は終わり、それぞれ休息のため部屋を出た。
◆◆◆
この小田原城天守閣でキサラギに与えられた部屋は主に三つである。そのうちの二つが休息用の部屋で男女別となっている。そしてもう一つが倉庫だ。そこには予備の対竜武装が置かれている。
シオンはジュラルミンケースを開き、刀の一本を手に取った。
そして刃を抜き、その全体を確かめる。
(刃毀れもなし)
続いてデミオンを少しだけ流し込んだ。
(デミオン抵抗も規定未満。問題なし)
簡易的なチェックを終え、シオンは刀を収めた。
それと同時に倉庫の扉が開かれる。振り返ると、そこには詠がいた。
「ちょっといい?」
「何ですか?」
「シオンとは一度話をしてみたかっただけ。諸刃は何も言ってくれないから」
そう言われてシオンは心臓が跳ねる。
しかしいつものことだと割り切ることにした。
「詠さんは六道家でしたね。諸刃とはどんな関係ですか?」
「私は従姉よ」
「そうでしたか。なら有希も……」
「そうね。あの子の従姉でもあったわ。あの子が……有希が君に殺されるまでは」
「……はい」
シオンに言い返すことはできない。
これは何度も責められてきたことだ。諸刃の妹であった六道有希を殺したのは紛れもなくシオンであり、言い逃れようのない事実である。
そしてシオン自身も誤魔化すつもりはない。心臓が締め付けられるような感覚と共に、呼吸までも苦しくなる。その苦しみに耐えるため、グッと歯を噛みしめた。
だが詠の思惑は違った。
「勘違いしないで。私は君を責めるつもりはないわ」
「え?」
「開き直ったり、あの事件から目を逸らそうとしているなら私も怒った。でも、君はちゃんとあの事件を心に刻みつけている。竜人殺しなんて続けているから、感覚が麻痺しているのかと思っていたけど……そんなこともないみたいね」
「……どういうことですか?」
問いに対し、詠は無言で近づいてシオンの手に触れようとした。だがシオンは反射的に避ける。
いきなり手を取ろうとするのは礼を欠いた行為であるが、これは詠の狙った行動だった。詠はシオンが避けると分かっていたのだ。
「君もあの事件以降、人と触れることを極端に嫌っている。それも無意識に」
確かにシオンは触れられることを好まない。
それは人に触れられそうになった時、反射的に嫌な記憶が蘇るからだ。
「君を試したり、心の傷を抉ったことは謝罪するわ。でも、諸刃に言っておいてあげる。如月シオンを赦してあげて欲しいって」
「俺は赦されるわけにはいきません」
「頑固ね。まぁ、皆から責められてきたわけだし、そう思っても仕方ないか。でも、少しずつだけど君を見直している人も増えている。孤独にならないで、辛いときは相談しなさい。時間を取らせたわね」
詠は背を向け去っていく。
だが、彼女が倉庫の扉を閉める直前、シオンは呼び止めた。
「少しいいですか?」
「何?」
「どうして急にそんなことを?」
シオンからすれば当然の疑問である。
竜人殺しの称号は成果であると共に蔑称でもある。平然と元人間を殺すシオンを忌み嫌う者は多い。そんなシオンを認めるかのような発言をした詠が不思議でならなかったのだ。
詠はただ、小さな笑みを浮かべて答える。
「子供を導くのは大人の役目。ただそれだけよ。それに私は噂だけじゃ信じない質だから。あとは私が少しドライな性格ってのもあるわね。竜人殺しは仕事をこなしただけ。褒められこそすれ、責められるべき要素なんてないわ」
彼女は倉庫の扉を閉めた。徐々に気配が遠ざかっていく。
一方でシオンは彼女の言葉が耳から離れず、頭の中でずっと反芻していた。
(俺が、子供)
シオンは今年で十五歳だ。
なるほど確かに子供である。こんな世の中なので実力があれば子供でもドラゴンと戦う必要はあるが、かつての日本の法律と照らし合わせれば未成年ではあった。キサラギにおいて成人の判定は特に基準を設けていないが、ローカルルール的に二十歳から大人として認識される。
その基準において大人である詠の言葉は、実に新鮮だった。
「久しぶりに子ども扱いされた気がする」
慣れない経験をしたせいか、自分らしくもないことを考えてしまう。
シオンは心を落ち着けるべく深呼吸し、刀を取って倉庫を出たのだった。
◆◆◆
深夜、倉庫でのことが気になって眠れないシオンは静かに部屋を抜け出した。もやもやとする頭の中をすっきりさせようと、近くの窓を探す。
天守閣の窓は小さく取られているので、景色を見るには向かない。ただ、風に当たるだけならば充分だった。春の冷たい夜風がが心地よく、頭の中もスッとする。
「竜人殺し、か」
その称号はシオンにとって様々な意味を持つ。
竜人の攻撃はドラゴンスレイヤーにとって致命的だ。デミオンの浸食を早め、一瞬のうちに赫竜病を発病させてしまう。更に赫竜病の進行は止まらず、そのドラゴンスレイヤーを竜人化させてしまうのだ。
デミオンを三次元空間へと放出する体質であるシオンだけが、その即死攻撃から逃れることができる。
竜人殺しはシオンにだけ許された特権。
そして同時にシオンが背負う罪の称号である。
竜人が人か化け物か、それは意見の分かれる所だ。しかし人であるという意見が多い。なぜならば、そうでなければ赫竜病患者すら化け物扱いにされかねないからである。そしてドラゴンスレイヤーもコントロール可能なデミオンを取り込んだ人間だ。
竜人とドラゴンスレイヤーの違いは僅かである。
ただデミオンをコントロールできたかどうかだ。
「デミオンをコントロールできない俺は化け物なのか?」
そんな問いに答えてくれる人がいるわけもなく、ただ風が窓を通り抜ける音が唸る。
不意にシオンの視界の端で、風に揺れる赤い髪が映った。
「アーシャ? 起きてきたのか?」
「何? 悪いの?」
「そうは言っていない……」
「まぁいいわ」
アーシャも窓の傍に寄り、風に当たる。
月明りのみではっきりとは分からないが、まだアーシャの顔色は良いように見えない。まだ休息は充分ではないのだろう。
「休んでいなくていいのか?」
「目が覚めたのよ。あんたこそどうしたの?」
「眠れなくて風に当たってた」
「私の真似をしないでくれる?」
「酷い言いがかりだな」
道中は随分と嫌われていたが、今のアーシャは嫌っているという風ではない。彼女なりのコミュニケーションだということが分かってきた。
きっかけは竜人に襲われたのを助けたあの時である。
気を許したわけではないようだが、わだかまりはない。
「あんたって、あたしのことを怖がらないのね」
「どういう意味だ?」
「あたしは周りの人を竜の病気にしたり、物を赤い石に変えるらしいわ。先生が言っていたの。だから皆、あたしを怖がっているわ。いつあたしが暴走するか分からないって。シオンは怖がらないのね。竜の病気にならないから?」
「そうかもしれないな」
「あたしは嬉しかったわ。同じ体質だから、あたしと同じかもしれないと思ったの」
「だからあの時、似ているって言ったのか?」
シオンが思い出すのは樹海でのことだ。
赫竜病に罹らないことを始めて告げた時、アーシャは似ていると少し嬉しそうにしていた。
「あたし……あたしのせいで一番の友達が竜の病気になって、死んじゃったから。あんたも友達が死んじゃったんでしょ? だから似ていると思ったのよ」
「似ている、か」
「……ううん。似てるなんて言って悪かったわね。あたしは友達を病気にして殺しちゃう化け物。あんたとは違ったわ」
いつもの強気なアーシャと違い、今は弱く見えた。
いや、元から彼女は弱かったのかもしれない。だから似ているシオンを見つけて、自分のせいで死なないシオンと出会って、少し甘えていたのだ。言葉には出さないが、友達だと思っていたのかもしれない。
だから彼女は、シオンが任務で送り届けようとしていることを知って機嫌を損ねた。
「俺も人の心が分からない奴だな……」
「え?」
「いや、何でもない」
ふと、シオンは話してみる気になった。自分の始まりの竜人殺しを。そして最初の殺人を。
「俺はアーシャと似ている。俺も俺が殺したんだよ。友達を」
「そうなの?」
「これ、覚えているか?」
シオンが見せたのはDアンプルだ。
熱海で竜人を討伐した時に使ったので、流石にアーシャも覚えていた。
「海で使っていたやつよね」
「そう。この中にはドラゴンスレイヤー……つまり俺たちの力を底上げするデミオンって物が入っている。そして同時にこれを大量に取り込むと赫竜病になる。だから摂取には気を付けないといけない」
「竜の病気のことね? でもあんたは罹らないから意味ないんでしょ?」
「ああ。だが俺は取り込んだデミオンを体外に放出することで赫竜病を防いでいる。だから俺の周りにいる奴は、俺が放出したデミオンで発病する」
「もしかして……」
「あの時の俺は馬鹿だった。危険だって言われていたのに、力を試したいがために大量のデミオンを摂取して……俺の友達、六道有希が竜人化した。あっという間だった」
通常、竜人化は赫竜病の最終段階だ。
赫竜病に肉体が耐えきらなければそれまでに死ぬこともあり、全ての赫竜病患者が竜人になるわけではない。ドラゴンスレイヤーと同じく、竜人もある意味でデミオンの適合者なのだ。違いはデミオンをコントロールできるかどうか。
そしてドラゴンスレイヤーも過剰にデミオンを取り込むとコントロールできずに赫竜病が発症、そしていずれ竜人化する。
なまじ適合しているが故に、竜人化の確率は百パーセントだ。
特にコントロールが甘い、幼いドラゴンスレイヤーは赫竜病の期間を経ず竜人になってしまうこともある。シオンの幼馴染、六道有希もそうだった。
冷たい風が入り込み、シオンを撫でる。バクバクと高鳴る心臓を誤魔化すように、小さな格子窓へと手を当てつつ話を続けた。
「俺の初めての竜人殺しは、有希だった。俺は友達を殺した。この手で心臓を貫いた感触は今もはっきり思い出せる……最悪だった」
まだドラゴンも殺したことがない歳だった。
シオンが初めて刃を持って貫いたのは幼馴染の心臓。当時は勿論、今思い出しても吐き気すら催す。
「俺が触れた相手が竜人になるんじゃないかと思うと怖い。そして竜人化させてしまった奴を俺が殺さなければならないと思うともっと怖い。だから、まともに一緒にいられるのは同じ赫竜病にならないアーシャが初めてだった。俺にとってお前は特別だった」
それが竜人殺しの業。
有希を殺した感触を何度も、何度も、何度も、何度も、死ぬまで何度も繰り返さなければならない。そして二の舞を生み出さないためにも、あらゆる交友を断たなければならない。いざという時、躊躇いなく殺すために。下手に触れて、竜人を生み出さないためにも。
だからこそ、シオンにとってアーシャは特別であった。
視線をアーシャに戻したシオンは小さく首を振る。
「いや、変な話をしたな。悪かった」
「別にいいわ。だってあたしはあんたの特別だもの」
「……ふっ」
「何がおかしいのよ!?」
「いや、少し嬉しくて」
シオンはこんな話、誰にもしたこともなかった。
それは育て親の代わりでもあった水鈴にも。有希を殺した罪人としての自覚から、シオンは決して弱音を吐くことがなかった。自らが被害者となることが許せなかったのだ。
一方でアーシャは自然と恐れられる体質だ。
大量のデミオンを摂取した時のみ気を付ければ良いシオンと異なり、アーシャは何かの拍子に周囲を赫竜病にしてしまう。ドラゴンスレイヤーの細胞を参考に作られた実験体としての側面から、デミオンのコントロールができていない。シオンからすればどうして竜人化せず人の姿を保っていられるのか不思議なくらいだが、それが実験体である所以だ。
遠ざけるシオン。
遠巻きにされるアーシャ。
ある意味で噛み合った二人だ。
「あんたみたいに遠慮なく近づいてくる人は初めてだったわ。森で目を覚ました時、あたしに覆い被さっていたじゃない。驚いたわ」
「悪かったな。邪龍の攻撃から逃れるのに必死だったんだ」
「そういえば、その時はあたしに触れていたわよね」
「ちょっとでも頭を上げたら死ぬ状況だったから、そこまで気が回ってなかった」
思い出すだけでも邪龍のデミオンブレスは身が震える。
人の領域に立つ限り、決して勝てないドラゴンだと身に染みて思わされた。もはや自分のトラウマなど大した問題でないと思うほどの命の危機である。尤も、あれほどのデミオンを放射され続ければ周囲のデミオン濃度レベルは非常に高くなり、それだけでシオンやアーシャでなければ赫竜病を発病していたが。
色々な意味で運が良かったのだ。
シオンもアーシャも。
二人の間に沈黙が流れる。強い風がアーシャの髪を巻き上げ、深紅が流れた。シオンは風が止むと同時に沈黙を破る。気になっていた、聞き辛いことを問うために。
「アーシャは……向こうに戻ったらどうなるんだ?」
「あたしはまた実験、かな? 分からない」
「そうか」
「うん」
「実験は嫌か?」
「嫌よ。ずっと研究所にいたから」
「外に出たことがなかったのか?」
「初めてだったわ。それに外に出されている間は眠らされていたし」
その徹底ぶりにシオンは驚かされた。
研究所以外知らないのは、生まれからして計画された実験だからだろう。眠らせて外に出したのは、研究所の構造を覚えさせないためだろう。
(不自然に赤い髪だからデザインベイビーだと思っていたけど……やはり)
ドラゴンスレイヤーはデミオンに適合し、調整された存在だ。そして適合率が高ければ高いほど高濃度のデミオンにも耐えることができるため、強力なドラゴンスレイヤーになれる。デミオンと高レベルに適合してしまうと、髪色が赤く変化するという形で肉体に変化が現れる。竜人の髪が深紅に染まるのも同じ理由だ。
しかし高レベルに適合したシオンですら赤のメッシュが入る程度。
アーシャほどに全体が深紅に染まるとなると、どれほどデミオンと適合しているのか想像もつかない。受精卵の段階でデミオンに適合させられたデザインベイビーだったというのがシオンの予想である。
(仮にそうなら、RDOの連中はアーシャを手放さないだろうな)
シオンはアーシャの境遇を理解できる。その悩みと苦しみも心得ている。だからこそ、彼女に対して情が湧いた。
実験体として扱われているアーシャと比べれば、シオンはまだ自由である。寧ろドラゴンスレイヤーとして活動できているのが不思議なほどだ。シオンの体質ならば、普通は隔離して実験体にされる。実際、竜人殺しという利がなければキサラギも放っておかなかっただろう。
「アーシャは……自由に動きたいと思わないのか?」
その質問はすぐに答えられるものではない。
アーシャは悩むそぶりを見せ、窓の外をしばらく眺めて考えをまとめる。
「……今まではそう思わなかったわ。でも、あんたといた時間は初めてで、新鮮で、刺激的だったわ。また海に行きたい……かな」
「海か。竜人のせいでゆっくりはできなかったな」
「でも無理よ。あたしを先生のところに連れて行くんでしょ」
「そうかもな」
竜の巣で行われた実験は失敗だった。
実験機の中枢であるアーシャは研究所に戻され次第、再調整されることだろう。外に出るなど期待するだけ無駄である。
アーシャも竜人殺しのように、何か自由にさせるべき理由があれば別かもしれないが。
「アーシャ」
「何?」
「もしも自由になれるとしたら……俺と一緒にいないか?」
一瞬、アーシャは呆けたような顔をした。
また風が吹く。
薄着の彼女は身震いした。
「いや、今のは忘れてくれ。そろそろ身体も冷える。部屋に戻って寝よう」
「うん。そうね」
シオンにできることは同情するだけ。
出過ぎた真似と分かっていつつ、何もできない無力さが胸を締め付けた。




