# 38. 黒
アムレンは首を傾げた。
「どうしてそうなる?」
ドロシーは言った。
「いい? スティーヴンは未来を見てきた。そこでロッドは〔魔術王の左脚〕を装着していたのよ。あなたを裏切って自分のものにしたとしか考えられないわ」
アムレンは目を細めた。
「どうしてロッドだとわかる? 双子だと知っているんだろ? もしかしたらなにかの理由があって俺が装着したかもしれないじゃないか?」
ドロシーは僕に話してくれた論理をアムレンに話した。
「もしあなたがマーガレットを殺そうとしてるのなら話は別だけど」
「まさか」アムレンは首を横に振った。
「じゃあ装着するのはあなたではなくて、ロッドよ」
アムレンは腕を組んでうなった。
「それにしたって、もしかしたら何らかの理由があって、どうしてもロッドが装着する必要があったのかもしれない」
「理由って?」ドロシーが尋ねるとアムレンは目を強くつぶった。
「わからない。……ロッドを呼ぼう。きっとすべて話してくれる」
アムレンはそう言うと、羊皮紙を取り出して、何かを書いた。
「デイジー、《マジックボックス》を出してくれ。ロッドのやつだ」
「わかったー」デイジーはそう言うと無詠唱で、《マジックボックス》を発動した。アムレンはそこに羊皮紙を入れる。
「何をしているの?」
ドロシーが尋ねると、アムレンは言った。
「手紙を出したんだよ。パスワードを知っていれば、《マジックボックス》はどこからでも開ける。共通のパスワードを持っておけば一瞬で手紙を送れる」そう言うと彼はポケットから小さな装置を取り出して、スイッチを入れた。
「《マジックボックス》に何かを入れたら、この装置を使って、相手に知らせる。相手は《マジックボックス》の中身を見て、手紙を受け取るって寸法だ」
ドロシーはつぶやいた。
「賢い方法ね」
「だろ。ロッドが考えたんだ」アムレンは誇らしげに言った。「あいつは賢くて善良な人間だ。……裏切るなんて……」
彼は首を横に振った。
◇
しばらくアムレンはうつむいていた。
そのとき、しびれを切らしたのか、空気を読まないオリビアがドロシーに小声で言った。
「先輩、私帰っていいですか?」
「ダメよ。あれ出して」ドロシーが言うとオリビアは渋った。
「ええ? お金くれるって言ったじゃないですかあ。くれないならこのまま帰りますよ」
「いい? ロッドは人の記憶を読めるの。もしここで帰ったら、ロッドはアムレンの記憶を見て、あなたを見つけ出すわ。そして殺される。私たちと同じようにね」オリビアは口をとがらせると、渋々といった様子でスクロールを取り出して、発動した。
彼女の《マジックボックス》から〔魔術王の左脚〕が現れた。
ドロシーがそれを受け取ると、声がした。
「本物ですね?」
はっと見るとそこにはロッドがいた。二体のオートマタを連れていた。長い黒髪と、目に巻いた布があの日のままだった。
「それをこちらに渡してください。守護者として封印します」
ロッドはそう言って両手を差し出した。右手に「XI」左手に「I」。〔魔術王の左脚〕を装着した後にその傷跡が見えなかったのは治したためだろう。目も同様だ。
アムレンがつぶやいた。
「ロッド。お前まで裏切るのか? 父さんや妻だけでなくお前まで……」
ロッドは首を傾げた。
「何を言ってるの、兄さん? 裏切るって?」兄に対する口調に変わった。それは父さんの〈記録〉の通りだった。
ロッドは困惑した表情を見せた。アムレンが僕を指さした。
「ロッド、そいつはスティーヴンだ。エヴァを殺した男だよ。お前が言ってただろ。あいつの息子だ。〈記録と読み取り〉を使える。これで何を言いたいかわかるだろ?」
アムレンはつづけた。
「俺は信じたくない。信じたくないが、俺は〈記録と読み取り〉を知っている。この『知られている』感覚は前にもあった。スティーヴンが言っていることは真実だろう……」
彼はそこで口ごもり、黙った。
ロッドは言った。
「兄さん。それはまだ起こっていないんだよ。僕はまだ、何もしていない。もしかしたら、僕が何か間違いを犯して〔魔術王の左脚〕を装着するかもしれない。そういう未来がきっとあったんだろう。でもそれは何かそうせざるを得ない理由が重なってしまったからだよ。例えば何者かに襲われて仕方なくとかね。今は違う。今この瞬間に脅威なんてないだろ。そこにはアンジェラもレンドールもいる。ここには味方しかいないんだよ、兄さん」
ロッドは諭すように言った。
ドロシーが口をひらいた。
「どうして、〔魔術王の左脚〕を装着する未来が来るってわかるの?」
「どういうことですか?」ロッドは首を傾げた。
「アムレンは裏切るとしか言っていないわ。あなたが装着するなんて一言も言っていないし、そもそも〔魔術王の左脚〕が関わるとも魔術師が関わるとも言っていない。裏切るって言葉だけなら他にもたくさん考えられるはずよ。なのに、どうして〔魔術王の左脚〕を、それも、装着するなんて細かいことまでわかるの?」
ロッドは首を横に振った。
「例えですよ。今、目の前に〔魔術王の左脚〕があって、裏切ると言われたらそう考えるじゃないですか」
「いや、おかしい」
アムレンが言った。
「魔術師に〔魔術王の左脚〕を引き渡すというなら裏切りになるのはわかる。だが、『装着する』だけでは明確に裏切りにはならない。装着して、守護者として魔術師と戦う決意をするという可能性もあるからな。装着し、俺と敵対して、初めて裏切りになる。そうだろ?」
ロッドは黙っていた。
確かにそのとおりだと僕は思った。
『記憶改竄』を持つ=魔術師、が誤っているのと同じように、〔魔術王の左脚〕の装着=裏切り、は誤っている。
「どうしてお前は、〔魔術王の左脚〕を装着することそのものが裏切りになると思ったんだ?」
アムレンはロッドに尋ねた。
ロッドは大きく息を吐いてから言った。
「昔からそうだよね、兄さん。兄さんは僕の苦しみがわからないんだ」
ロッドは続けた。
「僕はずっと、うらやましくて仕方なかったんだよ。兄さんみたいに力が欲しかったんだ」
ロッドはオートマタの一体に命じた。
「あの女から〔魔術王の左脚〕を奪いなさい」