新しい仕事
スティーヴンは緊張してラルフについていった。もしかしたらまたマップを破られるんじゃないか。そう思っていた。『空間転写』しか使えない。仕事は遅いし汚い。雇ってもらえないかもしれない。もしそうなったら紹介状を書いてくれた領主様に示しがつかない。
「おい、グレッグちょっといいか?」
「なんでしょう」
スクロール係のテーブルを巡回していた男がラルフのもとへやってきた。口髭を生やし、面長でメガネをかけていた。
「新しいマップ係になるかもしれない男だ。彼の仕事を見てやってほしい」
「マップ係ですか? 助かりますが、この男が?」
グレッグは訝しげにスティーヴンを見た。スティーヴンは委縮した。
「領主様が紹介状を書いてくださったんだ。おそらく信用にたる人物だよ」
「そうですか」
グレッグはそう言うと二人を仕事場へと案内した。
「さあ、この机だ」
案内された場所は前と同じようにスクロール係の近くだったが、机は大きかった。今までの倍はあった。
「それで、これが書き写してほしいマップの原本だ。一階層だけでいい。そこに羊皮紙があるから始めてくれ」
グレッグはそう言うと壁に備え付けられた魔法時計を見た。
「じゃあ、あとは頼んだよ」ギルドマスター、ラルフはそう言うと、部屋を出て行った。
見たことのないダンジョンだった。スティーヴンはユニークスキルを発動させ、マップを暗記すると、くるくると丸めて壁に立てかけ、新しい羊皮紙を取り出してテーブルに広げた。インクをあけ、羽ペンをつける。
「おい……見ながら書いていいんだぞ?」
「必要ありません」
スティーヴンは下書きもなしにペンを走らせる。羊皮紙の上には均一できれいな線が引かれていく。羽ペンはまるでそう動きたいかのように羊皮紙の上を踊っている。
スティーヴンはオレンジ色のマップが見えていて、それをなぞっているだけだった。ペンをもって書いているだけで恥ずかしさがある。どうして『転写』しないんだと怒鳴られるかもしれない。
20分後、一枚のマップが完成した。1階層だとこのくらいか。
メガネをかけなおすと、グレッグは原本を開いて、スティーヴンが書き終えたマップと見比べた。
「し……信じられん。こんな正確な転写は初めて見た。それも原本を見ずにこれだけの速さで……」
グレッグはマップの原本を丸めてテーブルに立てかけると、スティーヴンの両肩をつかんだ。
「今すぐ仕事を引き受けてくれるか! 賃金は、そうだな、マップ一階層銀貨10枚出そう」
「え、そんなに? マップ1つではなく?」
「ああ。こんな正確なマップは見たことがない。これでどれだけ冒険者の死亡率が減るかわからないぞ。すごい仕事だ!」
「前の職場では破られたのですが」
そう言うとグレッグはメガネの奥で目を見開いた。
「なに! こんな芸術品を破るなんて! その上司はバカだな。どこのギルドだ」
「『グーニー』というところです」
「ああ、あのゴミ溜めか。そんなところにいてはもったいない才能だ。ぜひこちらからお願いしたい。どうかここで働いてくれ!」
グレッグは頭を下げた。
「そんな頭を上げてください! こちらこそよろしくお願いします!」
こうして、スティーヴンは新しい職場を手に入れた。