#7. 知らない呪文
部屋に戻るとアールはすぐに一部のメイドに計画について話をした。スティーヴンとドロシーをうまく誘導してくれるはずだ。彼はすっかり疲れてしまって、部屋に戻ると、趣味である武器の鑑賞もせずにベッドに横になった。
と、突然ノックがあって、不機嫌ながらアールは立ち上がって、扉を開けた。
「ジェナ、どうしたの?」そこには先程の眼鏡のメイドが立っていた。彼女はナイフで傷をつけた親指を触りながらアールに言った。
「もうおやすみでしたか?」
アールは頷いて、彼女に傷を触るのをやめさせた。
「傷が開くからやめなよ、ジェナ」アールが手に触れると彼女はその手をぎゅっと掴んだ。アールは少しだけびっくりして顔を上げた。「なに?」
「私はアール様のことが心配ですし、大切です」
彼女はアールを手繰り寄せるようにして、胸に引き寄せて抱きしめた。アールは身を固くした。
「絶対に守ります。何にかえても」
「……わかった」アールは抱きしめられながら言った。「……そろそろ離して」
「ああ、失礼しました」彼女はそう言って眼鏡を上げた。
「今日は疲れたから眠るよ」アールはそう言って彼女を追い出した。
みんな気が動転してる。そう思った。
翌日の午前中。
「突然、なんだよ、ローレンス」アールは警戒していた。スティーヴンに計画を話してしまったことを少しだけ後悔していた。彼らはもうすぐやってくるはずだ。……ローレンスにバレてしまっただろうか。
アールの部屋にやってくると彼は人払いをして、〔白の書〕を机に置き、椅子に座った。
「昨日のお話ですが、少し反省しているんですよ。あまりにも無理やり過ぎました」眼帯に触れながら彼は言った。
「それで?」
「頭を冷やして考えました。それにアール様の言うこともよく考えてみました。……確かにアール様の言うとおりです。彼を……スティーヴンを殺すのはあまりにもやりすぎている」
アールは驚いた。ローレンスはずっと自分のことを最優先に考えている、そう思っていたからだ。
「じゃあ……」彼は頷いた。
「〔妖精の樹〕を探しましょう。そのためにはアール様あなたの協力が必要です。これは〔白の書〕に書いてあることなのです」彼はそう言って〔白の書〕に手を置いた。「〔王家の血〕。それが必要なのです」
アールは驚いてうつむいた。
「ローレンス……それは危険なことなの?」
「いいえ。大丈夫です。私が必ず守りますから」そう言って彼は眼帯に触れた。
アールは悩んだ。ただ、これは自分が望んだことでもある。スティーヴンが協力してくれるかはわからない。でも自分で言ったはずだ。手を貸さないと、スティーヴンが手を貸してくれる道は完全に閉ざされる。
アールは頷いた。
「わかった」
「では今すぐ行きましょう」
彼は立ち上がって〔白の書〕を腕に抱えると、アールの手をとった。
アールは驚いたまま固まっていた。
「いますぐって嘘だよね?」
「嘘じゃありません。捕まっててください」彼はそう言って、詠唱を始めた。
「《妖精よ、私に従え。掠める女の姉、伝令、神託、虹の橋を渡れ。闇と夜の息子、口に含んだ銀貨、苦悩の川を運べ》」
それはアールの知らない呪文だった。彼らの足元に光の輪が出現する。それはいつも見る魔法の輪ではなく、何やら細かく模様が入った、魔法陣のような青い光の輪だった。
「ねえ、ローレンス……」アールは言ったが、彼は無視をして詠唱を続けた。
「《空間転移》」呪文が終わる。
アールは景色が歪むのを感じた。
ああ、スティーヴンたちに何も言っていないと今更ながら思った。