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#6. 〈混沌〉

 アールは礼拝堂にある椅子に座って僕たちを見た。僕とドロシーは立ったままで彼を見ていた。こうしてみるとやはり彼の体は小さく見える。ダンジョンに連れて行ったら一階層で疲れ切って倒れてしまうだろう。もしかしたらダンジョンまでたどり着けないかもしれない。


「どうして教会に?」ドロシーが尋ねるとアールは言った。

「スティーヴンの行動をメイドに監視してもらったんだ。そしたらここに入っていくのが見えたって言われたから」アールは目を合わせずに言った。ドロシーは信用できないようなそんな顔をしてアールとメイドたちを見ていた。


「話さなくてはならないことっていうのは、大義の話ですか?」僕が尋ねるとアールは首を横に降った。

「違う。ユニークスキルを直す方法についての話。だけどその前にはっきりとさせておきたいことがあるんだ」


 アールはそう言って、ナイフを取り出した。それは真っ黒なナイフで、僕はその光り方を見たことがあった。


「これはドラゴンの素材で作られたナイフだ。話す前に、確認しておきたくて」


 僕はドロシーと顔を見合わせて、彼が差し出すナイフの切っ先に指を押し付けて血を流した。


「あなた達はやらないの?」ドロシーがナイフをしまおうとするアールに言った。アールは顔をしかめてから、自分の指にナイフを押し当てた。彼は傷つけた親指をしゃぶりながらメイドにもナイフを渡した。眼鏡のメイドは激しく親指を傷つけて、血が滴った。僕たちはぎょっとしたが、それはアールも同じだった。

「何してるんだ! ジェナ!!」アールはうろたえていたが、ジェナは冷静に布を取り出して、親指にきつく巻きつけた。もうひとりのメイドは常識人らしく小さく傷をつけていた。


「これでいいかな?」僕たちは驚愕覚めやらぬ顔で、黙って頷いた。

「本題に戻ろう」アールは息をついて言った。

「ユニークスキルの直し方を教えてくれるんですか?」僕は眉根を寄せて尋ねた。アールはもじもじと両手を握りしめた。

「僕は全部を知っているわけじゃない。そうじゃないけど、これだけは言わなきゃいけないんだ。ローレンスは君を殺そうとしてる。僕のためにそうしようとしている……。だから言ったんだ、提案を受けてくれって。これは()()()()だったんだ」アールは目を強くつぶった。


 確かに彼はときどき、これは君のためだと言っていた。あのときは「国を救うことは僕を救うことと同義だ」という意味で使っているのだと思っていた。そうではなかったのか。


 ドロシーが首をかしげた。


「どういうこと? あなた達はユニークスキルを手に入れたいという話だったわよね? そのためにはスティーヴンを殺してしまっては意味がないでしょ?」


 アールは首を横に振った。


「違うんだ。確かに僕たちの目的の一つはスティーヴンのユニークスキルを手に入れるということだった。ただ、それが失敗した場合、交渉が決裂した場合のためにもう一つ考えていることがあったんだ。ローレンスははじめからそちらを選択するつもりだったみたいだけど、僕はずっと反対してた」

 アールは長く話すのに慣れていないのか、息を整えて、口を揉んでいた。彼は続けた。

「〔勇者〕の伝説について君たちはどれくらい知ってる?」




 〔魔術王〕は世界を支配せんと企たくらんでいた。多くの信者―魔術師を使い、街や村の人々を洗脳していった。

 あるとき〔勇者〕と呼ばれる存在が数人現れた。彼らは苦難の末に〔魔術王〕を倒した。

 彼らは〔魔術王〕の体を六つに分断し、離れた場所に封印した。守護者と呼ばれる善の者たちが

 その後、封印された地を治め、魔術師たちに〔魔術王〕の体を奪われないよう守った。

 魔術師たちは徐々に力を弱め、消えていった。

 世界に平和が戻った。

 〔勇者〕の一人はその後、王となり、国を統治した。




 それが伝説のはずだ。僕が曖昧ながら言うとアールは頷いた。

「うん。そうなんだ。それが伝説であり史実。僕が話したいのはその少し前、〔魔術王〕の出現に関しての話。これは〔黒の書〕に記載されてる、ドラゴンの話」





 かつて世界は聖なるドラゴンたちによって統治されていた。

 人々はドラゴンに従って生きていたが、それが気に食わない人間がいた。

 ドラゴンは人間の未来を見ることができた。彼らはその予知の力によって人間の反乱を事前に防いでいた。

 だが、ある日、とある人間が悪魔と契約をし、ドラゴンを殺す力を得た。それはドラゴンの能力を封じる力。

 その日から、ドラゴンは人間の未来を見ることができなくなった。

 悪魔と契約した人間が他の人々を先導してドラゴンを殺し、閉じ込め、地上から追い出した。その人間は、自らを〔魔術王〕と名乗った。

 〔魔術王〕は自分の力を人に分け与えることができた。


 彼は〈不老不死〉を少年に与えた。

 彼は〈混沌〉を少女に与えた。

 彼は〈霊視〉を老人に与えた。

 彼は〈分霊〉を赤子に与えた。


 与えられた力はまた、別の人間に継承され、移っていった。

 〔魔術王〕もまた、自らの力を後継者に残して、死んでいった。

 歴史は繰り返す。

 人々を統治していた〔魔術王〕は暴君となって人々を恐怖に陥れていた。そこに〔勇者〕が現れた。彼らはかつて〔魔術王〕が力を与えたものたちの後継者。

 〈不老不死〉〈混沌〉〈霊視〉〈分霊〉は苦難の末に〔魔術王〕を倒した……。




「〔黒の書〕には他にもたくさんの記述があるみたいだけど重要なのはこの部分。ドラゴンは未来予知ができる。その力を借りれば、君のユニークスキルはいらない。それがローレンスの考え」

「まるでドラゴンが絶滅していないみたいないいかたね」ドロシーが言うとアールは頷いた。

「ドラゴンは絶滅していない。王都のある場所に隠されている」ドロシーは目を細めた。

「それが本当だとして、どうして僕を殺すことになるんですか?」僕が尋ねるとアールはうつむいた。

「〔黒の書〕によれば、ドラゴンはいま、未来予知ができない。それは〔魔術王〕の力のせいなんだ。具体的には〈混沌〉のせい」


 話が見えなかった。


「〔魔術王〕は封印されていますよね? 力が漏れ出ているとでも?」アールは首を横に降った。

「確かに〔魔術王〕は封印されている。でもその力は今でもここに残っている。それは〔勇者〕の力なんだ」

「〈不老不死〉〈混沌〉〈霊視〉〈分霊〉のこと?」ドロシーの言葉に僕は驚いたが、アールは頷いた。






 彼は言った。

「人はそれをユニークスキルという。そして〈混沌〉とは〈記録と読み取り〉、すなわち〈セーブアンドロード〉のことを意味する。その定義でいうと、君は〔勇者〕なんだよ、スティーヴン」






 僕は目を見張った。


「じゃあ、つまり、ローレンスは僕の〈記録と読み取り〉を破壊して、ドラゴンに未来予知をさせようとしているってことですか?」


 アールは頷いた。


「ちょっとまって、どうして〈混沌〉が〈セーブアンドロード〉になるの? それは文献の解読ミス何じゃないの?」ドロシーが言った。アールは言いよどんで、眼鏡のメイド――ジェナではないもうひとりのメイドを見た。


 メイドは言った。


「いいえ。解読は正しいのです。ドラゴンは人間の未来を予知できます。それはつまり、人間の未来がただ一つに確定しているということです。〈セーブアンドロード〉の能力は未来から過去に戻って事象を変化させ、別の世界線を作り出すことにあります。つまりそこで、人間の未来は分岐し複数作られるために、予知ができなくなるのです」


 ドロシーは考え込んだ。常識人のメイドは続けた。


「最近おかしなことがありませんでしたか? 雲が均一で、ひらひらと舞う花びらは同じような挙動をして、弓から射た矢が同じ場所に刺さるような」


 ドロシーはハッと顔を上げた。


「やっぱり関係してるの?」


 メイドは頷いたが、顔をしかめてジェナの方をみた。ジェナは傷つけた親指をいじっていて、アールはそれをやめさせた。


「〈混沌〉によって作り出された別の世界線が多重に重なり合う今このときにおいて、波のように世界は互いに干渉しあい、かすかな揺らぎを作り出します。その揺らぎが雲や花びらや矢や空気に影響して、微小な差異を作り出していました」


 僕は途中から聞いていなかった。何をいってるかわからない。それはアールも同じようで、だからメイドに説明を任せたのだと知った。ドロシーは頷いた。


「〈セーブアンドロード〉……〈混沌〉の力が弱まっているから、今その揺らぎも小さくなっているってこと?」


 メイドは頷いた。


「〈混沌〉は〈セーブアンドロード〉で間違いありません。これは〔黒の書〕の記述とも一致します」


 アールはいった。


「とにかく、ローレンスは君のスキルを破壊しようとしている。交渉が決裂してしまった今、それは明白なんだ。君は殺されてしまう。そしてそれは本当の意味での死になる。それは嫌だ。僕はそんなこと望んでない。それに……ドラゴンは怖くて……未来予知を聞きに行けそうにない……」


 僕は目を細めた。絶対後者が本当の目的だろう。


「それじゃあ、ローレンスは〔魔術王の右腕〕の封印を解除しようとしているってこと?」


 ドロシーの言葉にアールは頷いた。


「そして誰かに、〔魔術王の右腕〕でスティーヴンを殺させるつもりだ。封印解除の方法は〔白の書〕に書いてあるみたいだ。……僕はその方法を知らないけれど」


 ドロシーは腕を組んでしばらく考えていたが口を開いた。


「〔白の書〕を盗むわよ」


 アールがぎょっとした。


「無理だ! 鍵を持っているのはローレンスだ。それに、〔白の書〕も〔黒の書〕もドラゴンの革で装丁されている。《マジックボックス》を使ったり《テレポート》で持ち出すのは不可能だ。運ぶのも一苦労な金属の箱に入った本をどうやって盗み出そうっていうの?」


 僕はドロシーを見て、それからアールに言った。


「でもそうするしかないじゃないですか。ローレンスが〔魔術王の右腕〕の封印を解いて、僕が殺される前に、何をしようとしているか知らないといけません。今までみたいに失敗もできませんし」


 アールはうっとうめいて、うつむいた。


「わかった、僕も手を貸す。得体のしれない怖いドラゴンに未来予知してもらうより、君の力を借りたほうがいい」


 僕はムッとしてアールを見た。「まだ、従者になるとは言っていませんよ」

 アールは更にうつむいた。「わかってる。でも手を貸さないと、君が僕に手を貸してくれる道は完全に閉ざされる」


 それはそうだ。だって僕死んでしまうし。


「わかりました。そういうことなら、お願いします」僕は言った。

「ただ、……僕にできることは限られてる。僕にできるのは騒ぎを起こしたり、道を開けたりする程度だ」

「十分です」


 僕は言った。



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