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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女

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13話 邪龍②



 シオンは自分の状況を理解するのに数秒を擁した。



「ぇ?」



 蚊のように細い声が漏れた。

 重力は感じるが、宙づりになっている。

 恐る恐る、視線を下に向けた。

 自分の腹から太い棘のようなものが突き出ていることに気付き、ようやく肉体が痛みを認識する。内臓を掻き回されるような不快感と握り潰されるような痛み、そして焼け付くような熱さが同時に襲ってくる。

 自分を貫いたのが邪龍の骨格だけの翼だということに気付くまで、数秒の時を必要とした。



「ぁ、があ……」



 痛みで呻くだけで更に激痛が走る。そして痛みに身じろぎすれば傷口が抉られ、やはり痛い。泉のように噴き出る血液が邪龍の背中を赤く汚す。

 激痛は理解の追いついていなかったシオンに状況の理解をさせた。



(邪龍の……翼。全く見えなかった)



 邪龍の翼は木の枝のようであり、同時に骨格だけの翼にも見える。そしてこの翼はシオンが想定したよりも可動域が広く、何より速い。

 あまりの激痛で初めは痛い以外考えられそうになかったが、徐々に思考が冷えてくる。



(刀は、取り落としたか。俺も死んだな)



 シオンは明確に死を感じた。

 この傷では逃げることも難しい。時間を置けばデミオンにより活性化された代謝能力で傷口も再生すると思われるが、それまで邪龍が見逃してくれるとは思えない。また傷を受けた際に刀も落としてしまった。一矢報いることもできないというのは悔しいばかりだ。尤も、完全な不意打ちですら刀が折れるという結果に終わってしまったので、どちらにせよ不可能だったが。

 力が抜けていく。

 姿勢を維持できず、首を上げることもできない。

 自然と視線は赤髪の少女に向かう。血で白い服が汚れているが、少女のものでないことは確かだ。少女を運んでいたRDOのドラゴンスレイヤーが潰されたときの血、そして先程飛び散ったシオンの血の二つだ。



(守れたか。あんまり意味がなかったような気もするな……)



 自分が死ねば、次は少女だ。

 今の邪龍は長い首を回してシオンを見つめている。食事の邪魔をしてくれた愚か者をどうしてくれようかと考えているのかもしれない。

 素早く骨格だけの翼が広げられる。

 その際にシオンからも抜けた。



「ぐっ」



 シオンはそのまま地に落ちる。背中から腹にかけて穴が空いているため、そこから大量の血液が流れる。今までは傷口が塞がっていたことで、流血も多少はましだったのだ。

 ドラゴンスレイヤーの代謝能力のお蔭か傷口では細胞分裂が始まっており、出血は止まりつつある。血液も生成されており、すぐには死なない。

 しかし脱水症状で頭痛と眩暈が酷い。また全身が酷い空腹を訴えていた。

 確かにドラゴンスレイヤーは再生能力とも呼べる治癒性能を有するが、その治癒に必要な栄養は摂取しなければならない。

 視界もおぼつかない中、シオンは地を這って落とした刀を目指す。



(せめて武器を)



 シオンの役目は撤退が完了まで邪龍をここに留めること。少しでも長く生きのび、戦い、この場に押し留めなければならない。

 歪む視界と傷の激しい疼きに堪えて、何とか膝立ちになる。

 顔を上げて睨みつけるが、邪龍は最早シオンに興味がないらしい。少女へと目を向け、大きく口を開きながら頭部を寄せていた。



(俺じゃなくそっちを食べるつもりか!)



 今はまともに動けないほど肉体が弱っている。

 それを誤魔化すために、体内デミオンを強制的に増やすDアンプルを腕に打ち込んだ。ドラゴンの力に適合したドラゴンスレイヤーはデミオンの注入によって肉体活性が可能となる。過剰に注入すれば赫竜病のリスクが高まるという危険性はあるものの、デミオンを弾く体質であるシオンならば過剰摂取しても問題にならない。むしろ過剰な分が瞬間的超強化として備わる。

 折れた刀にデミオンを流し込む。

 対竜武装は体内デミオンを供給することで一時的強化が可能だ。銃型の対竜武装に施せば、弾丸の貫通力が向上する。刀剣型ならば切断力が向上する。硬い竜鱗を持つ強いドラゴンにも攻撃が通用するようになるのだ。

 歯が砕けるかと思うほど強く噛みしめ、力いっぱい踏み込む。地面は破裂し、シオンは弾丸の如き速さで打ち出された。筋力と共に動体視力や反応速度も強化され、景色がゆっくりと流れた。

 しかし邪龍はシオンの攻撃をしっかりと眼で追っており、鋭い翼で攻撃する。



(見える)



 翼による攻撃があると分かっていれば、注意を払うことができる。そして強化された今の状態ならば、先は見えなかった攻撃を見抜くこともできた。

 迫る鋭い一撃に沿わせるよう刀を置き、受け流す。力の差で押し込まれてしまったが、その反作用を利用して回避した。

 二度目の踏み込み。

 力を入れすぎるあまり腹部の傷から血が噴き出た。喉の奥も熱い。

 だが更に加速して邪龍の懐へと飛び込む。



(奴の死角は真下。そこに潜り込めば……)



 シオンは見ていた。

 この邪龍は少女を喰らおうとしているが、少女が真下にいる間は気付いていなかった。だが背後から迫るシオンには即座に気付き反撃を仕掛けた。つまり邪龍の視覚はほぼドーム状にほぼ全方位だが、真下は見えていないということである。

 だが邪龍もただでは接近させてくれない。

 躱したばかりの翼が折り返しで背後から迫っていた。勿論、シオンも邪龍の翼の付け根を見ることで攻撃を察している。逆方向へ折り返した攻撃であるにもかかわらず、シオンの速度を上回るという時点で邪龍の攻撃速度は異常だ。

 しかしはやり、くると分かってさえいれば回避できる。

 邪龍の視界からシオンが消えた。



「っ!?」



 驚愕した仕草が何とも人間らしい。しかし邪龍も馬鹿ではない。むしろ知能は高いと言って良い。すぐに死角に消えたのだと気付き、視点を下げる。

 邪龍は一瞬とはいえシオンを見失っている。

 その僅かな時間でも見逃せば、勝機を作れる。

 シオンは地面を背に、散弾銃を突き付けていた。勿論、躊躇うことなく即座に発砲する。弾丸にデミオンを注入することも忘れない。



(過剰分のデミオンをほとんど全部ぶち込む!)



 シオンに散弾銃の発砲に伴う反動を抑え込む力はない。仮にそのまま撃てば確実に狙いは逸れる。散弾銃なので多少は当たるかもしれないが、最大ダメージは狙えない。

 だから敢えて近づく必要があった。

 死のリスクがあっても、遠距離から撃つだけでは勝てないから。

 トリガーを引くと同時に、耳が割れそうな音と内臓が掻き回されるような衝撃を味わう。だが背中を地面で固定しているお陰で狙いは逸れず、至近距離で邪龍に全弾命中となった。



「ギャッ!?」



 一切の刃を通さない無敵のような竜鱗を持つ邪龍が悲鳴を上げる。

 それも当然だ。

 如何に堅い鎧があっても、衝撃までは防げない。かつて鎧を着込んで剣を振るっていた時代の戦争でさえ、多くの死因は撲殺だったと言われるほどだ。

 ただ打撃は邪龍にとって……そもそもドラゴンにとって死因となり得ない。ドラゴンを殺す方法は心臓かコアを潰すことだけ。



(この一撃で隙はできた! なら)



 シオンは銃を捨てて、ポーチから閃光弾を取り出した。大きさや形状は手榴弾と同じだが、ピンを抜くと一秒後に激しい音と閃光でドラゴンを惑わせる。ドラゴンの知覚能力である視覚と聴覚を同時に潰すことができる貴重な道具だ。

 閃光弾を地面に落とした後、シオンは即座に折れた刀を拾い、転がっている少女を抱える。元々ドラゴンスレイヤーの膂力が大きいこともあるが、何よりも少女は痩せており軽かった。

 しかし都合はいい。

 シオンは少女を抱えたまま逃げる。ここまでで一秒だ。つまりここで閃光弾が破裂し、周囲に激しい音と光を放出する。いかに凶悪な邪龍といえど、この妨害には抗えない。

 そしてシオンは少女を抱えたまま、樹木の間に隠れる。奥へ奥へと進めば、少女と共に逃げることもできるかもしれない。



(死ぬほど痛い。それに耳痛い……絶対に鼓膜が破れた。あと息苦しいし、目を閉じていたのにまだ瞼の裏がチカチカする。無茶を繰り返した自爆とはいえ、やり過ぎたな)



 即死級のダメージに加えて、無茶な動き、怪我を負った状態での発砲、そして至近距離での閃光弾。これだけでも肉体としては限界だ。加えて死の危険が精神的にも追い詰めてくる。



「はぁ……はぁ……はぁ」



 呼吸が荒くなる。

 抱えている少女が時間と共に重くなっているようにすら感じる。それは逆説的にシオンの体力が失われているということだが、シオンは考えないようにしていた。一度でも疲労を認めてしまえば、坂を転がり落ちるように疲労は溜まっていく。



「邪龍は、どう……なった?」



 鼓膜が破れたせいで邪龍が迫っているのか追跡を諦めたのか判断できない。仕方なく、余計な動作と分かっていながら振り返った。

 木々に隠れて邪龍の姿は確認できないが、明らかに揺れている。また木々が吹き飛んでいる。狭い樹木の間を力づくで通ろうとする邪龍が透けて見えるようだった。



(畜生……まだ追ってきている。囮役って意味では立派に果たしているけど! 次に奴の視界に入ったら確実に殺される!)



 死を覚悟して囮役を引き受けたのは確かだ。

 しかし死にたい訳ではない。

 足に草が絡まり、身体が木にぶつかり、息を切らしながらも走る。もはやどの方向に向かっているのかも分かっていない。竜の巣から出る方向かもしれないし、更に奥へと向かっているのかもしれない。

 だがここまで追い詰められて少女を捨てることができないのは、生きる理由になるからだ。

 自分一人なら諦めてしまうかもしれない。

 でも少女を助けるためならば、まだ力を絞り出せる。



「……勝手に、俺がこの子の命を終わらせる訳にはいかない。最期ぐらい、は……」



 どれだけ大きく息を吸っても、肺に酸素が送り込まれている感覚がない。一歩ごとに血が冷めていくようにも思える。向かう場所が死であるようだった。

 向かう先も死ならば、背後から迫るのも同じ死だ。

 徐々に鼓膜も再生し始めたことで、邪龍という死の破壊音も聞こえつつある。それに死はそれだけではない。多少は感知に余裕ができたことで、上にも気を配ることができた。



(あれだけ竜がいるなら、木の上を飛び移るのも難し……そもそも今の俺の体力では無理か)



 複雑で歩くのも困難な樹海を走り続けるのは無謀に近い。しかも少女という荷物を抱えている。木々を薙ぎ倒しながらとはいえ、このままでは邪龍に追いつかれてしまうだろう。

 だが、不意に背後の音が消えた。

 邪龍が地を鳴らす音も、木々を破壊する音も、怒りの咆哮も。



(撒いた?)



 シオンはすぐ隣の大樹に隠れ、少女を膝に乗せて座りつつ背を預けた。そして様子を見るべく、そっと顔を出す。

 だが、やはり音はない。

 その代わり、視界全体が深紅に光っているように見えた。



(なんだ? 目がおかしい?)



 目に血でも入ったのかと思い、左手で擦る。

 だが不可思議な赤色は消えない。元から血の流し過ぎで水分不足に加えて酸素不足だ。視界は初めから安定していない。それが原因にも思えたが、シオンにはこの赤色に覚えがある。



「竜の、赤色?」



 深紅の光は徐々に視界の中心へと集まっている。

 それに気付いた時、シオンはある答えに辿り着く。そして何か思うよりも早く、少女を地面に寝かせ、シオン自身も覆いかぶさるようにして伏せた。

 ほぼ同時に、光が炸裂する。

 音速など軽く突破した深紅の光線が左右に薙ぎ払われ、樹海の木々が粉砕される。更には急速に地面や草木の竜結晶化が進み、周囲が赤色に染まり始めた。



「ぐ、うぐぅぅぅ……」



 シオンの背中に幾つも破片が当たるが、歯を食いしばって耐えた。キサラギの装備品は強化繊維で織られているので、至近距離でも銃弾すら通さない。破片が装備を突き破って肌に刺さらないことだけが救いだ。ただ邪龍に貫かれた部分だけは露出している上に傷が塞がり切っていないの激痛が走る。

 しかし何も考えず、ただ身を伏せて地面と同化することだけを考えた。

 千切れ飛んだ樹木がシオンの背中に落ちる。



「ぎっ……」



 しかし根性で支え、少女に重みが伝わらないようにした。そして次の瞬間にはシオンの上に圧し掛かっている倒木も吹き飛ぶ。



(ちょっとでも身を起こしたら死ぬ……)



 シオンはこの攻撃を知っている。

 いや、ドラゴンスレイヤーならば誰もが知っている。

 大型以上のドラゴンでなければ使用してこない即死攻撃。デミオンブレスである。高濃度デミオンを圧縮して放つという効率最悪の攻撃だが、この攻撃に触れると即座に竜結晶化して死ぬ。また炸裂地点周囲のデミオン濃度が急上昇するというおまけつきだ。何より音速など軽く凌駕するデミオンブレスを見てから回避することなど不可能であり、それゆえ即死攻撃と位置付けられている。



(邪龍だから使えるとは思っていたけど、まさか本当に。しかもこの威力)



 とても怖くて顔を上げることはできないが、音から鑑みてかなり広範囲が破壊されている。またデミオンブレスが真上を通過する度に背中がチリチリと焼けるような感覚までするのだ。高濃度デミオンによって背中が侵食され、シオンの体質で排出されているために起こっている。



(早く終われ。早く、早く……)



 シオンもデミオンブレスを直接見たことはない。五年半前に東京で暴れた超大型ドラゴンがデミオンブレスを使っている映像を見ただけだ。その時のブレスは数秒で終わる上に連射もなく、注意していればドラゴンスレイヤーなら回避できたのだ。

 だが邪龍のブレスは持続時間が長い上に威力も桁違いで、射程も比較にならない。

 明らかに格が違う。

 高濃度デミオンを圧縮放射するブレス攻撃は大量のデミオンを消費するので、大型や超大型ドラゴンでも安易に使えない切り札のようなものだ。それを使い放題という時点で規格外にもほどがある。



(だめだ。意識が薄れる)



 元々限界だった。

 追撃とばかりに背中を襲うダメージが体力を奪っていく。



「んぐっ!?」



 そしてトドメといわんばかりに倒木が直撃し、遂にシオンも気を失った。





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[一言] ・しかしはやり、くると分かってさえいれば回避できる。 →やはり? ・あれだけ竜がいるなら、木の上を飛び移るのも難し…… →難しい? いえー一章クライマックスっぽい早く続きほしいぜw
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