# 37. 裏切者
「ついたよー」
デイジーがそう言ったのは、かなり人通りの少ない地区にある、小さな建物の前だった。彼女は扉を開けて中に入った。家の中はがらんどうでまったく生活感がなかった。僅かに椅子とテーブルがあるだけだった。
「ちょっとまっててー」デイジーはそう言うと、僕たちの目の前で転移した。
僕たちは顔を見合わせた。
「今のは《テレポート》ですか? 王都でどうやって……」レンドールは目を細めた。
「ドロシーは魔法に詳しいですが、彼女もわからないと言っていました」
僕はそう言った。
数分後、突然扉が開いて僕たちはびくっとそちらをみた。おそらく建物の屋根を飛び回ってきたのだろう。部屋に入ってきたアムレンは肩で息をしていた。彼は僕たちを見て、そして、マーガレットに気づいた。
アムレンの後ろから、デイジーがひょっこりと顔をだした。
「おまたせー」
彼女はそう言った。
アムレンが深く息をすって、吐き出した。
「マーガレットか?」
「ああ、そうだ」彼女は頷いた。
「そうか、大きくなったな」アムレンは微笑んで言った。
彼は部屋に入ると、椅子を引いて座った。デイジーはアムレンについていってそばに立っていた。
「それで、〔魔術王の左脚〕について何を知っているんだ?」アムレンの問いに僕は答えた。
「誰が【墓荒らし】でどこにいるのか、要するに手にする手段があって、今それを実行しています。ここに持ってきます」
アムレンはぎょっとして僕を見た。
「どうしてそんなことまでわかる? 俺たちがあれを奪われてからそう日にちは経っていないぞ」
僕は小さく頷いた。
「ええ。でもわかるんです。全部話します。〔魔術王の左脚〕がここに届いたら全部」
アムレンは腕を組んで、そして、マーガレットを見た。
「俺を捜しに来たのか?」
マーガレットは目をそらして頷いた。
「ああ。そう言われたからな」
「今はどうしてるんだ? その格好だと冒険者か?」
アムレンは彼女の姿を顎で指し示して言った。
「ああ。Sランク冒険者だよ」
アムレンは微笑んだ。
「そうか。あの力があればそうだろうな」
僕たちの間に沈黙が流れた。
皆が黙っていた。
どれくらいそうしていただろう。外が騒がしくなって、扉がノックされた。僕はドアを開けた。
「あ、ここで合ってたみたいね」ドロシーたちが外にいた。テリーが機械を持って僕を見上げている。リンダとアンジェラも後ろのほうに立っていた。
「なんですかここ」オリビアがとんがり帽子の下で怪訝な顔をしていた。
アムレンが立ち上がっていった。
「ここは狭い。外に出よう」
◇
「で、誰が持っているんだ?」外に出てしばらく歩いた少し開けた場所でアムレンはそう言った。
ドロシーが僕を見た。
「どこまで話したの?」
僕は今までのことを彼女に話した。アムレンがティンバーグを襲っていないとわかるとドロシーは「そういうこと」と言って頷いた。
彼女はアムレンに言った。
「渡す前にひとつ確認したいことがあるのだけど?」
「なんだ?」アムレンは怪訝な顔を僕に向けた。なんで僕なんだ。ドロシーは気にせず言った。
「あなたの双子の弟、ロッドについてよ。どうして手を組んでいるの?」
アムレンはますます怪訝な顔をした。
「お前らはどこまで知っているんだ? それに……何ものだ? まさか魔術師じゃないだろうな」
ドロシーはため息をついた。
「私たちが魔術師なら、あなたに何も言わずに〔魔術王の左脚〕を奪って逃げてるわよ」
アムレンは苦笑した。
「違いない。で?」
僕は言った。
「僕たちはソムニウムの〔魔術王の右腕〕をエヴァから守りました」
アムレンは納得したように頷いた。
「スティーヴンはどいつだ?」
「僕です」僕は言った。
アムレンは僕の顔をまじまじと見た。
「そうか、お前が……」彼は小さく頷いた。「母親によく似ている」
アムレンは「そうかそうか」とつぶやいて、最後に笑った。
「面白い。そうか、マーガレットが一緒に……そうか……〈記録と読み取り〉を持っているんだな?」僕が頷くと、彼は独りで笑っていた。
ドロシーは目を細めて言った。
「質問に答えて欲しいのだけど」
アムレンは笑うのをやめると「ああ」と言って答えた。
「ロッドは守護者で、俺も守護者だ。まあ、俺は引退した身だが。手を組んでいても何ら不思議ではないだろう?」
ドロシーは言った。
「ええ。でも、ロッドは魔術師に加担しているでしょ?」
その言葉にアムレンは小さく頷いた。
「ああ、そう見えるかもしれない。そこまで知っているならいいだろう。話そう。あいつは魔術師の中に紛れ込んで情報を収集している。魔術師のふりをしているだけなんだよ」
「裏切者ってこと?」ドロシーが尋ねるとアムレンは頷いた。
「魔術師側にとってはな。現にロッドはティンバーグからどの魔術師が〔魔術王の左脚〕を奪ったか突き止めて、俺に情報を渡した。俺はそのおかげで見つけ出すことができたんだよ」
僕は首を傾げた。ドロシーも納得いっていないようだった。
「なんだ? 何かおかしいか?」アムレンは眉根を寄せた。
ドロシーは口をひらいた。
「ひとつ質問なんだけど、〔魔術王の左脚〕を取り戻したら、あなたか、もしくはロッドが装着する手はずになっているの?」
アムレンはわけがわからないと言った顔をした。
「はあ? そんなわけないだろ? 封印しなおすまでだ」
僕はドロシーを見た。ドロシーは「そう」と言って頷いた。
「申し訳ないけれど、ロッドは魔術師にとっても守護者にとっても、そして、あなたにとっても裏切者よ」