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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女
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10話 人体実験




 五月二十一日。

 早朝から最後の確認が行われ、その後すぐに機材の移動が実行された。夜中に警戒任務に就いていた小隊は拠点防衛と称した休憩中だが、シオンたちは各所でドラゴンの襲撃に備えている。



『こちら三〇六小隊の優士だ。北はドラゴンが集まりつつある。警戒を』

『三一一小隊了解。俺たちも北に行こうか?』

『不要だ。それよりも警備網に穴ができないようにした方がいい』

『オペレーターです! あまりオペレーターを通さない連絡は止めてください。オープンチャンネルで会話されると混乱しますから!』



 シオンは騒がしい耳元を抑える。

 目の前には色々と因縁のある一〇一小隊。あまり心地よくはない。



(空気が悪い……森の中なのに)



 どうにも呼吸しにくく、どこに視線を向けるべきか迷う。



(それにしても、嫌な感じが続くな)



 胸が苦しくなるような、頭の中がふわふわするような、言語化しにくい感覚がずっと続いている。それはただ緊張しているだけかもしれないし、本当に何かが起こる前兆なのかもしれない。



「来やがったな。あいつらが」

「みたいね。お出迎えでもしてあげましょうか?」

「ようこそ、ってか?」



 蒼真と青蘭は冗談交じりに会話をするが、ふざけた様子ではない。何かの覚悟を含んだものであることを簡単に見抜けた。

 同様に諸刃を見ると、狙撃銃を片手に目を閉じていた。まるで祈るように。しかし目を開き、やってくるRDOの科学者とドラゴンスレイヤーの一同を一睨みした。



(何かあったのか?)



 何となく様子が違う三人に首を傾げる。

 しかしすぐにその思考を取り払い、任務に集中することにした。

 RDOからやってきたドラゴンスレイヤーは六人。イーグル小隊という名称だけ知らされており、その実力や実績までもは不明だ。彼らは四人が実験機材と思しき荷物を持ち、二人が科学者たちを守りながら移動している。小さな荷物は技術者がそれぞれ持って歩いているようだが、実験主任リシャールと助手のシモンとヴァンサンはタブレット端末を持つだけだった。

 荷物の内、一つはドラゴンスレイヤーが二人がかりで持つ巨大な箱だった。



「ほう、ようやく着いたかね」

「キサラギのドラゴンスレイヤーも待機していますし、間違いありません。実験準備を始めましょうか」

「そうだね。ではシモン君は組み立ての指揮を頼むよ。私とヴァンサン君はキャトルの最終調整をする」

「分かりました。こっちに運んでくれ」



 シモンは荷物を持つ者たちを率いて実験の準備を始める。だが、その中にドラゴンスレイヤー二人で抱えていた一番大きな荷物は含まれていなかった。

 その大荷物はその場で降ろされ、リシャールとヴァンサンが箱の鍵を解除する。厳重に封印されており、電子錠から物理錠まで複数が施されていた。

 それが実験において最も重要なものであることは自然と理解できる。シオンは何となく気になり、周囲を見張っているふりをしつつ、視界の端にその光景を収めていた。



「主任、最後の鍵を外します」



 ヴァンサンが最後に外したのは、何の変哲もない南京錠だ。しかしそれは対竜武装に利用される竜結晶によって作られたものであり、物理的な破壊は難しい。

 カチャッという音と共に鍵は外れる。

 そして箱が開かれた。



「なっ……」



 シオンは箱の中身を目にしてしまい……視界に入れてしまったがために驚いた。こっそりと覗き見る算段は無駄となり、シオンから漏れ出た声に何人かが反応する。

 箱の中身は、少女だった。

 ドラゴンのように赤い髪の、小さな女の子。

 頭には電極付きのヘルメットのようなもので覆われ、目元も隠されている。しかし、その体格から女であることはすぐわかった。

 ティーシャツに七分丈ズボンという簡単な服装に加え、大型で機械的な首輪まで装着されている。まるで中世の奴隷を思わせる扱いだ。あくまでも部品であり、人間ではないということを思い知らされる光景である。



(あれが、実験機だとでも言うつもりか……外道が)



 説明されなくとも一瞬で理解できた。

 つまりこれは人体実験だ。対竜防壁に変わり、ドラゴンを操る何かを生み出す。それがこの実験の正体であると。

 シオンは強く歯を噛みしめ、それでも動くことはなかった。

 何故なら、ドラゴンスレイヤーとて人体実験の産物。それが人の世界を辛うじて保っている以上、全てを否定することはできないのだから。






 ◆◆◆





 実験名称、キャトル計画。

 デミオンの干渉を以てドラゴンの巣窟に安全地帯を生み出す実験である。しかしデミオンによるデミオンに対する干渉は機械では調整が難しい。そこでドラゴンスレイヤーのように、デミオンに干渉できる生体細胞を利用することにした。

 少女を中心に複数の機械が並べられ、それぞれが電極により少女と繋がっている。少女自体は木箱を四つ並べた台の上に拘束椅子で固定されいた。



(俺と同じくらいの歳か? 顔が見えないから判断できないな。それに右手のあれは焼き印か?)



 角度の問題で読めはしないが、文字らしきものが刻まれていることは確認できた。他に特徴的なのは深紅と呼べるほど鮮やかな赤い髪である。



(昨日のリシャール博士の言葉が正しいとすれば……電気信号であの女の子に干渉してデミオンの力場を作るってことだよな)



 対竜防壁がドラゴンの嫌がる力場を作り出すのと同様に、少女を動力として広範囲にドラゴンが近寄れない領域を作るというのが実験の中心だ。

 まともな感性を持っていれば、いい気分はしない。

 嫌な気分になるのはシオンだけでなく、同じく護衛している一〇一のメンバーもだった。彼らは任務をこなす傍ら、殺意にも似た気配を向け続けている。イーグル小隊はそれに気付き、ドラゴンよりもキサラギのドラゴンスレイヤーに気を配っていた。



「キャトルの意識は昏睡のまま安定しています。追加の睡眠薬投与は不要です」

「うむ。ではヴァンサン君、電気信号での反応精度はどうだね?」

「誤差は許容範囲内。問題ありません」

「シモン君。デミオン濃度レベルはどうなっている?」

「特に変化はありませんね。しかし小規模ながらデミオン場は順調に形成されています。出力を上げても問題ありませんが、どうしますか?」



 リシャールはタブレット端末に表示されているグラフと睨み合いながら考える。しかしそれは実験が成功するかどうかを心配したものであり、決して少女のバイタルを心配したものではない。彼らにとって少女とは実験機なのだ。壊れたら再調整すれば良いと思っている。

 実験に臨む態度から、それらが透けて見えた。

 だからこそ、シオンは勿論、諸刃も蒼真も青蘭も良い顔をしない。



「主任?」

「そうだね。出力を少し上げよう。取りあえず三十マイクロアンペアで頼むよ。電圧はそのままでいい」

「わかりました」



 シモンが機械を操作すると同時に、少女の腕がピクリと震えた。

 しかし何か心配したり、気を使ったりする様子もない。



「まずはこれで六百秒の様子見をする。記録は六十秒毎にしてくれ。普段通りなら三百秒以内に安定するハズだが……」



 実験は六時間を想定されている。

 そしてまだ始まったばかりだ。彼らにとってはまだ実験機の立ち上げをしているに過ぎず、これでも丁寧に扱っている方だ。

 まだドラゴンに干渉する程の影響は出ておらず、シオンの耳に入ってくるオペレーターの情報からもドラゴンの接近はないとのこと。何かが起こるとすればここからだ。





 ◆◆◆





 キサラギは普段通りの日を迎えていた。市民は労働に努め、子供たちは学び、ドラゴンスレイヤーは今日もドラゴンを狩る。

 そして水鈴もいつも通りの書類仕事をしていた。

 しかし頻繁に西側の窓を眺めては溜息を吐くということを繰り返し、あまり進んでいない。見かねて秘書の夏凛が水を注いだコップを置く。



「休憩にしますか?」

「ごめんなさいね。気を遣わせて」

「いいんですよ。可愛い妹と従弟たちが竜の巣にいるわけですから。もう実験が始まった頃でしょうか?」

「でしょうね。それに心配しているのはあの子たちだけじゃないわよ。あっちに行かせた全員のことを心配しているわ。オペレーターの子たちも含めてね」

「そう、ですね」



 キサラギの戦力は『世紀末の悪夢』以降、大きく減少している。東京を襲撃した超大型ドラゴンを討伐するため、多くのドラゴンスレイヤーが失われた。それでも東京は守り切れず廃墟同然となり、一般市民の犠牲者も数百万人に昇るとまで言われている。

 そして竜の巣はドラゴンが生まれる所とも言われており、超大型が生息するとしてもおかしくない。もしも実験中に超大型ドラゴンが襲撃したとすれば、全滅は確実だ。



「そういえば水鈴様。実は気になっていることがありまして、この論文をご存知ですか?」



 夏凛は手に持っていたタブレット端末を操作し、保存した文書ファイルを呼び出す。論文形式に則った英語の文章だったが、水鈴はさらりとタイトルを解釈して見せた。



「『特異点におけるデュランテの第一方程式の矛盾と邪龍の存在可能性』? 著者は……ジークフリード・デュランテですって!?」

「はい。デュランテ方程式を生み出した天才、今は亡きデュランテ博士の息子です。そして少なからず我々とも因縁のある方の仮説ですよ」

「まぁそれはいいわ。特異点……つまり竜の巣についての考察よね。あの狂人が考えることだからまともだなんて思っていないけど、参考になるのは確かよ。悔しいけど、あの男も天才だから」



 言葉の端々から憎らしいという感情が放たれる。

 冷静を努める水鈴には珍しい。

 それでも夏凛の渡した論文だからと、心を落ち着けて読み進めた。



(デミオンの侵食によって通常とは異なる無茶苦茶な法則がはたらく領域。それが竜の巣。外縁部はともかく、その奥はデミオン濃度がレベル六と言われている。普通なら物質がデミオンに侵食されて、デュランテの第一方程式に則って草も木も岩も土もが竜結晶化するはず。でも特異点ではそれが起こらない。土地によって固有の異変が起こっている。富士樹海だったら、植生を無視した摩訶不思議な空間になっているわけだし)



 序論は水鈴もよく知る知識の羅列だ。特に疑問を挟む余地はない。

 竜の巣という場所はよく分からない別の法則がはたらいている可能性がある。それだけだ。



(そこで竜の巣の再現実験。竜のコアを大量に使用してデミオン濃度レベル六をごく小規模の空間で再現し、そこに自然環境を配置した。なるほどね。理に適っているわ)



 水鈴は実験条件を軽く見るが、特におかしな点はない。あくまでも素人なので見落としはあるのかもしれないが、とにかく読み進めることにした。



(でも実験は失敗。法則の破れ、つまり特異点現象は観測できなかった。その理由は観測の不足により実際には発生していた特異点化が分からなかった、あるいはそもそも不足している要素がある。ただ後者が有力ということね)



 ここまで見れば比較的まともだ。現在証明されているデュランテの第一方程式では説明できない現象についての考察なのだから。

 読み進めた水鈴は思わず立ち上がりかけた。ガタリと椅子が動き、我に返る。



「法則を歪ませるデミオン場を生み出す存在。邪龍がそれだというの?」

「はい。それがこの考察の趣旨です。デミオンは思念に反応するという性質が確認されていますから、この性質との関連ですね。邪龍というデミオンを自在に操る存在が、物質に対して思念干渉を行い、特異点を引き起こしているということらしいです」



 邪龍は規格外という意味でカテゴリーされたドラゴンだ。基本的にドラゴンは大きくなるほど強い。超大型ドラゴンともなれば全長百メートルを超え、異能じみた力を行使する。

 しかしその超大型ドラゴンを超える力でありながら、その大きさが小型ドラゴン程度というドラゴンが確認された。それが邪龍である。



「これ、事実ならとんでもないわよ? 今まではデミオン濃度の高い竜の巣だから邪龍が生息するっていうのが通説だったじゃない。まさか一匹の竜が環境どころか法則まで変質させるなんて」

「しかし論文の続きには世界各地で確認されている邪龍の出現と、竜の巣の出現時期がほぼ一致しているという状況証拠も提示されています。これ、よく調べましたよね。軍事機密級だと思うんですけど。特に北アメリカ大陸にある竜の巣なんて、合衆国軍が核攻撃して以降の情報がないはずです」

「竜の巣なんて環境そのものが人間の生きていける場所じゃないもの。立ち入っての調査じゃないと思うわ。RDOの連中が保有している監視人工衛星でも使ったんじゃないかしら? 富士樹海は人間が立ち入れる唯一の……」



 そこまで言いかけて、水鈴は黙り込む。



(今回の実験はRDOから依頼されたほぼ強制の依頼。それにデュランテの考察。これが仕組まれたものだとしたら……)



 最悪の事態が脳裏によぎる。



(ただの偶然ならいい。でも、そうは思えない。何かの目的で邪龍を探している……というよりおびき寄せようとしているとすれば)



 まだ確信は得られない。

 それにこの事実が正しいとすれば、こんなところで待っている暇はない。



「私が出るわ。今回の実験が邪龍を刺激するものだとしたら――」

「ダメですよ! 水鈴様はキサラギの最高戦力なんですから、不用意に離れたら市民の不安を招きます。それに邪龍なんて埒外の竜が本当にいるとすれば、ますます行かせる訳にはいきません。世紀末の悪夢を忘れたんですか?」

「……そうね。焦り過ぎたわ」

「水鈴様はもうキサラギになくてはならない人なんです。それに水鈴様と同じランク七の諸刃さんもいらっしゃいますから。きっと大丈夫ですよ」



 水鈴は自分がするべきことを思案する。

 今の水鈴はランク七のドラゴンスレイヤーであると同時に、如月家の当主でもある。つまりキサラギを統治する立場にあるのだ。簡単に都市から離れるわけにはいかない。またキサラギの最終兵器という意味でも水鈴が都市から離れることにはリスクが伴う。



「関連する論文を集めて。それから一〇九小隊を招集しなさい。確か今日は休暇日だったはずよ。ヘリで援護に行って貰うことにするわ」

「水月君と水明君が文句を言いそうですね」

「あの双子の文句は戯言と思いなさい」

「辛辣ですね……又従弟でしたっけ?」

「文句を言ってきたら私が言いくるめるわ。取りあえず無理矢理にでもヘリに乗せなさい」

「分かりました」



 夏凛はすぐに電話をかける。

 これでエース級小隊を送ることができる。キサラギの守りも必要なので富士樹海にばかり部隊を送ることはできない。



(あら、早速文句を言われているみたいね)



 電話をする夏凛は困った表情を浮かべ、ちらちらと水鈴に視線を向ける。



「代わるわ」



 水鈴は小型通信機を耳に当て、スイッチを入れた。夏凛はデバイスを操作して通話の対象を自分から水鈴へと変更する。

 同時に、水鈴の耳へと騒がしい双子の文句が流れ込んできた。




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