第3話 野望
「なんで気づかなかったのさ?祖国がもう消滅してるって」
クレイジーがキレ気味に犀子に問いかける。
「ワシはの…この数十年間クレイジーの開発だけに精を出してきたんじゃ。外界の情報など仕入れる暇がなかったんじゃ。その脳内データベースだって機械任せで自動で作成させたものだしの」
犀子はぼそぼそと答えた。あまりに大きすぎるミス。クレイジーはため息を吐いた。
しばしの沈黙の後、犀子が口を開いた。
「もうダメじゃ。復讐が成し遂げられないとなれば、生きる意味などない。このまま老いぼれてクソみたいな街で死んでいくんじゃ。うわああああああああん」
心にぽっかりと穴が開いた犀子が泣き叫ぶ。クレイジーがたまらず止めにかかった。
「ちょっと落ち着いてよ爺さん。私だって動揺してるんだよ。生を受けてから数十分でアイデンティティを喪失したんだしさ」
「それもそうか……」
犀子はしばらく考えた後、何かを決めたのか、クレイジーの目を見て言った。
「なあクレイジー。お前は先がまだまだ長い。外の世界でヒューマノイドとして別の生きがいを見つけておくれ」
「爺さん…。分かった別の生きがいね。まあ頑張ってみるよ」
犀子の気持ちをおもんぱかったクレイジーは軽く微笑み、やがて地上に出る梯子を上り始めた。
「ああ。ワシはここで余生を過ごす。もし都合が良かったら顔を見せておくれ。ワシの自信作よ」
「ああ分かった。じゃあね爺さん」
そう言ってクレイジーは地上への扉を押し上げようとした。
「あ、あと外出るときには周りに誰もいないかを確認…」
「え?」
ギイ……バタン
犀子の忠告も虚しく、既に丸い扉から研究室に太陽の光が差し込んでいた。クレイジーがひょいと身を乗り出した先には、ゴミやゲロが無造作に落ちた薄汚い道路があった。ヘルグリッジ三番通りである。
「お、なんだお前?」
地下から顔を出したクレイジーに一人の男が気づいき、声をかけた。灰色の顔に頭から生えた二本角。まるで牛のような風貌であるが実は元はれっきとした人間である。
「あー初めまして。こんちは。クレイジーと申します」
這い上がりながらクレイジーは男に言った。
「律儀に自己紹介しとる場合か!早く扉をしめろ!」
「ん?下からジジイの声…。なるほどお前、ここの地下に住む娘か。不愛想なツラだがなかなか悪くねぇ。なかなか良い値で売れそうだぜ!」
人攫い。ヘルグリッジでは至極一般的な犯罪である。
「大人しくしろ!」
クレイジーにつかみかかる男。あっという間にクレイジーを縛り上げ、ひょいと担いで攫っていった。
「おい待て!どこ行く気じゃ!」
しかたなく犀子が梯子を昇って男を追いかける。
「おいクレイジー!何をしてる!早くそいつを殺して逃げるんじゃ!」
犀子が攫われるがままだったクレイジーに叫んだ。
「え?」
「だから殺せ!お前は攫われてるんだぞ!」
「まあいいけど。ストレンジ・カッター!」
クレイジーは納得いかない様子だったが、とりあえず肩から刃を生やして縛っていた縄を切り裂いた。ついでに男も。
「うがあっ!!!」
クレイジーはひょいと着地し、右腕を砲身状に変化させた。
「頭ぶっとべ。レーザー・バースト!」
ピンク色のぶっといレーザーが発射され、男の脳天に直撃。首から上がスイカみたいに吹っ飛んだ。
「殺害、完了」
「よーし良くやったぞクレイジー」
「なんで殺させたの?私はとりあえず攫われ売られるがまま、売春婦にでもなろうと思ってたのに」
息を切らした犀子にクレイジーが言う。
「売春婦になるじゃと!?」
「そう。自分探しの一環として」
犀子は口をぽかんと開けた。
「あー、うーん、それは開発者としては止めてほしいのぉ。別にセクサロイドを作ったワケではないし」
「えー、じゃあどうすればいいの」
「そうじゃな例えば兵器があるんだからその・・・」
「マフィアとか?」
「そう、そういうのとかが良い」
「分かった。じゃあマフィアの王、それを目指して見るとするよ」
クレイジーは納得したようだった。
「今度こそじゃあね」
そう言ってクレイジーは歩き出した。
「おう。いってらっしゃい」
(ふふふ、マフィアか。ワシがこの街に来た初めのころ、マフィアには相当泣かされたのう。問答無用でぶん殴られたり、せっかく作った研究設備に火をつけられたり……)
(……思い出したら腹立って来たのう)
(マフィアのクズ共に一泡吹かせてやりたいなあ…)
(……………………)
「待ってくれクレイジー!」
犀子が去り行くクレイジーに大声で言った。
「え?」
「やっぱり一緒に行こう!ワシもこの街のマフィア共をぶっ潰して新たな王になりたい!」
「ふーん。何があったか知らないけれどまあいいよ。んじゃ行こうか爺さん」
「おう!」
こうしてジジイの犀子とヒューマノイド♀のクレイジーの物語が始まったのであった!
つづく