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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女
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2話 人殺し



 新人の撤退まで竜人を引き受けたはいいが、三一七小隊も本来は調査小隊である。竜人のような強敵を相手にする実力があるわけではない。

 刀が弾かれ、玄が下がる。竜人は追撃するが、それを浅実が銃弾で追い払う。



「正一! 早く莉乃を殺してやれ! 俺たちだけで耐えるのはしんどいぞ!」

「ああ」



 隊員が作戦中に竜人化を始めた場合、その始末は隊長の仕事である。

 正一は竜人化が進む莉乃の側に寄り、首に刀を添えた。



「正一、お願い」

「すまん」



 震える手で刃を押し付け、彼は莉乃を殺そうとした。まだ血を吸っていないのに赤い刃が、莉乃の首に触れる。このまま振り抜けば、鋭く切り裂かれた首から大量の血が噴き出し、失血死するだろう。

 だが、決意を固めた直前、正一の手は止まった。



(でき、ない)



 ドラゴンに仲間が殺された経験はある。

 しかし正一は竜人化した仲間を殺した経験はない。

 新人たちのように、初めて仲間がドラゴンに喰われた時は何日も気分が悪かったし、その場でもまともに動けなかった。それと同じことが、今起こった。



(動いてくれ。これも莉乃のためなんだ! まだ、人であるうちに……)



 まるで金縛りにあったかのように腕が動かない。

 その間にも莉乃の赫竜病は進行しており、特に傷口が酷い。竜に近くなっていた。そこを中心に竜人化が広がっているため、今はもう首にまで竜鱗が届こうとしていた。そして首にまで竜鱗が届けば、もう刃を通さなくなる。

 時間がない。

 だが、正一には決断ができなかった。

 彼を臆病で優柔不断だと責めることはできない。誰も責めはしない。事実、竜人化したドラゴンスレイヤーを介錯できた例はほとんどないのだ。大抵の場合、決断できずに竜人化を許してしまう。

 終わりのような世界であっても、人の情だけはどうにもならなかった。



「正一!」

「こっちはもう限界よ!」



 問題はもう一つある。

 それは現在進行形で襲ってくる竜人だ。刀も銃弾も通らない堅い竜鱗のせいで、決定打に欠ける。玄と浅実に限界が訪れるのも時間の問題だ。

 竜人が牙を突き立てるべく、大きく口を開いた。

 慌てて玄は刀を挟み、防ぐ。しかし、竜人の牙は体表にある鱗よりも堅い。鱗すら切り裂けない対竜武装では碌な防御にならず、一瞬で噛み砕かれてしまった。



「や、やべぇっ!?」



 竜人の爪が玄に迫る。

 もう回避も間に合わない。

 そして傷付けられるということは、竜人化の運命を辿るということである。実質上の死だ。玄は死を覚悟した。

 だが、その覚悟も無駄となる。



「すみません。遅れました」



 竜人の腕が斬り飛ばされた。

 対竜武装では歯が立たなかった竜人の赤い鱗を切断し、玄を守ったのはシオンである。更にシオンは刀を竜人の心臓に向けて突き立てるが、それは弾かれてしまう。



「もう時間切れか」



 そこでシオンはポーチから円筒状の小さな容器を取り出す。それの底部を刀を持った右腕へと押し付け、上面にあるボタンを押した。するとプシュというガスが抜ける音がして、容器の内部にあった薬品が注入されていく。

 その薬品を、玄は知っていた。



「お、おい。それってDアンプル……デミオン増強剤じゃないか! そんなに投与したらデミオンの過剰摂取で竜人化するぞ!?」

「問題ないです。大人しく見ていてください」



 シオンは自身に注入したデミオンを刀へと流し込む。ゆっくりとではなく、勢いよく大量に。すると赤い刃が強く光り、まるで鮮血が滴っているかのようになる。

 そして刃は竜人の心臓を今度こそ貫いた。

 誰も、その動きを見切ることができなかった。



「ウゥゥ……ァ」



 刃が抜き取られ、鮮血のような輝きも途絶えた。

 だが、もう竜人は動かない。ドラゴンと同じく、心臓を破壊することで殺せる。そして心臓を破壊された竜人はドラゴンと同じく全身が赤い粒子となって霧散する。ただし、ドラゴンと異なりコアは残さない。

 あっという間に竜人の死体は消失した。



「終わった……のか?」

「助かったわ」



 玄と浅実は安堵するが、シオンはまだ刀を収めなかった。



「いや、終わっていません」



 そう言って竜人化が進む莉乃の元へと一瞬で移動し、動けない正一をどかした。そのまま刀を逆手に持ち、振り下ろして莉乃の額を貫く。

 問答無用で仲間を殺されたこともあり、正一は激怒した。



「お前っ! 莉乃!」

「もう死にました。良かったですね。人のまま死ねて。竜人化していたら、首を切っても死にません」

「だが……いや……くそ」



 シオンは悪いことをしたわけではない。ただ、任務をこなしただけだ。ここでシオンを責めるのは筋違いというものだ。だが、そんな単純な話ではない。

 正一はずかずかと足音を立ててシオンへと近づき、力いっぱい殴った。

 まるで受け入れるかのように殴打を受けたシオンは、少し仰け反る。そして極めて冷静な口調で問いかけた。



「気が済みましたか?」

「……いや、すまない」



 命を助けられ、小隊長としてするべきだった仕事を肩代わりして貰った。

 そう考え直して正一も冷静になれた。

 いや、苛立ちや怒りは収まらないが、ここでそれを吐き出すべきではないと考え直した。



「帰投しよう。合流地点は川崎エリア、ポイントCだ。『竜人殺し』、君も一緒に」

「いえ、俺はしばらくこの辺りを調査して帰ります」

「……そうかい」

「ではまた。次は任務で会うことがないように祈っています」



 そう言い捨てて、シオンは一人去っていく。

 三一七小隊の面々はその後姿を追うことができなかった。仲間が殺されたことに納得はしても、感情の面で許すことはできないのだから。自分から去ってくれるのはありがたいとすら、考えていた。






 ◆◆◆






 廃工場を歩くシオンは、離れた位置でインカムのスイッチを入れる。

 もう頬には殴られた跡すら残っていなかった。



「こちら一〇六小隊のシオン。竜人は始末した。それと、竜人化しかけていた隊員の一人を介錯した」

『オペレーターだ。了解した。先程、三一七小隊からも連絡があった』

「三一七とは別に帰還する」

『分かった。それと如月シオン……当主様より通信がある。繋げるぞ』

「帰ってからではだめなのか?」

『当主様も忙しい。あの方はキサラギの全体を管理していらっしゃる。従弟のお前も分かるだろう』

「はぁ……わかった」



 正直に言えば、シオンの苦手な相手であった。

 長い話になるかもしれないと考えたシオンは、隠れやすい場所に移動する。空を飛ぶドラゴンに見つからないためには、まず室内であることが前提条件だ。そして稀に徘徊している竜人とも遭遇するため、室内であっても油断ならない。

 ひとまずの安心ができる場所に隠れてすぐ、インカムに流れる雑音が変わった。



『久しぶりねシオン』

「水鈴姉さんこそ、久しぶり。わざわざ任務中に何?」

『実はすぐに帰ってきて欲しいのだけど。Dアンプルを摂取したそうね?』

「竜人がいて。それより急ぎだったか?」

『これから主要小隊を集めての会議があるの。新しい大規模作戦のためにRDOからお偉いさんが来ているのだけど……まぁいいわ』

「もしかして高濃度デミオン区域の探索を?」

『探索じゃないわ。実験をするそうよ』

「また何かのパシリか」



 シオンは呆れた様子だった。

 RDOとはレジスト・ドラゴン・オーガニゼーションの略で、日本語で対竜機関のことだ。その本部は黒海の南部に位置しており、旧イスタンブールを改築することで都市国家のようになっている。ただRDOはあくまでも組織であり、本部以外にも幾つかの支部をヨーロッパに有する。財力もドラゴンスレイヤーの数も桁違いに多い。

 ただ生き残るためのコロニーであるキサラギと異なり、RDOは明確にドラゴンを絶滅させるという目標がある。世界各国のドラゴンスレイヤーを有する組織や国と繋がり、ドラゴンを滅ぼすための研究を進めている。

 今回、キサラギに持ち掛けた実験もその一つというわけだ。

 実験の対価として貴重な物資を分けて貰えるという点では、実験に協力することも必要である。元から日本という国家は資源不足であったし、国家が崩壊した今もそれは今も変わらない。



「奴らの実験で大型竜でも刺激したら……最悪、東京の二の舞になるぞ」

『分かっているわ。こちらとしても早くRDOとは手を切りたいの。何度もこの国を無茶苦茶にされたから余計にね。あるいは奴らと対等にまでなれば、話は別だろうけど』



 水鈴の声にはどこか怒りのようなものがあった。シオンはその怒りの理由を知っているし、個人的にもRDOに対して良い感情はない。

 だが確かにRDOという組織は世界に対して貢献してきた。

 RDOの前身となる国連機関が、ドラゴンを構成するデミオンという新粒子を発見し、更にドラゴンスレイヤーという存在をも生み出した。日本にも八十年ほど前にドラゴンスレイヤーの因子が分け与えられ、それによって日本初の竜殺しの一族、如月家が誕生している。また対竜武装のほとんども、原型はRDOが開発したものだ。

 人間という種族がドラゴンに駆逐されなかったのは、まさにRDOのお蔭。よほど強い理由がなければ、その要請を断ることは難しい。無茶な要求や、不利益を被る提案でさえ受け入れなければならないこともあるほどだ。



『話が逸れたわね。帰投後に色々説明してあげるから、会議には欠席しなさい。あなたが帰ってきたら全部説明してあげるわ』

「俺も会議に出席したところで居心地悪いだけだから、寧ろありがたいけどな」

『そう。じゃあ、後でね。気を付けて帰りなさい』



 水鈴との通信は途絶えた。






 ◆◆◆





 しばらくして、シオンは中型二輪自動車に乗って帰投した。任務の際、各小隊には自動車が貸し出されることになっているのだが、たった一人だけの部隊であるシオンは二輪自動車を使うことになっている。資源も限られているので、一人に自動車を貸し出すわけにはいかないのだ。

 前面を壁で囲まれたキサラギは、空か地下から入ることになっている。そして地下はかつての核シェルターを改良したものとなっているため、たとえドラゴンでも侵入は容易ではない。そもそも、キサラギを囲む壁は対竜防壁というデミオンノイズを応用した防御壁であり、ドラゴンが嫌がる波動を放出している。よってドラゴンそのものが近寄りにくい構造なのだ。

 あくまでも近寄りたくないと思わせるだけなので、付近にドラゴンが近寄りやすい場所があるとより効果的となる。キサラギの場合、川崎旧工業地帯がそれにあたる。



「認証しました」



 シオンは顔認証と指紋認証をクリアして、地下からキサラギ内部に入っていく。そして車両を倉庫へと返し、返却済みであることを電子デバイスへと入力する。面倒な作業だが、車両は貴重な物資なので厳重な管理が必要なのだ。燃料とてタダではない。

 ただ、動力源も石油エンジンから水素を利用した燃料電池へと転換している。二十一世紀初頭のように輸入に頼ったエネルギー資源確保は不可能なのだ。

 水を電気分解して得られる水素は、海に囲まれた日本という国においては最高の資源なのかもしれない。ただし、電気分解用の電源は風力発電や太陽光発電で確保する必要がある。またデミオンを利用した新規発電方法も併用し、燃料として水素を備蓄しているのだ。

 そして新資源であるデミオンは、ドラゴンのコアから確保できる。故にドラゴンスレイヤーはコアを確保することが義務付けられている。シオンも資源管理室へと赴き、今日の任務で手に入れた四つの小型ドラゴンのコアを提出した。

 管理の事務員も慣れた様子で記録を付け始める。



「はい、お疲れ様でした」

「今日のノルマはどうなっていますか?」

「シオンさんが今提出したコアでノルマの八割ってところですね。今日はエース級小隊の一〇一が休暇ですから、仕方ないです。小型竜を五十体分なんて、中型竜のコアを一つ以上は確保しないと達成困難ですからね」

「他のエース級小隊は?」

「それぞれで小型を五体以上は狩ってくれています。今日は運悪く中型を発見できなかったみたいで。それに今日は中型を発見しやすい川崎で新人研修も行われましたし、中型を刺激しないように配慮したというのも理由の一つかと」

「まぁ、仕方ないか。流石に中型を狩ると縄張りに変化もでるし」



 ドラゴンは中型が小型を従え、縄張りのようなものを作っていることがある。そのため、中型ドラゴンを狩ると縄張りが壊れ、ドラゴンの密集生息域が変化するのだ。その変化を逐一調べるのが調査小隊の役目である。

 そして中型ドラゴンを狩った直後は、ドラゴンが予測困難な動きをする。そのため、新人研修中に中型ドラゴンを狩ると予想外の事故が起こりかねない。

 特に旧川崎工業地帯は複数の中型ドラゴンが存在しているため、予測困難どころか不可能だ。



「そういえばシオンさん、今日も竜人を討伐したそうで。流石ですね」

「別に褒められることじゃないですよ……要するに人殺しです」

「確かにシオンさんをそんな風に言う人もいますけど、感謝している人だってたくさんいます。竜人に対処できる唯一の人だって」

「そんなのはほとんどが何も知らない新人か、噂好きの市民です。大抵のベテランは俺に竜人化した仲間を殺されてる。恨んでいる奴の方が多いですよ。その新人だって……いずれは」



 そう言って思い浮かべるのは、今日の正一だ。竜人化する直前だった莉乃を殺している。もう間に合わなかったとはいえ、まだ人の状態で殺したのだ。あれを人であるうちに殺してあげたと捉えるか、人であるにもかかわらず殺したと捉えるかは彼次第だろう。いや、彼ら次第だ。

 少なくとも、三一七小隊はシオンに良い思いはしないはずだ。

 だが、管理事務員は被害を数字で見ることがほとんどである。彼としては、シオンの仕事も必要なこととして見えている。これは現場側と管理側の考えの違いだろう。



「そんなことは……」



 そう反論するが、シオンは首を振って止めた。



「そう思ってくれるだけでも気が楽になります。それより、もう処理は?」

「はい……終わりました」



 話している内に事務員の手が止まっていることには気付いていた。そしてデバイスを見せてくる。今回の任務の報酬明細だ。資源節約のため、電子デバイスでの処理が一般になっている。



「確認しました」



 シオンはデバイスを操作して自分専用のストレージに保存する。

 これで任務後の処理は完了だ。



「お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」

「そちらも、お疲れ様です」



 そう挨拶を交わし、シオンは部屋から出ていく。



(人殺しに慣れるなんて、最低だな)



 竜人や、竜人化しかけているドラゴンスレイヤーを殺すことに躊躇いが無くなったのはいつだろうか。この自己嫌悪すらいつかなくなると思うと、嫌われた方が気も楽だ。

 化け物は化け物であることを自覚している間しか、『人』でいられないのだから。




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